1.動乱の裏側で、のんびりと
「……で、結局、そのメディーンっていう機械人形さんは、まだ新都の方にいるのね」
「うん。今日中には戻ってこれるって。……ホントは昨日の内に戻ってくるはずだったんだけどなぁ」
いつもの隔離病棟の庭の片隅で話をするフィリとオルシー。いつもは騒がしく走りまわる子供たちも、珍しく外に出てきているオルシーのことを気にしてか、二人の周りでは少しだけ声を落とし。そんな子供たちにオルシーは軽く手を振ると、空を見上げ、やや緊張した面持ちでフィリに話しかける。
「……で、本当に私をあそこに乗せるつもりかしら」
「もちろん! ダメって言ったらね、ケイシーが残念がるよ?」
空を飛ぶピーコックの背に乗って周りを見渡すケイシーの、その嬉しそうな様子を見ながら、少しぎこちない表情で話すオルシーに、笑って答えるフィリ。どちらかというと素直でおとなしいイメージのあるフィリとは少し違ったいたずらっぽい口調に、オルシーは軽く戸惑いを覚える。
「――フィリ、初めて会ったとき、そんな言い方したかしら?」
多分からかおうとしているのだろうけど、フィリらしくないわねと、そんなことを思ったところで。オルシーに、地上に降りてきたピーコックが話しかける。
「かっかっか! そりゃあ、儂の言い方を真似たんじゃろうて!」
「……なるほど、誰かが貴方のことを『教育に悪い』と言ったって聞いたけど、よくわかるわね」
そのピーコックの言葉を聞いてフィリは、そうそう、ピーコック、いつもふざけているからと頷きかけて、……何かに気付いたかのように、頬をふくらませながら、少し恨めし気にオルシーの方を見る。――別にピーコックをまねた訳じゃないし、わたし、ピーコックほどふざけたことは言ってないよね、と。
その二人の様子をケイシーは、ピーコックの背中ではしゃぎながら眺め。少し間を置いたあと、二人に向かって話しかける。
「次はお姉ちゃんの番~!」
その無邪気な言葉に、オルシーは再び表情を硬くし。そんなオルシーの座った車椅子を、フィリは笑いながら、ピーコックの方へと押して歩く。――そんな、遠く離れた新都の騒動とは無縁の、のんびりとした平和な光景。だが今日は、本当なら訓練場宿舎でのんびり過ごすはずだった日。
――いつものような楽しげな騒々しさに、フィリは、やっぱり来て良かったなと思いながら、ここに来ようと決めたときのことを思い出す。それは、ピーコックと二人、食堂で朝ごはんを食べているときのことで……
◇
「静かだね」
「そうじゃのぉ」
朝起きて。ほとんど誰もいない食堂で朝食を食べ終わって。ピーコックとそんなことを話し合う。
数日前にメディーンがおしごとに行って。一昨日、ジュディックさんや他の隊員さんたちも居なくなって。今日、この訓練場宿舎に残っているのは、わたしたちを含め、ほんの数人だけ。
昨日、通信機っていう機械を使って話をしたスクアッドさんから、思ってたよりも怪我人がたくさん出たから、メディーンが帰ってくるのは今日になるって連絡を受けて。――その人たちの傷の手当をするのに、どうしてもメディーンが必要だからって。
レシティおばさんは、戻ってきたら騒がしくなるんだから今のうちにのんびりしといた方がいい、なんて言うんだけど。……それでも、少し寂しいかななんて、少しだけ思いながら。
「まあ、遺跡におった頃も似たようなもんじゃったし、たまにはいいじゃろうて」
「メディーンもいたよ! ……けど、うん、そうだよね。あの頃と同じだよね」
「かっかっか、そのメディーンも今日中には戻ってくるのじゃろう? そうすればほれ、本格的に遺跡におる頃と変わらんくなる」
からかい混じりのピーコックの言葉に、少しむっとして。……けど、うん。確かに、もう少しすればメディーンも戻ってくるし、そうすれば前と一緒かなと、気を取り直して。
「で、これからどうしよう? メディーンが戻ってくるまで待ってる?」
「ここにおっても退屈なだけじゃしのぉ。……いっそ、外にでも出るか」
「……メディーンを待たなくて良いのかなぁ」
「あ奴が、それを気にすらとも思えんがのぉ」
これからどうしようか、ピーコックと相談して。すこし悩んで。
「そうだね。えっと、行くとしたら病院かなぁ? ――よし、ごはんが終わったら、レシティおばさんに頼んでみよう!」
確かにメディーンなら待っててくれるよねと、ほんの少しだけ決心をしてから、ピーコックに返事をする。――大丈夫、わたしたちがいなくても、メディーン、きっと怒らないよね?
◇
そうして、フィリたちが立ち去ったあとの食堂で。離れた席で一人食事を取っていたボーウィは、軽く首を傾げながら、ぼそりと呟く。
「……俺、何かしたか?」
フィリたちよりも前に食堂で一人朝食をとっていたボーウィ。フィリたちが食堂に入ってきて、離れた場所に席をとり。人がいないと言いながらこちらの方には声をかけようとせず。結局、食堂から出るまで声をかけようとしなかったその態度に、ボーウィはふと疑問に思う。
(もしかして俺、あいつらから避けられてるのか?)
今まで何度か会って、特にフィリという女の方に苦手意識がを持たれていると感じたこともあったボーウィ。だが、最近はそれも無くなってきたと感じていただけに、この状況で声をかけられないことに戸惑いを覚え。ふと思いついたその答えに、妙な説得力を感じてしまっていた。
◇
そうして、食堂から出たフィリたちは、レシティに声をかけ。オルシーたちが住む隔離病棟にまで、馬車で送ってもらう。
いつものようにフィリは一人でオルシーの病室を訪ねて。軽くオルシーと話をした後、二人で病院の庭に移動する。――オルシーをピーコックの背中に乗せて、空へと飛ばすために。
◇
「お姉ちゃん! 手綱、しっかりと持った?」
「え、ええ」
「大丈夫! わたしも後ろからささえてるから」
ケイシーちゃんと二人で、乗りやすいようにとかがみこんだピーコックの背中にオルシーを乗せる。途中、オルシーは何度かピーコックの羽根をつかんだり蹴とばしたりしたと思うんだけど、ピーコックはじっとしたままで。……ピーコックのその様子に、昔、「フィリを始めて乗せたときは大変じゃったわい。蹴とばしたり、首を絞めたりしおって」と言われたことを思い出す。
あの時はつい「そんなことしてない」って言っちゃったけど。多分蹴とばしたり首を締めたりしたんだろうな、オルシーと同じように、なんて思いながら、オルシーの後ろに乗って。
「そろそろええかのぉ」
「大丈夫だよ」
背中のわたしたちの様子を探っていたのだろう、ちょうどオルシーの姿勢が整ったところで、ピーコックが話しかけてきて。もう大丈夫と返事を返すと、静かにピーコックが立ち上がって。――驚いたのかな、「きゃっ」という声を上げたオルシーの身体を、そっと支える。
やがてピーコックが駆け出して。その規則的な振動に、どこか懐かしさを覚えながら。やがて、その振動がふっと消えて。一瞬だけ沈み込んだあとにぐっと持ち上げられる。左右の景色が後ろに、そして下へと流れて。
――遠くに見える地平線を眺めながら、フィリは、久しぶりの空の感覚に、懐かしさを覚えていた。
◇
「――凄いわね」
離陸時は余裕がなかったのだろう、それまで固くまぶたを閉じていたオルシーは、辺りを見渡し、静かな、それでいてどこか熱のこもったような声を上げる。
「どう?」
「広いわ。――そう、こんなに遠くまで見渡せるのね」
まださほど高く飛んだ訳でもない、ついさっきまでいた隔離病棟を眼下に望み、地上でケイシーが手を振っているのもはっきりと見える、そんな高度で。それでも、今まで見たこともないような景色に、オルシーは、踊りそうになる心を、そっと落ち着かせる。
「メディーンが戻ってきたら、このまま宿舎の方に行っちゃおうか!」
「……それはダメじゃないかしら。第一、ここからじゃ、その機械人形さんが帰ってきてもわからないわよね?」
そんなオルシーの様子にも気付かず、その物静かな様子に、思ったよりも驚かなかったな、少し残念なんて思いつつもオルシーに話しかけるフィリ。生まれて初めての空からの景色、そしてもう記憶にない隔離病棟の外の景色に心を動かされながら、そのことを感じさせない落ち着いた態度で、周りを見渡すオルシー。
「かっかっか。そんなん、見ればわかるじゃろうて。ほれ、あそこが、フィリが普段住んどる場所じゃ」
「……よくわかるわね」
「そりゃあ、儂は何度も空から見とるからのぉ」
そんな他愛のない会話を楽しみながら。ピーコックは二人を乗せて、隔離病棟の上空を、できるだけゆっくりと、旋回するように飛び続けた。
◇
――同時刻、トゥーパー参謀官の邸宅にて。
昨日と比較して明らかに人の減った庭で。マイミー少将は、現場の指揮に当たっていたスクアッド曹長に状況を確認する。
「どうだ」
「はっ。怪我人のほとんどは病院へ搬送し、残すところは、重傷の患者のみ。その彼らも、容態が安定しましたので、病院を確保でき次第、搬送する予定、……てな感じでさぁ」
突然現れたマイミー少将に、スクアッドは慌てることなく現況を報告し。その報告に、軽く口角を上げながら重々しく頷くマイミー少将の様子を見ながら、わざわざこの場所に足を運んだ理由を尋ねる。
「……で、少将殿。どうして今日はこちらに?」
「私はこれから、ある所に行く予定だが。――もしかしたら貴様も興味があるかもしれん、そう思ってな。来るつもりはあるか?」
「はあ。どこへ行くつもりですか?」
スクアッドの質問に、マイミー少将のもったいぶるような答え。その態度に何か予感があったのか、あまり気乗りしない態度で行き先を問うスクアッドに、とんでもない答えが返ってくる。
「目的地はビアリン一家の元締め、ファダー・ビアリンの根城だ。彼らが例の賊と繋がりがあることがはっきりしたのだ、牽制と、話を聞くために出向く、そんな話だ。場所が場所だ、部下を引き連れて押しかける訳にもいかぬがまあ、一人ぐらいなら良いだろう。――どうだ、興味はあるか?」
その言葉を聞いて、スクアッドは軽く肩を竦めながらも「お供します」と返事をして。後のことを託すために最先任の衛生兵の方へと駆けながら、思う。
裏社会の重鎮の本拠地なんてとんでもないところに、少将自ら、単身で乗り込むのに付き合わせようとする。それに同行させるために、自分のような下士官に声をかける。これはきっと、命がいくつあっても足らないような、なのに絶対に断れない、そんな酷い話ではないだろうか。
――まったく、ウチの指揮官殿も無茶を言う方だったが、その上官も上官だねぇ、と。





