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フィリ・ディーアが触れる世界  作者: 市境前12アール
第五章 オルシーと触れる、住む人の無いまどろみの世界
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2.天空の遺跡(上)

「ん~! やっとお外に出れた!」


 久しぶりの遺跡に到着して、ようやく飛行機から降りて。芝生の上で、両手を組んで、背伸びを一つ。あ~あ、もう日が沈みはじめちゃったと赤くなり始めた空を見る。


「……それよりも、早く座れるところに行きたいわね」

「そうじゃのぉ。こ奴も、儂に乗ったままじゃ、憎まれ口を叩きにくいじゃろうしのぉ。――儂がこ奴を背中から振り落としたくなる前に、どこかに下ろしておきたいのぉ」

「あら、私、間違ったことを言うつもりは無いわよ。なのに振り落とすなんて、ひどくないかしら」


 オルシーの言葉を聞いて、ほれ、そんなことを口走るから振り落としたくなるんじゃなんて言いたげに、軽く身体をゆするピーコックと、その背中の上で必死にバランスを取るオルシー。

 そんな二人の様子を見て、少しだけ笑いながら、メディーンから受け取った薄い一枚布をオルシーに渡す。


「これ、上から羽織ると暖かいよ」


 わたしの言葉に、少しだけ首をかしげながら布を受け取って、肩から羽織るオルシー。少しして、多分暖かくなってきたのかな、一枚布を透かして見たり手触りを確認したりしたあと、感想を口にする。


「これ、おかしいくらいに暖かいわね」


 オルシーの言葉に、一つ頷く。……うん、今はもう、「この遺跡」は色々と普通じゃないって知ってはいるんだけど。それでも、わたしには、この布の方が普通かなと、そんなことを思いながら。



 そのまま、小屋の隣のテーブルに行って。メディーンに作ってもらったご飯を、オルシーと二人で食べ始める。


「……お外の料理だね」

「私は結構、珍しいものを食べさせてもらってると思ってるわよ」


 今までの、「外の世界」で食べてきた料理とほとんど変わらない内容のご飯に思わずつぶやきながら、オルシーが席に座るのを手伝って。……えっと、メディーン、わたしとオルシーのご飯を別々に作ってるんだけど。その料理がオルシーには珍しいみたいで。


「やっぱり不思議よね。なんていうのかしら? 種類も豊富だし、味付けも毎日少しずつ変えてる。――なのに、どこか味が似ているって言うか……」

「え~、そうかなぁ?」


 わたしもどんな味なのか気になって、少しもらったんだけど。なんだろう、パン粥とか、具がすごく柔らかくなるまで煮込んだシチューとか、あとはそう、柔らかく煮た果物とか! 今まで見たこともないお料理も結構あって。……でも、味は普通かな、なんて思うんだけど。オルシーはそう思わなかったみたい。


「そうよ。やっぱりこれ、単に作り方を知ってるだけでは無いと思うわ。――本当にフィリ、食べたことないの?」


 パン粥を静かに口の中に運びながら、オルシーはそんな疑問を口にして。その言葉に少し考える。……えっと、スープとかと似ているんだけど少し違う気もするし。何より、あのすごく柔らかく煮た果物、あんなおいしいの、食べたことがあったら忘れないよね!

 うん、やっぱり食べたことは無いよねと、一つ頷いて。


――そんな風に、遺跡に戻ってから初めての楽しい夕食の時間は、あっという間に過ぎていった。



 終わるころには日も沈み、辺りも暗くなって。オルシーがピーコックの背中に乗るのを待って、小屋の中に入ろうとしたところで。オルシーの静かな、どこか耳に残るような声に、歩き始めた足を止めて、立ち止まる。


「――不思議な光景ね」


 その言葉に、オルシーの視線を追って。オルシーと同じ、光が瞬く噴水の風景を見る。



 宵闇の中、「施設」から漏れ出る光が辺りを照らす。噴水が(ほの)かに瞬き、サラサラと流れる水音が微かに聞こえる。背にした小屋から漏れる光が、影を作る。

 視界の先、遺跡の端の先には何もなく。空から降りてきた星空が、音もなく瞬き始める。


 ここにしかない地上の光景は、地上にありながら、まるで天空の中にいるかのようで。――過去には何度も見てきたであろう風景に、自分の胸の奥に初めてよぎった「懐かしい」という感情を自覚しないままに、フィリはその風景に心を奪われていた。



 久しぶりに部屋に戻って。メディーンが飛行機からお布団を運んできてくれるのを待つ。……お布団を待ってたつもりだったんだけど、メディーン、どこからか「寝台」を運んできて。


「どこにあったのかしら?」

「さあ? 『施設』の方かなぁ」


 オルシーと二人、そんなことを話しあう。その間にメディーンが手早く、元からあった寝台に並べるように運んできた寝台を設置して。今度こそお布団を運んできて。今度はわたしも手伝って、寝台の上に布団を敷いていって。

 やがて、布団も敷き終わって……


「おやすみなさい!」

「おやすみ」


 並んで布団に包まって、あいさつをして。


――二人仲良くスヤスヤと寝息を立て始めるまで、さほど時間はかからなかった。



 朝おきて、普段通りに寝台から降りて。水を飲もうと少し歩き出したところで、何か違和感を覚えて、周りを見渡す。……そうだ、「遺跡」に戻ってきたんだ、そんな当たり前のことを、いまさらのように思い出す。

 えっと、お水は「施設」の方だよね、ぼんやりとしたままそんなことを考えて。お水を飲もうと、小屋から出たところで……


「おはよう」


 小屋の横、ごはんを食べるテーブルに座ったオルシーに声をかけられる。そうだ、昨日はオルシーと泊まったんだ! あわてて「おはよう」とあいさつを返して……


「ちょっとメディーンから色々と話を聞いて……、『聞いて』で良いのかしら? ……まあ良いわ。結構面白い話が聞けたわ」


 ……続くオルシーの言葉に、軽く首を傾げる。えっと、メディーン、誰かに話しかけられないとほとんどお話ししないよね、何を話しかけたのかなって。


――そんな、どこか寝ぼけたままのフィリも、オルシーとメディーンが何を話していたのかを聞いて、眠気を吹き飛ばすことになる。そのやりとりは、フィリが眼を覚ます前に遡って……



 夜が明けてまだ間もない、ようやく辺りが明るくなってきた頃合に。フィリよりも早く目をさましたオルシーは、一人では身動きもできないしどうしようかしらと悩んだあと、窓の外からこちらをのぞき込むピーコックと目を合わせる。――そのピーコックが、まるで入口の方を指すように(くちばし)を向けるのを見て、窓の外の巨鳥が何を言いたいのかを悟る。


(――そうね。ここで寝ててもしょうがないわね)


 隣でぐっすりと熟睡しているフィリを見た後、オルシーは、窓の外のピーコックに向かって、静かにうなづく。やがて、ピーコックが、音を立てないようにそっと扉を開けて、部屋の中に入ってきて。意外と器用ねなんて思いながら、オルシーは、寝台の横に身をかがめるピーコックの上に、身体をずらすように移動をして。すやすやと眠り続けるフィリを背に、そっと部屋を出る。


「ぐっすり寝てたわね」

「かっかっか。フィリの目を覚まそうと思ったら、もっと思いっきり大きな音を立てんとな」


 水を飲んだあと、小屋の横のテーブルに座り、退屈しのぎに話をするオルシーとピーコック。その会話は自然と、両者に共通の話題、フィリの話になっていき……


「そう。そんな赤ちゃんの頃からここで過ごしてたの」

「ああ。『飛行船』とか言うんじゃっけか。あの『ゆっくり飛ぶ機械』からフィリが落ちてきてのぉ。……ったく、あの時は往生したわい」


 ……やがて、フィリがこの遺跡に来たばかりの頃の話になる。


「言うても、儂ぁ、ヒトの赤子などどう扱って良いか知らんからのぉ。フィリの世話は全部メディーンがしとったわ」


 ピーコックの「自分は何もしていない」発言に、軽く苦笑いするオルシー。なんだかんだと言いながら結構人懐っこいこの巨鳥は、病院に来るたびに大量の子供の「遊び相手」になっているのよね、あれもこの巨鳥に言わせれば「向こうが寄ってくるだけ」なんてことになってるけど。多分、フィリとも同じような関係よねと、そんな風に推測し。

 同時に、ふと疑問に思ったことを聞いてみる。


「何でその、メディーンさん?、フィリの面倒を見ようだなんて思ったのかしら」

「さてな。気になるのなら、直接聞けばええじゃろう。あ奴も、声は出せんのかもしれんが、字を書くことはできる筈じゃからの」


 オルシーの質問に、儂は知らんとばかりに答えるピーコック。同時にその(くちばし)で指し示した先には、一晩中芝の手入れをしていたメディーンが、今も芝刈り機を押しながら歩いている姿があった。



「つまり、この鳥が赤ちゃんを連れてきて、地面に置いたのを見て、そのままでは生きていけないと判断した。で、彼女を要救助者と認定した貴方は、救助活動をするためにフィリを管理者として認定した上で、彼女の世話を焼き始めたと、そう言いたいのね」


 メディーンに対していくつか質問をして、返ってきた答えに、オルシーは軽く頭を抱える。――何というか、一つ一つの質問に対しては明確な答えが返ってくるのだけど、全体としてみると、どこか「ちぐはぐ」なのよね、と。

 何故フィリの面倒を見ようと思ったのかという問いに対しては「要救助者」だからの一点張り。その時に出てきた「管理者」という言葉はどうやら「命令者」みたいな感じみたいだけど。


――すごい矛盾。どう見ても、このメディーンという機械人形は、フィリの命令で動いてなんかいないのに。


 このメディーンって機械人形さん、自分のことを「他者命令」と「自律命令」に従って動いているだけだなんて言ってるけど、飽きのこないように味に変化をつけた食事を作ったりと、とても命令に従っているだけとは思えないような行動を取ってるのよね。


 ――フィリが小さい頃、メディーンの食事に「やだ」とわがままを言ってから味を増やしたって言い分に、一瞬納得しそうになったけど。


 でも、それだけにしては味が豊富すぎる気がするし。第一、フィリの命令で味に変化をつけていただけなら、私の食事にまで気を遣う必要は無いわよね? そうね、その辺りも少し聞いておこうかしらと思ったところで。小屋の扉が開く音に気付いて……


――フィリが目を覚ましたことに気付いたオルシーは、フィリに「おはよう」とあいさつをして。メディーンと話すのをやめて、まだどこか寝ぼけたままのフィリに話しかける。



「ちょっとメディーンから色々と話を聞いて……、『聞いて』で良いのかしら? ……まあ良いわ。結構面白い話が聞けたわ」


 オルシーがメディーンとお話? ちょっと意外な組み合わせに、軽く首を傾げる。――メディーン、何でも知ってるけど、何か聞きたいことがないとあんまりお話が続かないし。オルシーも色んなことを一杯知っているから、聞くことなんかないと思うんだけど……


「あの、私がここに来るまでに食べさせてもらっていた食事ね。色々と聞いたんだけど。――元はフィリの『離乳食』だったみたいね」

「えっ?」


 ……そんな風に思っていたら、オルシーはそんなことを言い始めて。――えっと、もしかして、わたしのことを聞いてた?


「そうよね、フィリが赤ちゃんの頃だと、『食べられるもの』自体が少ないわよね。牛乳も卵もないし。――わがままいっぱいな子供相手だと、メディーンも気を使うわよね」

「えっと、えっと……」


 え? なに、わたしが赤ちゃんの頃? ……わがまま? メディーンが気をつかう? ちょっとまって? いつの話をしてるの? オルシーが口を開いて、少しいたずらっぽく話をするたびに、顔が赤くなるのを自覚して。


「なのに、『食べたことがない』って、少しひどいわね。――でも、そうよね、『助ける』のに命令がいらないのなら、『おいしい食事を作る』のにだって命令はいらないわよね。なら……」


 オルシーが、わたし自身も覚えていないような小さな頃のことを話していること、その話はきっとメディーンから聞き出したことにようやく気付いて。――けど、メディーンがそんなことを自分(・・)から(・・)話したりはしないよねと、そんなことを考えて……


「――ピーコック!」

「うん? 儂けぇ?」


 キョトンとするピーコックに詰め寄って。うん、メディーンが自分から話したりしないのなら、多分ピーコックが余計なことを言ったんだよね。ううん、多分じゃない、絶対、そうに決まってる! 本気でピーコックを問い詰める。


「なんでそんな昔のことをペラペラと話しちゃうのかな!?」

「……ちょっと待て。儂はほとんど話しとらん。話したのはメディーン……」

「メディーンがそんなこと、自分から話し始めるわけないでしょ!!」


 ピーコックの言い訳に言い返して。駆け寄ろうとしたところで、ピーコックが駆け出して。慌てて追いかける。


「大体、知りたがったのはそこのオルシーとかいうヒトじゃろう! なぜそっちじゃなくて、儂に怒るんじゃ!」

「う・る・さ・い! 止めなかったのが悪い!」

「そりゃあ、八つ当たりもええとこじゃて!」

「――っ! いいから、止まれ~っ!」


――慌てて地面を駆けながら、それでも言い返すピーコックに、聞く耳を持たないとばかりに怒って追いかけるフィリ。気が付けば、キョトンとするオルシーを置いてきぼりにしたまま、ピーコックとフィリが、本気の追いかけっこを始めていた。



 逃げるピーコックに追いかけるフィリ。その様子を見て、もう話は終わったと判断したのだろう、芝刈り機を手に、再び芝生に戻るメディーン。

 怒りだしてピーコックに八つ当たりを始めたフィリを見て、初めのうちは悪いことをしたかしらと考えたオルシーも、多分あれはあれで仲が良いのだろうと思いなおし。――フィリが落ち着いたら少しだけ謝ろう、そんな風に思いながら、オルシーは、どこか楽し気にピーコックとフィリの追いかけっこを眺め続ける。


――遺跡に到着して二日目の朝は、そんな騒がしくもどこか楽しい、そんな始まり方だった。

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個人HPにサブコンテンツ(設定集、曲遊び)を作成しています。よろしければこちらもどうぞ。

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