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フィリ・ディーアが触れる世界  作者: 市境前12アール
第一章 先史遺跡に住む少女
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8.群像交錯 ~ 開幕の狼煙 ~

2017/11/12 ピーコックの笑い声を修正

「速い! 速いよピーコック! ちょっと速すぎ!」

「そんなこと言うとったら、いつまでたっても追いつけんわい!」

「けど!」

「ええから、身体を伏せて、しっかり掴まっとれ! さらに速度を上げるぞ!」

「ええぇ~!」


 ピーコックの言葉に、慌てて顔を伏せる。と、グンと速度を上げるピーコック。……無理無理、ちょっと待って!


「速度を落として! 姿勢を変えるから!」

「……そうじゃのう。儂も、首を絞められるのは御免じゃけぇ」


 そう言って、速度を落とすピーコック。またがるようにピーコックの肩にかけてた足を外して後ろに伸ばし、代わりに両腕を首に回すようにして、ピーコックにしがみつく。――最近ずっと座って乗ってたから、「おんぶ」なんて久しぶりだね、そんなことを思いながら、ピーコックに声をかける。


「いいよ!」

「よし、飛ばすけぇ、振り落とされんよう、しっかり掴まっとれよ!」


 そう言って、再びグンと速度を上げるピーコック。よし、これなら大丈夫。自然と後ろに流れていく身体の感覚を懐かしく思いながら、すこしホッとする。

 ピーコックの首の横から、下をのぞき込む。ほんとに飛ばしてるな~。そこそこ高度を取っているのに、どんどんと流れていく景色に、背中に風を感じながら、そんなことを思う。


「当分はこんな景色じゃ。なんかあったんじゃとすれば人里じゃろうて。そこまでは飛ばすぞ!」

「人里って、『外の世界』?」

「ああ! なにか変わったことをするのはヒトじゃと、相場がきまっとる!」


 へぇ~、そうなんだ~って、私もヒトなんだけど?! そう言いかけて、やめる。……言ったら絶対、からかわれる! そんな気がする!

 そんなこんなで、ピーコックと二人、メディーンを追って、空を飛び続ける。――すぐに見つかるといいな! なんてことを思いながら。



 轟音を上げて空を行くメディーンが、目的とする地に着いた時、そこにあったのは、大自然を申し訳程度に切り開いた、ささやかな駅。空を飛んだまま上空に停止し、周辺に信号を出力するメディーン。目指す「情報アクセス端末」からの応答が無いことを確認し、そのまま駅のホームに降り立つ。

 周囲を見渡すメディーン。大地に()かれた線路、周囲の風景から状況を判断する。上昇し、遠くを走る列車を確認すると、再び飛行を始める。――山間(やまあい)の地形にそって、ゆるやかに蛇行するレールの先、所々にむき出しの岩が顔をのぞく荒野にむかい、一直線に。

 やがて、列車を先回りする形で、荒野に伸びる線路の脇に降り立ったメディーンは、直立したまま動きを止め、動力部のエネルギーを動力槽(エネルギータンク)へと蓄え始める。――六%、七%と、徐々に回復していく数値を確認したメディーンは、やがて来るであろう列車に備えて、身動きすることなく、ただ時を待つ。



 生い茂る木々の間を、列車が走る。金網に区切られた、真っ直ぐに伸びる、か細い鉄の道。先頭を走る動力車が、十二両もの後続車両を引いていく。個室を備えた客車、屋根付きの貨物運搬車両、そして最後尾の特別運搬車両を、力強く。

 鳴り響く重い走行音に、慌てて木々から飛び立つ鳥。やがて風景は移ろい、正面に見える湖。湖畔にそって緩やかに曲がる線路。客車の窓には、満足そうに眺める乗客たちの顔。

 湖畔にそって緩やかにカーブを描くその先。岩肌をさらした山肌と広がる荒野、山と山の間を縫うように伸びる線路。列車の中で乗客は、この先も移り変わるであろう自然の風景を楽しみにしつつ、窓の外に見える湖畔の風景を、楽しそうに眺めていた。



「こんな所を、なんか『鉄の箱』が動いとるわい」

「鉄の箱?」

「ああ、あの湖の(ほとり)を、ほれ」

「……わたしじゃよく見えないなぁ」

「そうじゃな。……もう少し近づいてみるか」


 ずいぶんと時間が経って。お日さまがずいぶんと低くなって、そろそろ赤くなりはじめるかなぁなんて思い始めたころ。何かを見つけたらしいピーコックが速度を緩め、湖に向かって向きを変える。……まだまだ、「外の世界」じゃないよね?


「……えっと、今はメディーンの方が先じゃないかなぁ」


 寄り道なんてしてるひま、無いよね。早く「人里」に行かないと。そう思ったんだけど。


「ありゃあ、間違いなく『ヒトのつくった何か』じゃけぇ。案外、メディーンもこの近くにいるかも知れんて」


 どこか笑うようにそんなことを言って。まあ、どこにいるかわかんないんだし、いっか。そう思いながら、姿勢を「おんぶ」からいつもの、首元にまたがる形に変える。

 そのまま湖畔に向かって降下するピーコック。……あれかな? 地面を走る線の上にのってる、ほんの小さな紐みたいな何かを見つける。相変わらずピーコック、目が良いよね~。

 ……と、そのピーコックが、どこか唖然としたようにつぶやくのが聞こえる。


「……なんじゃありゃあ。あんなところからヒトが這い出てきよった」



 切り開いた森の中を疾走する列車。その最終車両に位置する、国宝をのせた特別貨物車両。列車が走りだし、人気がなくなったのを確認したアストは、最後尾から列車の上へと這い上がる。


(ったく、苦労させてくれるぜ)


 当初の計画では、最後の補給駅で、人が居ないのを見計らって、列車の上に移動する予定だったのだ。――ったく、あのクソ真面目野郎がと心の中で吐き捨てる。

 揺れる列車の上、むき出しの連結部に、ひさしのような、申し訳程度の屋根の下。特別車両の扉の向こうに人の気配がないことを確認したアストは、自らの装備を確認する。

 両腰の拳銃嚢(ホルスター)にしまわれた、二丁の小型銃。同じく腰に巻かれるように備え付けられた弾入れ。拳銃嚢(ホルスター)から愛銃のシュバルアームを引き抜き、収める。弾入れから弾薬と信管を取り出せることを確認する。

 そうして、いつ戦闘に入っても応戦できることを確認した後、腰のズボンのポケットから、小型の通信機を取り出し、通信機の向こうにいる相手に話し始める。――列車が向かう先にある荒野を見下ろすように、山の中腹に陣取って待つ、自分の相棒へと。


「こっちはいつでもOK、そっちは?」

「俺っちの方も準備万端。ってもまあ、こっちはまだ、列車の影すら見えんけどな」

「上等上等。もしもの時は(・・・・・・)よろしく頼むぜ、相棒。通信終了(オーバー)

「俺っちはまあ、出番が無いことを祈っておくさ。『作戦(ミッション)成功(コンプリート)』のコール、気長に待ってるぜ。通信終了(オーバー)


 通信を終えたアストは振り向き、特別貨物車両の扉を開ける。うす暗い室内に差し込む日の光。小さな窓、所々に置かれたコンテナ。室内の様子を素早く見回し、誰もいないことを確認した後、改めて、部屋の中央に視線を送る。――国宝が収められているはずの、一目で特別製とわかる貨物コンテナに。



「……なんじゃったんじゃろうな、今のは」


 ピーコックのよくわからないつぶやきは無視して、前を走る「箱」を見る。――ピーコック、よくわからないこと、結構いうからね! 独り言? 誰かに話しかける訳でもないのに、たまにしゃべりだすんだ。紛らわしいよね、ほんと!

 ……わたしにもようやく見えてきた。確かに「箱」かなぁ。「鉄」かどうかはわからないけど。そのまま高度を下げて、その箱に並ぶように飛ぶピーコック。

 あっ、窓の向こうにヒトが居る! たくさん! ……こっちを見てる? 指さしてる? ほんとうに一人一人、顔がちがう! 動き方もメディーンと全然違う!


――ジリリリリリリリ……――

「きゃ!」


 突然、後ろの方から聞こえてきた大きな音に身をすくませる。と、ピーコックが速度を落とす。……音のなった方に行こうとしてる?


「なにかあったみたいじゃけぇ、ちいと見とこうかと思っての。……あ奴は絶対、何か起こすに決まっとるからのぉ」

「……それ、ちょっとメディーンのこと、ばかにしてない?」

「カッカッカッ、そんなこたぁない、当たり前の評価じゃて」


 ……絶対、ピーコックの方が騒ぎを起こすと思うけど。そう思いながら、隣を走る「箱」を見る。今までは、窓の向こうの部屋、座る場所とか机とか、どこかわたしの住む小屋に似てたんだけど。この窓の向こうは、なにもない、空っぽの部屋。その部屋で、同じ服を着た人たちが動き回って。――真ん中の人がきっと、絵本とかで見た「えらい人」かな。その人だけが動かずにこう、周りの人にいろいろ話してるみたい。



「一班、三班は装備を整え第十一貨物車両に集合。特別貨物車両の哨戒任務とする。指揮は私が執る。第二班、第四班は客室車両の警備。詳細がわかるまで、民間人は客室で待機、安全を保障するように。指揮は第二班班長に一任する。民間人を第九貨物車両以降に入れるな」


 特別貨物車両から鳴り響く警報音に、ジュディックは素早く指揮を執る。予想外の警報から立ち直り、ようやく軍人らしい緊張感を取り戻した部下たちに、心の中で苦笑いしながら。――誰が走行中の列車で、この警報が鳴り響くなど考えるだろうかと。

 事が起こるとすれば停車中。それはジュディックですらそう思った事なのだから。(ゆえ)に、駅に停車中、妹からからかわれようが、気を緩めずに警備をしていたのだ。


(警報器の誤動作か? いや、今は侵入者を想定すべき状況だ)


 どこか油断が入りながら、それでも持って生まれた生真面目さがそうさせるのか。あくまで最悪を想定しての指揮を執るジュディック。一度命が下れば、あとは軍人としての規律を優先して動く部下たち。

 その様子に頷いてから、最後の一人、何の因果か空軍からの借り物としてやってきた自らの妹に視線を移す。


「プリム・ジンライト大尉は乗機に搭乗して待機。いつでも離陸できるようにしておくように」

「了~解! プリム・ジンライト大尉、リコちゃんにて待機します」

「……復唱は正確にするように」

「しっつれいしました~! プリム・ジンライト大尉、『一六式(イチロクシキ)強襲偵察機(アサルトリコナー)』にて待機の任に就きまぁっす!」


 ……まったく、空軍の規律はどうなっているのか。ジュディックは、自分の妹の態度を見ながら、頭を抱える。


(まさか、自分以外の相手にも、あんな態度を取っているのはないだろうな)


 単に、私相手だからこその気安い態度だろうと、浮かんだ疑問をねじ伏せるジュディック。……それもどうかと思いながら。――共和国空軍のいささか自由な空気を知らないジュディックは、そう自分を納得させる。さすがに兄妹ゆえの態度も混じってはいるのだろうと。敬礼を解き、第十車両、空軍機を格納した貨物車両に歩いていく妹を、ジュディックはそんな複雑な心境で見送る。


「第十一貨物車両に集合完了しました」

「わかった。そちらに向かう」


 再び駆け寄る部下の報告に、心を切り替えるジュディック。――こうして、ジュディックは国宝の収められた特別貨物車両で何が起こったかを調査するため、部下の待つ第十一貨物車両に向けて歩き始めた。



「わわ!」


 突然上昇を始めたピーコックに、思わず驚きの声が漏れる。――なんで急にそんなことをするかなぁ。落ちそうになったじゃない!


「……ちいとな、嫌な予感がするんじゃ」

「嫌な予感?」

「ああ。……なんかあったら、とっとと逃げるぞ」

「ええぇ!? まだ全部見てないよ!」


 見てない場所に、メディーン、居るかもしれないじゃない! 第一、ここにいるかも知れないって言ったの、ピーコックだよ!


「そう言うてもなぁ、みすみす危険を犯すわけにはいかんて」

「……危ないの?」

「そんな気がするんじゃ。まあ、気のせいかも知れんのじゃが。距離は取っといた方がええ気がするんじゃよ」

「……メディーンは?」

「……儂には、あ奴が『危険』になるなんてことが想像できんのじゃが」


 そっか、危ないかもしれないんだ。いくつも連なった「箱」を、少し遠くから見下ろすように眺めながら、少し納得する。……メディーンが危なくなることが想像できないってどうなんだろうと、少し思いながら。


「……メディーンだってね、危なくなることもあると思うよ」

「どうじゃろうなぁ。あ奴は、例え空から大地が落ちてきても、いつも通りにしとると思うがのぉ」


 わたしの反論を、ピーコックが言い返して。そういえばいつも住んでる施設と小屋、むかしは空を飛んでたって、そんなこと言ってたっけ。あのときは慌てたわい、なんて。……ピーコックが慌てるところも想像つかないんだけどなぁ。

 けど、確かにメディーンだったら、何があってもいつも通りな気がする!


「まあ、そういう訳じゃ。何かあったらすぐに離れるぞ」

「わかった!」


 ちょっと遠く、人が指の先くらいに小さく見えるくらいの距離から。連なって走る一番最後の箱あたりを、遠目をこらすように見る。

 箱と箱のあいだの隙間みたいな狭い場所に何人も立って。あの人、さっき箱の中でみた「えらい人」かなぁ。みんな、一番最後の箱の方を見ながら、長い棒みたいな何かを持って。……絵本の中で見た「剣」? ちょっと違うかなぁ、遠くからだとよくわかんないや。

 あの、びっくりした大きな音も鳴りやんで、箱が走る音が鳴りひびく中。気が付けばおひさまもさらに傾いて。少し赤くなり始めた空から、連なるように走る「箱」を、見下ろすように眺め続ける。



 薄暗く、小刻みに揺れる部屋。積み重ねられた貨物コンテナ。小さな窓からのぞく、沈みゆく夕日が影を引く。


「……っ、列車輸送で警報装置たぁ、用心深いこった」


 列車の最後尾、厳重に警備された特別貨物車両、そのただ一つの入り口から隠れるように、貨物コンテナに身を潜めながら、アストは一人呟く。

 無事にお宝の元にたどり着いて、あとは頂戴してずらかるだけと、口笛混じりにコンテナに触れた途端、辺りに鳴り響く、耳をつんざくような警報器の音。

 慌てて周りを見渡すアスト。唯一の入り口から微かに聞こえる足音。慌ただしく統一感に欠けた靴音、話声。


(やっべぇっ!!)


 慌てて隠れる場所を探すアスト。目についた奥の貨物コンテナに身を隠れ、腰の拳銃嚢(ホルスター)から小型銃を引き抜き、撃鉄を起こし雷管を装着、貨物コンテナから半身を晒し、特別貨物車両に入ってきた警備兵に向かい、引き金を引く。

 (つんざ)く轟音。続く兵士の倒れる音を確認することなく次弾を装填、再度火を噴く小型銃。盾にした貨物コンテナの向こう側から視える(・・・)魔法式反応に嫌でも悟る。――しくじった。こりゃあ、相棒の世話になるしかねえな、と。



「合図で左右から援護射撃、突入組は遮蔽物を利用して橋頭保を構築、……」


 警備兵を指揮しながら、ジュディックは思いもよらぬ苦境に(ほぞ)を噛む。背後には不用意に特別貨物車両に入ろうとして撃たれた二人の兵。身にまとった防弾装備のおかげで命に別状は無いものの、警戒を怠り負傷者を出したという結果が、ジュディックの心に重くのしかかる。


(この警備の中を乗り込んでくるような奴だ、もっと警戒すべ……、いや、今は良い。まずは目の前の状況だ)


 特別貨物車両の扉の前、「聖典」護送の任を果たすべく、部下に室内の調査を命じる。扉を開け、静まりかえった室内の様子を確認し、中に入ろうとする部下たち。――その部下たちが、部屋の奥からの銃撃で倒されたのを目の当たりにし、室内に賊が潜んでいる可能性を失念していたことを思い知ったのはつい先刻のこと。

 急ぎ倒れた兵を救出し、手当てを命じ、突入の体制を整える。教科書通りの隊列、迷いを見せない指揮は軍人特有のものか。


「三……、二……、一……」


 突入の時を合わせるための秒読みを上げるジュディック。一糸乱れずに動く警備兵。手にした一三式魔法銃刀に式を刻む。魔法式の構築が終わり、発砲準備が整った兵が位置に就く。ある者は援護のために。ある者は突入のために。

 秒読みをしつつ、ジュティックは心を決める。どんな手を使っても。例えやたらと(・・・・)気安い(・・・)空軍からの(・・・・・)お客さん(・・・・)の手を借りてでも、この賊は逃さないと。縄張り意識の強いお偉いさんのことなど知ったことかと。


「……突入!」


 いざという時には、自分に与えられた手札全てを使い、この賊の逃亡を阻止する。そう決心をしつつ、賊をとらえるべく、開戦の狼煙となる号令を口にした。



 八十八%、八十九%……、荒野の線路脇で身動きせず、動力槽(エネルギータンク)へとエネルギーを蓄え続けるメディーン。

 彼が求める「端末デバイス」を乗せた列車は、時間にしてあと十分程度の所にまで迫っていた。

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個人HPにサブコンテンツ(設定集、曲遊び)を作成しています。よろしければこちらもどうぞ。

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