忘れ去られた刻の目撃者に出会って
「クエエエェェーー!」
人里離れた森の中で。話の合間に「比翼の鳥が独力で飛ぶと困る業界もある」なんていう冗談を言い合っていた旅人と剣は、上空に現れたその鳥の鳴き声に、空を見上げ。
『……えっと、つまり、その……。……噂をすればってやつかな、これ?』
「まあ、そういうことなんだろうな」
視線の先の、色鮮やかな翼を広げて空を飛ぶ孔雀の姿を見て、そんなことを話しあう二人。その「比翼の鳥」も、二人の存在に気付いたのだろう、自分たちの方に向かって飛んでくるのを、旅人と剣は、その場に立ち止まって、静かに眺め続ける。
その様子を観察するかのように、二人のほぼ真上まで移動してきた巨鳥は、二人の上空をゆっくりと旋回し……
やがて、その場に待ち続けていた二人に声をかけることなく、どこかへ飛び去って行く。
『――って、ちょっと待った!』
その、「こちらに気付いているが敢えて無視している」と言わんばかりの態度に、大慌てで、音なき声を上げる剣。その声を聞いた旅人は、その自分にしか聞こえない大音量の声に顔をしかめつつ、呆れたような声を上げる。
「……いや、伝わっていないと思うが」
『何をのんびりと! いい、ちょっと追っかけてくる!』
巨鳥が来てくれるだろうという期待を裏切られた剣の、どこか怒ったような声を聞き。そのまま巨鳥を追うように飛び去った剣が一瞬の内に小さくなるのを見た旅人は、やれやれと肩をすくめながら、すぐ近くの木に背中を預け、勢いよく飛び出していった剣が戻ってくるのを、静かに待ち続けた。
◇
やがて、片翼の孔雀と剣が飛び去った先で。ほんの一瞬だけ、普段の静寂を破るように、轟音が鳴り響き、まばゆいばかりの閃光が瞬いた。
◇
「そりゃあ、怪しげな光と共に非常識な魔法を絶え間なく放ち、道なき道を進む奴らがおってじゃな。そんな奴らが、自分たちの『巣』に向かって一直線に進んできおったら、警戒して様子を見に来てもおかしくないじゃろうし、わざわざ自分から話しかけようなんて思わんのじゃないかのぉ」
『……私が悪いって言いたいのかな?』
まるで剣に引きずられるように飛んできた巨鳥の話に、剣は、旅人に向かって不満げな声を上げる。まあこれは、どちらかというと巨鳥の言い分の方が正しいだろうなと、そんなことを考えた旅人に、その言葉が伝わってしまったのだろう、剣が『むぅぅ』と、さらに不満げな唸り声をあげる。
そんな二人の声に出さないやり取りを知ってか知らずか、巨鳥は旅人へと質問を投げかける。
「で、そんな規格外の力を持ったヌシらが、こんな山奥の遺跡まで、何の用じゃ?」
その、本題とも言える問いかけに、二人は見えない漫才をやめ。旅人は、姿勢を正しながら、ここまで来た目的を言葉短かに口にする。
「俺たちは、ある一冊の本を求めてここまで来た。――在りし日の貴方達や貴方たちが関わった人々のことを物語として綴った本を探して」
そんな旅人の言葉に、少し意表を突かれたのだろう、戸惑ったように首を傾げる巨鳥。そんな巨鳥に剣は、その身を光らせながら、空気を震わせて、言葉を声にして語り掛ける。
『私は知りたいだけなんだ。大災害の前と後でどんな違いがあるのか。今の文明がどうやって築かれてきたのか。その転機となった出来事を』
――それは、あてもなく自由に旅をしているように見える旅人とその剣の、たった一つの旅の目的だった。
◇
『……オルシーちゃん、結局治らなかったんだ』
結局、ピーコックが旅人と剣の二人を乗せて遺跡まで行くことで話がまとまって。空の上で、ピーコックから話を聞く。――過去に本を読んで話をしていた旅人には知る由もない、当時の関係者のみが知りえるような事実を。
それは、残酷な事実で。同時に、時が過ぎ去った今となっては、どこにでもありふれた話でもあり。―誰かの記憶の中にあって、ふとしたきっかけで懐かしむ誰かがいる、それが救いに感じる、そんな話でもあった。
「そうじゃのぉ。じゃが、思ったよりも長く生きたのも事実じゃて。あ奴がここに来た直後に、新しい治療法というのが出てきたみたいでな。――まあ、正確には治療というより、実験台じゃったと思うが。
それで一時は症状も改善して、杖だけで歩けるようになるまで回復もしたんだがの。……じゃがまあ、遅すぎたんじゃろうな。結局は、三十になる前に死におったわ。
それでもな、その十年以上も命を長らえることができた。その時間は、オルシーというヒトにとっても、その周りにいたヒトにとっても、貴重な時間だったんじゃろうな。
――その時間で、オルシーは、『何か』を残すことが叶ったのだから」
オルシーという、世の不条理と隣り合わせに生きた一人の人間。
彼女は子供でいることを許されず。
彼女は子供であることを望まず。
不条理な世の中に怒り。救いの無い世の中に怒り。
誰よりも死を恐れ。誰よりも命あることを望み。
そして誰よりも生きることを望んだ、オルシーという、一人の人間。
そんな彼女は、その生涯の果てに、「何か」を残す。
――たった一冊の、彼女が見聞きして創り出した、物語を綴った本を。
「オルシーが限られた命を費やして残した一冊の本、題名は『魔法と血と、色々な想いを抱えた人たち』、じゃったかな。山奥に住む巨大な孔雀が空を飛んだり、機械人形が赤子を育てたりする、まあ、荒唐無稽なおとぎ話の類じゃな。――そんな話でもな、当時は不思議な現実味があると話題になったらしい。そんなことをフィリから聞いた覚えがあるわい」
『実際、巨大な孔雀は目の前にいるしね!』
「さて、しゃべる剣なんてのもおるしな。案外儂らも、おとぎ話の一部かもしれんて」
どこかふざけたような説明をして、かっかっかと笑う、一羽の巨鳥。その笑い声から、どこか優しげな感情を読み取ったのだろうか、剣は明るく相槌を打ち。
「そうじゃな、遺跡までまだまだ時間もかかるしの。覚えとる範囲内で何が書かれていたか、少し話しでもするかの」
そうピーコックは口にして、少しだけ間をおいて。今までのどこかとぼけた口調から、真剣な口調へと切り替えて、その本の内容を語り始める。
――その本は、遥か昔に生きた少女が、自分が接してきた様々な人たちに向けた感謝の言葉から始まっていた。
◇
――魔法と血と、色々な想いを抱えた人たち――
外の世界に足を踏み出し、私の背中を押してくれた親友、フィリに感謝を。
これまで治療に尽力してくれた病院の医師、看護師の皆さま方に感謝を。
この本を書くにあたって、様々な話を聞かせてくれた皆さま方に感謝を。
病院の患者たちに心を砕き、苦しみを受け止めてくれるシスターダーラに、嘘偽りのないありのままの皮肉と、ほんの少しだけの感謝を。
彼ら、彼女らが私に与えてくれた気持ちで生まれたこの本が、子供たちの、世界の広さと美しさを知る最初の一歩の後押しになることを願う。
最後に、今まで私と共に生きてくれたケイシーに、心からの感謝を。
◇
そうして、序文を読み上げた巨鳥は、続く第一章を読みあげる。
――「忘れ去られた贈り物」と題された、今はもうその役目を終えた遺跡を、一人の少女が、出会ったばかりの友人と共に訪問するという物語を。