6.回想 ~ 大人を夢見る少女(下) ~
両手を広げて、芝生に大の字になって。空に浮かぶ雲が流れていくのを、ぼんやりと眺める。
さっきまで、明日の「お仕事」のための、木登りの練習を頑張って。今は休憩中。汗かいた~、風がきもちいい~。ちょっとだけ速くなった呼吸と心拍を感じながら、耳を傾ける。
――ウィィーン……シャリシャリ、ウゥィイィーン、芝刈りの音が通りすぎる。ピッピョ、チュンチュン、まわりでさえずる小鳥たち。少し低くなったおひさまに柔らかいひなた。空っぽの心を、心地よい風がやさしくなでる――
少しづつ収まっていく心拍と汗に、そろそろ良いかな、なんて思いがうかぶ。――とう! 飛び起きて、軽く身体をひねる。大丈夫、汗も引いたし、まだまだ動ける!
木登りの練習、もう一回! ……と、羽ばたく音に、小屋の方を見上げる。案の定、今まで小屋の上で休んでたピーコックが、こっちに向かって飛んでくるのが目にうつる。
「そんだけ練習すれば十分じゃろうて。その位にしとけ」
「ええぇ~!」
「怪我でもしたら、明日の『メシ採り』は中止じゃけぇ、それでもええんか?」
むぅ、なんかえらそう。ムカつく~。――と、そうだ、いいこと思いついた!
急いで小屋まで駆ける。ピーコックが飛んでるうちに~。
「カッカッ、諦めたか。何事もほどほどが一番じゃて。……悪い予感がするのぉ」
笑いながら何か言ってたピーコックが、小屋から出てきたわたしを見て、不安気に一言。感づかれたかな? 右手に持ったブーメランを持って、狙いを定める。――えい!
「クエェ?! ……どこ狙っとるんじゃ、当たるとこじゃったわい」
「おしい! もう少し!」
「……当てるつもりだったんかい」
もちろん! 戻ってきた紙でできたブーメランをキャッチしながら、静かに狙いを定める。――ピーコックも、わたしがこの、当たってもいたくない方のブーメランを持ってきた時点でわかってるはずなのに、ねぇ。
「……儂がただ逃げまわるだけなどどは、思うとらんじゃろうな!」
よし! 乗ってきた。――いつも通りの流れだからね。しゃべりながら作った水の弾を両足で握るピーコックを狙い、もういちどブーメランを構える。
「良いじゃろう。ならば、……戦争じゃあ!!」
空中から水弾を落とすピーコックに、ブーメランを投げるわたし。急いで駆けだす。もといた場所で水弾がはじける。投げたブーメランがよけられたのを見て、落下地点に向かう。落ちてくるブーメランをキャッチし、狙いを定める。――今日はぜったい、勝つからね!
◇
結局、今日は同点だった。ちょっと悔しいけど、負けなかったから、まあいいや。日が暮れて、空があかくなったあたりで、勝負を中断。
晩ごはんは焼いたおにくの上にりんごの果肉をのせた、わたしの好物。おにく~!
そのとなりには、いつもの「とうもろこしスープ」。メディーンがいつも作ってくれるんだけど、「よくもまああんな面倒くさいことを毎日やるもんじゃ」なんてピーコックは言うんだよね。わたしも「火を扱うには早い」なんて言われて、見てるだけなんだけど。
大豆ととうもろこしをこう、すりおろして、煮て、布のふくろにいれて、全部メディーンがやってるからね。火を吐いているだけのピーコックとは大違い!
「ピーコックも、たまには手伝わなきゃ!」
「だから儂ぁ、鳥じゃけぇ、そんな器用なことは無理じゃと言うとろうが」
おにくを飲み込みながら、ピーコックに一言、返ってきたのはいつもの返事。どうだかね~! 暇したいだけだよね~、絶対! ――そんな、いつものごはん会話、いつもの会話。今日さいごのおはなしもいつも通り。
あとは、寝て、起きて、いつもの「てんけん」。そのあと、はじめてのお仕事。――もう、ピーコックに、えらそうなことは言わせないんだから!
◇
ふとんの中、いつもよりもわくわくして。あっち向いたり、こっち向いたり。なんども向きをかえる。いろんなことを覚えて、運動もして。あしたのお仕事はその結果。
何度も読んだ絵本にも書いてあった。一つ一つおぼえて、できることをふやしていけば、いろんなことができるようになるって。
あした、仕事をすれば、また一つおぼえる。ピーコックも言ってた。初めからくもの上まで飛べたわけじゃないって。ひこうきをつくった絵本の中の子よりも、わたしが大きくなるよりももっと長い、何倍もの時間がかかったって。何十年も、もしかすると百年以上かかったって。わたしには想像もできないような時間がかかったんだって。
だから、どれだけ時間がかかっても、一つ一つおぼえていけば。メディーンみたいに、いろんなことを知って。ピーコックみたいに、飛んだり、火を吐けるようになって。二人みたいな大人になれる。……ピーコックよりはいい「おとな」にならなきゃ。
いつまでも、「おとな」にたよっちゃだめだからね。二人とおなじ「おとな」になるんだ!
――少女は知らない。自分を育てた巨鳥と機械人形が如何に特殊な存在なのかを。それは、幸運なのか不幸なのか。巨鳥が拾い集めてきた本の中には、死を扱った本は無く。巨鳥と機械人形の在り方から、死を学ぶ機会は無く。
少女は「限りある命」という言葉の意味を未だ知らないまま。誰も教えることができないまま。忘れられた遺跡で、齢を重ねていく――
……ムニュムニュ、……、ごはん~、…………、えへへ~、……、むにゅぅ、…………
――健やかに、大人を夢見て。幸せそうに、少女は眠る――
◇
「うわぁ~」
次の日の朝、ピーコックに乗って、近くの森まで。目の前には「なし」の実をたくさんぶら下げた木。初めて見る光景に思わず声を上げる。……うん、この位なら登れる。目の前の木をみあげて、一つ頷く。庭のすみにある木よりも低い、だいじょうぶ! 木のみきに走り寄って、登り始める。
「んしょ、んしょ、と」
木のくぼみに足をかけ、斜め上の枝に向かって手を伸ばす。あ~あ、飛べたら楽なのに。届いた枝を掴み、身体を引き上げる。もう片方の手をくぼみにひっかけて、足を伸ばす。……うん、こっちも引っかかった。新しい足場に体重をかけ、さらに身体を持ち上げる。
――到着~!
「そっちの、そうじゃ、その実と、あと、あっちの実じゃな」
「言われなくてもわかるよーだ!」
ピーコックの声に返事をする。ちょっと意地悪い? でもだって、わたしの方が詳しいもん! わたしのご飯だから! ……っと、かばん、かばん。手にした「なし」をかばんの中にしまい込む。
「おう、一個位、そこでかじってけ。」
「えっ、……いいの?」
昔、果物をかくしておいてこっそり食べたら、メディーンに怒られたことがあるんだけど。
「構わん、構わん。正当な労働の対価じゃて。……腹を壊さん程度ならな」
「そっか。それもそうだね」
手にした「なし」をシャリっと。――そのままかんで、飲み込んで。手にした「なし」をまじまじと見る。
「かっかっか、美味いじゃろう。自分で木に登って、自分で選んだ梨じゃからのう」
ピーコックの笑い声や、続く話し声を遠くに聞きながら、今かじったばかりの「なし」をただ見続ける。かじって、なかみがむき出しになった「なし」を、ただ、じっと。――いつも食べている「なし」なのにというおどろきから、そのおどろきに気付くまで、動くことも忘れて、ただ「なし」だけを見続けていた。
◇
あの時の梨、おいしかったなぁ~。なんでだろ? 手にした果実をコンコンと叩きながら、そんなことを思う。あれから色々なことをおぼえて。叩いた時の感触と音で、おいしいかどうかを判断するのもそう。あの頃よりも、今の方が、おいしい果実を集めることができるようになってる。――それでも、あの日に食べた梨よりもおいしい果物は、いままで無かったなぁ、と。
次に口をつけたときには普段通りの味だった、あの梨。ピーコックに「そんなもんじゃ」などと言われて、「まだまだ子供じゃけぇ」なんてからかわれて。それでも不思議と、そうだよね、なんて思っちゃうくらいの気持ちにさせた、そんな味だったなぁと、昔のことを振り返りる。――もう一回、あの時の梨を食べたいなぁ、……っと、時間たっちゃった。早く集めなきゃ。
今は仕事中! 心の中で自分を叱り、止まっていた手を動かす。
……そうして、果実で鞄が重くなってきた頃合いに。タイミングを見計らったかのように、狩りを終えたピーコックが戻ってくる。
「どうじゃ? 具合は」
「ばっちり!」
湖畔に向かって降り立ちながら声をかけるピーコックに、木の枝から飛び降りながら返事。――そのまま鞄を背負い、ピーコックの元に駆け寄ると、飛び乗るようにピーコックの首元にまたがる。
「おにくは?」
「ちょっと大荷物になったけぇ、先に置いてきたわい」
「大物?」
「イノシシじゃて」
飛び立とうと羽ばたくピーコックの言葉に、じゅるりと。……慌てて口元をぬぐう。――イノシシのおにく! 果物といっしょに焼くと柔らかいんだよね! 「早く戻るよ!」思わずピーコックを急かす。
力強く上昇し、心なしかいつもより速く飛ぶピーコックと共に、遺跡へと向かい、到着し。やがていつも通りに芝生に舞い降りようと、ピーコックが速度を緩め。芝生に立つメディーンを見つけ、ピーコックが、声を上げる。
「クエエェーー」
これだけは昔と変わらない、ピーコックとメディーンの間で交わされる帰りの挨拶。続いて「ただいま!」と、大きく声をあげ。――そこで、メディーンが普段とは異なる様子を見せていることに気付く。
「メディーン?」
普段なら顔を上げ、ピーコックの鳴き声に応えるように何かを伝えてくるメディーンが、今はこちらに顔を向けることも無く。どこか遠くを見るように、あらぬ方向に顔を向けたまま。両の腰に付いた筒状の何か――メディーン曰くスラスターという機械部品――が炎と風を吐き出し始めて。
やがて、どこか遠くへ、一直線に飛び去るメディーン。その様子をあっけにとられ、ただ眺めるだけのピーコックとわたし。――メディーンがどこに行ったのかもわからないまま。ほんの少しだけ、不安がよぎった。
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