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フィリ・ディーアが触れる世界  作者: 市境前12アール
第四章 自由と秩序と
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4.対空砲撃戦

 ファダー邸の応接室で。ファダーが持ちかけた取引をマイミーが了承するのを、黙って見届けたスクアッド。

 緊張を解き、ソファに身を沈めながら、静かに物思いにふけるファダーの様子を見て、スクアッドも気を緩めたのだろう、自身のために注がれた酒の入ったグラスを手にして。この手の酒に慣れていないからだろう、恐る恐る、その香りを嗅ぎ始める。

 そうこうしている内に考えもまとまったのだろう。スクアッドの様子は気にもとめず、ファダーは語り始める。


「……奴らが逃げ込んだ例の小屋だがな。元々は『硝石』とかいう、奴らの使う武器に必要な鉱石を採取、色々と実験するために建てられた小屋らしくてな」


 話し始めたファダーの様子を見て、一旦、手にした酒を机の上に戻すスクアッド。その様子をチラリと確認したファダーは、ソファからほんの少しだけ身を乗り出しながら、話を続ける。


「その、奴の武器に必要な、『火薬』ったっけなぁ、そいつは元々、事件が起こる前から誰にも知られないよう、厳重に隠されてたようでな。そのおかげで、そいつを研究していたその小屋も、ほとんど知られていなかったと。

 で、奴らの上司がクソふざけた理由でくたばって。隠すのに丁度良かったんだろうな、奴らは急いで、研究所に置いてあった機密資料をあの小屋に運び込んで。で、『例の事件』を起こしたって訳だ。

 その頃は俺らも、例のふざけた野郎と手を切ろうと走り回っていた頃でな。奴らのことも耳にしちゃあいたけどな。はっきりと意識したのはまあ、『例の事件』からだな。――そりゃあ、あれだけやらかせば、嫌でも記憶に残るってもんだろう?」


 その言葉を聞いて、ここまでは共感したのだろう、相づちを打つように軽くうなづくマイミー。その様子を見ながら、話の内容にふと疑問を感じたスクアッドは、軽い口調でファダーに質問をする。


「その小屋の事っすけどね。前々からあった小屋なら、誰か他に知ってる人間がいてもおかしくねえと思うんすがねぇ。例の二人だけが知ってるなんてのは、いくらなんでも不自然じゃねぇかなぁ、と」

「たとえ他に知ってる奴がいたとしても、あんな事件が起きたんだ。誰も進んで話そうとはしねぇよ。――俺ですら、余計なことを言って奴らと敵対するのは御免だ、そう思ったくれぇだからな」

「……そりゃあ、ごもっともで」


 ファダーの答えに、そりゃあそうだと納得するスクアッド。確かに、あんな事件を起こした二人だ、その隠し事を暴露するとか、普通は二の足を踏むわな、と。……そう納得したスクアッドにファダーは、それだけじゃねぇ、多分、連中への同情とかもあっただろうがなと、そう付け加えて、話を続ける。


「まあ、そんな訳で。例の事件の直後に奴らと知り合ったんだがな。その頃には、俺らも例の『高級官僚』から手を引いた後だ、やましいところもない。つい最近まで、持ちつ持たれつでやってきたって訳だ」


 ファダーはそこまで話して、一度間を置くように、机の上に置かれたグラスに手を伸ばし。中に入った酒を、口の中を湿らすようにほんの一口だけ含み。――やがて、ここからが本題だとでも言うように、真剣な口調に切り替える。


「転機になったのはつい最近。『教会』やその『高級官僚』と仲良くしていた俺らの同類がな、妙に騒がしいことに気付いてな。調べてみたらあれだ、どうやら、『教会』がその『高級官僚』を切り捨てたみてぇだと。

 以前付き合ってたからわかるが、あの『教会』、いや正確には『教会主流派』っていうべきだな。奴らは一筋縄じゃいかねぇ。そんな奴らだ、見切りをつけられたんならどうにもならねぇ、没落するのは間違いなしだ。

 階段を転げ落ちるってのはそりゃあ惨めなもんだ。それまで蔑ろにしていたあれこれや踏み付けてきた物から、一斉に蔑まれ、時に復讐の対象にされる。ってもまあ、本人がどう思ってるのなんざ、その時になってみねぇとわからねえがな。切り捨てられたことに気付かずに、落ちぶれてから慌てるヤツなんてのも結構いるからな。まあ、どっちにしろご愁傷様なこったと思っていたんだがな。……奴は切り捨てられたことに気付いたんだろうな、悪あがきをした訳だ。

 そいつが、耳を疑うようなとんでもねぇ話でな? ――自分たちで『聖典』を強奪しておいて、その警備の甘さを非難する。そしてその強奪した『聖典』を自分たちで発見したことにして手柄にする。そうやって、政敵となる『科学技術系の研究機関』を陥れて、自分たち『魔法系の研究機関』を優位に立たせるなんてことを考えた訳だ。――どうだ? アホらしいにも程がある、そう思わねぇか?」


 その言葉を聞いて。今までと同じように無言で相づちを打つマイミー。芝居がかったファダーの話し方と、その態度にある意味ふさわしい内容にスクアッドは、一瞬なるほどと思い。――いやちょっとまて、本当にそんなアホな理由で今回の騒動が起きたのかと慌てて考えを直し。……全く動じる様子をみせない自分の上官の姿を見て、しみじみと思う。


――この少将サマ、もう少しこう、驚くなりなんなり出来ないのかねぇ。これじゃあ、ここまで芝居がかった話し方をしているミスターファダーがかわいそうだ、と。



 そんな、思惑が交差する地上とは遠く離れた空の上で。プリムは、通信機の向こうからの合図で回避行動を取り。その数秒後、すぐ脇を通り過ぎた砲弾に声を上げる。


「一発目。――次!」


 既に幾度と繰り返された、地上と空との砲撃戦。その応酬は、地上にいくつかの着弾跡を作り、プリムの乗る戦闘機に幾度も砲弾を掠ませながら、共に有効弾を与えることができないまま、むなしく砲弾のみを浪費していく。

 今も、もう何度目になるであろう、接近して砲撃しようとプリムは突撃し。その機体に向けて、正確に飛来してくる砲弾をまずは躱し。――通信機の向こうで鳴る、敵の砲撃を知らせる合図の音を耳にしたプリムは、再び回避行動を取り始める。


「二発目!」


 地上の別動隊からの連絡で敵の砲撃タイミングを知り、敵との距離を取ることで着弾までの時間差を生み出し、敵に突入しては砲撃を躱しながらも距離を置く、そんな操縦を続けるプリム。――それは、数キロという距離が生む、発射から着弾までの数秒という時間差によって初めて可能となった、まるで曲芸のような操縦。

 そんなぎりぎりの操縦で二発目の砲撃を躱すことに成功したプリムは、回避できる距離を保つよう舵を切りながら、さらに飛来してきた三発目の砲弾も躱す。


「……これで三発目っと。ったく、こんな無茶、いつまで続くかねぇ」


 ひとまず敵の連続した砲撃を躱しきったプリムは、軽く息を吐きながら、安全圏にまで後退し、軽く息を整えながら、再度突入するための準備をする。


 昨日、通信機でもう一人の賊が行方をくらませたことを報告した後。対応策を協議したのだろう、しばらくしてから伝えられた「要請」の内容をプリムは思い出す。


(空から戦場を偵察して、その賊が介入してこないか警戒する。介入してこないならそれで良し、だが、介入してくるようなら空から牽制しろって、まったく、無茶を言うよねぇ)


 地上からの支援を約束されたとはいえ、対空砲撃用に作られた武器を持った敵を、たった一機の航空機で足止めをするというその「要請」の内容を思い出し、プリムは苦笑いする。


(既に「聖典」を取り戻してしまった以上、増援を要請する「大義名分」が無い。それが空軍相手だとなおさらさ。だから、アタイ以外の誰かに協力を要請することはできないって、そういうことなんだろうけどさ)


 実のところ、本国に帰還し聖典を賊の手から奪い返した以上、プリムには、陸軍の作戦行動に付き合う理由は何一つない。それでも、たとえ命を危険におかすことになっても、このままカタを付けずにこの事件を終わらせることになんか納得できるもんかい、そこまで考えて、再びプリムは苦笑いする。――きっと、全員がそう思っているのだと。


(あの賊は、過去の因縁を晴らすこと、それだけが目的だった可能性が高い。なら、その目的が果たせたのなら、もう奴らに危険はない。なら、奴らを『軍』が追う理由はない。ああ、そのとおりなんだろうさ。――筋が通らないだけで。

 ……まったく、馬鹿ばっかりだね)


 あれだけのことをしでかした賊を、刺激しなければ安全だ、などという理由で見逃す、誰がそんなことに納得ができるものか。――私たちは誰一人として、そんな損得勘定のために命をかけてきた訳ではないのだ。

 どんな理由があろうとも、例えその行動の奥底にあるものが理解できようとも、あの賊は、法に挑戦しているのだ。紛れもなく国家の、秩序の敵なのだ。


――官警では太刀打ちできない、軍でないと相手ができないことがはっきりしていて。それでもなお「見逃す」ことを選択できるような人間なら、そもそも軍を入ろうなどとは思わない。たとえこの選択がどれだけ愚かだったとしても、軍人なら、そっちを選択するだろうさ、と。


(……ったく、あの「少将サマ」も大変だねぇ)


 アタイも含めた全員が馬鹿なことをしている今のこの状況で、多分あの少将サマだけが、真っ当なことを考えている。――結果が出た以上、これ以上、無駄に死ぬのはバカバカしい、と。


(政府の正式な命令が出ちまえば、作戦行動は中止になる。もちろんそれまでの間は、元々の任務にそって動くべきさ。けど、だからと言って、逃がしても良い相手をどうにかするために命を懸けたってどうなるもんでもないってのも確かさ)


 だから、あの少将サマは、部隊の指揮を放り出してまで、あの「親父」のアジトに乗り込んでいったのだ。――ここから先、あの賊を手足として使おうとした奴らを追及するために。

 もはやあの賊は、どれだけ犠牲を払ってでもどうにかしなくてはいけない存在ではない。アタイに対する要請が「討伐」ではなく「牽制」なのもそういう理由なのだ。もっとも……


(……相手がそう望まなければ、どうしようもないけどね!)


 距離を置いたまま、再び敵の潜む地点へと機首を向け、そのまま直進し。今まで迎撃されていた距離を超えても何も反応が無い敵に、唇を湿らすように舐めながら、プリムは思う。――こちらの意図を読んで、より高い確率で打ち落とせるであろう距離まで引き付けて撃つ、そんなことをされたら、決着を着けるしかないじゃないか、と。


(大体ね、アタイだって、奴には一度落とされてるんだ。黙って見逃したりするつもりはないさ!)


――そんな猛るような心を抱きながら、プリムは、敵との距離を一直線に、最高速で縮めていった。

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個人HPにサブコンテンツ(設定集、曲遊び)を作成しています。よろしければこちらもどうぞ。

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