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フィリ・ディーアが触れる世界  作者: 市境前12アール
第一章 先史遺跡に住む少女
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7.群像交錯 ~ それぞれの思惑 ~

2017/11/12 ピーコックの笑い声を修正

「……どこに向かったんじゃ、あ奴は」


 メディーンが飛び去った後の芝生の上空で。ピーコックの言葉に、メディーンの飛び去った先を、ただ眺めていたことに気付く。


「……まあ、そのうち戻ってくるじゃろう、メシはその後だの」


 ピーコックの気楽な言葉。そうだよね、そんな思いも、どこか自信が無くて。大丈夫、たぶん、メディーンは仕事に行っただけなんだから。そこまで考えて、ふと気付く。――そうだ、メディーンはいつも「施設の仕事」が一番。仕事中は何を話しかけてもダメなんだと。

 挨拶をしても反応しなかった、多分それは「仕事」だから。今まであんな風に、遠くを見て飛び立つメディーンは見たことが無い。だからきっと、わたしの知らない仕事なんだと。――そして、メディーンは一度仕事を始めると、仕事が終わるまで、他のことをしないことに思いいたる。

 ……見たことも無い仕事。 いつ終わる? ううん、その仕事、本当に(・・・)終わるの(・・・・)


「……戻っくる、かなぁ」


 よぎった不安が、言葉になって。首を傾げるピーコックに、今考えたことを伝える。


「考えずぎだと思うんじゃがなぁ」

「けど!」

「どっちにしろ、このまま飛んどる訳にもいかん。まずは下に降りる。話はそれからじゃ」


 そう言って、ピーコックは芝生に降り立つために、さらに速度を緩め、大きく羽ばたく。芝生の空、ピーコックの背で、どうしていいかもわからず、ただ不安ばかりが大きくなっていった。



「さて、どうしたもんかのう?」

「……」


 芝生に降りて。ピーコックの言葉に、答える言葉が見つからない。


「なんじゃぁ、頼りないのぉ。三日後には、『一人で』外の世界に行くんじゃったろうに」

「……そうだけど」

「まあ、儂もいきなり一人にしようとは考えとらんかったがな」

「……そうなんだ」


 メディーン、どこ行ったんだろう? 何をしに行ったんだろう? 仕事だよね、帰ってくるよね。目の前の、心配そうにしながら首をふるピーコックのことよりも、とにかくメディーンのことが気になって。――もう会えないなんてことはないよね? 帰って……


「クエエェェー!!」

「きゃ!」


 突然大声で鳴きだしたピーコックに驚いて、声がもれる。なんなの、もう!


「カッカッカ! 驚いとる驚いとる」

「……なによ! それどころじゃないでしょ! 今は!」


 さらに笑い出したピーコックに、文句を一言。今はそんなことしてる場合じゃないでしょ!


「そうじゃなぁ、確かに今はそれどころじゃないかも知れんなぁ」


 そうだよ! あんな大声だしてまでわたしをからかおうとして! こんな時に! ピーコックの態度に文句を言おうとして……


「……で、これからのことじゃが」


 はい? 続く言葉に、言おうとした言葉が消える。


「まずは、メディーンの『仕事』とやらを、わかる範囲で確認したらどうかのぅ」

「……それで何かわかる、かなぁ?」

「さての。じゃが、ここで何もせずに突っ立っとるより、遥かに有意義じゃて。……歩いとるうちになんか思いつくかもしれんしのぅ」


 ピーコックの言葉をふむふむと聞いて。そうだよね、わからないまま待ってるよりは、遥かにいいよねなんて納得して。……どうしてか、どこか引っかかりをおぼえて。

 ……なんでかな、口調も態度も言ってることもまじめなのに、からかわれてる気がする。――きっとからかわれてるんだ。反撃しなきゃ!


「ピーコックはそこで待ってて! 鳥は歩くといろんなことを忘れるんでしょ!?」

「……誰じゃ、そんなことをぬしに教えたのは」

「もちろん、メディーンから聞いたんだけど」

「……あやつも、冗談とか言えたのか。知らんかったわ」


 メディーン、多分本気でそう思ってると思うけどね! ……これは言わない方が良いかなぁ、そんなことを思いながら。言い返せたことに少しだけ満足して。まずは「施設」の方に足を向ける。――何か、わかると良いなぁ。



 そうして向かった「施設」の奥の部屋。壁に映る文字が、普段と違うことにフィリは気付く。初めて見る、赤色で強調された文字に、フィリは、今まで起こったことがない何かが「施設」に起こったこと、そのためにメディーンが飛び去ったのだと悟る。

 フィリはそこに映っていた文字の意味を知らない。今は失われた言葉で書かれていた言葉の意味を。


――情報アクセス端末状態検出結果(遠隔)――

 時間:統一共通歴693年8月30日

 座標:0352351,1364342

 状態:エネルギー充填率過少、機能休止中

 自己診断結果:エネルギー充填に障害、充填効率の(いちじる)しい低下を検出。

 ‥……‥…………‥‥

 ‥…………‥……‥

 ‥……‥……‥‥

 管理用自律端末MR-ENに検出結果を送信中…………送信完了


 そこには、過去において「検出不能」の四文字でしか返されなかった、施設への「アクセス端末」の所在を記す情報と、そのことをメディーンに送信したという結果が記されていた。



「……とりあえず、『仕事』でどっかに飛んでったのは確定、それ以上はわからん、という事じゃな」


 ピーコックに、施設や小屋の中を見て回った結果を伝える。……ピーコック、ほんとに一歩も動かず、待ってるだけなんだもん。小屋の中くらい、見てきてくれてもいいのに! ――「鳥は歩くと忘れる、言うたのはぬしじゃろう」って、ああもう、むかつく!

 でも、今だとね、ちょっとわかる。メディーンがどこかに行って、すごく動揺してたんだなって。施設の中の文字を見て、「ああ、やっぱりお仕事なんだ」ってわかって、少し安心したんだ。――なんでだろう?


「そりゃあ、何もわからんままじゃ、不安じゃろうて」


 ピーコックに聞いてみたら、そんな答え。「そんなものかなぁ」「そんなもんじゃよ」なんてやり取りをして。そっか、そんなもんなのかと、よくわからないままに納得して。


「で、どうする? なんだったら探しにでもいくか?」

「……待ってなくていいのかなぁ」

「なに、あやつは儂やぬしが居なくても、いつも通りに過ごすだけじゃろうて」


 ピーコックの言葉にどこか納得して。……そうだよね、ここでじっと待ってるよりも、その方が落ち着く気がするし。よし、探しに行こう!


「行くんじゃったら、準備はちゃんとせいよ。メシぐらいは持ってった方がいいじゃろう」

「そうだね、準備してくる!」


 ピーコックの言葉にうなずいて、返事をして。準備をしに、小屋に駆け出す。おにく!……は無理かなぁ、やっぱり。そうすると、果物でしょ、ナイフでしょ。お水も()んでいった方がいいかな。……もしかして、着替えもいる? そうだ、「外の世界」に行くための準備、そのまま使っちゃえ! そんなことを考えながら、小屋へと駆け出す。



 人の影を見ることすら無い、山々が連なる大自然。その中を、メディーンは一人飛ぶ。山間を埋めるような森を見下ろすように。とけない氷雪を頂に抱いた山の合間を()うように。轟音(ごうおん)(ひびか)かせながら、だれに聞かれることもなく。

 遺跡の施設が検知した座標、そこはまだ人里離れた、山々が連なる大自然の中。その先のひと際峻険(しゅんけん)な山の向こう、そこには二つの国と、その二つの国を分けるように位置する一つの都市国家があり。その都市国家を避けるように敷設された真新しい鉄道の、小さな駅があった。

 都市国家を迂回し、二国間を直接つなぐために敷設された真新しい鉄道。鉄道以外の陸路は無く、航空機によってかろうじて維持された、小さな駅が点在するのみの鉄の道。

 人気の少ない、だが政治的な理由によって、輸送路としては重要な位置を占めるこの鉄道で、一つの国の国宝が輸送されることになったのは、なんの因果だろうか。


 かつての「大災害」によって荒廃した文明を再び興す原動力となった、あらゆる科学知識が記載されていると言われる、本のような形をした「何か」。

 全十六(ページ)の本の形をしたその「何か」は、思い描いたことに対する知識を文字として浮かび上がらせる、人知を超えた技術で作られた、知識の(みなもと)

 その知識を使い、急速に発展をとげたその国は、その「何か」から得た知識を可能な限り書に残し、「機械技術概論」と名を付ける。

 いつしか、「機械技術概論:原典」とも呼ばれ、機能しなくなった後も「聖典」として尊重され続ける、サバン共和国の国宝。


――その「聖典」こそが、先史文明の科学者たちによって作られた、忘れられた遺跡が検出し、位置を特定した「情報アクセス端末」。遺跡に納められた知識を取り出すための、遺跡と(・・・)一組となる(・・・・・)機械――


 メディーンは「情報アクセス端末」、今の世の「聖典」が検出された地を目指し、一直線に飛ぶ。今の世界で「情報アクセス端末」でどう扱われているか、考慮に入れず。ただ、彼の中に定義された優先順位、「施設の機能維持」に従い、その任を果たすためだけに、その地を目指す。



 二国間を結ぶ直通路線の小さな補給駅。国宝「機械技術概論:原典」護衛任務の指揮官、ジュディック・ジンライト大尉は、列車最後尾の、国宝と共に数多あまたの貴重品が収められた特別車両の最後部入り口で、油断なく周囲を見渡す。――真っ直ぐに伸びる線路と、その内外を区切るための金網。申し訳程度のホームに駅舎がある他は、見渡す限りの木々。列車の外、線路脇に立つ自分の妹以外、誰一人として外に人影は無い、そんな風景を。


「ったく、兄貴もクソ真面目だね、こりゃ」


 その妹から話しかける声に、視線を移さず、短く「任務だ」とだけ答えるジュディック。退屈そうに辺りをうろつく妹を、(とが)める訳でもなく、さりとて歓迎する訳でもなく。結果として無視するような形となるが、そのことを両者とも気にする様子もない。


(まったく、わが妹ながら、どうしてこんな(ふう)なのか)


 軍制式の、胸に航空徽章(こうくうきしょう)を輝かせた飛行服に身を固め、退屈そうにあたりを見回しながらうろつく自分の妹。その姿を見て、ジュディックは思う。これで、プリム・ジンライト空軍大尉、自分と同階級だというのだから恐れ入る、と。――最も、航空機の操縦士という立場ゆえに階級が並んでいるだけで、この場の指揮権はジュディックの方にある。事実上の上位者であるのに、そのような思いに駆られるのは、ジュディックの性格か、歳の近い兄妹ゆえに抱く感情か。


「兄貴もねー、もう少し要領よく『こなして』いけないかねぇ。こんなんは部下に任せて高いびきでもかいてりゃいいのにさ」


 気安く話しかけてくるプリムの言葉を聞き流し、任務だと言わんばかりに周囲に目を配るジュディック。その様子に、プリムは「だめだこりゃ」とばかりに首を振り、列車の横を歩いていく。

 人気の無い、新しいわりにはどこか寂れた風情すら漂わせる小さな駅。生真面目な軍人の空気をまとう兄と、どこか自由なところがある妹。二人の会話は、妹の一方的な話しかけで終わりを告げる。――それは同時に、双方共に気にした様子のない、普段通りの関係でもあった。



(まったく同感だね。クソ真面目ったらありゃしねぇ。少しは気ぃ抜けってんだ)


 列車の下で、アスト・イストレは一人、心の中で毒を吐く。共和国のお偉いさんが秘密裏に、何人もの仲介者をはさんできた依頼。その、自国の国宝を盗み出してくれなんていう、クソふざけた依頼を果たすべく、列車の下に張り付いていたアスト。二十人程度なんていう、国宝警備とは思えないような少人数の警備に喜んだのも束の間、駅についてもなお物音ひとつ立てられない状況にイラつきを覚えながら、列車の中に潜み続ける。


(まあでも、こいつが最後の駅だ。発車しちまえばコッチのもんだ)


 時に法の目をかいくぐるような依頼も受けるアストにとって、自国の国宝になんの思い入れもない。あるのはただ、依頼のリスクと、金と、経費だけ。――もちろん、誰からも見向きされなくなるような非道は丁重にお断りするのだが。そんなことをしたら商売(・・)あがったり(・・・・・)なのだから。

 だが、意外と道理というのは、立ち位置によって違う。無頼には無頼の道理がある。アストは無頼の道理に従って生きているし、この先変えるつもりもない。

 国のお偉いさんが国宝を盗み出す? なんだそいつは、バカじゃねえのか。身元を隠したつもりの依頼主のことを鼻で笑いながらも、受けた以上はきっちり果たす。アストにとって、国宝を盗み出すなんてのはその程度の事。

 ここを気付かれずにやり過ごせば、後は事を起こすだけ。――いいから、とっとと発車しろってんだ、そんなことを思いながら、アストはただ、発車の時を待つ。



「準備できたよ!」

「じゃあ、行くとするかのぉ」


 鞄を背負って、ピーコックに声をかける。思ったより時間かかっちゃったなぁ、昼を少しすぎたくらいの、高くのぼったおひさまを見上げる。準備している間に、ちょっと楽しくなってきたんだよね。――どっちにしろ、メディーンのお仕事が終わったら、また会って話もできるんだから。別に見捨てられた訳じゃない。そう思ったら、気が軽くなって。

 うん、ピーコックも、そんな不安がってないし。……というよりも、面白がってるよね、やっぱり。そう思いながらも、急がなきゃとピーコックに駆けよって、いつものように首元にまたがる。

 メディーンが見つかれば、いつものように話をする。見つからなかったら、お仕事が終わるのを待って、いつものように話をする。でも、見つかるといいな、そんな風に思いながら。

 ピーコックが、いつものように羽ばたいて、いつものように空に舞い上がる。そうだ! 行き先も言わずに黙って飛んで行っちゃダメって言おう! そう心に決めて、メディーンの飛んで行った先を目指して、後を追い始めた。



 こうして、メディーンの突然の行動に一時は戸惑い、不安を覚えたフィリは、気を取り直して、ピーコックと二人、メディーンを追うように遺跡を後にする。

 時を同じくして、遠く離れた小さな駅から、国宝を乗せた列車は発車する。国宝護送の任をこの上なく名誉と取る軍人気質の男を乗せ、国宝に価値など見出さず、ただの商売として狙う男をぶら下げて。――国宝としての価値など知らず、ただ道具を機能させるために生み出された機械人形が迫っていることなど、共に知る(よし)もないままに。

 遥か過去、大災害と呼ばれる困難に直面し、後の世に知識を伝えるために創られた遺跡と道具。復興を果たし、役目を終えたはずの道具に、数多(あまた)の想いが引き寄せられる。その誰もが、道具の持つ本来の機能、過去の英知のことなど興味を持たぬままに。――疾走する列車を舞台に、それぞれの思惑がぶつかり合い、交錯する。その時はすでに目前に控えていた。

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個人HPにサブコンテンツ(設定集、曲遊び)を作成しています。よろしければこちらもどうぞ。

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