1.いろいろな再会を先に控えて
「ここを空から眺めるのは久しぶりじゃが、さて。……すんなりと見つかるかのぉ」
旧都マイニングの上空で。ピーコックは、眼下に広がる風景の中の一点、今はたった数センチの大きさに見える「首都ホープソブリン・マイニング」の街並みを、何かを探すように目を凝らしながら、ゆっくりと飛翔する。
フィリたちがオルシーを連れて遺跡に行き、十日間ほど滞在したあと。彼女たちは、行きと同じような航路を使って、旧都マイニングへの帰路について。すでに一度、飛行機での長旅を経験していたからだろうか。途中、これといった苦労もなく、旧都マイニングのすぐ近くにまで戻ってきたのは、つい先ほどのこと。
――だが、このまま基地に行くのはどうなのだろうと、そんな話になって……
(……また、メディーンが盗んで、儂が話し合いをする羽目になるとはのぉ)
地上に小さく見える首都の街並み、その中にあるはずの「訓練場宿舎」を探しながら、ピーコックは嘆息する。思えば、初めて訓練場宿舎に住む「あ奴ら」と会話をしたのも、メディーンが盗み出した「聖典」とやらを返すために、あの「プリム」とかいうヒトと空の上で交渉を始めたのが最初だった。
あれから思いがけず、その訓練場宿舎に住むことになって。外の世界に疎かったフィリに様々なことを教え、フィリが自立するための支援を得る代わりに、他の奴らの手に渡った「聖典」を取り戻すために協力をして。――と言っても、実のところ、その協力をしていたのはメディーンだけなのだが。
無事にその聖典を取り戻した隙に、自分たちは、彼らの「飛行機」を一時的に無断で拝借して、遺跡への里帰りを果たして。
――今度は、その無断借用について赦しを得るために、まずはピーコックが一足先に訓練場宿舎へと赴いて「交渉」した方が良いんじゃないかと、そんな風に話はまとまって。というよりは……
(……今回はまあ、儂の発案じゃからなぁ)
結局、今回の「企み」は、そのほとんどがピーコックの主導で行われたことで。そのまま訓練場宿舎に戻っても、そこまで大ごとにはならないと思うが、念のため相手の意思は確認しておいた方が良いだろうと、そんなことを、ピーコック自身が言い始めて。
フィリたちも、多分ピーコック自身がそう言ったからだろう、さほど反対もしないままに受け入れて。……多分、あ奴らは儂の意見を尊重したのじゃろうなぁと、そんなことを考えて、ピーコックは再び苦笑する。
(まあ、今度はあの「銃」とやらで狙い撃たれることもないじゃろうしな)
前回の「交渉」の時は、儂らは「聖典」とやらを盗んでいった、正体不明の一味だった。それを思えば、今回はすでに顔見知りで、置き手紙まで置いてある。盗んだものが「飛行機」という、少し高価なものだがまあ、前の「聖典」よりはマシだろうと、そうピーコックはたかをくくりながら、目的の「訓練場宿舎」を探し続ける。
(まあ、こうして高度を取ったところで、結局は誰かに見られるのは避けられんのじゃがな)
この高度なら、地上からは自分は豆粒程度の大きさにしか見えない筈だと、そんな思惑から、あえて高度を取って飛ぶピーコック。無用な騒ぎを避けるためとはいえ、この距離から見慣れぬ場所を探し出すのはなかなかに骨じゃわいと、そんなことを思いながら、それでもピーコックは高度を維持したままじっと目を凝らし、目的の訓練場宿舎を探し続ける。
(とはいえ、結局は「訓練場宿舎」に降りねばいかんけぇのお)
今はどれだけ高度を取って目立たなくしたところで、地上に降りる時は当然、高度を下げなくてはいけない。そうなると当然、誰かの目に映るのは避けられない。そうやって考えると、今こうして目立たないように苦労しているのも、「やらないよりはマシ」程度のことだろう。
大体、フィリやあのオルシーとかいうヒトならともかく、儂がどれだけ目立ったところで、別にどうということもない。住めなくなっても遺跡に戻れば良いだけなのだから。それに、これから交渉をする彼らだって、もう知らない仲でもない。いくら儂が騒ぎを起こしたからといって、いきなり撃ってくるようなことはあるまいにと、そこまで考えたところで、ピーコックはふと思う。
――そういえば、儂の翼を撃ち抜いたのは、あ奴らとは関係のない奴らだったなと。
そんな、ピーコック自身が考えすぎだろうと思うようなことを考えたところで、視線の先に、目的の「訓練場宿舎」を捉え。
(おっと。そこか。――南無三!)
馬鹿馬鹿しいと思いながらも考えずにはいられない、そんな失った片翼が疼くような考えを振り払うように、どこか「なるようになる」と開き直るように勢いをつけて、ピーコックは、久方ぶりの「訓練場宿舎」に向かって、一直線に加速した。
◇
「あの『怪鳥』に連絡を任せて、本当に大丈夫かしら?」
「ははは……」
訓練場宿舎のある「旧都マイニング」から少し離れた場所で。オルシーは遠くの空を見ながら、少し心配そうな声でそんなことを話しかけてくる。……その声に、えっと、これ、ピーコックのことを案じてるわけじゃないよねなんてことを思いながら。ちょっとすぐに言葉が出てこなくて、かわりに笑い声を出して。
「大体、あんな『怪鳥』が、首都の上空を飛んでたら、撃ち落とされても文句は言えなさそうだけど」
「もう何度も病院の上を飛んでるんだし、さすがにそれは大丈夫じゃないかなぁ……」
続くオルシーの憎まれ口に、少しだけピーコックの肩を持って。うん、ピーコック、病院でもう何回も子供たちを乗せて飛んでるんだし、それはもう今さらだと思う。
オルシーも、そのことをわかった上で「憎まれ口」を叩いているんだと思うけど……
「でも、いきなりわたしが戻ると、ほら、プリムお姉さまとか怒ってるかもしれないから」
「……あの鳥、たまに過保護になるわよね」
「ははは」
でも、オルシーはきっと、自分のことで誰かに「頼る」のが嫌いで。だから、ピーコックが何でプリムお姉さまたちと先に会おうとしたのかもわかった上で、それでも憎まれ口を叩いてるのかなと。――それは多分、オルシーの「意地」みたいなもので。だけど、その「意地」があるから、今の、いろんなことを知ってるオルシーになれたのかななんて、そんなことを考えてたら、急にオルシーが話題を変えてきて……
「ところで、その、プリムさん? 確か軍人さんよね? ……どうしてフィリは、その人のことだけ『お姉さま』なんて呼んでるのかしら?」
……何でって、えっと、始めはピーコックが「女の人はおばさんって呼んじゃいけない」って教えてくれて。そうそう、「お姉さんと呼べ」って、うん、お姉さまはおばさんじゃないし、間違ってないよね、普通だよね。
だけど、あれ?、お姉さま?、お姉さん?、いつのまにわたし、お姉さまって、でもおねえさまたぶんわたしみたいにまよったりずっとかんがえたりしないしわたしなんかそとのせかいにでようってきめたのになにをすればいいのかぜんぜんわからないしおねえさまはそんなことでなやんだりしないきっとなんでもちゃんとできるしほんとうにすごいあんなふうになりたいでもどうすればあれもしかしてかおがあかくなってるオルシーみてるどうしようなんでアレあれエット……
「……おかしい、かな?」
……オルシーに言われて、プリムお姉さまのことを考え始めたら、急に訳がわからなくなって恥ずかしくなって。なのに、オルシーの視線が急に気になって。できるだけいつも通りの話し方になるように意識しながら、変じゃないよねとオルシーに聞いてみる。
「……まあいいわ。それよりも、ピーコック、戻ってきたみたいね」
わたしの方をじっと見ていたオルシーは、そう言って。少し話をそらすように、空を見て、遠くの方を指でさす。その先には、最近ようやく見慣れてきた、片翼を広げて飛ぶピーコックがいて。
――わたしも、何もかんがえないようにしながらそっちの方を見て。ピーコック、はやく戻ってこないかななんて思いながら、ピーコックが少しずつ近づいてくるのを、じっと待ち続けた。
◇
「どうだったかしら? 私たち、罪に問われそう?」
「……それがのぉ」
冗談めかして言うオルシーに、ピーコックはどこか戸惑い気味の返事をして。その声にオルシーは、少しだけあれっていう表情をする。
――確かオルシー、そんな大変なことにはならないって言ってたし、わたしもそう思ってたんだけど。でも、ピーコックの表情は、何か予想外のことがあったみたいで。
だけど、飛行機を勝手に持ち出したことで何か言われたわけでもなさそうで。えっと、何があったのかなと、そんなことを考えている間に、ピーコックが説明を始める。
「なんか良くわからんのじゃが。どうも儂らがいない間に、遠路はるばる、『客』とやらが『王国』とかいう所から来たみたいでのぉ。で、儂らが帰ってくるのを待っとったみたいじゃな。会って早々、その客に会ってくれないか、なんて言われたんじゃが」
「……よくわからないわね。誰が、誰を訪ねてきたのかしら」
ピーコックの説明に、オルシーが少し戸惑ったような声をあげる。……えっと、二人のこの言い方だと、そのお客さん、オルシーじゃなくて私たちを訪ねて来たんだよね。でもわたしたち、外の世界に知り合いなんかいないけどと、そう思いながら、二人の話を聞き続ける。
「どうも、王国の『シホンキゾクのゴレイジョウ』とやらが、儂を訪ねてきたようなのじゃがな」
「……貴方、そんな知り合いが居たの?」
「そもそも儂に、ヒトの知り合いなんぞ、いる訳ないじゃろうて」
「……そうね。『資本貴族のご令嬢』が何なのかもわかってなさそうだし」
えっと、よくわからないけど、王国から、えっと、貴族の女の人が、ピーコックを訪ねて来たんだよね。……確か貴族って言うのは「王国の偉い人」のことで。でも、「シホン貴族」ってなんだろう? ダーラさんのお勉強でも教わってないよね?
あの話し方だと、オルシーは知ってるんだよね。うん、後で聞いてみよう。
「まあ、その『シホンキゾクのゴレイジョウ』とやらは今、教会におるそうじゃし。会えばわかるんじゃないかのぉ」
もしかしたら、わたしが考えすぎなのかも知れないけど。だけど……、本当にもしかしたらだけど。
――わたしはその人と会って話をしないといけないかもしれないと、そんな気がするから。
◇
今度こそ、みんなで「訓練場宿舎」に行くために、飛行機に乗って。オルシーの車椅子を固定してから席に着いて。……疑問に思っていた「シホン貴族」について聞いてみる。
「『資本貴族』っていうのは、そうね、商人にお金を貸して『大きな商売』にして儲けを出した結果、貴族として認められた人のこと、で良いかしら」
オルシーの返事に少し考えて。えっと、商人さんにお金を貸して商売をしてもらう人のことなのかな? でも、お金を持ってて商売したいのに、なんで自分で商売しないんだろう? 自分でできることをするのが「お仕事」だって思ったんだけど、違うのかな?
そんなことを考えていたら、ピーコックが横から口をはさんできて。
「つまり、『商人をつかってより大きな商売をする商人』のようなもんかのぉ」
ピーコックの答えを聞いて、なるほどと感じて。確か「商会」っていうんだっけ? 商売が大きくなると一人で商売するのは難しいから、商会っていうのを作って、沢山の商人さんが協力して商売することもあるって、「社会の仕組み」のお勉強のときにダーラさんに教えてもらったんだけど、それと同じようなことかな。……そう思ったんだけど。
「違うわね。『資本貴族』がするのはあくまで『お金を貸すこと』であって、商売をするわけでは無いわ」
「……じゃあ、『金貸し』のようなもんかの」
「それも違うわね。『投資』というのは、お金を貸して儲けるのとは違う、貸したお金で大きな商売をしてもらって、その利益を分けてもらうの」
「……よおわからんのぉ」
オルシーが言うには、「商会」とは違うみたいで。あと、「金貸し」とも違うって。それを聞いて、ピーコックが戸惑ったような声を上げる。……多分、わたしもまだダーラさんから教わってないことだと思うんだけど。やっぱりわたしにもよくわからなくて。思わず首をかしげる。
そんなわたしたちの様子を見て、オルシーは少しだけ、しょうがないわねと言いたそうな表情を浮かべながら、わたしたち二人に話しかける。
「そうね。別にわからなくても良いと思う。でもね、これから会うことになる『資本貴族』様に、『金貸し』とか『商人』だなんて、絶対に言ってはダメよ」
えっと、「資本貴族」っていうのは偉い人で。それ以上に「トウシ」は「商売」や「金貸し」とは違うのだから、一緒にしたら失礼になるんだって。オルシーの説明に納得して頷いて。注意しなきゃと心の中でつぶやいて。
「――これで、この『旅行』も終わりね」
そんなことをオルシーが呟くのを聞いて、なぜか少し寂しいような気分になりながら、「そうだね」って言葉を返す。
そんな気分が声に出たのかな、オルシーがことさら明るく、「行きの時は椅子もなかったけど、帰りは快適だったわね」なんて話しかけてきて。うん、楽しい旅行なんだから、最後も明るくしなきゃなんて思いながら、なんて返事をしようか考える。
そうそう、この椅子、遺跡にいる間にメディーンが取り付けててくれたんだけど。行きのお布団も柔らかくて良かったけど、やっぱりずっと座ってるといろんな場所が少しずつ痛くなったりしたよねとか、そんなことを思い出しながらオルシーと話をして。
オルシーもやっぱりおんなじようなことを考えてたのかな、うんうんと頷いて。けど、この車椅子、どれだけ長く座ってても身体が痛くならないんだけど、どうなってるのかしらなんて言い始めて。……言われてみれば、わたしが今座ってる椅子もぜんぜん痛くならないとか、そんな話で盛り上がって。そんなことを話している間に、飛行機も離陸して。
あとほんの数分で、短いようで長かったフィリたちの「里帰り」も終わり、自分がこの先生きていくと決めた、少し懐かしい「外の世界」へと戻る。そこに待っているはずの、久しぶりに会う人たちとの再会に、フィリは少しだけ緊張して。
――それでもフィリは、その「再会する人たち」の中に、自分の記憶にない「血のつながった人たち」が混じっているとは、露にも思っていなかった。