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フィリ・ディーアが触れる世界  作者: 市境前12アール
第四章 自由と秩序と
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6.決着

2019.1.25 誤記修正


「残酷な描写」があります。ご注意いただくようお願いします。

 敵の砲弾を躱しきり。プリムは、目標に到達するまでの時間を心の中でカウントしながら、自身の乗る戦闘機を、敵の潜伏している地点へと一直線に飛ばす。

 味方の地上部隊が展開している廃坑のある山道。その山道を一望することができる、小高い山の斜面。敵が潜んでいるであろうその地点を目指し。給弾し、再びこちらに狙いを定めるであろう賊に対し、その前に砲撃を行おうと距離をつめ。やがて目標を射程にとらえようとしたその時、通信機の向こうから、味方の一報を受け。


――プリムは、目指す敵が給弾を終え、再び砲を構えようとしていることを知る。


(――早い)


 想像よりも遥かに早く行われたその給弾に、プリムは急いで照準を合わせ。――その照準器の向こうに、今まで戦い続けていた賊の姿を、はっきりと視認する。

 初めて見るその敵は。砲兵とは思えないような鍛えられた体躯を誇り、三つの砲身を束ねたような、特徴的な形をした巨大な砲を軽々と持ち上げて……


――その砲口が、自分の方ではない、今も地上で戦い続けているであろう味方の部隊に向けられていることに気付いたのは、プリムが主砲を発射するために魔法式を発動しようとした、正にその時だった。


 プリムの駆る戦闘機の主砲と賊の構える砲。その二つが、同時に火を噴いた。



 アストが放り投げた「セイントブラッド」が空中で「聖人の血」を撒き散らし、魔封魔弾の魔法式が辺り一面を埋め尽くす。


 周辺の魔素を吸い尽くすようにどこまでも増殖する魔法式。それは同時に、周辺に飛び散った「焦熱魔法」から力を奪う。

 隊員たちに襲いかかっていた高熱が止み、代わりに魔素が欠乏したことによる脱力感が襲いかかる。


――そんな隊員たちの様子を見て。アストは、愛銃を手に、それまで隠れていたロード・トレイルの影から身を踊らせ、一気に勝負を決めようと、隊員たちへと襲いかかる。


 全身を襲う脱力感の事など知らぬとばかりに、楯で全身を守りながらアストの方へと突撃をする隊員たち。

 そんな隊員たちのまずは一人目を、アストは、衝突するぎりぎりのところでかわし、すれ違いざまに発砲する。防弾装備を通して伝わってきたその衝撃に、隊員は、突撃してきた勢いのままに倒れこみ、地を転がる。

 そんな隊員の方には注意を払わずに、アストは二人目の隊員へと注意を向け。その横合いから、勢いの乗った蹴りを放ち。その蹴りを楯で防ぎながらも足を止めた隊員に向け、楯の向こうに見える隊員の身体へと、再び銃弾を放つアスト。

 そのまま、さらに後方の、二人ならんで盾を構える隊員たちと、その陰に隠れて銃刀を構えるジュディックの方へと駆け寄ろうとし。――その足を、倒れこんでいた隊員につかまれる。


 バランスを崩しながらも急ぎ振り返り、その腕に向けて発砲するアスト。迫ってきた隊員たちから一旦距離を取ろうと踵をかえそうとした直前。とっさに隊員が投げた盾を頭に喰らい、アストは大きくバランスを崩し。


――その隙に突撃してきたジュディックの銃刀が、アストの脇腹へ、深々と突き刺さる。


 ほんの一瞬だけ動きを止める両者。やがて、深々と突き刺さった銃刀引き抜こうと、ジュディックは銃刀を握る手に力を込めようとし。……それに先んじて、アストは蹴りを放つ。

 その、どこか力の無い蹴りを脇腹に喰らいながらも、ジュディックは無理に踏みとどまろうとはせず。

 銃刀を手放し、蹴られた勢いのままに間合いを取るジュディックは、その敵が、脇腹に銃刀を生やしたまま、手にした銃に再び弾を込めるのを確認し、即座に飛びかかろうとして……


――その目の前を、一発の砲弾が通り過ぎる。


 ジュディックとアストの間を縫うように飛来した砲弾が地面へと着弾し、大地を抉り。石礫が飛び散り、砂ぼこりが舞い。そんな、思いもよらぬ方向からの攻撃に思わず足を止めたジュディックの胸を、一発の銃弾が襲いかかる。――防弾装備を通して伝わる衝撃に、軽い呻き声をあげるジュディック。そんな彼に追い打ちをかけるように、アストの手から放たれた「セイント・ブラッド」が、「焦熱魔法」をまき散らす。


 瞬間的に、まき散らされた「聖人の血」が、周り一帯へと、魔法式と高温をまき散らし。今も周辺の魔素を奪いつくす「魔封魔法」によって、まき散らされた「焦熱魔法」はほんの一瞬で力を失う。だが、その一瞬は、軍服を燃えあがらせるには十分すぎるほどの時間で。

 全身に聖人の血を浴びたジュディックは、自身が身にまとった軍服が炎を上げ始めたことに気付き、反射的に大地へと転がり。そんな彼の元に駆け寄り、自陣へと引きずるように隠し、慌てて火を消そうとする隊員たち。


 そんな彼らの様子をアストは、ただ一人、見下ろすような表情を浮かべながら、眺め続ける。



 巻き上げられた土砂が、聖人の血で赤く染まった地面に、パラパラと降り注き、聖人の血で赤く彩られた地面を、無数の魔法式を、少しずつ隠していく。そんな戦場の風景の中、アストは一人立ち、周りを見渡す。その脇腹に銃刀を生やしながら。自らも聖人の血を浴び、その魔法で身を焼きながら。動きを止めた敵を見下すように。どこか狂ったように嗤いながら。

 そんな彼の様子に、ここまで怯むことなく戦い続けた兵士たちも息を飲み。


「来ねえのかよ。――じゃあ、行かせてもらうぜ」


 アストは、誰一人として近づいて来ようとしない兵士たちを見渡し、その様子を鼻で笑いながら。脇腹に刺さった銃刀を無造作に引き抜き、放り捨て。踵を返し、自らの傷を無視するかのように歩き始め。――彼が一歩歩くごとに、その衣服が赤く染まり。足元は赤く濡れ。ふらつき、それでも倒れることなく、ロード・トレイルまでたどり着く。

 そのままロード・トレイルへと乗り込むアスト。その様子を見た兵士たちは、その行く手を塞ごうと動こうとし、――大隊を指揮していた副官の静かな言葉に、その動きを止める。


「あれは致命傷だ。もう長くない」


 彼の言葉を裏付けるように、ふらふらと発進したロード・トレイルは、力なく坂を下り。――なだらかな曲がり道をそのまま直進し、道から外れ。道なき坂を滑り、転がり落ちる。


――転がり落ちた坂の下。逆さにロード・トレイルの中で、アストは一人、事切れていた。



「……陸上部隊の方は負傷者も多数出たものの、殉職者はゼロ。以上、通信終了」

「了解、通信終了」


 賊に向けて主砲を発射し終えた後、その場にとどまるように上空で旋回していたプリム。やがて、通信機を通して状況の連絡を受けた彼女は、陸上部隊に犠牲者が出なかったことを知り。その安心からだろう、つい先刻の、主砲発射の時のことを思い出し、プリムは一人、声に出さないままに自嘲する。


(……ったく、相手が生身の人間で、こっちを狙ってなかったからってね。砲撃を躊躇するなんて、軍人失格も良いところさ)


 主砲を発射する直前に、照準器ごしに敵の姿を視認して。その生身の姿と、砲がこちらに向いてなかったという事実に一瞬躊躇したプリム。その躊躇が、発射のタイミングを一瞬だけ遅らせ。――その結果、僅かに照準を外した砲弾は、敵に直撃することなく、数メートルほどずれた地点へと着弾する。

 着弾した砲弾で吹き飛ばされた周辺の木々が運良く賊を直撃し、敵を無力化することはできたが、一つ間違えばえらいことだったと、操縦席のプリムは、一人反省する。


(結局、自分たちは、まともな戦闘経験が無い軍隊だったってことだね)


 たった一月ほど前にこの事件が起こるまでは、敵に向けて主砲を発射する事態なんて想像もしていなかったのだ。それが、敵から一方的に砲撃を受けたり蹂躙されたりして、否が応でも応戦せざるを得なくなった。

 それでも、日々訓練してきた身だ。必要であれば砲撃もするし、照準の向こうに人がいても躊躇しない、そう決意を固めたつもりだった。なのに、最後の最後で地が出ちまった、全く、我ながら甘いもんだ、アニキたちに顔向けできないねと、そんなことを考える。――もう一つの戦場では、陸軍の連中はきっちりと賊を仕留めたというのにね、と。


 もっとも、そもそも陸軍の連中は、ああ見えても精鋭部隊だし、人に向けて発砲する訓練だってみっちりと受けている。その上、この一連の騒動では、アタイよりも凄惨な「戦場」も経験しているんだ、躊躇するなんてありえないんだろうけどさと、そこまで考えて、ふと怖くなる。


(……任務で人を殺す、ね)


 今回、自分たちの任務が間違っていたとは思わない。自分が人に向けて砲撃をしたことだって、間違ってるなんて思わない。あそこで躊躇せずに撃つべきだったと、確信を持って言える。


――それでも。事が終わって振り返ってみると、本当にこれは必要なことだったのか、プリムの心の片隅に、そんな疑念が生まれていた。

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個人HPにサブコンテンツ(設定集、曲遊び)を作成しています。よろしければこちらもどうぞ。

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