24.首都ホープソブリンの死闘(上)
ここから数話分、少し「残酷な描写」がされることになると思います。ご注意いただくようお願いします。
「奴らはまだ、『ファダー・ビアリン一家』の隠れ家から出てこんのか!」
特別警護室でトゥーパー参謀官は、なかなか上がってこない報告に、苛立たしげな声を上げる。
「残念ですが。彼らはこの街の裏社会に巨大なネットワークを張っています。敵対するのは得策ではありません」
「そんなことはわかっとる!」
警備長の説明に、トゥーパー参謀官は声を荒げ。それでも、怒りを表に出すことで気が紛れたのか、少し落ち着きを取り戻して。机の上に置かれた、屋敷の防衛体制が記された見取り図を、見下ろすように眺める。
「第一陣として庭に八十名の警備員を配置、庭の中央まで来たところで、家屋の中に配置した二十名を含めた、計百名からなる銃撃を浴びせる、か。――そう上手くいくのかね?」
「少なくとも我々としては、門以外の場所から来てくれた方が好都合です。そうすれば、屋敷を取り囲む塀を登ろうとする相手に、一方的に銃撃を食らわせることができますから。――結局、連中は我々が待ち構える場所に突入してくるしか手はありません」
見取り図を見ながら、改めて警備体制を聞いてくるトゥーパー参謀官に、警備長は自信満々に答える。正門からある程度進んだところで退路を塞ぎ、取り囲んで銃撃をする。万が一取り逃がして屋敷の中に逃げ込まれても、そこで仕留める。そのために、この屋敷に配置できる最大数の警備員たちを集め、訓練したのだと。
庭に約八十人、一階大広間に六十人、一階の各部屋に二十人、二階の室内に二十人、そして、この特別警護室に二十人。総勢二百人に及ぶ、たった二人で破れるとはとても思えない、過剰ともいえる警備体制に、警備長は胸を張る。
その言葉に、ようやく普段の落ち着きを取り戻したトゥーパー参謀官は、彼のために用意されたソファに座ろうとし……
「――正体不明の鉄製の何かが正門から突入!」
そんなあわただしい、正門前警備室からの通信連絡を聞き、トゥーパー参謀官は一瞬だけ腰を下ろすのをためらい、……続いて襲いかかってきた、屋敷に重量物がぶつかったような衝撃に、半ば落ちるように、ソファにその尻を落下させる。
――新都区域ホープソブリンの、普段は平和な高級住宅街。その平和を嘲笑うかのような非常識な騒動の、これが始まりだった。
◇
「何で壊れないさ、この壁」
「――壁より先にこっちの心配しやがれ、このクソが」
正門から「試製牽引車ロード・トレイル」に乗って突撃したアストとマークス。四方から銃撃を受けながらも、その鉄の車体は銃撃をはじき返しながら突進し、やがて、正面玄関から少し離れた壁へと激突し、――ぶつかる寸前に素早く車から飛び出した二人は、建物と車体の間に隠れながら、庭で待ち構えていた敵に対し、銃撃を開始する。
アストの銃撃に倒れる数人の警備員。それを見て、ようやく状況に気がついたのだろう、アストたちに向かって一斉に襲い掛かる銃撃の雨。車両の影から放たれるアストの銃弾と、庭を囲むように布陣した警備員の銃弾が行き来する。
そんな中、一発の砲弾がアストの隣から放たれ、警備員を吹き飛ばし、庭を囲う塀に当たり、――激しい、金属がぶつかり合うような音の衝撃に、アスト達と警備員が揃って顔をしかめる。
「……なんで崩れないさ、あの塀」
「知るか!」
即座に再開された銃撃戦の音に紛れるように呟くマークスは、叫ぶアストの声を聞き流しながら、自分が砲撃した塀を眺め、――衝撃で窪みを作りながらも崩れず、そこにあり続ける屋敷の外塀を見て、さらに呟く。
「まあでも、これなら遠慮はいらないさ、……っと!」
そう言いながら、第二射を放つマークス。続く砲撃音に、やはり激しい金属同士がぶつかったような衝突音、そして敷地の外に出ることなく防がれる砲撃に、これなら周りのことを気にせず打ち放題だと、マークスは気楽に砲を構える。
当初の思惑とは違い、屋敷の壁際に障害物と共に布陣され、砲撃混じりの銃撃戦を繰り広げる羽目になった警備員たち。近づこうとする警備員はアストの正確無比な銃撃によって倒され、時折マークスから放たれる砲撃によって、さらに大量の警備員がなぎ倒される。
――そうして、「試製牽引車ロード・トレイル」が突入して始まった銃撃戦は、侵入者の方へと、少しずつ、その天秤を傾けていった。
◇
「……これだけか?」
「ここじゃ不利だと判断したんじゃないかさ」
数十分の間、銃撃を繰り返し。静かになった庭で、アストとマークスは言葉を交わす。
もっと時間がかかるだろう、もしかすると手こずるかもしれない、そう思っていた庭での銃撃戦が、思いの他早く終わったことに、疑問の声を上げるアストは、返ってきた相棒の言葉に、軽く納得しながら、皮肉っぽく笑う。
確かに、戦況だけを見れば、この庭の銃撃戦は、敵にとって不利だと感じてもおかしくなかっただろう。だが、アストたちにとって一番の難関は、数の差がそのまま火力の差になる、この庭だったのだ。
だからこそ、その庭を放棄して屋敷の中で迎え討とうとする敵を、アストは嘲笑し……
「――そりゃまた、阿呆な考えだな」
相手を馬鹿にした態度を隠そうともせず、言い放った。
◇
屋敷の玄関。数人の警備員たちが、敵がいつ来ても良いように、交代で魔法銃剣に魔法式を刻みながら、奥の廊下で待ち構える。――その玄関の脇にアストは立ち。左足を軸に、素早く、身を翻すように玄関の正面で銃を構え発砲、再び回るように玄関の脇へと戻る。
その間、たった一秒。熟練した技は、相手に発砲する隙すら与えず、奥の警備員を一人、確実に始末する。相手が発砲する頃には既に玄関の脇に隠れ、次弾を装填し、――銃撃が途絶えたのを見計らい、玄関の正面へと身を乗り出し、立て続けに発砲する。
「なってねぇなぁ、一度に発砲する馬鹿がどこにいるよ」
「そう言うなさ、定石通りに動いているさ、相手は」
玄関で待ち受けていた警備員をあっさりと倒したアストは、油断なく愛銃に弾を込めながらも、気軽そうな声をあげ。マークスが同じように、軽い声でそう答える。
実際、魔法銃刀という武器は、どれだけ準備をしても、速射性に劣る。だからこそ、接近されても応戦できるように刀と一体化しているのだ。
有利な場所に位置取りをして、集団で発砲する。その間に接近された場合は刀で応戦する、そんな運用を想定した武器。――つまり、アストのような、間合いを保ったまま素早く攻撃してくるような相手は想定していない。それでもなお戦おうとするのなら、自ら間合いを詰めなくてはいけない。当然、そのことを理解しているアストは、敵の戦い方に、どこか残念そうな声を上げる。
「……これならまだ、あの時の『甘ちゃん』や『突進野郎』、の方が、ちったぁマシだったな」
「うん? ああ、軍の指揮官たちのことかさ。……流石に『私兵』と『軍』とは一緒には出来ないさ。こいつら、どちらかと言えば俺たちと同じ側の人種だろうしな」
「ハン、俺たちが『こいつら』と一緒? アホらしい」
敵のあまりの不甲斐なさに、過去を思い出すように呟くアスト。過去の戦闘でも、決して追い詰められた訳ではない。それでも、その相手は油断はできない相手ばかりだった。――川岸で、相棒の援護射撃に戦意喪失せずに抵抗し、この自分に対し「刀の間合い」にまで接近し、刀を手に切りかかってきた若い指揮官。国境線で、用意周到な作戦で奥の手「セイントブラッド」を使わせ、なおも抵抗してきた勇猛果敢な指揮官。どちらも、自分たちとは違う、だが、確かに彼らはまぎれもない「手練れ」だった。
それに比べ、ここの「警備員」たちは。単に未熟なだけではない。なんというか「軽い」のだ。少し予想外のことが起こるだけで、銃撃を止める。膠着状態から不利になっても、惰性で今までと同じ行動を取り続け、そのまま撤退する。――なるほど、確かにそれは「軍」と「私兵」との違いなのだろう。……だからと言って、相棒の言葉には、とても頷くこともできない。親父も、相棒も、こんな雑魚と同じになどできない。
「自分らが殺し殺される、その理由もわからないまま巻き込まれるような、そんな平和ボケと一緒にすんじゃねぇよ!」
そんなアストの言葉と共に、屋敷の中に入る二人。――その言葉には、闘争の中で生きてきた男の、確かな重みがあった。
◇
火薬特有の発砲音を響かせながら、二人の男が歩く。
行く手を遮るように、誰かが現れ、乾いた音と共に血を流す。
壁の小さな穴の向こう、銃口を覗かせていた誰かが、その銃を撃ち抜かれる。
一歩、歩く度に銃声が響き。
秒を刻む度に、誰かが倒れる。
「――これは退屈さ。良いのかね、こんな楽させてもらってさ」
「ハッ、別にお前だけじゃない、俺だって普通に歩いてるだけだぜ」
軽口を叩きあう間も、銃声は止まず。
潜む敵に、常に機先を制し。
狙いを定める間を与えずに打ち倒す。
狭い屋敷の中、数に任せた銃撃を行えない警備員たちは、アストにとって的に等しく。
――二人は、屋敷の奥へと続く赤く染まった廊下を、ゆっくりと進んでいく。
「オイオイ、死んだふりするんなら、銃を握んじゃねぇよ。――見逃してやれねぇじゃねぇか」
「……確かに、こいつらとは一緒じゃないさ。――ルールも節度もあったもんじゃないさ、っと」
「こいつで、二階への階段は残り一個っと。――マジで歯ごたえがねえなぁ、オイ」
倒れたまま、密かに銃口を向けてきた警備員に対し、躊躇いなく銃口を向け、引き金を引くアスト。その様子を見ながら、手にした砲で二階へと続く階段を撃ち抜くマークス。――崩れ落ちる階段を見て軽く安堵したのは、外の壁や塀の頑丈さを知る故か。
その様子を見て、鳴りやまない銃声と共に、さらに屋敷の奥へと進むアストに、半歩下がってついていくマークス。それはまるで、自分の相棒が相手に発砲を許すなんてことはありえない、そう確信しているかのような、普段通りの歩き方だった。
◇
やがて、一階の最奥、二階に通じる最後の階段に二人は差し掛かり。そこで、彼らは意外なものを見る。――警備長に指揮された十名程の警備員に守られた、トゥーパー参謀官の姿を。
「いよう。お出かけかい? すまないが、奥の部屋で待っていてくれないか? 安心しな、他を全部片付けたら、きっちり行かせてもらうからさ。――いいから黙って奥で待ってな」
階上のトゥーパー参謀官に、アストは、場違いなまでに気軽そうに声をかける。――最後の言葉に、隠し切れない殺意を滲ませながら。
その声を聞いたトゥーパー参謀官は、周りを見渡し、階下のアストたちと、警備員の死体を眺め。荒事は専門外の彼でもわかるような、二人の、ここを通す気がないというような意思を表したかのような隙のなさに、息を飲み、――やがて、鋭い眼光で二人を見下ろし……
「……正気か、貴様ら?」
階下の二人に対して、覚悟を決めたのだろう、重々しい声で。トゥーパー参謀官は、そう誰何の声を上げた。
◇
「貴様は知らないかも知れないから言っておいてやるがな。既にこの屋敷の周りには、大量の兵士が集結し、今まさに包囲を完成させつつある」
「ああ、見えてるぜ。よくもまあゾロゾロと集めたもんだと思うね」
トゥーパー参謀官の声に、そんなことは百も承知だとばかりに、アストは答えを返す。邸宅の敷地を囲うように張ら巡らせた防柵に、次々と配置されていく兵士たち。その過剰なまでの人数と人員配置は、蟻の一匹も通さない、そんな意思を感じさせる徹底的なもので。
ここの私兵のような、自分たちが接近してから魔法式を刻むような間抜けなこともなく。それこそ今すぐ自分たちが出て行っても応戦できるであろう、まさに盤石と言える、そんな包囲網だった。
「……わかっているのか? あれは貴様らを始末するための兵なのだぞ」
「逃げだそうとした奴が偉そうな事、言ってんじゃねえよ。大方、そっちに行けば助かるとか思ったんだろう? ――行かせねぇよ。お前はここでくたばりな」
なおも誰何してくる声に、こりゃあ相手も腹を括ったかな、そう予感しつつもアストは答え。――はたして、相手から、その予感を裏付けるような返事が返ってくるのを聞く。
「……ああ。たった今、貴様に教えてもらったばかりだがな。貴様をここで始末しないと先がないことは、よくわかった。――今、その引き金を引かずに私を見逃そうとしているのは、そのたわごとが理由か?」
「ああ。そりゃあわかってくれて結構、結構、嬉しいぜ。今はまだ人に囲まれてるからなぁ、お前。最後の一人になるところを味わえば、また違う心境を味わえると思うぜ。――おっと、そうだ。忘れる所だった。こいつは依頼の品だ。黙って受け取りな」
トゥーパー参謀官の返事に、アストは相手が腹を括ったことを確信し。話している途中で思い出したのだろう、懐から「聖典」を取り出し、階上に向かって放り投げる。
「わかった。では私は、奥の部屋で、貴様たちが始末されるのを待つとしよう」
そう言って、逃げ場を失ったトゥーパー参謀官は、聖典を受け取り、特別警備室に戻るべく、階上から姿を消す。――自分たちが不利なことは百も承知で。それでもなお、一縷の望みをかけて。