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フィリ・ディーアが触れる世界  作者: 市境前12アール
第四章 自由と秩序と
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9.残されたもの(下)

「――今回の事件に巻き込まれた部隊だが……」


 ファダー邸の応接室で。ファダーの言葉を一通り聞き終えたマイミーは、少しだけ、何かを考えるように視線を彷徨わせ。しばらくして考えがまとまったのだろう、視線をファダーの方へと戻し、ゆっくりと言葉を紡ぎ始める。


「……王国で開催された『世界博』に出展した国宝、これを警備するために派遣した部隊であると同時に、『陸軍航空戦力運用計画』の実演部隊として、『世界博』で披露するために派遣した部隊でもある」

「あん?」


 自身の問いかけの答えが返ってくると思っていたファダーは、予想とは違う、どこかずれたことを話し始めたマイミーに、首をひねりながら戸惑いの声を上げ。すぐに口を閉じて、再びマイミーの話を聞くような姿勢をとる。

 スクアッドは、そんな二人の様子を見ながら、そう言えば元々は「世界博」に出展した「聖典」の護衛任務だったんすよね、なんてことを思い出し。なおも続くマイミーの話に耳を傾ける。


「陸軍航空戦力運用計画。それまで専用の飛行場を必要としていた戦闘機を、どこでも運用可能とすることを目標とした、次代の防衛計画の要。十年以上も前から計画されていた物だ。……もっとも、実用性よりも、多分に示威的な効果を狙った計画だがな。

 計画の中核となるのは、輸送に適した小型航空機『一六式(イチロクシキ)強襲偵察機(アサルトリコナー)』。偵察機と名が付いているが、最新鋭機にも負けない性能を持った、実質的には戦闘機と言っても良い機体だ。――だが、この計画において重要視されているのは機体性能ではない。『陸上輸送が可能で、どこからでも離着陸が可能なこと』この一点のみだ。

 だから、この機体の戦闘能力がどれだけ優れていようが、実のところあまり意味がない。あくまで、陸上輸送が可能でどこでも運用できることが最重要事項だ。陸上輸送を可能とする『特別貨物列車』があって初めて威力を発揮する、そんな機体だな」


 淡々と説明を続けるマイミー。その内容にファダーも興味を覚えたのか、酒の入ったグラスを机の上に置き、静かに聞き続ける。


「この計画は、航空機を陸路で秘密裏の内に輸送し、運用可能とすることを目指した計画だ。輸送手段が列車だけでは片手落ちだろう。当然、列車以外の輸送手段も検討されている。『特別貨物馬車』という大型馬車がそれにあたる。だが、本来は馬ではない、もっと別なものに引かせる予定だった代物でな。……十年前、事件が起こる前にウェス・デル研究所に発注されていた『路上列車牽引車』、貴公らが『ロード・トレイル』と呼んでいる牽引車両に引かせる予定だったのだ。――そして、そのための機構は、今もそのまま残してある」


 話を進めていくマイミーに、黙って聞き続けるファダー。その様子を見ながら、スクアッドは汗をかきながら、軽く動転する。


(……これ、自分が知るべきではない情報っすよね!?)


 そもそも、自分たち「武装偵察小隊」が、「一六式強襲偵察機」の実演部隊として「世界博」に派遣されたという話ですら、自分は知らなかったのだ。――確かに、世界博に派遣された以上、一六式強襲偵察機の実演にも協力したのも事実だが。それはどちらかというと、そこに居合わせたが故の任務だったと認識していた。多分それは上官であるジュディックも一緒だろう。

 その「陸軍航空戦力運用計画」とやらの一環として武装偵察小隊が派遣されたのなら、その計画に自分たち無関係とは思えない。多分、陸軍側の運用は自分たち武装偵察小隊なのだと、そこまで考えて。……これ以上考えるのは危ないっす。知るべき時がくれば知らされる、その時に考えれば良い、そんなことを考えながら、スクアッドは首を振る。


「今回の計画に関する研究を行っていたのは、陸軍研究所の中でも変わり種でな。『血狂い』と呼ばれていた科学者と親交のあった、以前はウェス・デル研究所で働いていた研究員たちで固められている。

 これまでは主流からは程遠い者たちだったがな。『陸軍航空戦力運用計画』が評価されれば、一気に主流派の一つになるだろうな。だが、出自が出自だけに、教会派と相容れることはまずないだろう。――当然、この計画を主導している高官たちもそのことを理解している。

 ……私にできるのは、その小屋の中に眠っているという成果を確実に、その研究者たちに受け渡すこと、また、その計画を主導した高官たちと貴公の間を取り持つところまで。それ以降は彼らと交渉してもらうことになる。それで良いなら、交渉成立となると思うが、良いか?」


 スクアッドが、どこか逃避するようなことを考えている間にも、マイミーの話は進み。


「ああ、それで良いぜ。っていうか、出来すぎだよなぁ、オイ。……テメェ、ここに来る前から答えを用意してたんじゃねぇのか?」


 ファダーの肯定的な回答で、その話は終える。続けて口にだされたファダー疑問にマイミーは答えることなく、用事は終わったとばかりに席を立ち。そんなマイミーの様子に、ファダーも特に答えを求めた様子も見せず、軽く手を叩いて、案内役の男に玄関まで送るよう指示を出して。


「まあ、テメェらの持ってきた話、なかなか面白かったぜ。――テメェ等の名前はウチの若ぇのにも伝えておく。いつでも来てくれや」


――そんな言葉に送られながら、マイミーとスクアッドは、応接室を後にした。



 廃鉱の脇にある小屋の中で。静かにジュディックは研究日誌を読み進める。ときおり流し読みしたのだろう、残りも少なくなったその日誌を、ジュディックは一人、静かに読み進めていた。


……共和暦二三〇年二月九日――


 マークスの方も「並列魔法式固定刻印」を刻み込んだ熱空機関が完成し、試験運転も上々。あとは「親父」のところで組み上げている最中の「ロード・トレイル」に乗っければ、ようやく完成だとよ。ったく、理論はほとんど完成してたのに、時間をかけ過ぎだろう。

 ……あん? 動力車は機構が複雑でむしろ組み上げるのが本題だぁ!? 人のことを言ってる暇があるなら自分の担当分をとっとと完成させろ、だぁ!? うるせぇ! こっちもあと一息で完成だっつうの!


――共和暦二三〇年二月二十三日――


 昨日までの研究結果を資料にまとめ始める。「聖人の血」「魔法鉄」「魔法行使可能境界」「阻害型代謝魔法障害仮説と治験方法検討」まとめなくてはいけないのは、ざっとこんなとこか。こいつらをまとめ上げて、マークスが担当している「ロード・トレイル」が完成すれば、あのアマが手掛けていた研究は、ようやく全てカタが付くことになる。

 ……ったく、八年かよ、えらいかかっちまったな。まあ、あと一息だ。


――共和暦二三〇年三月……


 ……そこまで読み進め。ジュディックはあと僅かになった日誌を閉じて、考え込む。


(――遺志、か)


 これまでこの賊の足取りを、過去の資料を元に追ってきて、相手もれっきとした人間なのだということを、改めて痛感する。

 目的を持って行動し、粘り強く事に当たり、一歩ずつ前に進む。多分、情も深いのだろう、自らを見出した科学者が非業の死を遂げたことで事件を起こし、その遺志を継ぐように研究を続ける。

 そこから感じるのは、人格に劣った犯罪者の姿ではない。むしろ、まっすぐで強い意志を持った、どこまでも報われなかった一人の研究者の姿だった。


(……何を今更。奴らは「事件」を起こし、「国宝」を奪った時点で、「国家の敵」なのだ)


 敵が一人の、感情を持った人間だったところで、自分がやるべきことは変わらない。そこは揺るがない。……それでもなお、凶悪でありながら単純な犯罪者とは言い難いこの賊に対し、その研究者としての側面を知り、この研究者を殺さなくてはいけなくなった現実に理不尽を感じ。――他の誰でもない、最後に致命傷を与えたのが自分で良かったと。そんな考えがふと頭をよぎる。


――この研究者たちを賊として殺さなくてはいけなかった「正しさ」をどこか信じきれないからこそ。部下が手を下した時、どう声をかけていいかすらわからないことに気付き。それよりは自分が手を下した方がまだ良いと、そんな風に思っている自分に気付き、愕然とする。


(……俺は今、何を考えた)


 彼らを追うという任務に不満を覚えたことは無い。あの賊は討たれるだけの罪を重ねてきたことは明確な事実だし、命を奪わないよう捕縛するなんてことができる相手でもなかった。何より、任務に従って敵を討つのは軍人として当然のことだろう。そこまで考えて、ふと、当たり前のことに思い至る。


(……そうだな、俺は軍人だ。軍人であると誓った身なのだ)


 確かに、彼らは賊であると同時に、真摯な研究者だったのだろう。単純に、殺されてもおかしくないような悪人と断じることはできないのかも知れない。

 だが、自分たちはそもそも、彼らが「悪人」だから追っていたのではない。自分たちが「軍人」で、彼らが「国家の敵」だったから追っていたのだ。


 我ら、国を守る盾であれ。

 我ら、国を愛し、国と共に生きる者であれ。

 我らの力は国民のためにこそ振るえ。

 我らは国民によって生かされていることを忘れるな。

 国民の幸福を奪おうとする者と戦い、決して屈するな。

 我ら軍人は、これらを守るため、己を捨て、国家に忠誠を誓う。


 ジュディックは国軍誓規を思い出し、その一つ一つを心の中で読み上げる。今まで何度も言葉にしてきた、軍人の心得を綴った言葉。その言葉の意味を、一つ一つ噛み締める。――自分は国のために戦い、己を捨てて忠誠を誓った身だと。自分一人の感情のために戦ったのではない、国家のために戦ったのだと。

 それでも。任務の名の下に自分が討ち果たした相手が「一人の人間」だったことは、心に刻まなくてはいけない、そうジュディックは心に誓いながら。手にした日誌を棚に戻す。


――今はまだ、自分の部下が手を下したときに、かける言葉を見つけられないままに。その事実からは逃げないよう、しっかりと背負いながら。



(結局、少将閣下も親父(ファダー)も、この会談をある程度は予想してたってことっすよね)


 ファダー邸の応接室から出て。玄関へと続く廊下を、案内役を任された男に先導されるように歩きながら、スクアッドはしみじみと思う。

 終始芝居掛かった話し方をしていたファダーの要求に、お偉方との会談なんていう、根回しが必要なことをその場で提案したマイミー。さらに、あっさりとその提案に乗ったファダー。どちらも、あらかじめ相手の出方を予測していたように感じるのだ。……そして、その予測は当然、自分たちがここに来る前にされていたのだろう。そんな、まるで台本があるかのようなやり取りだったのだ。


(まあ、表も裏も、上に立つお人には、根回しをする周到さも、清濁併せ呑むだけの度量もいるって事っすかねぇ)


 この会談の様子を一部始終見て、そう結論付けるスクアッド。こりゃあ上官殿も大変だ、階級が一つ上がるだけで、この「政治」をこなさなくちゃいけなくなる。あの性格で本当にそんなことができるのかねぇと、そんなことを考えて。……まあ、そんな来るかどうかもわからないような先のことを心配するよりも、まずは事件が片付いたことを祝わないと、そんなことを思い始める。

 とりあえず、無傷の奴らとピーパブハウスにでも出向いて、ダーラちゃんと騒いで。結局、ハーフホースも口をつけるタイミングがないまま、部屋を出てきちまったっすけど、飲み慣れない上品な酒よりも、ピーパブハウスで飲む安酒の方が性に合ってるっすわと、そんなことを考えながら、ファダー邸を後にして。……馬車で待機していた兵士に、トゥーパー参謀官の邸宅に残って昨日の戦闘で生き残った怪我人の治療に当たっていたメディーンが、その治療を終えた後、自力飛行してどこかに飛び去ったと連絡を受ける。


――それは、この一連の事件の最後を飾る、ささやかな騒動の幕開けだった。



『もう片方の賊も、今しがた息を引き取ったことを確認した。これにて状況は終了した。ここまでの助力、感謝する。通信終了(オーバー)

「……了解。これより帰還する。通信終了(オーバー)


 廃鉱から少し離れた、もう一つの戦場だった場所の上空で。砲撃手が倒れ、陸上部隊が到着した後もなお上空で待機していたプリムは、地上からの通信に応答を返し、通信を終了する。


(陸上部隊の連中、何かしてたみたいだけどね。あの賊に話しかけていた? ……まあ、この距離じゃよくわからないさ)


 そんなことを考えながら、プリムは、心のどこかで感じている引っかかりを振り切るように、首都ホープソブリンにある空軍基地に帰投するべく、自身の乗る戦闘機の舵を切る。

 大きく旋回するように、首都の方向へと進路を向ける戦闘機。その機首の先に視線を向けた彼女は、首都の方から飛んでくる軍の輸送機の姿を視認して、首を傾げる。


(今日、この近辺を飛ぶ輸送機なんてないはずだけどね)


 今は決着もついて平和になったとはいえ、広範囲において砲弾が飛来することが予想された空域だ。当然、無関係な航空機は飛行制限がかけられている。既に戦闘は終わったとはいえ、作戦の終了はつい先ほど宣言されたばかりだ。こんなところを飛ぼうとする航空機なんてものはないはずなんだけどね、そう思ったところで、その輸送機が近づいてくるのをなんとなく眺め。


――見覚えのある銀色の機械人形が、軍の輸送機を抱えるように持ちながら、自身の推進装置(スラスター)を使って強引に飛行しているのを視認する。


 そのあまりの光景に絶句するプリム。そんな彼女に、通信機からの呼び出し音が耳に入る。


『あー、大尉殿、聞こえますか?』

「……ああ、聞こえてるさ」


 半ば茫然としながら、通信機をつなぐプリム。通信機の向こうから聞こえてくる、スクアッド曹長の言葉に生返事を返し、その言葉に耳を傾ける。


『今、訓練場宿舎の方から緊急で連絡が入ったんすけどね。どうやら、メディーンが訓練場宿舎に駐機していた輸送機を強奪して、例の隔離病棟でフィリ嬢とピーコック、あと患者を一人、その輸送機に載せてどこかへ飛び去ったみたいでして。――メディーンはフィリ嬢の命令で動いてるって話ですが、正直、彼女がそんなことをするとは思えないんですぁ』

「そうだね、フィリちゃんはこんな騒動を起こすような子じゃないだろうさ。――そんなことをするのは……」


 スクアッドの話を聞いて。プリムは、この騒動の元凶に当たりをつける。フィリはそんなことをしない、メディーンも勝手に動くことがない。何より、あの連中の中で、こんなことを企みそうな奴なんて、一人しかいないだろうと、そう確信をする。


――多分、この件の黒幕であろう、妙に人間臭くてどこか憎めない、見目麗しい姿をした巨大な鳥。プリムは、今しがた通り過ぎた輸送機の中でその鳥が、今も「カッカッカ」と声を上げて笑っているのだろうと、そんなことを想像していた。

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個人HPにサブコンテンツ(設定集、曲遊び)を作成しています。よろしければこちらもどうぞ。

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