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フィリ・ディーアが触れる世界  作者: 市境前12アール
第四章 自由と秩序と
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8.残されたもの(中)

(甘いなぁ、せっかくの腕が台無しさ)


 砲撃の余波で飛ばされた樹木をもろに喰らい。骨をへし折られ、大地に仰向けに寝そべったマークスは一人、明らかに直撃させることができる距離にまで近づいておきながら砲撃を外し、今も上空で旋回を続ける戦闘機を眺め、考える。――きっと自分が狙いを外したから躊躇したんだろうが、それはあまりにも甘いさ、と。


(そりゃあ、俺はあの困った相棒を援護するためにここに来た。最後の一撃に援護を選ぶのが当たり前って話さ)


 そもそもマークスは、上空の敵と戦うためにここに来た訳ではない。あの戦闘機が空を舞っている限り、相棒を援護することが困難だったから応戦していただけだ。――最後の砲撃の時、良くて相打ちと悟ったマークスが、上空の敵を打ち落とすことよりも、地上で戦う相棒への援護を行うことを選択するのも、彼にとっては当たり前の選択だった。

 ……そして、上空からの砲撃の余波に吹き飛ばされて。動くこともままならないような大けがを負い、大地に寝そべって。懐から出した予備の照準器(スコープ)を使ってもう片方の戦場の様子を確認したマークスは、相棒が戦死したことを知り、軽く心残りに思う。


(……結局、また(・・)上手くできなかったさ)


 まだガキの頃だった時、ヘマをしでかして捕った時も。全てが変わっちまったあの日、あのバカ(あいぼう)を止めることができなかった時も。勝手に何かが起こって、何をしてもどうにもならない、そんな事ばかりだったさと、これまでの人生を振り返り。――まあでも、やりたいことはとことん(・・・・)やったさと、どこか満足気に空を見上げ。上空を飛ぶ戦闘機をぼんやりと眺め続ける。


(しっかし、ホントに甘ちゃんさ。――まるで所長みたいさ)


 多分、こちらの監視の意味もあるのだろう。この場から去ろうとしない戦闘機を見て、ふとそんなことを思う。今にして思えば、アストやマークスにとって、あの研究所にいた頃は、まるでぬるま湯の中で過ごしていると錯覚するような、そんな過剰なまでの優しさと甘さに満ち溢れていた。

 そもそも、自分たちのような何の知識も無い人間をわざわざ連れてきて、必要となる知識を叩きこんで一人前にさせること自体、当時の、そして今の自分たちにとって、無駄としか思えないようなことだったのだ。


(そりゃあ、俺らが「特殊」だったからってのはわかるさ。けどさ、わざわざ手間と金をかけて「研究者」にしなくても良い。何も知らせないまま、顎で使ってた方がよっぽど効率的で楽だろうって話さ)


 少なくとも「親父」ならそうするさと、マークスはそう確信している。――いや、むしろ、親父のような「無法者」だからこそ、そうすると言うべきだろうか。

 事件の後、再び最下層にまで落ちてきて、改めて納得したことがある。使える奴は引っこ抜いてでも自分の元に手繰り寄せて、裏切らないよう、とことんまでいい目を見させる。有象無象の役立たずは使い捨てにして、必要が無くなれば切り捨てる。国の上層部は、そんな利害と裏切りに満ちた別世界だった。――だがその傾向はむしろ、「無法者」たちの方が強いのだと。

 だからこそ、アストもマークスも、例の事件に対して怒りを覚えても、例の事件が起きた(・・・)ことに関しては、何の疑問も抱いていない。――下っ端がやらかして切り捨てられた。自分たちにもつけこまれるような隙があった。だから起こるべくして起きた、たったそれだけの話さと。


(……きっとあれさ。表の人間ってのは、見知らぬ他人のことも「同じ人間だから」とかって考えてるのさ。ったく、いちいち大変さ)


 他人からみれば誰だって道具。結果が全て。信頼できる奴はどこまでも信頼しながらも、決して油断はしない。そんな緊張感の中で生きてきた自分たちにとって、明らかに敵対している人間を殺すことに躊躇するようなお人好し(・・・・)は、どこか別世界の人間のようで。


――結局、最後までそんな「表の人間」になれなかったことに、多少の申し訳なさを感じていた。



 ファダー邸の応接室で。マイミーからアストの死とマークスの負傷を聞かされたファダーは、少しだけ間を置いた後、机の上に置かれていたグラスを引き寄せて。中に入っていた液体を、一口に飲み干す。

 喉仏がごくりと動き、胃を焼く液体が流し込まれて。ファダーは空になったグラスを手の中で遊ばせるように動かしながら、マイミーとスクアッドに話しかける。


「俺が初めてあの二人に会ったのは、十年前、事件が起こって奴らが『凶悪犯』になって、少し経った頃だな。奴らの方から、この家に突然訪ねてきやがってな」


 その口調は、それまでの緊張感あふれる「交渉」とは違い。どこか懐かしむようなそんな口調で。その言葉に哀惜の意を感じた二人は、静かに耳を傾ける。


「門の前の若えのに向かって、『アンタらのお仲間が、つい最近、研究所がらみでやらかした(・・・・・)みてえだが、その自覚はあるか』って言ってきやがってな。――たった二人で俺らにカチコミをかけてきやがった。ったく、怖いものを知らねぇってのは、マジでおっかねぇよなぁ。……こっちだってな、あの二人とそう簡単にドンパチなんかできるかって話だ。

 正直言って、こん時ほどな、『筋の通らねぇ奴らとは付き合わねぇ』っていう信念が正しいと感じたことはねぇ。奴らに、例の官僚様(トゥーパー)とは縁を切ったこと、確かに騒動の中には俺の餓鬼(ガキ)もいたけどな、そいつらも奴らの命令に従ってただけで、今は付き合いがねぇってことを伝えた上でな、ここに通して、丁重にもてなしたさ。――軽く詫びも入れたな」


 先ほどまでの緊張感から一転した感傷的な雰囲気が応接室に流れ。グラスを手に聞き役に徹していたスクアッドは、そんなファダーの話が途切れたタイミングを見計らい、少し合いの手を入れるような形で質問をする。


「連中、それで納得したんですかい?」

「そりゃあ、別に俺の餓鬼が直接、例の研究所に手を出した訳じゃねぇからな。俺の餓鬼共が一人の研究者を追い詰めてそいつを殺人犯にしたからってな、そいつに殺された奴の縁者に恨まれるのはまあ、筋が違うっちゃあ違うだろ。……とはいえ、無関係とも言えねぇからな。その辺りは向こうも『割り切った』ところはあるだろうな」


 スクアッドの質問に、ファダーは当たり前のことを話すように答えたのち、やや苦笑いしながら一言付け加え。再び続きを話し始める。


「で、そん時から、持ちつ持たれつ、つい最近まで上手くやってたって訳だ。こっちからしたら、この上なく腕は立つ連中だし、ああ見えて義理がてぇ。どこにも所属してねぇってのも良かったな。

 連中もな、研究で金や人脈が必要だったみてぇだからな。テメェらも見ただろう、あの『ロードトレイル』やらなんやらを。そりゃあ、あんなのは個人じゃ作れねぇ。利害も一致、仲良くしてたさ。――その研究が終わるまでの間はな」


 そうしてファダーは、アストとマークスの、これまでの付き合いのことを話し終え。軽く間を置くように、再びグラスに注がれた酒を一口だけ含み。それまでの話を締めくくるように、言葉を口にする。


「結局、連中はな、あの事件が起きてから今日までの約十年間、一日だってあの事件のことを忘れたことなんかなかったんじゃねぇかってな、俺なんかはそう思うぜ。――だから、あの例の官僚様(トゥーパー)が阿呆なことを企ててると知った時、俺の方からあの連中に情報を『売った』し、相手に知られないように小細工をしたり、仲介を請け負ったりもした。

 だから俺らも、今回の事件とは無関係とは言えねぇかもしれねぇなぁ」


――で、どうする? まさか、俺らも逮捕するとか言い出さないよな? まるでそう問いかけるように、どこか挑発的な表情を浮かべるファダーの話を、マイミーは、表情を変えることなく聞き続けた。



 廃鉱脇の小屋で。ジュディックは静かに、黙々と、研究日誌を読み続ける。


……共和暦二二八年七月五日――


 何度見てもクソふざけた仮説だけどな。どれだけ検証しても、否定するだけの材料が出てこね。これまでの研究結果をまとめた資料を書き上げたあと、一つの仮説を思いついて検討した、その感想はそんなとこだな。

 どうも、血液の中に含まれてる何の変哲もない「鉄」、こいつの中に「鉄そっくりの何か」が混じっていて、そいつが「魔法反応の元」になっていると考えて間違いなさそうなんだけどな。どうもそいつは、「血液の中にあるときだけ」魔法反応をするみてぇでな。――血液から抽出すると魔法に反応しないただの「鉄」になるってのがさっぱりわからねぇ。っていうかな、重さも性質も全く同じ、正真正銘、ただの「鉄」なんだ。なんで魔法に反応するのかが、そもそもわからねぇ。

 まあでも、そいつはあのアマも言ってたっけな。「魔法に理屈はない。ただ規則があるだけだ」って。まあ、そうなんだろうけどな。だからって、ここまで「鉄」と一緒だと、何もできやしねぇ。ったく、どうしろってんだ。

 ……まあ、そうだな。理屈はさっぱりだが、「血液から抽出しなければ」魔法式にも反応するんだ。まずはそっから、できることを考えていくしかないかね、こりゃ。ったく、面倒なことを残していきやがって。

 あん? そりゃあ好きでやってることだろうって!? ああ、そうだよ。別にあのアマに頼まれてやってる訳じゃねぇよ! だからって、文句ぐらい言ってもいいだろうが!


――共和暦二二八年十月二十八日――


 前回の立てた仮説から、良い感じで間が開いちまったからな。丁度いいからもう一回、仮説を見直して、朱書きする。ったく、予想通りとは言え、詰め切れてねぇところがちらほらと出てきやがるのは、ちいと腹立たしいな。

 まあでも、これで相棒の方の研究は、資金と材料の方が目途が付いたしな。「親父」からの依頼はまあ、めんどくせぇ仕事も多いが実入りもデケェし、仕方がねぇか。


――共和暦二二八年十一月十二日……


 ……ただ黙々と。ジュディックは日誌を読み進める。自分が銃刀を突き刺した相手が「人間」だということを受け入れようとするかのように……



 思えば、首都の最外部で必死に走り回っていた頃、自分がこんな生き方をするなんて、これっぽっちも考えていなかさ、空を舞う戦闘機を眺めながら、マークスはぼんやりと考える。


(身体が出来上がるまで何とか生きて、どっかの組織について、鉄砲玉のように使いつぶされる、そんな一生を送るはずだったのに。本当に、人生、何が起こるかわからないさ)


 もはや身動きすることも叶わず。時が経つにつれて身体が少しずつ重くなり、痛みが麻痺していく、そんなどうしようもない流れに身を任せながら。マークスはぼんやりと、過去のことを考える。

 つまらない、どこまでも転がっている使い捨ての人生。そうとわかっていながら他に生き方なんてないさと、ガキの頃はそんな風に考えていた。それが、ある日突然に、自分でもよくわからないまま「研究者」とやらにされて。専門知識を必死に覚えて。いつのまにか人を使う側になって。さあこれからだという所で、事件が起こり。元の最下層へと逆戻り。

 ……そうかと思えば、あの「親父(ファダー)」に「テメエ等とやりあうつもりはねぇ」とか言われて詫びも入れられて。いや、俺ら、今はタダのチンピラだよなと、あんときは相棒と顔を見合わせたな。

 まあ、普通じゃ味わえないようなことも味わってきたし、良い目だってみた。悪くない一生だったさと、そんな風に思いながら、瞳を閉じ。真っ暗になった世界に、風の音と、どこか遠くからこちらに近づいてくる足音を聞き……


(……どちらにしても、先はないさ)


 たとえ命が尽きる前に捕まっても、そのまま処刑されることははっきりしている。なら、ここでくたばっちまった方が楽なんだろうさ、そんなことをマークスは考えながら。


「……、…………っ!、……」


――やがて、すぐ近くで聞こえてきた声を聞きながら、マークスは、意識を手放した。

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個人HPにサブコンテンツ(設定集、曲遊び)を作成しています。よろしければこちらもどうぞ。

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