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フィリ・ディーアが触れる世界  作者: 市境前12アール
第三章 人の生きる世界と歩く道
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19.進まぬ捜索、過ぎゆく日々(上)

2018/08/17 ピーコックが洗濯された理由(土まみれになっていた)を追記、誤字修正。

 病院から訓練場宿舎に帰ってきて。正門の前で少し一悶着があったあと、部屋の前に戻ってきて。その一悶着で、プンプンと怒り続けるピーコックに話しかける。


「……まさか、『洗われる』なんて、思わなかったよね」

「全くじゃ。儂を何じゃと思うとるのか」


 いつものように、正門をはいったところで馬車を止めて。馬車から降りて、部屋に戻ろうとしたら、ジュディックさんに「待ってろ」って止められて。

 言われた通りに待ってたら、ジュディックさんが、大きな容器を乗せた台車を押しながら、レシティおばさんとあと一人、男の人を連れてきて。


 で、あっという間に、その大きな容器に入っていた水をピーコックにかけて、洗い出して。……うん、あれは怒るよね。確かに、飛ぶのに失敗して、全身土まみれになってたけど。


 洗い終わった後で聞いたんだけど、ジュディックさんもレシティおばさんも、ピーコックが結構きれい好きだって知らなかったみたい。遺跡に来る前は、毎日一度は水浴びしてたよって教えてあげたら、驚いてた。

 でもそういえば、こっちに来てから水浴びとかどうしてたんだろう、少し気になって聞いてみたんだけど。「別に水浴びせんでも、死なんしな」って、ええ~! 遺跡にいた頃、清潔にしないといけないって、教えてくれたのピーコックなのに!

 えっ、池がないからしょうがない? そんなことをピーコックが言い出して。湯浴みならできるんだけどね。レシティおばさんが返事をして。湯は勘弁願いたいのぉ、別に水でも構わないよ、こっちはその方が楽さ、そんなふうに話が進んでいって。結局、ピーコックが水浴びしたい時はレシティおばさんに声をかけることが決まって。


 そんな騒動のあと、自分の部屋の前に戻ってきたんだけど……


「ピーコック、部屋に入る?」

「今のこのずぶ濡れの状態じゃあ、入れんじゃろうて」

「今日、なかなか乾かないね」

「うん? ああ、普段は魔法で乾かしとるからのぉ」


 ……一応、水浴びのあと、身体は拭いたんだけど。ピーコックの羽根、たっぷり水を吸ってて、いつもよりも乾きが遅くて。ちょっと不思議に思って聞いてみたら、普段は魔法で乾かしてるんだって。そんなことを教えてくれる。

 そう言えばピーコック、確か空を飛ぶときにも魔法使ってるんだよね、ふとそんなことを思い出して。さっきまでいた病院のことを思い出しす。


「ピーコック、大人気だったね」

「……いやまあ、えらい目におうたわ」

「……楽しそうにしてたよね?」

「あの(わらべ)共と一緒にいてか? 冗談じゃない、もうこりごりじゃて」


 いつもみたいな憎まれ口だけど、うん、やっぱりピーコック、悪い気がしてないよね。少しホッとして、これなら大丈夫かなと、話を切り出す。


「……えっと、『また行く』って約束しちゃったけど」

「ああ、あのオルシーとかいうヒトとか。……結局、儂とは話もせんと、遠目に見とっただけじゃったなぁ。まあ、悪いヒトじゃなさそうじゃし、良いんじゃないかのぉ」


 再び病院に行って良いか話を切り出して。あっさりと返ってきた返事に、やっぱりピーコック、話を全部聞いていたよねと納得して。それでも、行ってもいいと言ってくれたことと、なによりオルシーさんのことを「悪いヒトじゃない」と言ったことに喜んで。


「儂も身体が乾いたら入るけぇ、フィリは先に、部屋の中に入っとれ」

「そう? じゃあ、わたしは部屋で、本を読んでるね」


 ピーコックの言葉にそう返事をして、一足先に部屋の中に入る。――今日はここまでいろんなことがあったけど、楽しかったなぁと、そんなことを思いながら。



(――全く、どいつもこいつも結構な「曲者」じゃて)


 フィリが部屋に入るのを見届けた後、心の中で、そんなことを呟くピーコック。教会でケイシーというヒトと話していた時、その「姉」であるオルシーには、ピーコック自身が会うつもりだった。――まさか、その姉とフィリとが会って友誼を結ぶことになるとは、思っていなかったのだ。


(全く、なんで「儂をお姉ちゃんに会わせたい」という言葉が、あんな結果になったのか。めんどくさい奴らじゃのぉ)


 ピーコックは、自分をお姉ちゃんに会わせたいというケイシーの言葉を受けて病院に行ったのであって、フィリとそのお姉ちゃんとやらを仲良くさせる為に行った訳ではない。

 一度会って話をすれば、あのケイシーというヒトも満足するだろうし、「ありがとう」とでも言ってもらえば、後日、フィリが悔いることもないだろう、ピーコックはそんな思惑で、あの隔離病棟へと行ったのだ。


(先にヒトの子供たちを呼んで儂の相手をさせて、その隙にフィリとそのヒトを会わせる。そうまでしてダーラとやらは、あのオルシーとかいうヒトをフィリと、……いや、「外の人間」と会わせたかったのかのぉ)


 隔離病棟に到着した直後、建物の中に入っていったダーラは、まず「聖鳥さまがこの病院に遊びに来た」と子供たちに伝えるよう病院の受付で依頼をして、その後、オルシーの病室に行き、話をしている。そのことを人間以上の聴力で盗み聞きしたピーコックは、その行動に最初は訝しみ、その後の病室でのダーラとオルシーの会話を聞き、ダーラの意図を悟る。

 そしてピーコックは、その意図に気付きながらも、ダーラの意図に乗る形で、子供たちの相手をした。それは、一つには騒動を嫌った結果であり。それと同時に……


(まあ儂も、フィリが誰と話をするか、干渉しとるしの)


 ……自分だってフィリに干渉しているのだ。なら、自分がダーラの立場なら、きっと同じことをしたのではないか、そんなことを考えた結果だった。


(まあ、あのオルシーとかいうヒトも、今すぐに命が無くなるような事は無さそうじゃしな)


 何か起こるにしても、まだ先の話じゃろうし、何より、もう過ぎてしまったことじゃしなと、ピーコックは考えるのを止める。――実際、ピーコックから見て、そのオルシーというヒトは、生きているのが異常なくらいの個体であると同時に、あと一、二年程度は生き続けるであろう、その位の体力は残していると、そう感じるような個体だったのだから。


 ただ、このまま仲良くなった後、あのオルシーとかいうヒトが死ぬかもしれん、そのことにフィリが実感を(・・・)伴った(・・・)時にどうするか、それだけは考えておくとするかの、そんなことをピーコックは考え始め。――といってもまあ、その時にできることなんて限られとる。せいぜい、命が尽きるまでの間、それまでと同じように接するぐらいじゃろうし、そのくらいのことは、ダーラとかいうヒトも考えとるはずじゃろうと、そう結論づける。


(……さてと。自然に任せとってもなかなか乾かんで。とっとと乾かして、部屋の中に入るとするかの)


 隔離病棟での出来事を頭から追い出したピーコックは、部屋の中で本を読みながらも、こちらを気にしているであろうフィリのために、色々あって疲労した身体を無視して、身体を乾かすための魔法を行使し始めた。



「今日は反応無し……、と。じゃあ、次の目標は‥…っと、この辺りかねぇ」


 旧首都から国境付近の村まで一直線に飛行して。後ろに座るメディーンから「反応無し」の合図を受け取ったプリムは、誰にともなく呟く。


 プリムがメディーンを乗せて飛行するようになって二日目。前日は半日を準備や試験飛行に費やしたことを考えると、今日は実質的には捜索の初日。まだまだ焦ることはない。……と本来は言うべきなのだが。


(昨日、一瞬でも「反応有り」なんて結果が出ちまうとね。まあ結局は居なかった訳だが、色々と思うところはあるさ)


 昨日、午後から出発したプリムたちは、半ば実験的に最高速で国境近くの村まで飛行して、……その直前で、メディーンから、予想もしなかった「聖典の反応有り」の合図を受ける。

 予想外のその合図に、急いで本国に連絡をし。通信機で、目標とした村にはすでに警戒網が敷かれていること、そこでは賊は発見されていないことを確認し。密かにその地点に部隊を急行させると連絡を受け。

 再び場所を特定、追跡するために、一瞬で通りすぎてしまったその地点に戻るよう舵を操作するプリム。だが、同じ場所に戻っても、聖典の反応は無く。派遣された地上部隊も、賊を発見することは出来ないまま、結局その日の捜索を終える。


(……わかっていたとはいえ、難儀だねえ、こりゃ)


 検索できる範囲の関係で、高度500メートルの空からの捜索。発見しても、地上部隊がその地点まで到着するのに時間がかかる上に、空からでは大体の場所しかわからない。――相手だって街中を、何の対策も無しに歩いたりはしないだろうし、第一、十年前から指名手配されていて、今まで捕まっていないのだ。身を隠す術があると考えた方が自然だろう。


(そうなると、やっぱり本命は「網」の方かねぇ)


 そうプリムは心の中で結論づけ。なかば成果を期待しないまま、次の目標と定めた地点に向かうべく、舵を切る。



(隔離病棟の研究室で基礎研究を終えた後、軍研究所から半ば追放されるような形で退官。独立して自身の研究室を設立するも、時が経つにつれて教会主流派との確執は深まっていき、やがて事件に結びつく、か)


 フィリたちと一緒に訓練場宿舎に戻り、途中ピーコックの洗濯という一悶着をおこした後、部屋に戻ってきたジュディックは、机の上に置いてあった資料を見て、考える。

 ――地上で「網」を張るためにと渡された、賊の研究者時代のことをまとめた資料。国境の警戒線が突破された直後にマイミー少将から渡されたその資料には、シェンツィ・アートパッツォという科学者が、先ほど見てきた隔離病棟の研究室から追われた後のことが、詳細に記述されていた。


(元々、魔法研究は教会側の方が進んでいた。そこに、教会から距離を置いた研究者が現れ、両者のバランスを崩した形になる訳か)


 元々、国が求め、彼女に研究させていたのは、「人が使う魔法の研究」。上層部は、人を超えた魔法なんてものは考えてはいなかった。だが、「血狂い」と言われた研究者、シェンツィ・アートパッツォがその思惑を超えて、「人が使う以上の魔法」の研究を始めた時、その思惑は二つに分かれる。――その研究を支持した国と、その研究を疎んじた教会に。


(元々、我が共和国は、魔法を神聖視していない国だ。隔離病棟の研究結果を見て、その方法に疑問を抱く人間はいても、成果に対して疑問を抱く人間はいないだろう。――教会の関係者を除いては)


 魔法を技術の一つとして捉える国は、その技術の進歩を望む。だが、祈りが聖人を生むという教義を掲げていた教会は、人を超えた魔法は認められない。それが、人を血を使い、人を作り変えるのならなおさらだ。

 結果、国と教会の思惑が対立。魔法に対する発言力が強い教会系の研究者によって、シェンツィ・アートパッツォという、異端の研究者は追放される。

 だが、国としては、彼女の研究成果から生み出される数々の技術は魅力的だ。だから、彼女を追放しておきながら、独立した彼女の研究所に、新兵器開発の資金援助という形で資金を供給し続ける。

 つまり、国は教会に譲歩するため、形だけの追放をしたが、実質的には研究を続けさせた。――その結果、彼女と教会の対立は続き、深刻化していく。


(だが、単に対立していただけなら、ここまでの事件には発展していないだろう)


 ジュディックはそう考えながら、資料をたどり、目的の頁を開け、そこに書かれた見出しを見る。――「ウェス・デル研究所で起きた機密漏洩、並びにその漏洩者による研究所長シェンツィ・アートパッツォの殺害事件の詳細」という一文を。


(教会側研究者による諜報活動が、なにがどう転んだのか、研究所所長シェンツィ・アートパッツォの殺人事件にまで発展。この時点で事実上、ウェス・デル研究所という組織の統制は無くなる。そして、彼女に拾われた、両腕とも言って良い研究者、アスト・イストレとマークス・サショットが暴走し、十年前の事件が起こる。――そして、彼らが報復できたのは、そのとき軍研究所に居た人間だけ、か)


 か細い線だなと、ジュディックは思う。地位や将来を捨て、あれほどの大事件を起こしたのだ。シェンツィ・アートパッツォに恩を感じる人間にとって、この事件には許しがたい何かがあったのだろう。だが、もう十年も前の話だ。今も生き残りがいるのであれば報復するだろうと仮定するのはいささか無理がある気もする。


(……手がかりが無い以上、か細い糸を辿るしか無いという事なのだろうな)


 結局の所、ウェス・デル研究所の研究員だった頃から今までの間、彼らの行方は途絶えてるのだ。手配を強化し、空から捜索する以外に取れる手は無いと言ってもいいのだろう。その上で、打てる手を惜しまない、そういった意味合いが強い作戦だと、ジュディックは感じていた。



 やがて時も過ぎ、日も沈み。任務から戻ってきたプリムは、食堂でジュディックを見つけ。夕食を手に向かいの席に座り、食事をとりながら、いかにも世間話でもするかのような気楽さで話しかける。


「そういえば、アニキ。確か今日は教会に行ってきたんだよね」

「ああ。少しばかり色んなことがあったがな」


 プリムの言葉に、午前中のことを軽く振り返ったジュディックは、軽く苦笑いする。単にフィリたちに付き添って行くだけの、半ば気分転換のような仕事だったはずの教会への訪問。それが、何をどう転べば、「賊の過去」の参考となる場所を視察することになるのか。突発的な偶然というのもあるものだな、そんなことを考えて、――そう言えば、今回、教会に行った際、何かをしなければいけなかったような気がすると、そんな引っかかりを覚える。

 確かそれは以前、内々にプリムから聞いたことで……


「今日は、フィリちゃんたちの過去を聞くことになってたと思うんだけど。聞いといてくれた?」

「……そういえば」


 ……そう。確か、以前教会に行ったとき、あのダーラというシスターがフィリの過去のことを聞きたがっていた、時間が無いから次の機会にしよう、そう言って帰ってきたから、一緒に聞いておいた方が良いだろう、そんな話をプリムとしていたことを思い出す。


「……忘れたの? アニキにしては珍しいね」

「ああ。少しばかり意外なことがあってな」


 プリムの意外そうな声に少し考える。確かフィリは、自分が単独行動をしている間、あの巨鳥から離れて、ダーラや他の患者と一緒にいたと言っていた気がする。あの少女が、巨鳥を抜きに、他の患者を交えて過去の話をしたりするだろうか? だが、こちらから話したかどうかを確認すると角が立つかもしれない。ああ見えて、あの巨鳥は意外と思惑を巡らせるタイプだ。

 そうすると、フィリや巨鳥に聞くよりも、ダーラというシスターに聞いた方が良い気もする。だが、軍がフィリたちの過去をあさっていると取られては……


――考え込んで、ナイフとフォークが止まってしまったジュディック。プリムはその様子を、どこかニヤついた笑みを浮かべながら眺める。その視線は、また考えなくても良いような細かいことを考えてるんだろうね、この生真面目兄貴はと、そう語っているようだった。


 こうして、昼も過ぎ、夜を迎え。空から捜索していたプリムも、地上の手配も、未だ目立った成果は無く。表面上は何も進展のないままに、一日が過ぎていった。

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個人HPにサブコンテンツ(設定集、曲遊び)を作成しています。よろしければこちらもどうぞ。

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