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フィリ・ディーアが触れる世界  作者: 市境前12アール
第五章 オルシーと触れる、住む人の無いまどろみの世界
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9.それぞれの決意

 ほんの少しだけ、時をさかのぼり。オルシーが静かに去って、小屋の中で一人すやすやと眠っていたフィリは、部屋の外で小さく鳴いたピーコックの鳴き声に反応するかのように、軽く身じろぎしたあと、その(まぶた)をそっと開ける。

 ぼんやりとしたまま、布団にくるまっていたフィリは、隣で眠っていたはずのオルシーがいなくなっていることに気が付いて。上体を起こして、小屋の中を見渡して。


――寝台の横に置いてあったはずの車椅子も無くなっていることに気付いたフィリは、起き上がって、窓の外を見て。遺跡の外れに植えられた木の下にひとり佇んでいるオルシーの姿を見つける。


 フィリはじっと、窓の先にいるオルシーの様子を見続けて。やがて、寝台の上に戻り、布団の中に潜り込んで、目を閉じて。――眠れないままに、静かに時が過ぎるのを待ち続けた。



 夜中にふと目が覚めて。

 オルシーが居ないのに気が付いて。

 窓の外を見て。

 庭の木の下でオルシーが周りの景色を見ているのに気がついて。


――どうしてかな、今のオルシーには声をかけてかけちゃいけない、そんな気がして。


 もう一度眠ろうとおふとんに包まって、だけど眠れなくて。瞼をとじて、じっと、時が過ぎるのを待って。


……どれだけ待ったのかな。そぉっと、小屋の扉を開ける音がして。


 静かに、車椅子を動かす音がして。寝台のすぐ近くでその音が止まって。車椅子の上でオルシーが身動きする音を聞いて。……少しだけためらったあと、思い切って声をかける。


「――オルシー?」


 わたしの声を聞いたオルシーは、びっくりしたのかな、少しだけ動きを止めて、……なんでだろう、壁の方を見ながら、少し気まずそうな声を上げる。


「起こしてしまったわね、ごめんなさい」

「大丈夫、目が覚めてたから」


 うん、わたしも「寝たふり」みたいなことをしちゃったから。心の中でごめんなさいをしながら大丈夫と返事をして。


――暗い上に壁の方を向いていたから、オルシーの表情とか見えなかったんだけど。怒ってないようで、少しだけほっとした。



 あのあと、オルシーが車椅子から寝台へと移動するのを手伝って。もう一度、並んで布団にくるまって。……なんとなく眠れなくて。でも、何か話しかける気にもなれなくて。そんなことを考えていたら、オルシーが、小さな声で話しかけてくる。


「少しね、考えごとをしてたの」


 その声は、まるでひとりごとのような、そんな小さな声で。――なんでかな、なんとなくオルシーは、ただ話を聞いてほしいのかな、なんて感じて。


「考えごと?」

「そう。いろんなことを。そうね、今日の昼に聞いた『前の管理者』のことや、この場所のこと。それから、少し昔のことも」


 わたしの短い「あいづち」に、まるで最初から何を話そうか決めてたみたいに、すらすらと話し始めるオルシー。――その「とまどい」のない口調に、オルシー、今日の昼からずっと、何か考えごとをしてたみたいだったけどまとまったのかなと、少しだけほっとする。


「昔のこと?」

「ええ。あの病院に入院したばかりの頃のことや、ケイシーのこと、あとはそうね、……両親のことも、少しだけ」


 そんなわたしに、オルシーはそう話しを続けて。その言葉に、少し興味を覚える。そうだよね、オルシーにもお父さんやお母さんはいるよね。……えっと、どんな人なんだろう。


「……両親? お父さんやお母さん?」

「ええ。ケイシーはいまでも定期的に会いに行っているわ。元気に過ごしているそうよ」


 どんな人なのか少し気になって聞いてみたんだけど。えっと、この言い方だと、オルシーはお父さんやお母さんと会っていないんだよね。じゃあ、どんな人なのかもわからないのかな。少し残念に思いつつ、正直に思ったこと伝えてみる。


「――そっか。オルシーのお父さんやお母さんならきっと、頭が良いんだろうなぁ」


 うん、親子って似るんだよね。なら、ケイシーやオルシーのお父さん、お母さんなら、きっと悪い人じゃないよね。だって、オルシーもケイシーも、みんなのことを大切に思ってるってわかるから。それに、オルシーはこんなに凄いんだから。ケイシーもきっと、オルシーのことを自慢するよね。だからきっと、オルシーのお父さんやお母さんにも、オルシーの凄さは伝わってると思うんだと、そんなことを考えていた。



 布団に包まったまま、小さな声で話しをするフィリとオルシー。

 星空の下で思いを巡らせ心も定まったのだろう、オルシーは、迷いのない口調でフィリに話し続けて。それでも、どこかに不安を抱えていたのだろう、その口調には、どこか心細さが残っていて。


――そんなオルシーに、フィリの素直な言葉が励みとなって染み込んでいく。


 両親のこと、過去の管理者のこと、聖典のこと。星空の下で固めた想いを、病気のことだけは伏せながら、ゆっくりと一つ一つ言葉にしていくオルシー。その言葉に耳を傾け続けるフィリ。

 たまにフィリの口から出た感想は、素朴で前向きで。自らが言葉にした想いと、フィリが言葉にした想いが、オルシーの心に力を与えて……


「私ね、『自分の思い描いた物語』を書いてみたいの」


――そう、フィリに宣言するように言う頃には、オルシーが迷い続けた末に得た答えは、自らの言の葉に形付けられて、強く定まっていた。



 それから残りの数日間、オルシーと二人で、たくさんのいろんなことをする。


「本当にパイナップルが取れるのね」


 ピーコックの背に乗って、少し遠くの山のふもと、「パイナップルの採れる場所」に行って。空から見下ろしてた時は、オルシーもまだ信じていなかったのかな、疑わしげな声だったんだけど。ピーコックが地上に降りて魔法を解除した途端に吹いた「むわっとする風」に少しびっくりしたあと、「確かに一年中この暑さなら、南国の果物が採れてもおかしくないわね」なんて言って、オルシーも納得して。わいわいと色んなことを話しながら、食べごろの実を一つ選んで、持ち帰って。


 採ってきたパイナップルを摩り下ろして、豆乳――大豆から作った牛乳の代わりの飲み物――を混ぜてかき混ぜて作ったジュースを、その日のお昼ごはんのパン粥を食べる前に、オルシーと一緒に飲む。

 えっと、メディーンが言うには、オルシーは普通の人よりもたくさん「赤いお肉」を食べないといけないんだけど、身体が弱ってて、あんまり食べれなくなってるみたいで。だけど、今飲んでるジュースは、お肉を消化するのを助けてくれるから、おすすめなんだって。

 他にもメディーンは、お肉を食べやすいように細かく刻んだり、脂身を取り除いておかゆに入れたりと、いろんなことをしてくれてたみたい。そんな話をオルシーは真剣は表情で聞いていて。


……こっそりと、えっと、「こってりとした」イノシシのお肉も食べたかった気もするけど、しょうがないよねなんて思いながら、メディーンの話をオルシーに伝える。


 そのイノシシのお肉を、一度オルシーと一緒にさばいてみよう、みたいな話もして。……一緒にさばくはずだったんだけど。ピーコックが狩ってきてくれたイノシシに、オルシーは近付いて来なかったから、結局、わたし一人で捌くことになって。


「オルシー、やらなくていいの?」

「……むしろ私は、どうしてフィリが平然と捌けるのが不思議でしょうがないんだけど」


 一緒にやらなくていいのって聞いたんだけど。オルシーはどうしても「そんなことはできない」って言い続けて。よくわからないけど、「フィリって、意外とたくましいわよね」なんて言われて。


「そうね、フィリ、少なくとも牧場で働くことはできると思うわ」


 そんな風に言ってくれたのは良いんだけど。……けど、この位、誰にだってできると思うし。それに、牧場って、自分たちで牛とか豚を育ててるんだよね? イノシシを捌くのとは少し違う気がするんだけど、気のせいかな?


 あとは、メディーンが野菜工場からおやさいを収獲するのを手伝ったり、料理を作るところを見せてもらったり。大豆から豆乳を作るところを見せてもらったり、メディーンがよく作る「とろりとしたスープ」を作るのを手伝ったりする。そうそう、他の「過去の記録」も見せてもらったりして。

 今までここに住んでたはずなのに、知らないことがいっぱいあって。あっという間に時間が過ぎて。


 そんな、楽しい毎日を過ごしながら、またたく間に一週間が過ぎて。最後の日の夜、寝る前に、寝台の上で布団にくるまって、今までと同じように、オルシーと話をする。



「わたしを見て、本を書いてみようと決心したって、ちょっと、なんでって、ええー?!」


 オルシーの言葉にびっくりして。思わず大きな声を上げる。


「だってフィリ、『前の管理者』の話を聞いてすぐに、『外の世界でちゃんと過ごしてみたい』ってピーコックに言ったじゃない。あれを聞いた時にね、『ああ、フィリは凄いな』って思ったのよ。――私にはそんな大事なこと、簡単に決心できそうもないって」

「すぐじゃないから! ずっと考えてたことだから!」


 オルシーの言葉に、思わず言い返して。――すぐに、自分が大声で慌てた声を上げておきあがっていたことに気付いて。

 顔が真っ赤になるのを感じながら、頭から布団をかぶって。頭だけ布団から出して。天井の方を見ながら、深呼吸して、ゆっくりと心を落ち着かせて。ゆっくりと、話をする。


「……えっとね、わたしは、色々なことがあって、プリムお姉さんやジュディックさんたちにお世話になることになったんだけど。その前からずっと、『一度は外の世界で過ごした方が良い』って、ピーコックに言われてたんだ。――わたしにとって『外の世界』が良い場所かどうかはわからない。けど、一度は外の世界を見ておいた方がいいって」


 話をしていて気付く。あの時はピーコックが「外の世界を見ておいた方が良い」なんて言われても実感が持てなかったけど、確かにその通りだったと。……なんでって言われると、上手く説明できないんだけど。良いことばかりでもなかったけど。それでも、「外の世界」に行って本当に良かったと、今では思う。


「そうして『外の世界』に出て。そしたら、たくさんの人がいて。みんなお仕事をしてて。すぐにメディーンもお仕事をするようになって。で、思ったんだ。――わたしはどんなお仕事ができるんだろうって」


 そう。最初は宿舎や街の人を見ても、たくさんの人がいるとしか思わなかったんだ。でも、宿舎のみんながお仕事のためにどこかに出かけて。街の人もみんな働いていることに気がついて。

 うん、やっぱり、外の世界で過ごすのはお仕事をしながら生きるってことなのかなと、そんなことを考えたところで、オルシーがわたしに話しかけてくる。


「――お仕事って、何なのかしらね」

「えっと、お仕事って『その人にしかできないことをお願いされること』じゃないの?」

「……それはまた、厳しい条件ね」


 オルシーにしては珍しい、本当にわからないことを疑問を口にしてみたような、そんな言葉に、わたしが今までずっと思っていたことを答えて。そしたらオルシーが、少しだけ、戸惑ったような声を上げて。

 ……あれ? オルシーなら違うって言うと思ったんだけど、そう思いながら。この「小旅行」で、オルシーと話をしていて気づいたことを伝える。


「でも、オルシーも、病院で『オルシーにしかできないこと』をしてるんだよね。……だから、そうでない、『誰にでもできる』仕事もあるってオルシーから聞いて、少しほっとしたんだ」

「……私?」

「言ってたよ? 『病院の中で子供の世話をしたりしてお給料がもらえる』って。それって、誰にでもできるお仕事なんだよね?」

「……そうね。誰かに少し教われば、フィリにも出来る仕事ね、確かに」


 うん。この旅で、オルシーといろんな話をして。わたしが今まで考えていたことや訓練場宿舎で見聞きしたことだけが正しいわけじゃないってことに気付かせてくれたのはオルシーなのに。なのになんで、そんな不思議そうな声を出すんだろう、そんなことを思いながら、話を続ける。


「私はメディーンやオルシーみたいに、『わたしじゃないとできない』ことなんて、何もないから。だから、外の世界に行っても何も出来ないんじゃないか、そんな風に思ってたんだ。

 だけど、オルシーが『誰でもできるお仕事』をしてるって聞いて、もしかしてわたしにも、何かできるお仕事があるのかなって。それにほら、ここに来る途中、わたしにしか買い物に行けなくて。あのときわたしが一人で買い物に行ったのだって、『あのときは』わたしにしかできなかった、そんなお仕事だよね? そんなこともあるんだねって、思ったんだ」


 別に、わたしにしかできないことがなくても、外の世界で過ごしてはいけないって訳じゃないと思う。プリムお姉さんやダーラさんと相談すれば、何とかしてくれる、そう思う。

 だけど、オルシーから「誰にでもできるお仕事もある」って教えてくれて。たまたま「わたしにしかできないお仕事」もあって。その時思ったんだ。これなら、いつかきっと、えっと、上手く言えないけど、「わたしがわたしのお仕事をしながら過ごしていける」って。


――きっとそれが、大人になるってことなんだって。


「そんなことを考えてるときに、『前の管理者』さんの話を聞いて。きっとここは、『前の管理者さん』が仕事をするための場所で。わたしがここにいても、仕事は無いのかなって、そんなことを考えて。

 ダーラさんが教会に住んで病院に行くのも、宿舎のみんなが帰ってきたり、どこかに行ったりするのも、きっとそこに仕事があるからで。わたしも、自分の『仕事をする場所』を探さないといけないのかなって。――そのためにはわたしも、外の世界に出なくてはいけないのかなって。

 だから、外の世界でまずは、わたしも『お仕事』ができるかどうか、色んな人と相談しよう、もしできるのなら頑張ってみよう、そんな風に思ったんだ。

 だからね、わたしが外の世界に出たいと思ったのは、誰にでもできるお仕事もあるって教えてくれた、オルシーのおかげだよ」


 ゆっくりと、考えながら、少しずつ。オルシーにそう話しをして。きっとオルシーにも伝わったのかな、オルシーが落ち着いた、少し笑うのをこらえるような声で話しかけてきて。


「そう。――でも、私が本を書こうと決心したのがフィリのおかげだというのは変わらないわよ」

「――わたしだって、オルシーのおかげで外の世界で頑張ろうと思うようになったのも変えないよ」


 あれ、えっと、もしかして少しだけからかわれてる? そんなことを感じながらも、わたしもオルシーのおかげで色んなことに気付けたことは確かなんだからと言い返して。


――そんな、よくわからない意地のようなものを笑いながら張り続けて。にぎやかしく話しをしながら。「わたしが育った部屋」での最後の夜も、今までと同じように楽しくお話をしながら、静かにふけていった。

これで第五章完結となります。



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個人HPにサブコンテンツ(設定集、曲遊び)を作成しています。よろしければこちらもどうぞ。

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