4.血のつながった人に、「初めまして」と再会して(下)
フィリたちを教会まで送り届けるために、特別貨物馬車の御者を務めていたスクアッド。その特別貨物馬車を邪魔にならない場所に止めるために、フィリたちから少し遅れて教会の中に入った彼は、礼拝堂の片隅で楽し気に話すフィリたち一行を見て浮かんだ感想をそのまま呟く。
「……なんていうか、凄い集まりっすよね、ここ」
そもそも、フィリたち自身が、かわいらしい少女に重量感溢れる機械人形、良くしゃべる巨大な孔雀という、かなり目立つ集まりなのだ。そんな非日常的な見た目の集団が、のんびりとした空気のただよう教会で、これまたのんびりとした雰囲気のシスターと親し気に話しているだけでもアレなのに、今日はそこに、お世辞にも健康的とは言えないような車椅子の少女に、明らかに育ちが違うであろうご令嬢まで混じっているのだ。
もしも今ここに知らない人が訪ねてこようものなら、一体この教会はどうなっているのかとそんな感想を抱くだろうと、そんなことを考えたところで、スクアッドは軽く苦笑する。
(まあ、自分が言えたことでもないっスけどね)
何せ、自分だってこんな腕なんスからと、スクアッドは自身の隻腕を見下ろして苦笑を浮かべつつ。ゆっくりとフィリたちが談笑している席へと行き、「お邪魔しますよ」と軽い口調で言って席について。ダーラに軽く目礼をして、出されたお茶に口をつけて。
――そのスクアッドが一息つくのを待っていたのだろう。彼がお茶の入ったカップを机の上に置いたのを待ち構えたかのように、リズが話しかけてくる。
「あら。確かに今ここにいる人たちも個性的だと思いますが。――ですが、軍の方々も負けていないと思いますよ」
「……そおっすかねぇ」
リズの言葉に、スクアッドは首を傾げながら、自分の上司たちを思い出す。――確かにびっくりするほど真面目だったり妙に姉御肌だったり、さらには将官とは思えないような一面を持ってたりするお人もいるっすけど、あの人たちがこの面々と比べてなお個性的といえるような人たちだろうかと、そんなことを思ったところで……
「(――だって、ここの軍の方々は、そこのシスターダーラの『色々』を、日々論じていたりするのでしょう?)」
――他の人に聞こえないように小声で話しかけられた言葉にスクアッドは、思わず吹き出しそうになるのをこらえて。少しだけ慌てて、今の言葉を聞かれていないか、フィリたちの様子をそっと伺う。
そのフィリたちは、すぐ隣でそんなとんでもないことを話していることなんて思いもよらないまま、和気あいあいと話に花を咲かせていた。
「うん、こういった『お菓子』の類も久しぶりね」
「あら? 食べても大丈夫なのかしら?」
「ええ。少しだけなら食べられるわ。そうね……」
オルシーはダーラにそう言いながら。本当に久方ぶりになるであろうお菓子を手に取って。そのオルシーが、手にしたクラッカーを半分以上お茶にひたしてから口に運ぶのを見て、好奇心を刺激されたのだろう、フィリも同じようにクラッカーをお茶にひたして、軽くふやけるのを待ってから、そのふやけて部分を口に入れて。
……やがてフィリは、少し首をひねった後、残りの部分も放り込んで、少し頑張って飲み込んで。次のクラッカーを手に取って、今度は楽しそうにそのクラッカーにジャムをたっぷりと塗ったあと、美味しそうにそのクラッカーにかぶりつく。
そんなフィリの様子をちらりと見て。そのフィリに隠れるように、オルシーは少しだけクスリと笑って。同じようにフィリに隠れてクスリと笑っていたダーラに話しかける。
「……やっぱり、今回の『旅行』が大きいかしら」
「あら、珍しく素直な言い方ね」
「別に私、『誰にでも』ひねくれた態度は取ってないと思うけど?」
「ははは……」
そんな二人の、憎まれ口まじりの言葉の応酬に、口の中のクラッカーを飲み込んだフィリは、少しだけ困ったように笑う。……それでもフィリは、言葉には出てきていない微妙な「何か」を感じ取ったのか、二人の心配をする訳でもなく、普段通りにお茶に口をつけて。「そういえばメディーン、ずっとオルシーのことを考えた料理をだしてたよね」なんて、その二人の会話に入っていく。
――そんな和やかな会話の様子を、スクアッドはそっとうかがって。今さっき、自分たちが話していた「日々、ダーラの『色々』を論ずる個性的な軍の面々」のことを聞かれていなかったことに、軽く安心する。
「(……多分、シスターは気付いてると思うわよ?)」
「(……まあ、本人はいいですわ。他の方々に聞かれたくないっすね)」
その様子を見て、少しからかい混じりに小声で話しかけるリズに、同じようにひそひそ声で答えるスクアッド。そりゃあ、ダーラ本人はその面々が「論じている」ことを知ってるに決まってるのだから、今更聞かれたってかまわないですわとでも言いたげなスクアッドの様子を見て、リズは少し笑いながら再びお茶を口にして。……そろそろ頃合いかなと、ダーラに目配せをする。
フィリたちと談笑しながらも、リズたちの様子も気にかけていたのだろう、ダーラはそっと頷きを返し。それを見たリズは、よく通る声で、楽しそうに話すフィリたちに声をかける。
「さて。共和国風の『お茶』も十分に楽しませてもらったし。そろそろ、話の続きをさせてもらってもいいかしら?」
――そんなリズの声を聞いたフィリたちは、彼女の話を聞こうと世間話を止めて。その様子を見たリズは、フィリにもわかるようゆっくりと丁寧に、「ディーア家」のことを話し出した。
◇
久しぶりの「お茶の時間」に、ダーラさんたちとクラッカーを食べながらお話をして。……えっと、クラッカーの食べ方、オルシーの真似をしてみたり、楽しくお話してたところで、リズさんが話の続きを始めて。――そうして、リズさんはわたしに、いろんなことを説明してくれる。
「ふえぇ~、『騎士様』ですか~」
「ええ。と言っても形式的なものだけどね」
えっと、リズさんの住む「王国」では、王さまが一番えらい人で、他の人たちはみんな王さまの命令を聞く「部下」になる。だからどんな人も、王さまの命令を聞かなきゃいけないんだって。
でも、王さまは一人で、国に住む人はとてもたくさんいて。王さまがみんなに命令することなんてとてもできない。だから王さまは重要な人を集めて「こういう世の中にしなさい」って命令をするんだって。そうしたら、集められた重要な人、……えっと、官僚って人たちが、その命令通りの世の中になるよう、頑張って働くんだって。
でも、王さまが住んでいる場所やすぐ近くの場所はそれで良いんだけど。遠い場所だと、官僚の人が王さまのところに行くだけでも大変だし、王さまも、どんな命令を出せばいいかわからないんだって。
――だから、王さまの代わりに命令をする「貴族さま」が生まれたんだって。
王さまは、貴族さまは自分の代わりに命令を出していいっていうことをみんなに知らせるために、貴族さまに「爵位」を与えて、代わりに貴族さまは、王さまに「私はこの先、王さまの代わりに色々な人に命令をすることになりますが、それは全て王さまのための命令で、自分のために命令をすることはありません」って王さまの前でみんなに宣言する「決まり」ができて。
――それが「忠誠を誓う」ってことなんだって。
騎士さまは、本当は貴族さまとは少し違ってて。武器を持って、誰かと戦ったり悪い人を捕まえるための人が「騎士さま」なんだけど。でも、武器を持った人が悪いことをしたらみんなが困るから、騎士さまも「私はこの武器を悪いことに使いません」って、王さまや貴族さまに「忠誠を誓う」のは一緒で。「王さまに忠誠を認められる」のは、とても名誉なことで。――やがて、「王さまに任命された騎士さま」は、国や王さまのために働いた名誉の証になっていくんだって。
「私は、『国のために働いた』証として、王さまから直々に騎士爵を授けられた訳ね。――といっても、私は『ディーア家』の一員として、事業に携わっただけだけどね」
リズさんの「ディーア家」は、百年以上も前に一度、商売で大儲けをして。そのときの王さまが、こんなことを言ったんだって。――「国家に寄与する事業」に積極的に「投資」をした者には、その栄誉をたたえて、王さまが直々に、新しく新設した「騎士爵」を与えるって。
その頃の王国は、「ディーア家」の人たちの他にも、そうやって大儲けした商人さんが他にも何人かいて。そういった人たちは、お金に困った貴族さんたちから爵位を買ったりしてたみたい。
その王さまは、そんな大儲けした商人さんたちに呼びかけたんだけど。だけど、その頃の商人さんたちは、多額の投資をして騎士になるよりも、爵位を買って貴族になる方が良いって言って、王さまの呼びかけに応えなかったんだって。
だけど、その時の「リズ家」は、貴族になるよりも騎士になることを選んで。まずは「王国に鉄道を敷設する事業」を始めて。
――結局、それが大当たりだったんだって。
騎士さまは貴族とちがって、子供だからって貴族になったりはしないけど。だけど、「国家に寄与する事業」に投資をすれば騎士として叙勲されるのはずっとそのままで。ディーア家の人たちは代々ずっと「国家に寄与する事業」に携わってきて、ずっと「騎士爵」を守り続けて。
――結局、「リズ家」はいつの間にか「新しい貴族」という呼ばれ方をして。他の貴族と同じように、貴族として扱われるようになったんだって。
「国家事業に携わった上に、王さまから直々に叙勲されたという名誉もある。それで得た信用は、次の事業を興す上でこの上なく有利になるの。そうやって私たちは、『実績』と『信用』を積み上げてきたの。
だから私たちは、リズ家に生まれたから騎士爵を与えられたのではない。リズ家の一員として、王さまの意思に従って事業を興して『結果』を出す。その『結果』が国や民を豊かにするから、騎士爵を与えられて貴族として扱われているの。
――私たちは、その『結果』を出し続けることで、国や王様に『忠誠』を示している。私の持っている爵位は、『これからも結果を出し続ける』という、忠誠の証なのよ」
そんな言葉で話を締めくくったリズさんは、とてもカッコよかった。
◇
で、そんな風にリズさんの話は終わって。次はわたしが話をする番になったんだけど……
「――えっと、わたし、そんなにもお話しすることがないんだ……けど」
わたしはリズさんみたいに上手く話せないし。なによりも、リズさんみたいな「騎士さま」でも、「事業」を手掛けているわけでもないから。どうしようとためらいながら、話すことが無いって正直に言ったんだけど……
「あら、そんなことは無いと思うわよ? ……むしろフィリちゃんの方がいっぱい話すことがあるように思えるけど」
「……そうね。あの『遺跡』を見たら、話すことが無いなんてとても思えないわね。――何でもいいから話してみたら?」
ダーラさんとオルシーに、そろって「そんなことはない」なんて言われて。「何でもいい」なんて言われても、朝起きたら体操をして、メディーンと一緒に施設の中に入って、ピーコックとごはんを取りに行ってごはんを食べてと、そんな変化のない毎日だったんだけど。
でも、リズさんだけじゃなくてダーラさんやオルシーまで、どこか楽しそうに、わたしが話しはじめるのを待ってるし……
「えっと、じゃあ、……何から話そう?」
「……そうじゃのぉ。じゃあまずは、『毎日何をやっとったか』なんてことを話したらどうかのぉ」
困って、ピーコックの方を見て。そうしたら、ピーコックはそんなことを言い出して。……そんな話、絶対おもしろくないと思ったんだけど。ピーコックは「フィリがつまらんと思っとっても、他のヒトには面白いかもしれんじゃろう」なんてことを言って。……結局、他に何を話していいのかわからなかったし、ピーコックの言う通りに話し始める。
「えっと、……遺跡に住んでた頃は、朝起きたら、まずは体操をして……」
そういえばもう、ずいぶん前のことのような気がするなあなんて思いながら、遺跡に住んでいた頃のことを話しはじめて。……そしたら、「どんなごはんを食べてたのか」とか「どうやって食事を『狩ってた』のか」とか、「どんな味付けだったのか」とか、色々聞かれて。
……聞かれたことの中には、わたしも知らないことがたくさんあって。そのたびにメディーンやピーコックにも聞いて。その返事に、たまにわたしもびっくりして。
気が付いたら、二時間くらいかな? 結構な時間、話しをしてて、それでも全然時間が足らなくて。えっと、リズさん、あと一週間くらいは共和国に滞在する予定なんだって。だからそれまでは、ゆっくりと話をしましょう、だから今日のところは、オルシーを病院に送ったあと、一度宿舎に戻ろうという話になって。
「ごちそうさまでした!」
――そう挨拶をして、教会をあとにした。
◇
「思ったよりも落ち着いてるのねぇ」
「そうかしら? これでも結構、色々と思う所もあるのだけど。――でも、確かに私は幼い頃の記憶しかないから。実家で家族に会わせるときは、もう少し大変かもしれないわね。ただ……」
フィリたちが立ち去って。ダーラは机の上に置かれた「お茶の時間」の名残りを片付けながら、リズに話しかけて。その言葉からどこか、「もう少し感動的な場面になっても良かったのでは」なんて響きを感じたのだろう、少し苦笑いしながら、生き別れになったのは幼い頃の話だからとリズは言葉を返して。
それを聞いて、それもそうかと納得するような素振りを見せかけたダーラは、リズが言葉を続けようとしているのに気付いて、軽く首を傾げて……
「……フィリが『家族』や『ディーア家』にそこまで執着がなさそうな所は、少しだけホッとしてるわ」
「そりゃあ、フィリはずっと遺跡で過ごしてたんだし、そこに『家族』もいたのだから。『本当の家族』なんて言われて、しかもそれが『貴族さま』だったなんて言われても、すぐにはピンとこないと思うわ。……今もまだ実感がわかないんじゃないかしら?」
「そうね。――ちゃんと家族がいて、ちゃんと『人として』育てられた。それは本当に良かったと思う」
リズの言葉を聞いたダーラは、思ったことを正直に言って。その、取りようによっては「ディーア家」を軽んじているようにも取れるようなその言葉にリズはほんの少しだけ感心をして。こちらも正直に、胸の内にあったことを言葉にする。
「『貴族』として育てられなかった。それはもうしょうがない。だけど、それではディーア家の家名を背負えない。――だから私は、まずはフィリに『両親に会ってほしい』とだけ願っている。フィリを『貴族の一員として』迎え入れることは、少なくともすぐにはできないから。……そのあたり、伝わっているといいのだけど」
「そのあたりはオルシーもいるし、大丈夫だと思うわ。――ええ、大丈夫、あの子たちは聡いから」
リズの言葉は、聞きようによっては冷たく聞こえる言葉で。そう聞く人も世の中にはたくさんいることを知っているリズは、返ってきたダーラの好意的な返事に、少しだけ安心した表情を見せて。
「別に、ディーア家の一員として扱えないからと言って、赤の他人という訳じゃない。……私はもう、『赤ん坊の頃のフィリ』のことを、ほとんど覚えていないけど。それでも、幼い頃にいたはずの赤ん坊とこうして再び縁を取り戻せたのはとても面白いし、良かったと思う。せっかくの縁なんだから大切にしたい、そう思っているわ」
それでも、どこかすました顔でそう言葉を紡いで、リズは話を区切って。その言葉を聞いて何を感じたのだろうか、ダーラはどこかからかうような言葉をリズに投げかける。
「なんて言うか、あまり『貴族様』らしくない言葉よねぇ」
「あら、投資家も貴族も、人の縁は大事にするものよ。そうしないと、人もお金も動かせないんだから。――貴方はそのことを良く理解していると思ったけど、違ったかしら?」
その言葉にリズは、すました顔のまま、しれっとダーラに言い返す。世間一般の人たちが抱いている印象なんて知らない。偉ぶってる貴族や金にうるさい投資家もいるかも知れないけど、少なくとも自分は、そんな貴族や投資家が大成するとは思えない。――それは宗教家だって同じでしょうと。
その言葉を聞いて、リズがその言葉に何を含ませたのか気付いたのだろう、ダーラは少し笑いながら、どこか白々しい態度を見せながら、リズに話しかける。
「……それにしても。フィリちゃんも、良い後見人を得たわねぇ」
その言葉を聞いたリズは、「全くこのシスターは」とでも言いたげな表情を浮かべる。……なにせ、話に聞く限り、フィリと共にあの綺麗な巨鳥を「聖鳥」として、多くの子供たちがいる病院に連れて行ったのはこのシスターなのだ。
――きっとその時点で、ダーラはフィリに深くかかわる決心をつけていたのだろうと、そんなことをリズは思う。
この人がどこまで考えて、あの巨鳥を「聖鳥様」としてあの病院に連れて行ったのはわからない。でも、例えば今、ダーラがピーコックに対して「不義理」を働けば、彼女が地道に築き上げてきた信用が一気に損なわれることになる。その位、あの「聖鳥様」は人気がある。
――このダーラという人は、そうなることがわかっていて、それでもあえて、「新教や患者たちのために」そうしたのだろうと、そうリズは確信する。
ダーラは「聖鳥様」を病院に連れていくことで新教の名を高めると同時に、あの病院にフィリやピーコックの居場所を作ったのだ。それはきっと、ダーラにとっては利害を考えての行動でもあって。ピーコックを病院に連れていくことで得られる利益は、この先フィリの面倒を見る、ことによっては教会でフィリを後見するだけの価値があると、そう判断しての行動だろう、そうリズは思いつつも……
「――そうね。あの子は良い後見人に恵まれていると思うわ」
――それでも、リズのその言葉は、嘘偽りのない正直な気持ちを表していた。





