5.忘れ去られた贈り物(中)
――それは、遠い昔の、誰も見ることができない記録の中の話。
「残っている資材で、『これ』作れるか?」
年の頃は三十前くらいだろうか。若い男が、小型の端末を片手に持ちながら、傍らに立つ銀色の機械人形に話しかける。
「宇宙からの放射線? 魔法障壁が防いでるだろう。――実績が不足している? 不具合があるかも知れない? そんなことを言ったら何もできないじゃないか」
男の声に、機械人形は、まるで何か言葉を伝えてくるかのように、どこか規則的に目の辺りを光らせて。その光に反応するように手にした端末に浮かんだ文字を見て、男は少し唇を尖らせながら、機械人形に話しかける。
「あんな、壁に囲まれた部屋で一日中過ごしてたんじゃな、気が滅入るよ。そりゃあ確かに、一通りの娯楽とかも準備してあるし、悪い環境じゃない。それでもさ、やっぱりたまには、外の空気だって吸いたいだろう?
――同じ『生命維持設備』が生んだ空気だって? それはまあそうだけどさ。気分ってものもある。同じ部屋の中でずっと過ごすってのは、やっぱりぞっとしないよ。
第一、これから変化のない毎日が一生続くんだ。せめて、風景の変化くらい、楽しみにさせてくれよ。なあ」
手にした端末に浮かぶ文字を見ながら、機械人形へと話しかける男。その口調は、まるで人格のある存在に語り掛けているようでもあり、自分の考えていることを教えるために話しているようでもあり。きっと、そうすることが、傍らの機械人形のためになると、そう考えているかのようで。
「……そうか、『作れる』か! いや、でも、一週間は短くないか? まさか、崩れてくるようなことはないだろうな? ここが地上に落ちても大丈夫? おっかない例えだなぁ」
そんな男の声に応えるような機械人形の返事を端末ごしに見て、男は喜びの表情を浮かべ。傍らに立つ機械人形に軽い疑問を投げかけて。真面目に答えてるのであろう機械人形の言葉に面白味を感じ、軽口をたたく。
そんな、今はもう誰も知ることのできない会話も。この会話によって作られることになった「小屋」は、誰かにとっての「家」となり、語り継がれ。忘れられない何かを生み出して。
――そんな、誰にも知られなかったような記憶も、この忘れられた遺跡には、確かに眠っていた。
◇
「ふぁ?」
「……少し、空を飛ぶときの感覚に似てるわね」
メディーン、オルシー、わたしと三人で「エレベーター」の部屋に入って。「居住区」のある三階にいくボタンを押して。……少し不思議な感覚に思わず声を上げる。
エレベーターホールで、大災害のときに一人だけここに残った人がいることを知って。その人のことを詳しく聞こうとしたら、メディーンが「アクセス端末」を使った方がいいって教えてくれて。……えっと、「居住区」の中に、その人が使っていたっていうアクセス端末が残ってて、それを使うと、その「記録」を知ることができるんだって。
それで、その居住区……っていうか、きっとその人の「部屋」だよね。そこに行こうという話になって。みんなでエレベータに乗って、三階にまで上がる。
「……昇降機って、こんなにも静かな乗り物じゃないと思ってたんだけど」
「知ってるの?」
「まあ、私たちの国の得意分野でもあるからね」
オルシーの声に、少し気になって、聞いてみたんだけど。オルシーはこの「エレベーター」って機械を知ってたみたい。
えっと、共和国?、今までわたしたちがいた「国」は、機械が得意で。このエレベーターも、鉱山から効率よく鉱石を運搬するために、比較的早い段階から研究されていたんだって。
ただ、外の世界のエレベーターは、もっとガタゴトするみたい。人を乗せるための乗り物じゃないから、揺れを抑えようとしていないんじゃないかしらと、そんなことをオルシーと話しながら、「居住区」の扉の前まで歩いて。
「お邪魔しまーす」
なんとなくそう挨拶しながら、居住区の扉を開ける。
◇
フィリが扉を開けた先には、外の小屋よりも少し広めの、それでも二、三人で入ると手狭に感じるような、こじんまりとした部屋。
右手の壁ぎわに机と椅子、その奥には空っぽの棚。奥の壁ぎわには、衣掛けが一つ。それ以外には何もない、どこか殺風景な部屋の中に、フィリとオルシーは、軽くためらいながらも入っていった。
◇
「綺麗に片付けられてるわね」
部屋の真ん中で、部屋全体を見渡したオルシーはそう呟いた後、机に向けて車椅子を回転させて。――その机の上に置いてあった、字のようなものがたくさん書かれた板と、ガラスに似た感じの板とを組み合わせたような機械を見て、声を上げる。
「……タイプライター? いえ、違うわね。けど……」
「? 知ってるの?」
「いえ。だけど、知っている機械と雰囲気が似ていて……」
オルシーの言葉に、少し興味を覚えて。その、オルシーの知ってる機械がどんな機械なのか聞こうとしたところで、メディーンが何か伝えてきていることに気付く。
「えっと、それが『アクセス端末』だって。その機械を使って知りたいことを聞けば、教えてくれるって、メディーンが」
「……つまり、この『入力盤』で、知りたいことを打鍵するってことかしら。けど、この文字って『聖典文字』よね。書く方はちょっと自信が……」
メディーンの言葉を伝えて。その言葉を聞いて、オルシーがその機械を見ながら、少し困ったようにつぶやいて。えっと、あの機械に書いてある字を押して話しかけるのかななんて納得しかけたところで、メディーンがまた言葉を……って、ええ~! ……いけない、オルシーにも伝えなきゃ。
「――えっと。その入力盤は無視して、普通に話しかければ良いって、メディーンが」
「……紛らわしいわね。じゃあ、そうね。――この遺跡が空に浮かんだときに残された人のことについて、教えてくれるかしら」
わたしが伝えた言葉に、オルシーが少しだけキョトンとして。そのあと、どこか気が抜けたみたいな声を上げる。……えっと、少しホッとしているのかな。そんな感じがする。
で、そのあと、少しだけ考えて。知りたいことを機械に話しかけて。機械に何か、文字が浮かび上がるのを見る。えっと……
「その人の『何を』知りたいのかを聞き返してきてるのよ。『生涯』『人物評』『逸話』……、えっと、何か違うわね。――『著書』なんてあるわね。って『日記』も違うわ。――っと、これなんか丁度よさそうね。じゃあ、これを『現代語』『読み上げ』でお願い」
わたしが文字を見る前に、オルシーが機械にどんどん話しかけて。最後に、オルシーが選んだ何かを読み上げるように、機械にお願いする。
――「戯れ文:頭上に故郷を見上げながら、振り返る」と題された、その人の残した文章を。
◇
――この二十年で、この世界は、まるで別の世界になってしまった。……らしい。
らしい、とはまた曖昧な言い方だと思うかもしれない。だが、二十年前といえば、私もまだ幼児だ、実感がないのも仕方ないだろう。
だが、たった二十年前に発見された「魔鉄」と「魔素溜まり」がきっかけとなって世界が変わったことは、例え実感がわかなくても、理屈としてはわかる。
魔鉄、魔素、魔法。それらを発見し、さらにその立場を盤石のものにすると思われていた「超大国」は、その直後に起きた世界大戦によって崩壊し、解体される。だが、そんな混乱の中にあっても、魔法という新しい要素は技術開発を一気に引き上げ、――やがて「大災害」と呼ぶにふさわしい地殻変動を予言するに至る。
それは幸運だったのだろうか。最も技術の進んでいた「超大国」がそれに気付き、解体され、戦勝国に吸収されていく段階で、その知識は拡散し。結果として、その予言は、世界中に知れ渡ることとなる。
だが、神話として残っていた「繰り返される大災害」が、あと十年後に本当に起こるだなんて、誰が想像しただろう。
それが、大陸がいくつかに割れて、まるで大海に浮かぶ船のように海をさまよいながら、百年という時をかけて、世界の反対側で衝突するなんていう悪夢のような出来事だと、誰が知っていただろう。
そんな、手の打ちようもないような自然の猛威が十年後に襲い掛かってくるという事実を目の前にして、人々は何一つ手を打つことができないままで。……皮肉にも、その超大国が残した一つの「避難計画」だけが、大災害に対処するための現実的な計画として、各国共同で推し進められる。
――全人類の、ごく僅かな人間だけを救うであろう、「人工生態系都市計画」という、極めて偏った計画が。
◇
「えっと、『人工生態系を内包した独立環境都市』って、きっと『都市国家』の遺跡のことよね」
話の区切りの良いところで、オルシーが機械を止めて。身体を伸ばしたところで、話の内容を思い出すように考えてたオルシーが、そんなことを呟く。
「都市国家?」
「正式な名前は『独立都市国家ビオス・フィア』、大災害前の遺跡に建てられた遺跡を利用して……」
「――それ、絵本に出てきた場所だ!」
オルシーの言った「都市国家」という単語に、少し首をかしげて。――教会でいろんなことを教わっているときにも何度か聞いて、ずっと引っ掛かってたんだけど。なんでかなと思ったところで、唐突に思い出す。――「ビオス・フィア」って、絵本に出てきた場所の名前だって。
「それはきっと『騎士メディーナ物語』の方ね。『少年王バード――ビオス・フィア建国王物語』の方も、史実に近くて面白いわよ」
「それって、『鳥が好きな男の子』の話?」
「そうそう。初めは『建国王』、そのあと『ペンギン商会の偉い人』になって、引退後は『航路開拓家』と呼ばれた人ね。多分、世界で一番、いろんなところに行った人じゃないかしら? ――病院にも何冊かあったはずよ」
わたしの言葉にオルシーがいろんなことを教えてくれる。えっと、「騎士メディーナ物語」って、どちらかというと子供向けの話で、絵本になったりすることが多いんだって。……たまに話の筋を変えたような本もあるみたいだけど。
……えっと、王様がメディーナさんを自分のメイドさんにしてもっと仲良くなろうとするんだけど、いじわるメイドのメイさんが執事さんと一緒になって邪魔をしたりして、周りの人たちがヤキモキして。だけど当のメディーナさんはそんなことも知らずに、普通にメイドさんをしてて。周りの人間から「王様か?」「いや、もう一人いただろう」「まさか! あんな頭をそり上げた男は無いだろう」みたいなことを言われているのも知らずに、のほほんと過ごしてるって、そんな話もあるみたい。――えー? それ、もう違う話だよね? っていうか、みんな違う人になってるよね、なんて思うんだけど。
……けど、「少年王バード」の方は、どんな内容なのか、気になるかな、うん。
「ふうん。じゃあ、その『少年王バード』の方、今度読ませてもらおうかな」
そうオルシーに返事をして。メディーンが持ってきてくれた水を一口だけ飲んで。
――そうして、オルシーとフィリの二人は、再び過去の記録に耳を傾け始めた。
◇
戦争が終結し、「超大国」が解体され、その技術と知識が拡散した世界。戦争によって特出した存在を失った世界は、確実に生き残るための「避難計画」とは別に、その超大国の残した一つの情報を使って、生き残りをかけることになる。――「大災害初期被害予想図」。大災害が始まった直後に天変地異に見舞われるであろう場所を予測した、長きにわたって続くであろう大災害で何が起こるのかをたった数日分とはいえ予測した、もはや予言書とでもいうべき代物。
その「予言」によって、たった数日で世界中のほとんどの都市が失われ、その大地の八割は天変地異に襲われることを知った各国は、最初の数日間を確実に生き残るために、都市部を捨て、安全な場所へと移住することを選ぶ。
時が経ち、選択肢が少なくなっていくに従い、その流れは加速していき。大災害までの残り時間が二年を切るころには、全ての国が、移住計画を完了させる見通しが立つまでになっていた。
◇
どこにだって変わり者はいる。どこにだって愚か者はいる。ここでいう「愚か者」とは、他者に迷惑をかけたり奇行に走ったりする者のことでは無い。――ただ「幸福の定義」がずれてしまったとでも言うべきだろうか、そんな者たちのことだ。
例えば、天変地異が来るとわかっていて、街に残ることを決めた者たち。そんなことをすればまず間違いなく命を落とすことになるだろう。なのに、ここにいた方が幸せだ、そう言わんばかりに街に残ることを決意した愚か者たちがいる。
例えば、大災害を映像を記録するために航空機に乗り込もうと準備をする者もいる。ひとたび大災害が始まれば、この地上に、安全に着陸できるような場所は無くなるのだ。
地上で最も安全な地となるであろう「人口生態系都市」も、完全に外部と遮断された状態となる。なのに、航空機を飛ばして外の様子を記録し、情報だけを電波に乗せて、災害時の映像を「人口生態系都市」に残そうというのだ。
そんなことのために、二度と地上に降りれないかも知れないのに、それでもあえて飛ぼうというのだ。それはもはや、正気を疑うレベルの愚かさだろう。
そして、打ち捨てられたデータセンターの施設を、超大国時代に建設された「衛星軌道エレベータ」の足元にある地上駅へと移設し、地上駅ごと遥か上空へと運び込もうとしている自分もまた、彼らと同じ「愚か者」なのだろう。
管理ロボット「MR-EN」は何とか完成した。超大国から流出した「魔鉄技術」を最大限に利用した、この世でただ一つの自律歩行式機械人形。――とはいえ、肝心の人工知能は「彼女」の作品なのだが。
それでも、私たちが作ったこの最高傑作は、私がいなくても、きっと役目を果たしてくれることだろう。――空の上で、百五十年以上もの間、静止衛星軌道上に留まることができるのであれば。留まることができるよう、空の上で最終調整をすることができれば。
――空の上にあり続けるために、数百年に渡って発動し続ける「静止軌道維持制御魔法」を発動することさえできれば。
建造物を丸ごと、高度三千六百キロの上空に運ぶのだ。そのためには、衛星軌道エレベータの地上部分を切り離して、エレベータごと持ち上げる必要がある。――つまり、施設を空に持ち上げたら最後、二度と戻ってこれない。空気の無い、無重力となった静止軌道上で取り残されることになる。
それでも。「人口生態系都市」に入ることが出来る権利を捨て、この時代には何よりも貴重な「安全な生」を捨て去ることになっても。
――それが例え、他者からどれだけ不幸に見えようとも。ここに残って私にしか出来ない仕事をする事の方が、私にとっては幸せなのだから。
気がついたら前作「バード王子の独立記」のネタを書いてました。ちょっとひどいネタのような気も。でも、後悔はしていません!