10.動乱の裏側で、こっそりと
2019.2.22 誤字修正、可読性向上のための改稿。
「カッカッカ!」
メディーンが抱えるように飛ぶ「飛行機」の中で。プリムが操縦する戦闘機のすぐ側を通り過ぎた頃たろうか、そのタイミングを見計らったように、ピーコックが笑い出して。その様子を見たフィリは怪訝そうな表情でピーコックに話しかける。
「……何? 急に笑い出して」
「いや、ここらで一度笑っとかんといかん、そんな気がしてな。……まあ、聞こえる訳はないじゃろうがな」
「……変なの」
なんで突然笑い出したのか、ピーコックの答えになっていないような答えを聞いて、フィリは首を傾げる。
フィリが以前乗ったときとは違う、椅子も何もないがらんどうの飛行機の中で。壁にもたれかかるように、フィリとオルシーが並んで座り。その二人から少し離れたところで、ピーコックが羽根を休める。
外で飛行機を飛ばしているメディーンの推進装置から鳴る「ごおお」という音がかすかに響く中。二人と一羽は、どこかのんびりと、飛行機の中で佇んでいた。
◇
「……本当に、こんなことをして大丈夫なのかしら」
さっきのピーコックの笑い声、まるで、ここにいない誰かをからかっているみたいだったなと、そんなことを考えていたところで。隣で座っていたオルシーが、たぶん、わたしとピーコックの両方に聞いてるんだよね、ためらいがちに口を開いて。
……えっと、わたしもそう思って、ピーコックに何度も聞いたっけと、そんなことを思い出しながら、オルシーの質問に答える。
「ピーコックは『これが一番良い』って。――みんなをびっくりさせることになるけど、多分、大ごとにはならないんじゃないかって」
……えっと、質問に答えたんだけど、どうなんだろう? こんな返事でいいのかなぁ、そんなことを思いながら、ピーコックの方を見る。
「どうせ一度は戻るつもりじゃったんだしな。ちゃんと手紙も置いてきておる。大丈夫じゃろうて」
わたしとオルシーに見つめられて。ピーコックはそう返事をしたあと、オルシーに向かって説明を始める。それは、わたしに何度も説明した内容で……
◇
少し時間を遡って。故人となったトゥーパー参謀の邸宅で、全ての負傷者に対する治療を終えたメディーンに、一人の衛生兵が話しかける。
「ご苦労様です。これで全員になります。……今、宿舎までお送りするための馬車を手配をしています。しばらくお待ちください」
衛生兵の言葉に反応して、目のあたりをチカチカと点滅させるメディーン。その様子を見て、少し不安げに、それでも言葉が通じたと判断した衛生兵は、敬礼をした後、手配状況を確認するために正門の方へと早足で移動をし。正門の前で馬車が到着するのを待っていた同僚に向かい、小声で話しかける。
「(おい、本当に通じてるのかよ)」
「(わかんねぇけど、言葉は通じるって話だぜ)」
何を話しかけても返事をせず、単に目のあたりを光らせるだけのメディーンの様子に、不安げに同僚に確認をする衛生兵。だが、その話しかけられた同僚も、あまりにも普通の人間とは違うメディーンの態度に、はっきりとしたことは言えず。あいまいな返事をしながら、ちらりとメディーンの方に視線を送り。――そのメディーンの様子が少しおかしいことに気付く。
背中に背負っていた筒状の何かが火を噴き始め、噴射音が辺りに響く。その音に気付いたのだろう、周りにいた他数名の衛生兵もメディーンの様子に気付き。――そんな周りの様子を気にする様子も見せず。やがてメディーンは、旧都マイニングの方向に向かって、一直線に飛び去る。
何の前触れもなく突然起こった出来事に、ポカンとする二人。少しして慌てて我に返り、対応策を相談する。
「とりあえず、まずは連絡!」
「どこに!?」
「どこって……。――指揮官! まずは少将閣下だ!」
「わかった!」
とっさの出来事に兵士としての口調を忘れ、普段の口調で同僚と相談を始める衛生兵。すぐに結論を出した彼らは、メディーンのことをマイミー少将に連絡すべく、通信機の方へと駆け出した。
◇
しばらくしてから、ファダーとの会談を終えたマイミーたちと通信が繋がり。衛生兵は急ぎ、メディーンが旧都マイニングの方向へと飛び去ったことを伝える。
意見を聞くように無言でスクアッドの方を見るマイミー。その視線に答えるように、スクアッドは、一瞬だけ考えてから、通信機に向かって答える。
「そりゃあ、あの御仁が行くとすれば、多分、訓練場宿舎か、旧都マイニングの外れにある教会でさぁ」
いつも住んでいる訓練場宿舎と、ダーラのいる教会。旧都マイニングで、メディーンが行ったことのある二か所を通信機の向こうの衛生兵に伝え。そちらの方への連絡を任せ、自分たちはジュディックやプリムに連絡をするために、通信機を繋ぎなおす。
――こうして、異変は関係者に速やかに共有される。だが、それよりもさらに早く、事態は進み……
◇
「はい?! 病院の上空で、フィリと重病人を乗せた聖鳥が、機械人形に抱えられるように飛ぶ飛行機に乗りこんで、どこかに行った?!」
ほとんど誰も居なくなった訓練場宿舎の管理人室で。備え付けられた通信機の前で、レシティが一人、素っ頓狂な声を上げる。
一旦戻ってきた兵隊たちも任務で出払って、寝泊まりしている人が数人にまで減った訓練場宿舎。その中の一人であるフィリを、一緒に住んでいる巨鳥と共に、馬車で病院まで送り届けたあと、帰ってくる時に連絡が入るからと通信機の前でのんびりとしていたレシティ。たが、予想とは反した、「メディーンがどこかに飛んでいった」という、思いもよらない連絡を受け。――あたしにそんなことを言われてもねぇと、そんなことを思いながらも、レシティは、何か異変があったら管理人室にまで連絡するように、各部屋に連絡を回し終える。
フィリたちのことを知っているからだろう、あの子たちはたまに、何気ないようなことでも大きな騒ぎにしちまうからねと、どこか楽観的なことを考えていたレシティ。だが、そんな彼女も、その病院からの通信で、フィリたちがいつのまにか飛行機を手に入れて病人をさらったことを知り、「本当に」大きな騒ぎを起こしたことに気付き……
「飛行場の格納庫から輸送機が一機、無くなってました! これってやっぱり……」
……血相を変えて連絡してきたボーウィの言葉を聞いて、その飛行機が、よりにもよって自分たちの管理していた飛行機だということに気付くレシティ。軍用機を盗まれるという重大な事態に今の今まで気付けなかった自分に少し呆れながら、通信機の向こうにいる相手に話しかける。
「……ああ、今確認が取れたけどね。どうやらその飛行機は、ウチからこっそりと盗み出されたやつみたいだね」
――そうして、ようやく事の重大さに気付いたレシティは、少しでも情報を集めようと、フィリたちの部屋を調べることを決意し。……そこで、フィリとピーコック、それぞれが残した「二通の手紙」を見つけることになる。
◇
――宿舎のみんなへ。
突然のことでごめんなさい。この手紙が読まれている頃、わたしたちは、ここの飛行機を借りて、空の上にいると思います。
初めは、みんなが忙しくなくなって落ち着いてから、ちゃんと話をしてから帰ろうって、ピーコックと相談していました。でも、わたしたちだけで帰らないと、後でメディーンとピーコックが困るかもしれないからこっそり帰ろうって、ピーコックと話をして。
そしたらピーコックが、「どうせ誰もいない時を見計らって帰るんじゃったら、あの飛行機とかいう機械を使って帰った方が楽じゃのぉ」なんて言い出して。始めは反対したんだけど、ごめんなさい。飛行機で帰れば、オルシーも一緒に帰れるって聞いて。オルシー、わたしの部屋に来たがってたし、わたしも部屋に招きたかったから。ピーコックが「誰か一人を連れて行くんじゃったら、あやつらも飛行機の一台くらい、喜んで貸すはずじゃて」っていうから、「うん」って言っちゃって。でも、オルシーはどうしても見てみたいって言うし、わたしも見てほしかったから。本当にごめんなさい。
数日だけ向こうで過ごしたら、きっと帰ってきます。そのときにちゃんと謝ります。本当にごめんなさい。
◇
――突然で悪いがのぉ。ちょっと「飛行機」とやらを借りるぞい。
互いに、手紙に何を書いたか聞かんようにしとるけぇ、儂はフィリが何を書き残したのか知らんのじゃがな。儂は儂で、好きなことを書かせてもらおうと思うとる。
そうじゃな。まずは、これまで世話になったことは感謝しとる。そっちにはそっちの思惑があったのじゃろうがな、正直言うて、相当に良い環境だったと、儂なんかは思うとる。
おかげで、フィリも外の世界にも慣れ始め、不満も抱いていないようじゃった。このまま遺跡に戻らずに、少しずつ自立を促しても良かったのかもしれん、そう思ったこともある。
じゃがな、やはり一度は戻らんといかん、そう思うての。悪いが、こっそりと出発させてもらった。
この先、たとえフィリが外の世界で一生を過ごすことを選ぶとしてもな、本当にそれでいいか、決心はせんとあかん。これは儂の我儘じゃがな、そう思うんじゃ。そのためには、一度戻ってゆっくり考えた方がええと。
まあ、何を思うたか、オルシーとかいうヒトが、フィリの生まれ育った場所を見たいと言うとるからの。こ奴なら、妙な勘繰りもせんじゃろうし、丁度いい、一緒に連れていくことにした。
なに、仮にフィリが遺跡で過ごすことを選んだとしてもな。このオルシーとかいうヒトは必ず帰すし、ヌシらから受けた世話の対価は、儂とメディーンで必ず返す。まあ、メディーンが建てた「修理工房」だけでも十分な気がするがのぉ。メディーンの奴、ヌシらの使うとる金属よりも明らかに上等な金属を作っとったからのぉ。
少し話がそれたがの。そういう訳じゃ。今までも、メディーンなんぞは、十分にヌシらの力になっとったと思うしの、悪く思わんでくれると有り難いが、それはまあ、ヌシらの勝手じゃろうな。――じゃがまあ、今回の件はあくまで「ワシら」の我儘じゃからな。悪く思うのはワシらだけにしてもらえると有り難いのじゃが、どうだろうのぉ。
◇
「そうねぇ。確かにオルシー、結構前から『フィリの部屋に遊びに行く』って言ってたわよねぇ。……まさか、『故郷にあるフィリの部屋』だなんて思ってなかったけど」
今回の騒動の連絡を受けて、フィリとオルシーのことが気になったのだろう、慌てて訓練場宿舎に来たダーラは、レシティから渡された手紙を見て、性格だろうか、どこかのんびりとした口調で呟く。
「うん。お姉ちゃん、ずっと前から『今度、飛行機に乗ってフィリの部屋に遊びに行く』って言ってたよ。それが今日だと思ってなくてびっくりしたけど。だから、『さらわれた』のとは違うと思うなぁ~」
「そうねぇ。その『飛行機に乗って』ってのは、今初めてきいたけど」
そのダーラに連れてこられたケイシーの言葉を聞いて、同じように連れてこられたスティーク少年が、「ダメだ、こいつら」みたいな顔をしながら、レシティの方を見る。
「――多分だけどな。あのフィリの姉ちゃん、『飛行機に乗って』っていうことをわざと言わなかったんだと思うぜ」
「そうね。……でもフィリちゃん、そんな嘘をつく子には見えなかっただけどねえ」
スティーク少年の言葉に同意しながら、それでもどこか信じられないように呟くレシティ。その言葉を聞いて、ダーラは誰にともなく、しみじみと呟く。
「そぉよねぇ。けど、フィリちゃんには『教育に悪い聖鳥さま』が付いているしねぇ」
――その言葉を聞いたレシティとスティーク少年は、しみじみと思い出す。そういえば、フィリにとってあの巨鳥は、いつもわたしをからかってばかりと怒っていながらも、それでも一番信頼していた相手だったな、と。
◇
「そんなわけでな、フィリも一度は『遺跡』に戻って、しっかりと考えた方がええ。それはきっとな、連中にとっても悪い話じゃなかろうて」
ピーコックがオルシーに一通り説明して。ピーコックの話を静かに、最後まで聞いていたオルシーは、多分、最初から疑問に思ってたのかな? 少しきつめに、ピーコックに話しかける。
「そうかもしれないわね。けど、別に飛行機を『盗む』ことはなかったんじゃないかしら」
「そう言うがのぉ。ワシ等としても、何を考えとるかわからんような『ヒト』まで、遺跡に連れてく訳にもいかんでのぉ。『遺跡に行く』こと自体、できれば隠しておきたかったんじゃよ」
オルシーの質問に、あっさりと答えるピーコック。……わたしもね、盗むのは良くないんじゃないかって聞いたんだけど。ピーコックはね、「オルシーを連れて帰るには、どうしても乗り物が必要」なんだって。
わたしとピーコックとメディーンが帰るだけなら、乗り物はいらない。わたしがピーコックの背中に乗って、夜の目立たない時間に飛び立てば、誰にも気付かれずに帰れるって。だけどオルシーは違う。そんな「過酷な旅」には耐えられないって。空の薄い空気にも耐えられないし、野宿もできない。オルシーには、雨風をしのげる、ちゃんとした部屋が必要なんだって。
だけど、そんなことを誰かに話したら、他の人が付いてくる。あの「遺跡」に他の人は来ない方が良い、そうピーコックは思っているみたいで。……よくわからないけど、ピーコックが言うなら多分そうなんだろうな、なんて。そのくらい、ピーコックの話し方は真剣で。
だから、飛行機を盗むことを誰にも知られないよう、できるだけ他の人と話さないようにしてたんだけど。特に……
「ボーウィさん、怒ってないかなぁ」
……あの人にはね、絶対に気付かれないようにしたつもりだけど。上手くいったかなぁ。怒ってないかなぁ。怒ってないといいなぁ。
「……そんな怒りっぽい人なの?」
「どうなんだろう? ちょっと目つきが怖い感じもするかなぁ。ただ、飛行機のことを見ている時、凄く集中してて、声をかけても気付かない時もあるから。きっと飛行機のこと、大事にしてるんだろうなって。――あと、飛行機のことを話しだすと、興奮するのかな、話し方が変わるよ。少し低い声で、早口になるんだけど」
「……そう。専門家なのね」
どんな人かオルシーに聞かれて。ちょっと怖い、飛行機が好きで詳しい人だって説明をして。なんだろう、わたしの説明に少し首をかしげながら答える。ボーウィさん、確かに「専門家」の筈なんだけど。オルシーは少し違うと思っている、ような気がする。そんな話し方かな。
「……あと、そういえばだけどね。別々に手紙を置いてきたって言ったけど、このふざけた鳥、実は字が書けたりするのかしら」
「ううん。ピーコックの分は、メディーンに書いてもらったの」
「……むしろ、あの、その、メディーンさん?、そんなにも器用なの?」
……そうそう、これは今朝ピーコックに教えてもらうまで気付かなかったんだけど。どうも他の人たちは、メディーンが字を書けることに気付いてなかったみたい。
なんでだろう? なにを話しているか「聞いて」わかるのなら、言葉だって知ってるってわかると思うんだけど。ピーコックにはそう言ったんだけどね。大体………
「カッカッカ! 何せフィリに字を教えたのはメディーンじゃからのぉ。当然、字も書けるわい。――まあ、儂は誰にも言わんようにしとったけどな」
……わたしはメディーンから文字を教えてもらったんだから、メディーンだって当然文字を知ってるよね。なら、文字を使って話もできる、普通はそう思うと思うんだけど。
そうピーコックに言ったら、「あ奴らは、フィリとメディーンが『自分たちの知らない方法で』話をしとるのを毎日のように見とるからのぉ。一度『会話の仕方が違う』と認識すると、『同じ方法でも話ができる』とはな、なかなか思わんもんなんじゃよ」なんて言われて。
よくわからないけどそうなのかな、なんて思ってたんだけど。うん、オルシーの態度を見てると、ホントにそうだったみたい。
「……なんで隠してたのかしら?」
「もちろん、『フィリの価値を高めるため』じゃよ。メディーンがあの宿舎の他のヒトと直接会話ができるようになったら、フィリのありがたみが薄れるじゃろう?」
「……こうやって聞くと、結構嘘や隠し事が多いわね。後で気まずくならないかしら」
うん、それも気になったんだけど。けど、ピーコックが言うには、あそこの人は「いい人」たちで、わたしのことも考えてくれている人たちだから……
「まあ、フィリが外の世界で過ごす決心をつけたのならな、そこで諸々のことを謝って、あとは正直に生きればええ」
……「誰かに言われたから」とかじゃない、わたし自身がちゃんと謝れば許してくれる。だから今は、「自分のために」遺跡で色々と考えるべきなんだって。
けど、そんなにも考えることがあるのかなぁ、なんて思うんだけど。「遺跡に帰れば嫌でも色々と考えるわい」なんて言われて。
真剣な話し方だから、多分ホントのことだと思うけど。けどホントかなぁ。からかってないよね?
◇
こうして、ある事件をきっかけに外の世界へと出ることになったフィリは、その事件が一応の決着を見るのと時を同じくするように、そのことを本人たちも知らぬままに、外の世界から遺跡へと帰ることとなる。
――外の世界に出て、様々なことを知り、様々な人と出会い、様々な経験をしたフィリ。それでも、遺跡に戻ったフィリが何を思い、何を考えるのか、今はまだ、誰も知らない。
これで第四章完結となります。第五章を始める前に、小さな話をいくつか、転章や閑章として挟む予定です。