忘れ去られた刻の目撃者を求めて
基本的には、本編ストーリーとは関係のない、設定等の説明回です。興味のない方は流し見でも問題ありません。
「……少し長くなったが。ここまでが、アクセス端末が元の所有者である共和国に戻るまでの経緯だな」
『アクセス端末とは関係の無い話がたくさん混じっていたような気もするけど……』
人里離れた、うっそうとした森の中を、会話をしながら歩く旅人と剣。前人未踏とも思えるような自然の中を歩き始めて早十数日。もはや完全に人の目がないことを確信した二人は、周りの目を気にすることなく、目的地に向かって、ほぼ一直線に歩き続ける。
「しかし、便利だな」
『?』
「いや、普通ならこんな場所、ここまで気楽に歩くことなんてできないはずだからな」
『……そうだね、ほめてもいいんだよって、……あれ? もしかして私、今、すごく褒められてる?』
「……まあ、これだけ活躍すればな」
どこかはしゃいだような剣の声に、やや苦笑いしながらも肯定する旅人。なにせ、剣から発せられる、旅人を包み込むような光が、雨風をはじき、うっそうと茂った足元の草を踏み固め、周りを飛ぶ虫を寄せ付けず。まるで自分たちが大自然から切り離されている、そう錯覚するような快適さなのだ。
他にも、数キロ先から水のある場所を察知して道案内をしたり、突然光ったと思えばその光をどこかへ飛ばし、数キロ先の野うさぎやそれなりの大きさの鳥を倒し、何をどうやったのか、ご丁寧に血抜きまでしたりと、この上ない活躍ぶりなのだ。
まるで道なき道をかき分けているとは思えないような快適な旅路。それを作り出している剣の力。たとえ照れ隠しでも、その感謝を否定することは、旅人は出来なかった。
『ふっふっふ、そうそう、私ってば出来る剣だからね。……ジャーニィも、もう少し、甲斐性?、見せてくれても良いと思うんだけどなぁ?』
「そんなものを見せる隙すら与えようとしないのに、俺に何をどうしろと」
……たとえその結果、普段よりもさらにからかわれることになりそうだ、そう思いながらも。
――真逆の性格をした二人は、息のあった掛け合いをしながら、目的地に向かって、大自然の中を歩いていった。
◇
――新教と主流派の今――
『そういえば』
「なんだ?」
『教会に、新教と教会主流派って派閥が出てきたけど。今でも残ってるの?』
「ああ、どちらも残っているな」
『ふうん。なにか仲悪そうだったけど、ちゃんと共存してるんだ。ここに来るまでに、いくつか教会もあったけど、あれって、主流派の教会?、それとも新教の教会?』
「……その辺りは難しいな」
『……? 難しいって?』
「これは共和国に限ったことではないのだが。大災害の後に広がっていった宗教は、元々は、大災害前から信仰されていた一つの宗教だったのではないかと言われていてな。各地で独自の発展を遂げる訳だが。それが、時代が進むにつれて、徐々にまじりあっていく。
こう、国境を越えて人が移動できるようになっていくに従って、枝分かれしていた各国の教会が再び統合したりしていった訳だ」
『ふむふむ』
「だが、その広い交流と統合の波に、新教は入っていない。新教は、あくまで共和国の中だけで通用する風習として、生き残っていく」
『ふむふむ。……えっと、風習として?』
「ああ、風習だ。元々、新教の教えというのは、日々の生活を大切にしながら、感謝し祈りなさいという所に比重が置かれていた。――聖人という神秘性を無くして、生活に密着させた教えだ」
『うん、確かにそんなことを言ってたね』
「神秘性が無くなれば、祈る相手がいなくなる。まあ、救いを自己に求め、祈りは感謝を伝えれば良い、そんな教えだからな。聖人という、祈りをささげる対象の重要性が低いのも確かなんだが。――それでもな、祈りをささげる相手は必要なんだ」
『……うん、そうだね。なんとなくわかるよ』
「新教はな、聖人に信仰を依存しない代わりに、祈りそのものを特別なものにした。祈るための祭壇を準備し、定期的に、他者の目に映るように祈るようにした。日々の生活の中で感謝し祈るよう、信者に勧めた。
やがて、その教えが広がるにつれて、祭壇以外でも祈りをささげる信者や、それを認める聖職者も現れ始める。――この頃から、他の教派と新教の境界線があいまいになってな。……共和国の風習のようになったのもこのころからだな」
『……えっと。つまり、祈りを大事にした宗教から形式を取り除いたら、風習になっちゃったの?』
「流石にその言い方は少し乱暴だが。まあ、一つ一つ説明していくとな。まず、以前の主流派、今は古典派と呼ばれている派閥だが。教典を元に教えを説く、いかにも宗教らしい宗教として、今も生き残っている。基本的には共和国主体だが、他の国にも広がっている、まあ国内では一番大きな宗教と言っていいな」
『ふむふむ』
「他国との交わり等を経て、元の教えでは色々と問題が出てきてな。解釈を改めたり補強した新しい経典がいくつか作られている。まあ、交流しながら発展していったような感じだな。
次に新教だがな。……これが非常にややこしいんだが。まず、当時新教派の教会だった場所は、基本的には、教会が所有する集会場ということになっている」
『……えっと、集会場?』
「ああ。普通に考えれば、宗教が所有する集会場は宗教的な機能を持つはずなんだがな。あえてそう宣言しているような感じだ。新教派の様式で建てられた祭壇もあって、そこで祈るのも自由だ。――但し、宗教的な儀式というよりは、日々の生活の一部として祈る、そんな感じだな。
実際、共和国に住んでいれば、だれしもがその祈りを目にするし、その所作も自然と覚えていく。その源流は間違いなく新教派だし、何故祈るのかを彼らに聞けば、日々の生活に感謝するためという言葉が返ってくるだろう。だが同時に、彼らは自分が宗教的なことをしているとは考えていないだろうな。――これは共和国の文化だと、そう思っているはずだ。
これはもう、正直に言って、宗教としての色はかなり薄い。彼らを信者といえるのかは正直微妙だ。だが、ある意味においては国民の大部分が信者ともいえる、そんな感じだな。
実際、その施設を使用している人間も、古典派の信者でない人の方が多いんじゃないか?」
『……えっと、いいの、それ?』
「そうなった過程で色々あったのだろう。ただ、新教派の祈りは、良いも悪いも、共和国の国民に広がってしまった、もっとも一般的な宗教的儀礼だ。これを禁止してしまっては、どんな宗教も共和国で教えを広げることは難しいだろう。
そして、新教派にとっても、後ろに重厚な教えはあった方が得策だったのだろう。――新教は、生活に密着した形での祈りを信仰の中心にした結果、その儀礼ばかりが一般に広がってしまい、宗教的な教えは、時と共に軽んじられていったんだ」
『……』
「逆に言えば、そういった人たちへの布教に成功したとも言える。だが、やはり教えはどこかに残さなくてはいけない。そんな新教側と、共和国に地盤を置きながら他国との影響にさらされ続け、独自色、いや、地域性というべきだろうか、自分たちの個性を失うことを危惧した古典派は、やがて結びつく。そうして古典派は、新教派が独自に作った教典を数多くある教典の一つとして受け入れ、その代わりに、共和国に広がった新教派の信徒に対して、本格的な布教をする機会を得たわけだ。――こうして、共和国の教会は、他国の宗教に飲まれることなく生き残った訳だな」
『……結局、教えの正しさとかよりも、生き残りを優先したんだね』
「多分、そんな意見は当時からあったのだろうな。だが、どちらも共和国が築き上げてきた文化で、両者とも、それを守るのが最も正しいと、そう思ったんじゃないか? ただ消えるのではなく、他国の宗教と結びつくのでもない、互いが自国の宗教を生き延びるために、自国の相手を結びつく相手に選んだんだ。損得だけでない判断もきっとあったのだと思うがな」
『……そっか。うん、そんな気もするね』
◇
――隔離病棟の治療内容――
『えっと、隔離病棟? 祝福されない子たちの入院していた病院の話だけど』
「ああ」
『血液には四つの種類に分類できるって、その、昔の学者さんの資料に書いてあったみたいだけど。わかったようなわからないような……』
「ああ。今ではA型、B型、O型、AB型と言われている四つの型だな」
『……良く分かったよ。始めからそう言ってくれるとわかりやすかったんだけど』
「当時はそんなわかりやすい名前がついてなかったんだ。当時の話をするときは当時の言葉で話さなくてはいけないだろう」
『またそんな良くわからない理屈を……って、まあいいや。えっと、確か治せなかった子供は、その四つとは違う型っていってたけど……』
「血液型がA型、B型、O型、AB型のどれでもない子供だな。A型、B型、O型、AB型の中にさらに二種類あってな。普通は一般的なRh(+)型なんだが。数百人から数千人に一人の割合でしか存在しないRh(-)血液型……」
『……うん、詳しくはいいよ。今ちょっとノレッジ・シュリーブの知識を覗いてきたから』
「……便利なんだが、説明しがいがないな」
『かなりいっぱいあるね。オルシーちゃんの血液型も、この珍しい血液型の中にあるんだ』
「……彼女は、その中でもさらに特殊な、血液型モザイクといわれる症例だな」
『ふむふむ。――ノレッジ・シュリーブ検索中――、……えっと、二つの血液型が混ざってる? A型が90%、O型が10%みたいな感じで』
「ああ、そんな感じだ。元々、当時確立された治療方法は、その中心を輸血に頼っていてな。希少血液だと、その血液を入手するのが困難だという問題があった。もっとも……」
『もっとも?』
「その治療は、あの施設の中で閉じた話だった。輸血する血液も、本人たちの血液を採取しておいて、のちに輸血することも多かったはずだ。そう言った意味では、希少血液も、そこまでの障害ではなかったはずだ。
だが、血液型モザイクによる魔法障害は、そもそもメカニズムが違う。言ってみれば、同じ症状を示す別の病気のようなものだったんだ」
『ふむふむ』
「よくある魔法異常は主に二つ。まず一つ目の代謝魔法障害は、身体には異常がないが、脳が魔法を上手く扱えない、そんな魔法異常だ。これは、今では代謝魔法を扱えるように訓練するやり方が一般的だが。当時はその訓練方法が確立されていなかった。代わりに、一般的な魔法杖での魔法訓練で治療をしていたな。まあ、魔法をつかうことで自然と治癒していく、そんな方法だな。
もう一つは、魔法を扱える血液の比率が低い場合。これは、輸血することで魔法を扱える血液の濃度を一時的に上げることによる症状の改善と、あとは食生活、主に鉄分を意識的に摂取することによる体質改善だな」
『……何か、聞いてるとすごく簡単なことだったように聞こえるんだけど』
「理由がわからなければ、こんなことでも原因不明の難病扱いになる、そういうことだろう。彼らは周りの人間と同じものを食べ、同じように動いていたんだ。その上で異常が出れば、それは別の要因だと思われても仕方がない、そういうことだと思うがな」
『……ちょっとやるせないね』
「まあ、そういうことを一つずつ改善していって、今があるんだろうな。
……で、血液型モザイクだが。これは、二種類の血液が干渉しあって、魔法の発動を妨げあってしまう、そんな症状だ。――これこそが正真正銘、生まれつき魔法が使えない、そんな身体で生まれてきた場合だな」
『……魔法が使えないの?』
「ああ。少なくとも、魔法を使えるようにするという方法で治療するのは不可能だ」
『じゃあ、オルシーちゃんは』
「それは先の展開だから言えないな。語り手として当然の倫理だ」
『だから、なんでそんな良くわからない理屈を』
「間違っても、どうするかまだ決めていないから話さない訳ではないからな」
『――それは言ってはいけないことじゃないかなぁ』
――孔雀怪獣ピーコックについて――
『そういえば、飛べたね、孔雀怪獣ピーコック』
「……なぜ、その呼び方を」
『いや、だって、まともじゃないから』
「……結構、感動的な話だと思うんだがな」
『そうだね、そりゃあ、私だって結構好きだよ、頑張って報われる話。だけどねぇ……』
「うん?」
『不老で、とんでもない高さまで飛べて、それだけでも十分に非常識だったのに。片方の翼で飛んだらね。――もうそれ、鳥じゃないよ!』
「……何か怒っているのか?」
『別に! ただ、夢だ努力だって言ったってね、やりすぎだよね! あれじゃあ、何でもアリだよ!』
「別に怒ることじゃないと思うがな。……でもまあ、そうだな」
『?』
「比翼の鳥が独力で飛んだら、困る業界もある気はするな」
『? ……! おお! 結婚業界から大ブーイングだね! これはあれだね、まさに教会を敵に回してるね!』
「……教会も、そこまでせこくはないと思うが」
『いやいや、あの怪獣、あんなふざけた性格だしって、……えっと』
言い淀む剣に、何かに気付いたのだろう、空を見上げる旅人。その視界の遥か先、雲の下に映る、風を切る鮮やかな青色の方へと。
「クエエエェェーー!」
『……えっと、つまり、その、……、……噂をすればってやつかな、これ?』
「まあ、そういうことなんだろうな」
空にある、噂をしていた相手の姿を認めて、そう言葉を交わす二人。相手もこちらの存在に気付いたのだろう、自分たちに向かって飛んでくるその様子を、旅人と剣は、その場に立ち止まって、静かに眺めていた。