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フィリ・ディーアが触れる世界  作者: 市境前12アール
第五章 オルシーと触れる、住む人の無いまどろみの世界
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6.忘れ去られた贈り物(下)

「少し休憩にしましょうか」


 遠い過去に、大災害を避けてこの遺跡に残ったという人物の残した記録を静かに聞いていたオルシーは、話の区切りの良いところで、すぐ隣で椅子に座って聞いていたフィリにそう話しかけ。オルシーの言葉に反応して、端末に「一時停止」の文字がうかびあがるのを確認すると、少し疲れたように、車椅子の背もたれに体重を預ける。


(……どうにもやりきれないわね)


 ここまでの話を聞いて、オルシーは思う。大災害前の人たちは、大災害が起こることを十年も前に予測することができた。だからこそ、都市国家の遺跡のような、大災害を乗り越えるための施設を建設することもできたし、それによって多くの命を救うこともできた。そこまでは良い。――でも、本当はもっと多くの人たちを救うこともできたのではないか、と。


(この記録だけでははっきりしたことは言えないのかもしれないけど、きっとそれが現実的な選択だったのよね。少なくとも、この人はそう考えている)


 その時代に生きた人が受け入れたことなのだ。きっとそれが現実的な対応だったのだろう、そうオルシーは自分に言い聞かせながら。だが、それでも思うのだ。――本当にそれが最善だったのだろうか、と。

 都市国家の遺跡は、各国の首都に匹敵するような広大な大都市をそのまま今に残したような、そんな遺跡だ。そんな大都市をたった十年で建ててしまえるような人たちが、本当にそれ以外の手を打つことが出来なかったのか?

 今ここにある遺跡を「丸ごと」宇宙にまで運ぶなんてことができるような人たちが、本当に、ほんの少数だけが安全を確保して、他の大多数の人たちにはたった数日間の安全しか確保できないような方法しかとれなかったのか?


 何かもっと良い方法があったのではないか、もっと救う方法もあったのではないかと、そんなことを考え始めたところで……


「……ルシー、大丈夫?」


 ……オルシーは、自分を呼ぶ声に気付いて、考えるのを中断する。


「ごめんなさい。ちょっと考え事をしてて」

「そう。……邪魔しちゃった?」

「いえ、むしろ助かったわ」


 フィリの心配そうな声に、オルシーは声が暗くならないように意識しながら、素直に返事をする。


(少し没頭しすぎたわね。……悪い癖ね)


 人一倍、本に慣れ親しんでいるからだろうか。知識に触れたときに、様々なことに思いを巡らせる癖のあるオルシーは、今のは少し没入しすぎよねと軽く反省をし、気分を入れ替えようと務めて明るい声で、傍らのフィリに話しかける。


「フィリは大丈夫?」


 先ほどまでの衝撃的な話に、なんとなく、オルシーは自分にかけられた言葉をそのまま返すようにフィリに話しかける。あれだけ衝撃的な話だったのだから、フィリもきっと衝撃を受けただろう、そう思いながらフィリに質問をしたオルシー。――だが、その質問に対するフィリの答えは、オルシーには予想外の答えで……


「うん。――少しね、この人のことが羨ましいなって」


 ……その言葉に、オルシーは、声を失う。


「なんでかな、多分この人は、本当に自分のやりたいことをしたんだろうなって。それはきっと、メディーンやピーコックも、訓練場のみんなも一緒かなって、そう思うんだ」

「みんな、一緒……?」


 続くフィリの説明に、振り返ってフィリの顔を見るオルシー。その表情から、それまでオルシーがフィリに抱いていた、素直だけどどこか幼げな様子は影を潜め。静かな、何か芯のようなものをオルシーは感じ取る。


「うん、そろそろ続きが聞きたいんだけど、良い?」


 そんなフィリの促すような声に、どこか押されるように。オルシーは休憩を終わらせるよう、個人端末に向かって話しかける。


――そうね、もう休憩も十分ね。続きをお願い、と。



 大災害まで残り一月となったところで、この施設を建築するのに協力してもらった最後の人たちに別れを告げる。


 私が所有していた「人口生態系都市」の移住枠を条件に、ぎりぎりまで私に協力してくれた彼ら。私の設計した「生命維持装置」を始め、様々な設備をこの短期間で建造できるだけの腕前を持った彼らですら、「人口生態系都市」の枠から漏れてしまうというのは、厳しい現実だろう。

 だが、あの都市の中に「魔素溜まり」は無い。資源も限られている。あそこに行っても、……いや、この先、世界のどこにも、私のような「魔鉄研究者」が活躍できるような場所はないのだ。

 そんな私よりも、彼らの方が、この先の「人口生態系都市」には必要な人材だろう、そう思いながら彼らを見送り。打ち捨てられた軌道エレベーターの足元に建てられた施設に、私と機械人形MR-ENだけが残る。


――その施設を、これから一月かけて空に運ぶために、私は独り、「生命維持設備室」へと入る。


 地上から宇宙へと昇る風景を見ることができないのは残念だが、ここで魔法を制御しなくては施設を空に運ぶことはできないのだから仕方が無い。本当に、地上から宇宙への旅路を眺めることが出来たら、どれだけ素晴らしかっただろうか、そんな想いに囚われながら、施設を空へと運ぶべく、魔鉄回路に接続された魔素蓄電池へ魔素を送り始めた。



 生命維持施設の魔素蓄電池に魔素を供給、魔鉄回路を駆動する。魔鉄回路から生み出された魔素流がエーテル干渉(せかいへのかんしょう)を開始、施設周辺の空気を結合し、施設の周りを包み込む球状の外殻へと変化させる。

 そうして生成された外殻によって、施設が外部と完全に遮断した後、空気の生成と循環を開始する。


――ここまでの「生命維持シーケンス」が安定したことを確認、並列して「施設移動シーケンス」を起動する。


 まずは、施設を支える大地にエーテル干渉し、施設を支える土台とする。そして、エーテル干渉を用いてその大地を持ち上げ、空気を円筒状に固めた「支え」を生成する。

 それを繰り返すことで、施設の下に、施設を支えるような「透明な塔」が出来ていく。


 魔法に例えられるような力を持ったエーテル干渉にも、限界はある。この移動は、建物をその土地ごと運ぶなんて大仕事だ。初めの内は、一メートルにも満たないような高さしか持ち上げられない。だが、それを繰り返すことによって、軌道エレベータ自体が持ちあがる。その結果、施設を持ち上げるのに「惑星の自転による遠心力」も利用することが可能となる。高度が高くなればなるほど、持ち上げる重量は「軽く」なるのだ。

 だから、最初は一秒間に数十センチ程度だった速度も、一週間後には時速百キロを超える速度にまで上げることができる。そうして、一月という時間をかけて、この施設を衛星軌道上にまで持ち上げるのだ。


 その間、常時魔素蓄電池に魔素を供給するために、この部屋に居続けなければいけないのだけが、本当に残念だ。せめて窓の一つもあったのなら、気を紛らわすこともできただろうが。だが、外殻に何かあった時のために窓を無くしたこの施設では、それも叶わない。外の景色を見ることはできないのだ。


――ああ、本当に、なんて残念なんだろう。



 そうして、生命維持設備室の中で、時おり機械人形が食事を運んでくれる時を除き、基本的には独りで一ヵ月という時間を過ごす。そして、予定通りの高度に到達したことを確認して「施設移動シーケンス」を終了、「軌道維持シーケンス」を起動する。施設の姿勢制御を行い、「魔素蓄電池」の充填量が安全圏に到達するのを待ってから、生命維持設備室から出て。

 ずっと室内にいたからだろうか、自然と足は施設の外、庭の方に向かい。


――外に出て、目の前に広がったその風景に、思わず立ち尽くす。


 まるで夜中のように、星が瞬く空。何十センチほどもあるだろうか、月よりも遥かに大きな「故郷の星」と、普段と同じ大きさの月。

 満月よりも明るく光る「故郷の星」が、庭の噴水を照らし、踊る水しぶきを輝かせ。その故郷の星からここまで施設を持ち上げてきた「透明な塔」が、外殻のすぐそこにまで伸びる。


――その幻想的と言っても良い風景に、もう二度と戻れぬところにまで来たことを実感する。


 明るく輝く故郷の星を見上げながら、思う。あそこには、安全が保障された「人口生態系都市」の殻の中で今まで通りに過ごす人たちもいれば、この先襲いかかるであろう「大災害」に立ち向かう人たちもいる。こうして、たった一人で宇宙にまで来た自分のような人もいる。――そんな自分と故郷の星に住む彼らと、どちらが幸せなのだろうか、と。

 全てを見通し、その答えを見出せる人間は、もうどこにもいないのだろう。そう思いながら、ふと思う。――もしも、今の私のことを知る人間がいたとしたら、どんな答えを返すのだろうか、と。


 最後の戯れに、まだ見ぬ誰かに問いかけて、この手記を閉めたいと思う。


――あなたは、誰が一番幸せだと思うだろうか、と。



「……誰が一番幸せなのかしらね」


 最後まで記録を書き終えたオルシーは、誰にともなく問いかけるように呟いて。それを聞いたフィリは、少し考えたあと、思いついた素直な答えを口にする。


「きっと、だけど。いつか大人になればわかる、そんな気がする、かな」


 その言葉は、フィリが「外の世界」に触れる前からずっと夢見てきたことで。同時に、フィリが「外の世界」でさまざまなことを学び、たとえ先延ばしのような言葉でも、「答えのない問い」に対して自分の考えを述べることかできるまでになった、成長の証のような言葉でもあり。


――そんなフィリから、その口調とは裏腹にどこか芯のようなものを感じたオルシーは、フィリのことを、無意識のうちにほんの少しだけ羨ましく思いながら、「そうね」と軽く頷いた。



「おう、やっと出てきたのぉ」

「ははは……」


 やがて二人は、昼食を食べに外に出て。身体を休めるように丸めていたピーコックに、待ちくたびれたような声をかけられる。

 その、「予想通りに」時間がかかったと言わんばかりのピーコックの態度に、フィリはばつが悪そうに笑ってごまかして。――ふと、思いついたように、ピーコックに声をかける。


「……そうだ、ピーコック」

「うん?」

「ずっと前から話をしてた、『外の世界に下りる』話だけど……」

「……そういやぁ、そんな話をしとったような気もするのぉ」

「あはは、今までは『それどころじゃなかった』かな」


 話しかけてくるフィリから、どこか今までと違った雰囲気を感じたのだろうか、軽く返事をしながらフィリの方にピーコックは顔を向け。その口調とは裏腹に、ピーコックの表情から真剣さを読み取ったフィリは、一つの決意をピーコックに伝える。


「――外の世界で、『ちゃんと』過ごしてみたいと思うけど、どうかな?」


 フィリの言葉に、何かを思ったのだろうか、一瞬だけ言葉を失うピーコック。だが、すぐに普段の調子を取り戻したのだろう、いつものような口調で話しかける。


「……なんで急に、そんなことを言い出すのかのぉ。中で何があったんじゃ?」

「えっと、昔の話を聞いただけだよ? えっとね……」


 フィリに話しかけるピーコックの口調は、いつも通りにからかい交じりのようで、どこか柔らかい口調でで。

 その微妙な機微を感じ取ったのだろう、どこか安心したように、施設の中で聞いた話の説明を始めるフィリ。

 そんな二人を少し離れたところから眺めていたオルシーは、考え続ける。どうしてフィリは、「誰が一番幸せか」という問いに対し、自分なりの答えを見つけることができたのかと。


――私には、あの問いかけは、どう答えても自信が持てそうにないわねと、そんなことをうっすらと感じながら。「いつか、大人になればわかる」という言葉を、芯の通った声で言うことができたフィリに、ほんの少しだけ、悔しさを感じていた。



――それは、遠い昔の、誰も見ることができない記録の中の話。


「まだ小屋は出来ていない? いやいや、今日は違うよ。少し『故郷』を眺めたかっただけさ」


 施設を遥か空の上まで打ち上げて。端末を手に、施設の外に出た男は、一人作業をしていた機械人形の言葉に、気さくに返事を返し。空を見上げながら、語り掛けるように機械人形に話し続ける。


「しっかし、不思議な気分だねぇ。いつも『故郷』が頭の上にあるってのは。太陽は今までとおんなじように上り下りしてるのに」


 頭上を見上げながら、感慨深げにそんなことを言う男。――施設をこの高度にまで運んだ後、惑星の外側に地面が来るよう、姿勢制御をしたのは彼自身だ。だから、故郷の惑星が常に頭上にあるのは不思議なことでもなんでもない。彼自身がそうしたことだ。

 それでも、いままで住んでいた星が頭上に、数十センチという大きさで浮かんでいるという光景には、きっとどんな人も神秘を感じるような光景なのだろう。今は空にある故郷の星を、男はじっと眺め。――やがて、軽く嘆息をする。


「――もう、始まってる筈なんだけどな。さすがにわからないか……って、おや?」


 目の前に映る、遠く離れた故郷の星で。既に始まったであろう天変地異をその目に焼き付けようとした男は、この距離では見えないかと諦めかけ、……すぐ近くにあった「透明な塔」が斜めに傾いていくのを見て、感慨深げな声を上げる。


「そうか。『地上』が動いたのか。……そうか、こうなるのか、へぇ」


 ゆっくりと傾きながら、倒れずにいる「透明な塔」。まるで透明度の高い硝子のようなその塔の動きを見て、研究者としての好奇心を刺激されたのか、男は興味深げな声を上げる。


――それは、男が残りの一生をかけて目にすることになる「大陸移動」、陸地の形がほんの僅かずつ変わっていくという自然現象の、最初の一幕で。同時に、彼の人生における、最後の大きな変化だった。

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個人HPにサブコンテンツ(設定集、曲遊び)を作成しています。よろしければこちらもどうぞ。

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