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フィリ・ディーアが触れる世界  作者: 市境前12アール
第三章 人の生きる世界と歩く道
59/96

27.逃げる非常識、追う非常識

「大丈夫かさ」

「ハン、誰に言ってやがる……って言いたいけどな。こいつはちぃとな」

「……だろうさ」


 包囲網を強行突破し、新都区域ホープソブリンから首都の外へと続く道を走るロード・トレイル。その中のアストは、右腕の傷に応急処置を施しながら、ロード・トレイルを運転するマークスの心配そうな声に、正直に答える。


「正直、すぐにでも治療をして安静にしないといけない、そんな傷にみえるさ」

「ああ。最低でも、縫った翌日ぐらいは様子を見た方が良いだろうな」

「治りそうさ」

「さぁてね。まあ、今までのように動かせるかは微妙だな」

「そうか。……ところで」


 予感はあったのだろう、相棒の傷の見立てに、肯定するように答えるアスト。あくまで今の止血は応急処置で、急ぎ本格的な治療と休息が必要、それでも後遺症は残り、かなりの確率で右腕は使えなくなる、そんな厳しい見立てを、淡々と話す。

 その言葉に頷く相棒を見て、なら早くどこかに止めて治療しなければと、きっと相棒ならそう思うだろうとアストは思いつつも、軽く気にしたように後ろへと視線を送り。――マークスが気にしているであろうモノをその目で確認する。


「後ろから『とんでもないモノ』が追っかけてきてるような気がするさ。気のせいか?」

「さあて、どうだろうね。――今回の件では『とんでもないモン』ってのに心当たりがありすぎだからな」


 マークスの言う「とんでもないモノ」、その姿を見て、アストはぼやき、……こらえることが出来なくなったのだろう、半ばヤケになったかのように叫び出す。


「空飛ぶ機械人形に始まって、デケェ孔雀。まともだと思っていた軍は首都のド真ん中で床を吹き飛ばすような砲撃をしてきやがる! いまさら、阿呆みたいな数の馬で引かれるごっつい馬車くらいで、驚いてられっかよ!」


 それは、今までは上手くいっていたが故に黙っていた、どこまでも付きまとってくる非常識感に対する、最初で最後の文句だった。



 ロード・トレイルとそれを追う特別貨物馬車は、やがて新都ホープソブリンを出て。旧都マイニングの横を通り過ぎ、首都と鉱山とを繋ぐ道をひた走る。

 道行く人々は、引く馬もなく走るロード・トレイルにまず驚き、次いで、余りに仰々しい特別貨物馬車の姿に度肝を抜かれ。――そんな人影も、首都から離れるに従ってまばらになり。


「振り切れないのかよ」

「……少し、無理をさせすぎたかもさ」


 いつまでも付いてくる敵の馬車に、ロード・トレイルを駆る相棒に話しかけるアストは、返ったきた返事に、今までロード・トレイルがさらされてきた銃撃を思い出す。しゃあねえかと、自分を納得させるかのように呟くと、愛銃を手に、窓から身を乗り出し……


「しつけぇんだよ! この見掛け倒しのデカブツが!」


 ……自分たちを追い続ける馬車へと、銃口を向け、引き金を引く。ややぎこちなく握られた左手の銃から発射された銃弾は、吸い込まれるように、馬車を引く馬の一頭の頭に命中し。


「どうさ!?」

「聞くまでもねぇ、あんなでけぇ的、外すかよ……って言いてえけどな」


 片手で器用に弾を込め直しながら、相棒の質問に、ぼやくように答えるアスト。


「連中、逆に速度を上げてきやがった」


 自分たちが乗るロード・トレイルに追いつかんばかりに馬車を加速させる御者。その御者を馬ごしに見て、アストは確信する。奴ら、馬が撃たれる前に加速して追いつくつもり、――いや、ありゃあ、追いつくんじゃなくて、当てるつもりだな、と。



「追いつけるか?!」

「あと数十秒、馬が無事なら!」


 特別貨物馬車の中から御者に、叫ぶように問いかけるマイミー少将。敬語も忘れ、叫ぶように返事をしながら、必死に鞭を操る御者。――だが、その両者の思惑を裏切るかのように、前方から弾丸が飛来する。

 胴体を撃ち抜かれ、暴れ始める馬に、素早く手綱を切る御者。暴れ倒れこむ馬を避けるように、その横をすり抜ける特別貨物馬車。

 なおも加速する馬車に、十秒も間を置かずに装弾し、ロード・トレイルから身を乗り出して銃を構えるアスト。やがて狙いを定め……


――アストは、特別貨物馬車の横手を追い抜くように馬を走らせてきたジュディックを視界に入れる。素早く銃口の向きを変え、発砲するアスト。だがその銃弾は、ジュディックが手にした巨大な盾に弾かれる。


 自身を庇うように楯を構えたまま、ロード・トレイルに向けて馬を走らせるジュディック。もう片方の手に、装弾を終えた一三式魔法銃刀魔法式を構え。魔法式を刻みながら。前を走るロード・トレイルに向かい、疾走する。



「しつけぇなぁ、テメエ」

「――任務にしつこいも何もないのだがな」


 素早く装弾して、再びジュディックへと銃口を向けるアストに、魔法式を刻み終えた一三式魔法銃刀魔法式を構えるジュディック。――やがて、両者の銃口は同時に火を噴く。

 すれ違う弾丸は、片やアストの頭上を掠め、もう片方は、ジュディックの構える楯の外側、彼が騎乗する馬の首筋へと命中する。反射的に、半ば投げ出されるように馬から飛び降りるジュディック。その勢いのままに、道の外へとその身を滑らせる。

 そんなジュディックの脇を通り過ぎる特別貨物馬車に、再び銃撃を始めるアスト。特徴的な火薬銃の発砲音を何度も響かせながら、馬車を引く馬を一頭ずつ、確実に仕留めていく。

 やがて、八頭いた馬も、その数を四頭にまで減らされ。彼我の距離を数メートルにまで縮めながら、それ以上近づくことも出来なくなり。――やがて轟く銃声に、また一頭、馬が倒れ。それまで、かろうじて保っていた距離が、とうとう開き始める。


「いい。これ以上の追跡は無駄だろう」


 馬車を引く馬が残り三頭となりながら、なおも発砲しようとする賊の様子を見て、追跡を断念したマイミー少将は、御者にそう伝える。――盾となる馬がここまで減れば、次は御者が狙われると、確信したが故の決断だった。



「何とかなったか」

「そうさな。で、これからどうするかさ」


 追手を振り切ったアストとマークスは、そう声をかけ合いながら、この先のことを思案する。

 本来であれば、首都を脱出した後、首都の近くに繋いであった自分たちの馬に乗りかえ、国外へと逃亡する計画だった。そのために必要な物資も全て準備されていたのだ。だが……


「知らねえよ。計画なんざ全てオジャンだ」


 アストの投げやりな言葉に、乾いた笑いを返すマークス。事前に準備してあった馬も物資も遥か後方。今更戻ることも出来ず。さらに……


「まあ、まずはその傷の手当てさ」


 ……アストの傷のことを考えれば、このまま走り続けることも出来ず。ロード・トレイルを駆りながら、何処へ向かうべきか迷うマークスに、呟くようなアストの声が耳に入る。


「『あそこ』しかないだろうな」


 その声に、マークスは一瞬だけアストへと視線を送り。そのまま今度は窓の外へと視線を送る。――遥か遠く、十キロほども離れたところから感じる違和感。景色にときおりまざる、豆粒のような異物。先ほどの馬車と騎馬との戦闘中に現れた、空からの追跡者へと。

 ……その存在をアストに伝えようか、一瞬だけためらった後、たとえ空から追跡されていようとも、他に選択肢が無いのだからと言葉を飲み込むマークス。――相棒もそのことに気付きながら、そう言ったのだろうからと。


「しっかしまあ、全てを終わらせたってのに、また『あそこ』に戻ることになるとはな」


 感慨深げに呟くアスト。そこは、首都ホープソブリン・マイニングにほど近い廃坑の脇に建てられた、古く寂れた研究施設。火薬という、彼ら以外には使い道のない物質を研究するために建てられた、今は無い研究所の最高機密。

 国の上層部に知られないよう、彼ら二人によってひた隠しにされたその場所には、シェンツィ・アートパッツォが生前に研究してきた研究成果が、誰の目にも止まらないまま、今も眠っていた。



「生存者は三十八名。四分の三、百五十名以上は死亡とは、こりゃあまた……」

「私はむしろ、砲撃による被害者の方が生存率が高かったことの方に驚いていますが」


 トゥーパー邸で事後処理にあたっていたスクアッド曹長は、あまりに残酷なその数字に、マイミー少将の副官と顔を見合わせ、嘆息する。

 銃器での戦闘は死亡率が高くなる理屈はわかる。遠距離からの破壊力に溢れた砲撃よりも、近距離で、一撃で確実に息の根を止めに来る速射銃の方が、より死亡率が多くなることも。

 だからといって、この数字はあまりに残酷だと、スクアッドは思う。下手をすると百人以上もの人間が、速射銃によって「一人一人狙いをつけて」倒されたという事実。その射手の容赦のなさを実感して、恐ろしさを感じる。もっとも……


「しかし、確かにその御仁、大活躍でしたね」


 ……その死亡者数も、メディーンがいなければ、さらに跳ね上がっていたはずだと、スクアッドは実感する。力なく横たわった大量の人間から、正確に生存者を見分け素早く止血を施し、本来であればまず助からなかったであろう、砲撃によって身体の一部を失った人の命を十名以上も救ったのだ。もっとも……


「……それが本当に良かったのかどうか、小官にはわかりませんが」

「……そりゃあ、命を拾ったんだ。めっけもんでさぁ」


 本当にそれが幸運なのかを疑問視する副官の声に、スクアッドが一瞬だけ返答に詰まったのもまた事実だった。

 彼らは、命こそは救われたものの、負傷する前と同じように回復することはまず見込めないような、そんな深手を負っており。……さらに、トゥーパー参謀官という、この先罪人として扱われるであろう人物に加担した者としての道が、その先に待っているのだ。

 彼らにとって本当にそれが幸せなのか、彼らには知る由もなく。――それでも、スクアッド曹長には思うところもあったのだろう、あえて前向きな返事を返す。

 その答えを聞いて、スクアッド曹長の胸の内を察したのだろう。その隻腕を一瞬だけ見た後、話題を変える。


「……これだけの犠牲を出して奪還した聖典も、結局は壊れたのか」

「そりゃあ、そいつは元々壊れてたんでさぁ。盗まれる前の状態に戻っただけですぜ」


 やや独り言でもいうように呟きながら、その手にし持った、大きく亀裂の入った聖典へと視線を落とす副官。その言葉に、やはり陽気にスクアッド曹長は返事をし……


「うむ。……だが、それはむしろ壊れていた方が良かったのだ。直ったままでは、新たな政争の種になりかねん」


 その会話に割り込んできたマイミー少将の声に、屋敷の外からマイミー少将とジュディックが歩いてきたことに気付き、二人は敬礼をする。


「上空の『リコ・一バン』から、賊の潜伏先について連絡があった。奴らは首都近郊の鉱山地帯、今は廃鉱となった鉱山の一つ『第二十六坑道』付近へと潜伏したそうだ。既に軍本部へと連絡し、『第二十六坑道』を出入り禁止とするよう要請している。我らは再び賊を追う。明日以降に、再び交戦することになるだろうな」


 先ほどの戦闘でも大きな傷を負うことは無かったのだろう、敬礼する二人に、何事もなかったかのようにジュディックは状況を説明し。その説明を終えると、誰にも聞かれないような小声で、そっとつぶやく。


「――これが最後の機会だな」


 賊の手から聖典を取り戻した以上、もはや大規模な兵を動かすことはできない、そうジュディックは確信する。ここで任務を中断すれば、今回の任務は達成したものとして扱われ、賊の扱いは聖典が強奪される前の、一凶悪犯としての扱いに戻ることになると。

 実際、あの二人がどれだけ驚異的でも、聖典から得られる知識さえなければ、十年前に研究所を襲撃した時と状況は変わらないのだ。当時と同じような判断が下されるであろうことは想像だに難くない。――指名手配犯として国中へ手配されるだけで終わる可能性が高いのだ、と。



 こうして、首都の動乱は終わりを告げ。目標の聖典は、戦闘の衝撃で再び使用不能となったものの、その奪還という最大の目的は果たすこととなり。潜在的な脅威の排除も果たすことに成功した共和国は、この先は事件の真相の調査へと踏み込むことになるのだろう。

 トゥーパー参謀官がなぜこのような暴挙を企てたのか、この陰謀にどこまでの人が関わってきたのか、解明しなくてはならないことは山ほどある。国家としては、もはや逃亡した賊よりも、そちらの方が優先度が高いのだ。


――それでも。事態が収束に向かう中、軍は最後の行動を取る。それは、優先順位を百も承知した上での、意地をかけての行動だった。

ちょっとこんなところで、みたいな感じですが。

この話で第三章は終了、次の「転章」で区切りとなります。



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個人HPにサブコンテンツ(設定集、曲遊び)を作成しています。よろしければこちらもどうぞ。

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