幕間.メディーンが残したもの
フィリたちが軍の輸送機を持ち出して遺跡へと向かってから数日が経過したある日。旧都マイニングの訓練場宿舎では、一人の研究員が、フィリたちの寝泊まりしていた部屋の前で軽く飛び跳ねたりした後、その様子を見ていたジュディックと言葉を交わしていた。
「他と特に違いがあるように感じないんですけどね。本当にここがその、『免振工事』をしたという場所ですか?」
「ああ。工事が完了した後は、その辺り一帯で体重一トン近い機械人形が動いても、辺りに振動が伝わってこなかったのは確かだな。――何かわかりそうか?」
「それは、調べてみないことには何とも。ですが、今は私たちも忙しくて、ですね。本格的に調べるのはまた後日ということになるのですが」
フィリがこの部屋に住んでいたときにメディーンが行った二つの工事。その工事で使われた技術を解析するために呼ばれた軍研究所の研究員は、その内の片方、メディーンが歩いたときの振動を吸収する「免振工事」がされた場所で地面の感触を確かめた後、訝しげな声で本当にそんな工事がされているかをジュディックに質問して。――その質問を聞いたジュディックは苦笑する。何せ、普通に歩いている分には何の変哲もない普通の地面なのだ。訝しむのも無理はないと。
そう思いながら、無茶を承知で先の見通しを聞いて。これだけではわからないという答えに納得しながらも、さらなる無茶を研究員に伝える。
「まあ、現時点では、解体したりすることは許可できないからな。だから、何かわかることがあれば拾い上げる、そんな程度で良いだろう」
「それで何かを拾いあげようというのが既に無理難題ですねぇ。――でもまあ、その辺りは『やりよう』ですか? あと少し見聞きさせてもらった後、方針を検討させてもらいますよ」
後日、フィリたちが戻ってくることを考えると、今は勝手に解体することはできない。そのことを研究員へと伝えたジュディックは、無理難題と言いながらも調査方法を検討するといった研究員に感心し……
「しかし、ここは確か『将官用の特別室』なんですよね。よくもまあ、こんな工事をする許可を出しましたね」
「……まあ、外から直接出入りできる部屋はこの部屋だけだったからな。それにこの部屋は、事実上、ほとんどマイミー少将の部屋だったしな。閣下が良いと言えば、どこからも文句は出ないだろう」
続く研究員の世間話に、ジュディックは再び軽く苦笑する。元々は、フィリたちをこの訓練場宿舎に迎え入れるにあたって、十分に快適で、さらに外から直接出入りできるようにという条件に当てはまる部屋が他になかったために割り当てた部屋だったのだが。まさか、借り受けた部屋で大胆にも土木工事を始めるとは、誰も想像していなかったのだ。
(……まあ、そんなこと、想像できる訳も無いが。それに、かえって良かったのかも知れないしな)
研究員と話をしながら、ふとそんなことを考えるジュディック。フィリたちが利用していた「特別室」は、単に設備が高級なだけではなく、要所に人員を配置しやすく、警備が容易いという特徴もある。――まあ結果論にはなるが、外部に漏らしたくないような建造物ができてしまった今、機密を守るのにはちょうど良かったのではないか、そんな見方をしても良いのではないか、そんな風にジュディックは考え始めていた。
◇
やがて、「免震構造」の視察も終わり。ジュディックは研究員を伴って、中庭の片隅に建てられたもう一つの建造物へと案内する。
「で、こっちがその『工場』ですか」
メディーンの飛行機能を修理するための「工場」として建てられた、いくつかの炉を備えた、煉瓦造りの建物。その中を案内しながら、ジュディックは、何かわかることがないか研究員に聞いてみる。
「どうだ? 何かわかりそうか?」
「どうだと言われましても。……ホントにこの大きさの炉で精錬まで出来るのですか? にわかには信じられないんですが」
ジュディックの無茶な質問に、先ほどよりもさらに戸惑いを見せながら返事をする研究員。その様子は、そもそもこの大きさの炉で精錬までできること自体が理解できないのに、わかることなんてある訳がないだろうとでも言いたげな様子で。それでも性格なのだろう、研究員は思案を巡らせ、ジュディックに質問をする。
「実際に稼働させるところを見ることは出来ないんですよね」
「ああ。――というか、この工場は我々に作動させることができそうな物なのか、まずはそこを知りたかったのだが」
「それこそ、そんなことは見ただけではわかりません。――いっそのこと、この炉の研究は諦めて、そっちの『鋼材』を研究した方が良いかも知れませんね」
動いているところを見ることはできないかという質問に対し、その動かし方を知りたいという答えが返ってきたことに研究員は肩をすくめ。それならこの工場で作られた素材を解析した方が良いのではないか、そう研究員は提案する。――そりゃあ、その炉に使われた技術は興味深いですけどね。別に「炉の大きさ」自体は重要なことでもないでしょう、と。
その言葉を聞いたジュディックはなるほどと一つ頷いて、隅の方に置かれた「鋼材」を見る。確かに、こんな「工場」を建ててまで作ろうとした鋼材だ。普通の金属とは違うのだろう。そこまで考えて、ふと思う。――その完成した鋼材を「余らせて」飛び去ったメディーン。飛行した以上は何がしかの修理は行われたのだろうが、その割にはせっかく作った素材が残されているのが気になる。
もしかすると、メディーンにとっても「遺跡への帰宅」は計画外のことで、修理が未完成だったからこそ、わざわざ飛行機を拝借していったのではないかと、そんな考えが頭をよぎった。
◇
そうしてジュディックは、メディーンの残した建造物の案内を終えて。詳しい調査方法が決まり次第、再び連絡を取り合うと研究員との間で取り決めをする。
――そのわずか二日後に、その「調査方法」で嘆息することになるとは夢にも思わないままに。
◇
「で、まずは『免振構造』の方の調査方法の連絡と、調査の許可を求められたのだがな……」
「歯切れが悪いねぇ、アニキ。――その『調査方法』、そんなにも変な内容だったのかい?」
研究員の視察から数日後。まずは「免震構造」の調査の許可を求められたジュディックは、そこに記された「調査方法」について、妹のプリムに愚痴をこぼす。
「……いや、多分、方法自体は理にかなっているのだろうな。――重量約九百キロ、直径六十センチの鉄球を様々な高さから落下させ、その際に発生する振動を『免振構造』と『その周辺の地面』でそれぞれ測定する。その結果を分析して、免振構造の性能を調べるといった内容だからな」
「……それはつまり、『将官用の特別室』の目の前の地面に、何度も鉄球を落とすような実験をするって、そんなことを言ってるのかい」
ジュディックのため息まじりの説明を聞いて、呆れたように返事をするプリム。その返事を聞いて、ジュディックは思う。――確かに、メディーンが動いても振動が外に伝わらない、そんな構造を研究するのだから、メディーンと同じような重量物を準備して振動を与える、そんな実験を繰り返すのも理にかなっているのだろう。だが、場所が場所だ。もう少しやり方を考えるのが、やはり普通なのではないだろうか。……だが、そう思いながら、同時に思う。――もしかしたら、そう思う自分の方が、実は真面目すぎるのではないかと。
「……ここに来て早々、いきなり土木工事を始めたメディーンもどうかと思ったのだがな。『将官用の特別室』と知ってなお、その部屋の目の前で『一トン近い重量の鉄球を様々な落下させる実験』を行おうとしている我々も、案外似たようなものかも知れないな。――過去にメディーンが土木工事を始めた時は、もう少し自重した方が良いと思ったのだが」
思えば、ダーラの尻だ顔だと言い続けながら過酷な任務をやり遂げた部下たちや、ファダーという裏社会の大物と対面しながら「ハーフホースを飲み損ねた、ありゃあもったいなかったっすわ」なんてうそぶいて見せるスクアッド。そんな自分たちの部下に比べ、今までの自分は、どこか余裕がなさすぎたのではないかと。
そんなことを考えていたからだろうか……
「――いやあ、それはメディーンも研究者も『もっと自重をしろ』で良いと思うけどね、アタイは」
……どちらかというと正反対な性格をした妹の極めて常識的な意見に、ジュディックは、心のどこか安心していた。
◇
「――で、これがその、新しい『車椅子』なのかしら」
遺跡に来てから三日目の朝。朝起きて、フィリと共に朝食を食べていたオルシーは、食事中にメディーンが運んできた少し見慣れない形をした「車椅子」を見て、喜んだのもつかの間。フィリを介してその説明を聞いたオルシーは、メディーンに、どこか困ったような顔をしながら声をかける。
「そうね、いつまでもピーコックの背に乗って移動する訳にもいかないし、車椅子を準備してくれたのは、とてもありがたいわ。……けど、そのね、説明にあった『椅子を宙に浮かせて』とか『車輪が勝手に回って』っていう言葉がね、実際に使う側としては、とても気になるのよ」
電動補助機構付空気浮揚式車椅子。空気を真下に噴射して圧縮した空気の層を作って車椅子にかかる重量を支え、さらに、車椅子に備え付けられた動力を使って僅かな力で車輪を回せるように補佐をする。その結果、通常の車椅子よりも楽に移動ができ、均されていない地面や数センチ程度の段差も苦にならない。そんな、今の時代には非常識な車椅子を見て疑問を呈したオルシーに答えるように、言葉を伝えてくるメディーン。だが、フィリを間に介したやりとりは、どこか普段とは違って……
「……えっとね、『浮遊限界は十センチ強、障害で浮遊不可の場合は通常の車椅子として使用可能、安全性に問題は無い』だって」
「えっと、そうじゃなくてね……」
「『当地での主な生活圏を施設、小屋、正面庭園と推定。車輪式の車椅子では移動の負荷が高いと推定される。浮遊式が適していると判断』って」
普通ではない車椅子に抵抗するオルシーに、メディーンはまるで反対意見を言わせないようにしているかのように強く、自身の持ってきた電動補助機構付空気浮揚式車椅子を推してきて……
「……別に、病院も似たような感じだったと思うけど」
「『当地は路面整備が不十分なため、車輪式では自走は困難。浮遊式には介護者の負担軽減効果も高く、車輪式を推奨する理由は無い』、そう言ってるけど」
「――わかったわよ! 試しに一回乗ってみるわよ! 乗ればいいんでしょ!? けど、怖かったらもう乗らないわよ!」
……どこまでも強く勧めてくるメディーンに、オルシーは押し負けたような、半ばやけくそ気味な声をあげて。そんなオルシーの様子を見て、ピーコックはかっかっかと笑って。
その様子を見たフィリは、そういえば以前、ジュディックさんと同じような話をしたことがあったなと、そんなことを思い出す。
確かメディーンが、修理をするために中庭に「工場」を建てるって言って、ジュディックさんは「本当にそんなことをするのか」みたいなことを言ったんだっけ。――うん、あの頃はよくわからなかったけど、今は良くわかる。こんな車椅子をいきなり持ってきたら、オルシーだってびっくりするよね、うん。
そんなメディーンの「過去のやらかし」を知らないままに、これから得体のしれない車椅子に乗る羽目になったオルシーは、テーブルの椅子からその車椅子へとその身を移しながら、当たり前のように、誰しもが思うであろうことを考える。
――全く、この機械人形、もう少し自重するつもりはないのかしら、と。