23.狭まる網、迫りくるその日(下)
2018/10/15 地下室を特別警護指令室に修正
「あれ、えっと、おはようございます」
「うん、おはよう。――今日はフィリちゃんたちに話があってね、少し待たせてもらったよ」
朝起きて、いつものように外に出て。久しぶりに、朝の時間に、プリムお姉さんとメディーンに会う。――最近ずっと、朝早くからメディーンは「お仕事」に行ってたから、夕方にしか会ってなかったんだけど。そう思いながら、プリムお姉さまに挨拶をして。「話がある」って言葉に、なんだろうと首をかしげながら、話を聞き始める。
えっと、今までメディーンに「聖典」の場所を探す手伝いをしてもらっていたけど、その聖典がもう、近くにあることがわかって。だから、明日以降は飛行機で探しに行く必要はなくて、つまり……
「……メディーンが『お仕事』に行くの、今日が最後なの?」
そう、プリムお姉さまに聞いてみる。多分そういうことだよね、そう思ったんだけど……
「いや、確かに『飛行機に乗って』探しに行くのは今日が最後だけどね。ただ……」
……プリムお姉さまはそんな、少し言いにくそうな返事をして。……うん、お姉さまらしくない、そんなことを思いながら話を聞く。
「その聖典を持った賊がね、新都ホープソブリンっていうところに行こうとしているのはほぼ確実なんだけど。『いつ』来るのかはまだわからない。だからメディーンには、その『新都』で、相手がいつ来たか教えてほしいんだ。……つまりだね」
「――メディーンは、明日から、その新都に、……もしかして『住む』の?」
プリムお姉さまが話を続けて、言いよどんで、――もしかして、なんて思って聞いてみる。そしたら、プリムお姉さま、少し驚いた顔をして。軽く頷いて。
「……まあ、『泊まる』くらいだけどね。よくわかったね」
「そろそろ、メディーンのお仕事が変わるかも知れないって、昨日、ピーコックと話してたから」
びっくりするお姉さまに、少し種明かしをする。実は昨日、ピーコックと話をしていた時に、メディーンの仕事が変わるかもしれないと、そんな話をしていて……
「えっと、じゃあ、そうだね。じゃあいくつか確認だけど。まずはメディーンに、新都区域に泊まり込んでもらってもいいかい。あと……」
「あと?」
「これは断ってくれればいいと思うけどね。うちのアニキがね、『賊との戦闘時に、メディーンを借りたい』って」
……もしかすると、メディーンに、危険なことをお願いされるかも知れないと、そうピーコックは言ってたんだけど。
多分、これからされる話はそういう話なんだよね、そう気を引き締めて、話を聞く。
「基本的に前線に出す気は無い。ただ、アニキの上官、マイミー少将の護衛と負傷者の治療、あとは聖典の位置をわかる範囲で伝えてほしいってさ。
……確かに、聖典がどうとか賊がどうとか、嬢ちゃんたちには関係のない話なんだけどね。それでも、メディーンがいるといないのとでは大違いなのも確かなんだ。――今すぐに、とは言わない。今日、帰ってきた後にでも返事をくれればいいから、それまでの間、ゆっくりと考えておいてくれないかな」
そうして聞いた話は、思ってたよりは「危険じゃない」話で。少しだけ考えて、答えを決めて。ピーコックの方を少し見て。メディーンに、そっと腕を叩く形で言葉を伝えて。――メディーンの目の光に乗った言葉を受け取って。
少し息を吸って、吐いて。ちょっと勇気を出して、プリムお姉さまに返事をする。
「――いいですよ」
「……はい?」
「元々、そうなるんじゃないかって、ピーコックも言ってたし。今、メディーンに聞いたけど、良いって言ってくれたから」
「……もう少し、考えなくても良いのかい?」
「大丈夫です。ただ……」
「ただ?」
わたしの答えに、少し意外そうな顔をしながら、念を押してくるお姉さまに、迷わないように頑張って答えて。ちらりとだけピーコックの方を見て。うん、大丈夫、ピーコックの態度からそう確認をして。――最後に、最初から決めていた言葉を、お姉さまに伝える。
「そのかわり、そのお仕事が終わったあと、お願いを一つ、聞いてください」
◇
その後、お姉さまともう少し話をする。外の世界に来てから気付いたんだけど、メディーンは、わたしがいないと動けないことがあるみたいで。「カンリシャノショウニン」って、よくわからない理由なんだけど。どうも、わたし「良いよ」って伝えないといけない、そういう決まりみたい。――変なの、今までずっとそんなことなかったのにって言ったら、「スデニカンリシャノショウニンズミ」なんだって。よくわかんないけど。
だから、通信機っていうの?、それを使って、常にメディーンにわたしの声を届けられるようにして。あと、メディーンの言葉も音にして伝えるって。あんまり慣れてないけど、大丈夫かなぁなんて思いつつ、ちゃんと練習するって聞いて、うん、なら大丈夫かなって。
それにきっと、メディーンの言葉って、あの時みたいに「治していいか」とか、そんな言葉だよね。なら、聞き取れなくても「うん」って伝えればいっか、そんなことをこっそりと考えながら、いろんなことを決めて。
――大体の話が終わったところで、お姉さまが、少し困ったような顔をしながら、質問をしてくる。
「……そういえば」
「はい?」
なんだろう、今日はお姉さま、珍しく困ったり戸惑ったりしてるなと、そんなことを思いながら返事をする。
「嬢ちゃん、アタイのことを『お姉さま』なんて呼んでたっけ?」
「あれ、えっと、最初から呼んでなかった?」
「いや、確か最初の方は『お姉さん』だった気がするんだけどね」
そのお姉さまの質問に、少し首を傾げて。えっと、「お姉さん」も「お姉さま」も、同じ意味だよねと、ピーコックに聞いてみて。
「何か違う?」
「儂に人間の、そんな細かい呼び方のことを言われてもな。まあ儂は、ほとんど変わらんと思うんじゃが」
「そう! じゃあ、お姉さまのままでいいよね!」
ピーコックの答えに、少し自信をつける。
――うん、やっぱり「お姉さん」よりも「お姉さま」の方がしっくりくるよね、と。
◇
「……こんにちは」
「うん?」
プリムお姉さまと話をした後。久しぶりに二人を見送ろうと、飛行場の方まで来て。そこで働いていた、えっと、ボーウィさんに、挨拶をする。――やっぱり以前と同じように、そっ気のない態度で。飛行機の下にもぐりながら、そんな返事のような声を聞く。
「二人を見送ったあと、少し、『飛行機』を見せてもらって良いですか?」
そんなボーウィさんに、丁寧にお願いをして。――以前オルシーにボーウィさんの話をしたとき、「それは失礼な態度を取る人ね、とてもからかいがいがありそうだわ」なんて言ってたことを思い出して、少し笑う。きっとその子はまだ子供ね、なんて言ってたんだけど、どうなんだろう? ちゃんと仕事してるよ? そんなことを思いながら返事を待って。
「……わかった。後で案内する」
なんだろう、少しだけ、ボーウィさんは手を止めて。しばらくしてから、そんな答えを、やっぱりぶっきらぼうに返してきたのを聞いて、思う。――やっぱりきっと、オルシーの方が強そうかな、と。
◇
そんな話をしたあと、久しぶりに、飛行場で、プリムお姉さまとメディーンが飛行機に乗って離陸するところを見学する。――うん、きっと以前見たときよりもスムーズになってる気がする。きっと何度もやって慣れたんだろうなぁと、そんな風に思いながら、飛行機が飛び去った方向を眺め続ける。
◇
「おい、あんまりうろつくな。危ねーぞ」
ボーウィさんに、格納庫?、飛行機が三機、並んで置かれている場所に連れてきてもらう。えっと、少しずつ大きさや形は違うけど、どれもさっきプリムお姉さまとメディーンが乗っていた位の大きさかな。
ちょっと興味はあるんだけど。今知りたいのは、この飛行機じゃなくて……
「……えっと。ここに来たときに乗ってきた、大きな飛行機って、どこに止めてありますか?」
「うん? ……ああ、小型輸送機の方か。それなら、第三格納庫の方だぜ」
「第三格納庫?」
「ああ。こっちだ」
目的の飛行機のことを、ボーウィさんに聞いて。「小型」って、もっと大きいのもあるのかな、そんなことを思いながら、第三格納庫まで案内してもらう。
「こうやって見ると、さっきお姉さまとメディーンが乗って行った飛行機とは、ずいぶん違うね」
「そりゃあ、向こうは偵察機、こっちは輸送機だからな」
人のいない、静かな第三格納庫で。久しぶりに見る飛行機を見て、正直な感想を口にする。うん、馬車も飛行機も、何度も見てきたと思ったけど、ちゃんと見るといろんな種類があると、改めて思う。――きっと、ここじゃない場所には、もっといろんな物があって、同じものも、違うものも、いろいろあるんだろうな、と。
「こいつはいつでも使えるように、常に整備してあって……」
そんなことを考えながら、ボーウィさんの説明を聞く。何かあったとき、訓練場にいる兵士さんたちを運べるよう、いつでも飛べるように整備してここに置かれている、そんな説明を聞いて、それなら「急なお願い」しても大丈夫かなと、心の中でそっと「うん」と言って。
「ありがとうこざいました」
説明が終わるのを待って。ボーウィさんにお礼を言って。黙ってついてきてたピーコックと一緒に、部屋に戻ろうと歩き始める。
◇
「なんだったんだ、アレ」
フィリたちが立ち去った後、ボーウィは一人呟く。今までよりも愛想よく話しかけてきたと思えば、一通り飛行機を見て回り、最後の小型輸送機だけ妙に興味津々な様子で説明を聞いて、それで満足したかのようにあっさりと帰っていく。――そんなよくわからない態度に、ボーウィは戸惑いを覚える。
(わっかんねぇ女)
多分、愛想が良くなったのは、人に慣れたからだな、そうボーウィは自身を納得させる。――確かに、今まで誰にも会ったことの無いような人間が急に他の人間に会うようになれば、人見知りするのもしょうがないかと思う。
それでも、なんで急に飛行機に興味を持ちだしたのか、心当たりの無いボーウィは軽く首をひねりながら。まあ良いかと、仕事の続きをするべく、第一格納庫の方へと戻っていった。
そうして、その日も過ぎ、日が変わり。翌日の朝、メディーンは、新都区域ホープソブリンに行くために、準備された馬車へと乗り込む。
◇
「……久しぶりに見ると、すごい馬車だね」
久しぶりに見る「特別貨物馬車」に、少し笑う。初めて見たとき、「本で知っている馬車とは違う」なんて思ったけど。……うん、それどころじゃないよね、これ。六頭の馬がつながれた列車のような馬車の姿に、少し懐かしい気分になる。
「今だと、こいつの異常さがわかるのぉ」
ピーコックも同じように感じたのかな、馬車を見て、そんなことを言って。ジュディックさんにプリムお姉さま、あとは馬車を走らせる片腕の、えっと、スクアッドさんが、軽く笑って。
「まあ、こいつは我が共和国が誇る『トンデモ兵器』ですわ。むしろ、嬢ちゃんたちは良く腰を抜かさなかったと思うぐらいでさぁ」
「ははは……」
うん、だって知らなかったからね。そんなことを思いながら、スクアッドさんが御者台に上がるのを見守って。
「それじゃあ、お嬢! 少しの間、メディーンを借りていきやすぜ!」
そう言ってスクアッドさんが鞭をふるって。走り出した馬車が見えなくなるまで、訓練場宿舎の正門の前で、メディーンの乗った馬車を、じっと見送った。
◇
ジュディックはスクアッドとメディーンを見送った後、自室に戻り、書棚の中の資料から一つの図面を探し当て、食い入るように見つめる。
二階建ての豪華な邸宅。贅をつくした、きわめて住み心地の良さそうな上流階級向けの邸宅。――同時に、密かに警備面のことまで考えて設計された、中隊規模までなら配置できてしまうような、まるで簡易基地のような邸宅。
その邸宅の図面を机の上に広げ、ジュディックは考える。賊が侵入するとしたらどこからか、迎え撃つ「餌」が籠るとすればどこになるか。自分たちの部隊はいつ突入すべきか、そんな、想定されるあらゆる状況を。
――もう準備期間は終わりを告げ、「賊」が「網」にかかるのを待つ、そんな時に差し掛かっていた。
◇
やがて、時は過ぎ。――その時が訪れる。
◇
新都高級住宅街に建つトゥーパー参謀邸の特別警護指令室。奥の高級そうな椅子には、どこか顔を青ざめさせたトゥーパー参謀官が座り。その前を、この邸宅の警備を長年任されている警備長が、厳しい表情をしながら、部下たちの報告を受けていた。
「正門、異常ありません!」
「裏口、異常ありません!」
「良し。……街の様子は?」
「目標、定置観測点で確認していません!」
「捜索隊、発見していません!」
「良し! どんな些細なことでもいい、異常があったら即座に連絡すること!」
「「「は!」」」
警護員からに次々とされる「平常通り」の定期連絡に、次々と、決まった指示を出す警護長。
賊が首都新都区域ホープソブリンの周辺にまで到達したことを、「秘密裡に」軍から連絡を受けたのが、昨夜遅く。その報を受け、トゥーパー参謀官から防衛の任を受けた警備長は、元々の計画通りに、街中に偵察要因としての警備員を配置させる。
街中に構築した監視網。何事が起こればすぐに察知できるような体制を築き上げたトゥーパー参謀官らは、最も効率良く賊を迎え撃てるよう、態勢を整え、だが……
「伝令! 至急報告!」
「何だ!」
「定置観測地点O1の連絡途絶。定期発呼に応答無し!」
……その偵察要因からの、最も聞きたくなかった報告に、トゥーパー参謀官は、嫌な汗が流れるのを自覚する。定置観測点O1、新都区域ホープソブリンの外れにある人気の無い場所にぽつんと建てられた、みすぼらしい物置小屋。――に偽装した、この屋敷からの隠し通路を通った先にある脱出口。
いざというときの最終逃走経路。密かに二十名もの人員を配備した、どんなことがあっても死守しなくてはいけなかった地点。そんな場所が、よりにもよって音信不通になったという事実に、トゥーパー参謀官は焦りを覚える。
「そちらに二名、急ぎ派遣、状況を確認しろ!」
「少ない! あそこだけは守り通せ!」
素早く指示を出す警備長。その言葉に、思わず立ち上がりながら、トゥーパー参謀官が口を挟む。――だが、その言葉を打ち消すように、警備長は部下に、同じ命令を下す。
「派遣者は二名、急を要する。急げ! 各定置観測地点に伝達。連絡があり次第、本邸に帰還し庭に待機。――復唱!」
「……は! 定置観測地点O1に二名派遣、並びに各定置観測地点に連絡があり次第帰還可能なよう準備することを伝えます」
「良し!」
一瞬だけ迷った後、警備長の命令を受け止め、復唱する警備員。やがて復唱を終え、命令を実行すべく駆け出す警備員が部屋から出るのを確認した後、警備長は振り返る。――自身の命令が無視される形となり、その弁明を待ち構えているであろうトゥーパー参謀官の方へと。
「定置観測地点O1を手放す気かね。これから何事か起こるのであれば、脱出経路の確保は最優先だと前もって言った筈だが」
「既に何事か発生したのです。定置観測地点O1は私たちの最高機密。誰にも知られないよう、厳重に機密を管理していました。当然、この状況において、不慮の事故が起きないよう、細心の注意もはらっておりました。――その上で、何事かが起きたのです。事故も偶然もありえません」
やや怒りに上ずった声を上げるトゥーパー参謀官に、諭すように警備長は説明をし。――歯ぎしりしながらも我慢して聞いていたトゥーパー参謀官に、追い打ちをかけるように、その言葉を放つ。
「重ねて言います。既に何事か発生しています。もう始まっているのです」
――それは、今の状況をこの上なく正しく示す言葉だった。
◇
「ふん。たったの二人かよ」
「分散は失敗みたいさ」
首都郊外の小屋にほど近い物陰に隠れながら、相手の反応を待っていたアストとマークスは、やがて訪れたトゥーパー参謀官の手の者であろう、警備員の数の少なさに、軽く落胆をする。
新都区域ホープソブリンについた二人は、トゥーパー参謀官の邸宅には向かわず、まずはこの郊外にある小屋へと向かい、そこを守っていた警備員たちを不意打ちの形で襲い掛かる。
「フン。まあ、別にここの仕事が楽になるだけで、後はなんも変わらねぇがなぁ」
「まあ、たかだかいち高級官僚の警備員が、正規の軍より手ごわいなんてことはなさそうさ、……っと」
そんな軽口を言いながら、軽く回りを警戒するアスト。その軽口に答えながら、マークスは巨大な愛銃を持ち上げ、その銃口を小屋の方へと向け、魔法式を刻み始め……
「――っとぉ」
――どこか気楽な声を上げながら、マークスは、肩から下げるように構えた砲を、軽く狙いを定め、発射する。
ウェス・デル第四試製砲・アンティアエリアン・アーティレリの砲口が火を噴き、砲身からその先にある小屋へと、砲弾が襲い掛かる。命中し、崩れ落ちる小屋に、かろうじて難を逃れたのだろう、慌てて出てくる二人の警備員。だが、そんな警備員にとっての僥倖も長くは続かず。
「ご苦労さん」
そんな声と共に、アストの手に構えていた彼の愛銃シュバルアームが火を噴き。二人に与えられた僅かな僥倖も、あっさりと終わりを告げた。
◇
「定置観測地点O1へ派遣した二名、未だ帰還しません」
「そうか」
部下からの報告に、警備長は、どこか予想していたかのような落ち着いた声で、一つ頷く。
「……君の予想通り、かね」
その結果を聞いて、トゥーパー参謀官は警備長へと声をかける。――仮にこの二名が二十名だったとしたら、どうなっていただろうと。
先に配置した二十名、彼らが「賊」からのなにがしかの襲撃を受けたのはもはや確定だろう。だが、その二十名も、ただやられた訳ではないはずだ。もし相手に損害を与えてれば……、そんなことを考えて始めて、その考えを打ち消し、苦笑する。――それで片付けることができるような輩なら、慌てる必要もない。この屋敷で迎撃すればいい。そう考えれば、警備長の判断は間違ってはいないなと。
今この屋敷は、銃器で武装した、約百八十人もの警備員によって守られてるのだ。下手に軽挙妄動して隙を作るよりも、どっしりと構えていた方が良いだろうと。
「定置観測地点C2より連絡、賊と思わしき二名が通過、屋敷の方へと、ゆっくりと歩いて移動中。繰り返す。賊と思わしき二名が通過、屋敷の方へとゆっくりと移動中」
「わかった。定置観測地点B1、B2、A1、A2を除き、全て人員を撤収」
「は!」
流れるように指示を出す警備長を見て、トゥーパー参謀官は心を落ち着かせる。訓練された、もはや軍隊と言ってもいいような練度の警備兵に、防衛体制の整った施設、そして、油断のない、万全の迎撃態勢。十年前の、研究所に正面から突入し、やすやすと「彼」を殺害してのけたのとは状況が違う、あの賊とて、これなら手を出せないだろうと。
――そんな、あまりにも甘い、妄想めいたことを考えながら。トゥーパー参謀官は、厳重に守られた特別警護指令室で、つかの間の安心を味わっていた。