道を分かち、自由に生きる
「このあたりでいいか。……後は俺一人でいい」
襲撃を成功させ、追撃も振り切り。鉱山地帯に向かい無人の道をひた走るロード・トレイル。そのロード・トレイルを駆るマークスに、アストは言い放つ。
全く想像もしていなかったことを言われたからだろう、話しかけられたマークスは一瞬だけ間を置いて。訝しげに、その言葉の意味を聞きなおす。
「……どういう意味さ」
「そりゃあ、言葉通りの意味だよ。『あそこ』に行くのは俺一人でいい、お前はここで降りなって、そう言ってるんだ」
聞き返されることを想像していたのだろう、準備しておいた言葉をさらりと口にするアストに、マークスは眉をひそめる。
「……ふざけてるのか」
表情に、声に、怒りの色をにじませながら、静かに問いかけるマークス。――だが、そんな相棒に、隠そうともしない苛立ちと怒りをアストはぶつける。
「ハン! そりゃあこっちの台詞だ! オマエと二人で雁首そろえて、何をどうしようってんだ」
その声に、どこか虚をつかれたのか、膨れ上がりかけていた怒りを霧散させるマークス。それは、相手の怒りが意外だったのか、それとも、――アストの怒声に、どこか不自然な響きを感じたからか。
「どうしようって、お前……」
戸惑いながらもその真意を問いかけるマークスに、アストは苛立ったような声を上げる。
「空から尾けられてるって気付いてんだろう? 奴らがいつ押し寄せるかもわからねぇ。残念だが俺はこの傷だ、お前を庇いながら戦うなんてことはできやしねえ。――テメェ、無駄死にするつもりか?」
「――おい、お前……」
その返事に慌てながら、それでも相棒を止めようと意思を固め、声を上げるマークス。――だが、そのマークスを、アストは怒鳴りつける。
「邪魔なんだよ! これからワラワラと敵が押し寄せてくるってのに、足手まといなんざ要らねえ! 一人の方がまだ勝算があるって言ってんだ!」
その言葉に、マークスは反射的に言葉を返そうとして、最後の「勝算」という言葉に引っかかりを覚え。、――しばらくした後に、静かに問いかける。
「一人でいた方が、勝算はあると、そう言うんだな」
「ああ。だからテメェは、とっとと降りて、どっかに行きやがれ。……馬だろうが物資だろうが、今ならまだ手配できるだろうが」
アストの答えに、マークスは少しの間、考えを巡らせ。……やがて考えがまとまったのか、ロード・トレイルを減速し始める。
「――わかった。死ぬなよ」
「そう簡単にくたばってたまるかよ」
二人はそんな言葉を交わし。やがて、無人の道の上でロード・トレイルは停止し。降りるマークスと入れ替わるようにアストは操縦席へと座り。――再び走り出すロード・トレイルを、マークスは黙って見送った。
◇
「……で、ここから一番近い街はどっちさ」
ロード・トレイルが視界から見えなくなって、しばらくして。マークスは周りを見渡し、やや離れたところに、ささやかな建物の集まりを見つけ、一人歩き始める。
「確かにまあ、今ならまだ、必要な物を手配する事は可能だけどさ。だからってこんなところで降ろされるのは想定外だなぁ。――好き勝手してくれるさ」
一人、文句の言葉を口にしながら。だが、その言葉からは怒りのような負の感情は一切見られないままに。マークスはいっそ陽気な足取りで、それでもどこか覚悟を決めたかのように、歩を進める。
「まあ、俺っちも好き勝手にさせてもらうさ。――なぁに、相棒も自分勝手なことは自覚してる。文句は言わせないさ」
誰にともなく言葉を語るマークス。相棒がなぜここで自分を降ろしたかを理解しながら。――それでもなお、自分がどういう行動を取ろうが、相棒は文句を言わないだろう、そう確信をしながら。
◇
「……あの野郎、絶対ぇ何かするつもりだろう」
左腕で操縦桿を操作しながら、アストはぼやく。あの野郎、まさかあんな言葉を鵜呑みにした訳でもないだろう。確かにあんな、巨大な砲をぶん回すような筋肉隆々な奴だが、その見かけとは裏腹に頭を働かせる奴だし、何より、何も考えずにこっちの言うことを聞くタマでもねぇ。――もっとも、近くにいたんじゃ何もできねえってのも本当だったがと、アストは懐に忍ばせたままの奥の手、「魔封魔弾セイント・ブラッド」へと意識を向ける。
辺り一帯の魔法を無差別に封じてしまうこの奥の手を使うためには、独りでいた方が色々と都合が良い、それも、紛れもない事実だったのだ。
そこまで考えて、アストはバカバカしそうに、それでもどこか楽しそうにつぶやく。
「――まあ、俺の知ったこっちゃねえか」
自分は既に言いたいことを言った。やりたいこともやった。相手がどう動こうが、そりゃあ相手の勝手だ、そうアストは結論付ける。
確かに勝算があるとは言った。奥の手を使うのに一人の方が好都合という言葉にも嘘はない。――だが、結局は力で押す以外の手が思いつかないこの状況で、勝つ見込みがそこまで高い訳もない。
勝てば今まで通り、やりたいことをやって生きる、負ければ今までのツケを払ってくたばる。俺たちは、あの日から今までの間、ずっとそうして生きてきた。今更、相手に違う道なんざ押し付けることはできねぇよなぁと、アストは独り笑う。
――俺が好きに生きる以上、奴がどう生きようが、俺は何も言えねぇよなぁ、と。