3.突貫、迎撃
目標が潜んでいる廃鉱脇の小屋から少し離れた場所で。ジュディックは、一瞬だけ小屋の窓際に姿を見せただけで、あとは姿を見せようとしない敵を辛抱強く監視を続ける。
(確か、開発されたもののほとんど稼働しなかった、そんな鉱山だったか)
リンという、肥料の元となる鉱石を採取するために開発されたものの、ほどなくして別所に巨大鉱床が発見され、結局はほとんど採掘されることなく閉鎖された、小さな廃坑。
そのためだろう、鉱山へと続くその道は狭く、周辺には均されることのない山肌が所々に顔を覗かせるという、まるで辺境の山道のような未開の風景が広がる。
その鉱山へと続く道の中腹に陣取った、ジュディック率いる武装偵察小隊。さらに後方には、マイミー少将麾下の一個中隊が、彼から指揮権を預かった副官に率いられ、賊を迎え撃つ準備をしながら待ち構える。
(そろそろ準備も出来る頃か)
再び山を下りてくるであろう賊を、後方に待ち構えた一個中隊が受け止め、足を止めたところで、武装偵察小隊と中隊とで包囲する。そのための準備を、今も後方で行っているはずだ、そうジュディックは考えたのち、作戦の成否に想いを巡らす。
(まずは相手の足を止めることができるかどうか、そして……)
昨日、その鉄の箱から降り別行動を取った、異常な命中率で砲撃をするもう一人の賊。途中で別行動をとり街に入ったところで見失ったというプリムの報告に誰もが残念がりながら、別行動をとった敵の意図を掴み損ねたことを思い出す。
(たった一人、逃げ出すために別行動をとったのなら追う手段もない。もはや仕方がないのだろう。だが、遠距離からの砲撃のために距離を取ったのなら……)
その場合は、位置を把握していない敵からの砲撃を受けながら、あの賊と戦うことになるな、ジュディックはそう覚悟を決め。――監視していた小屋から出てきた賊が、鉄の箱の方へと歩くのを視認する。
「目標が『走る箱』に乗り込んだことを確認。来るぞ!」
その賊が、「走る箱」に乗り込んだのを確認して、周りの部下たちに向かって叫ぶジュディック。その声に、彼の命令で部隊全体が即応できるように、全員が動き始める。
◇
やがて、アストを乗せたロード・トレイルは、小屋の脇から発進し、速度を上げ。まるでこの先で、彼らを止めようと軍が待ち構えていることを知っているかのように加速する。
そして、道の脇で身を隠しているジュディックたちの目の前を通過し。その勢いを止めようと後方で陣を張る中隊に向けて、さらに速度を上げる。
「構え!」
その姿を視認して、叫ぶように声を張り上げる副官。だが、その機先を制するように、アストはロード・トレイルの窓から、魔法式が刻印されたセイント・ブラッドを立て続けに二つ、空高く放り投げる。
直径十センチ程度の球がまき散らす、血のような何か。それを浴びると、銃撃が出来なくなり、全身に力が入らなくなる。過去の、キャニオンブリッジでの悪夢が、副官の、兵士たちの頭によみがえる。
空に向けて楯を構えるよう、急いで指示を出す副官。例え完全に防ぎきれなくてもいい、少しでもまき散らされるであろう血のような液体を浴びずに済むようにと、慌てて上空に楯を構える兵士たち。
その様子を見て、アストは軽く鼻で笑い。拳銃嚢から素早く愛銃を引き抜き、まずは一つ目の魔弾に向けて発砲する。
――まき散らされる血と刻印された魔法式。その魔法式に違和感を覚えたのは何人いただろうか。
以前アストが放った「魔封魔弾」とは違う魔法式が刻まれた「セイント・ブラッド」が、周辺一帯へと、聖人の血をまき散らす。――周辺の魔素を使い高熱を発生させる「焦熱魔法」と共に。
まき散らされた血が、楯を焼き。軍服を燃やし、銃刀を紅く染め。ロード・トレイルの向かう先、陣の中心部に混乱をまき散らす。
その様子を見ながら、もう一つの魔弾へと発砲するアスト。今度は以前と同じ、周辺の魔素を奪いつくす「魔封魔弾」の魔法式が、聖人の血と共に、辺りにまき散らされる。
先の「焦熱魔弾」で舞台の中心部を混乱させ、次の「魔封魔弾」で銃撃を封じた防衛線。――自らの「魔封魔弾」で加速力を失いながらも、その重量と慣性の力を頼りに、その防衛線を突破しようと、ロード・トレイルが突撃する。
◇
急ぎ敷設された柵をたやすくなぎ倒しながら、ロード・トレイルは突進し。その勢いのまま、その奥の塹壕も、半ば跳ねるように、やや勢いを削がれながらも突破する。その衝撃に、アストは激しく揺さぶられながらも操舵を続け、さらに第二の柵へと突撃、たやすく打ち破る。
(――まだあるのかよ!)
そのさらに奥、浅く掘られた塹壕を目にして、その執拗さに怒りを覚えつつも、さらにロード・トレイルを進ませるアスト。塹壕を前輪が飛び越え、後輪が塹壕の縁にあたり、跳ね返る衝撃に再びもてあそばれながらも、かろうじて塹壕を超え。
――だが、そこでロード・トレイルの勢いは完全に殺され。もはや歩くような速度となったロードトレイルを、中隊の兵士たちが取り囲む。
◇
「突撃!」
「――っざけんな!」
待ち構えたように号令をかける副官に、楯を構え、四方から群がる兵士たち。――その様子に、叫ぶような声を上げながら発砲するアスト。だが、その銃弾は、兵士たちの構えた楯によってむなしく弾かれる。
即座に給弾し、今度は楯を避けるように狙いを定めて発砲するアスト。その片腕とは思えない正確な速射も、致命傷を避けるように、楯で身を守りながら近づいてくる大量の兵士たちを押し返すことは叶わず。すぐそこにまで迫った兵士たちの数に押し切られるのも時間の問題と思われた、その時。
――遥か遠方からの砲撃が、自分たちと賊とを分かつように、地面をえぐる。
「……散開!」
その砲撃を見て、まるで予測していたかのように即座に命令を下す副官。急ぎ散開し、周囲に掘られた塹壕へとその身を隠す兵士たち。
その様子を見渡して。遥か遠くの空に、一機の戦闘機の姿を視認して。やがて、遠くから響いてきた砲撃の着弾音に、アストは嗤う。――それ見たことか、あの阿呆がと、そう言いたげに。
そうして、遠くで始まったであろう地上と空の砲撃戦から意識を戻し。周りを見渡したアストは、後ろから迫ってくる、ひときわ巨大な楯を構えた一団の姿を見つけ、ロード・トレイルの影にその身を隠し。――素早く銃を拳銃嚢にしまい、反対側にぶら下げた「セイント・ブラッド」へと、その手を伸ばし、素早く魔法式を刻印する。
迫ってきた一団の頭上へと、手にした「セイント・ブラッド」を放り投げ、そのまま流れるような動きで拳銃嚢から愛銃シュバルアームを引き抜くアストに、素早く隊列を整え、銃刀を構えるジュディック率いる武装偵察小隊。
――時を同じくして、武装偵察小隊の放った銃声と、アストの手にしたシュバルアームの銃声が、辺り一帯へと鳴り響いた。
◇
その頃、廃鉱へと続く山道から遠く離れた、労働者住宅街にあるファダー・ビリアン邸の応接室で。ファダーとマイミーが言葉を交わすのを、スクアッドは口を挟むことなく聞き続けていた。
「俺らが奴らに協力して、テメェらと事を構えるつもりはねぇ。まずは、そのことだけははっきりと言っておくぜ」
「だろうな。貴殿らのようなどこにでもいる善良な市民が、賊に加担するとは思わぬ。――貴殿らはもっと賢いだろう」
「言うなぁ、オイ。――ああ、俺らは奴らよりも賢く振舞わなきゃいけねぇ。でねえと、奴らのように、敵わねぇ奴らと敵対する羽目になる」
あいも変わらず、どこか芝居がかった口調で話し続けるファダーに、直線的なマイミーの言葉。時折飛び交う「善良な市民」という白々しい言葉に、お偉いさんってのはみんなこうなのかねぇ、なんて思いつつも、スクアッドは二人の話を黙って聞き続ける。
「だがよう、だからといって、見捨てるってぇのはな、あんまりだっていやぁ、あんまりだろう? テメェらだって知っている筈だ? 奴らが何をした?」
「無辜の民を殺害した大量殺戮者だが」
「そうさ。そして、そうするだけの理由があった。……いや、単にキレただけなのかも知れねぇがな」
アストたちに味方をしない、最初にそう宣言しながらも、アストたちの肩を持つようなことを言うファダーの言葉を、マイミーはただの犯罪者だと冷たく切り捨てる。
取りつく島の無いその言葉に同意しながら、なおも言葉を重ねるファダーに、マイミーははっきりと断言する。
「理由の有無など必要ない。あれは、どこにでもいる善良な市民の行いからはかけ外れた行いだ」
マイミーの、自説を曲げようとしないその頑固さにファダーは半ば呆れたように肩を竦め。――やがて、何かを諦めたかのように、情に訴えかけるのをやめ、マイミーの言葉に同意をする。
「ああ、そうさ。そうだろうさ。――俺は、あんな馬鹿げたことはしねぇし、あんな馬鹿なことをするのは許されねぇ。馬鹿野郎な俺の餓鬼共のために、俺は賢くなきゃいけねぇ。
だから、奴らが今、どんな状況に陥っているかもわかっちゃいるけどな、助けるつもりはねぇ。もっとも、奴らの邪魔をする気もねぇ。テメェらも、どこにでもいる善良な市民にそんなことは求めちゃいねぇだろ?」
「うむ」
それは、アストたちはもはや「建前」が通用する所を超えてしまったことを確認するかのような口調で。同時に、自分たちはその建前を押し通す、そんな意思にあふれた口調で。
「だから、俺はもっと賢く行かせてもらう。こいつは取引だ。俺がテメェらの求める『聖典強奪事件の舞台裏』を教える代わりに、テメェらは、奴らの残したブツの正当な処置を保証するって訳だ。そのつもりで来たんだろう? ――ああ、もちろん俺たちへのイロもつけてもらうぜ」
――絶対に相手は乗ってくるだろう、そんな確信を持ったファダーは、マイミーが静かにうなづくのを見て、そっと息を吐き出したあと、身体から力を抜いたかのようにソファへと座り込み。やがて、何から話すべきか、言葉を選ぶかのように、思案を始めた。