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フィリ・ディーアが触れる世界  作者: 市境前12アール
第三章 人の生きる世界と歩く道
45/96

18.祈り

2018/08/11 誤記修正

「それじゃあ、また今度!」

「――そうね。また会えると良いわね」


 オルシーにそう挨拶をして、フィリは扉をくぐり。呼びに来た看護師の女性と共に、病室を後にする。

 ピーコックが空を飛ぼうとして失敗した後。オルシーの乗る車椅子を押し、ダーラと共に病室までやってきたフィリ。到着した病室で、ダーラと協力して、オルシーを寝台の上に寝かせ。そのままフィリは、半身を起こして窓の外を見るオルシーと、話を始める。

 窓の外で、さっきまでと同じように、子供たちになつかれているピーコック。その様子を、言葉少なめに話をしながら、穏やかに時を過ごす二人。その様子を見守るように、少し離れた病室の入り口の近くに座って、一人静かに待ち続けるダーラ。――やがて訪れた看護師の女性から、ジュディックが病院の入口で待っていることを伝えられ。ダーラからは、自分はこの病室に残ると伝えられて……


「それじゃ、ダーラさんも、また今度」

「ええ、また今度ね」


 そんな挨拶をして、フィリは病室を去る。オルシーという、どこか気難しげで口数の少ない人と知り合えたことに、少し喜んで。そのオルシーという人に嫌われなかったことに、少しホッとして。


(……オルシーさん、きっといい人なんだよね。ずっとケイシーちゃんのこと、心配してたみたいだし)


 先ほどまでの会話を思い浮かべながら、フィリは、ここに来る前、教会で熱心に祈っていたケイシーのことを思い出す。――きっと私がピーコックのことを祈っていたように、ケイシーちゃんもオルシーさんのことを祈っていたのかな、と。

 そこまで考えて、フィリはふと、心のどこかに、何か引っかかりを覚えて。少し考えて、その引っかかりがどこから来るものか、結局わからないまま、入口に到着して。壁にもたれかかるように立っていたジュディックの姿を見て、それまで考えていたことを、頭の外へと追い出す。


 引っかかっていたのは、ピーコックが飛べなかった時に、オルシーがフィリに向けて言った「飛べなかったなんて、どうでもいい」という言葉。

 そのオルシーはきっと、自分の妹が祈りを捧げる際、どれだけ真摯に、自分のことを祈っているか、知っている。そのことをフィリも気付いていながら、それでもフィリには想像することが出来なかった。――オルシーは、自分の病気が治る日はこない、そう思っていたことに。妹がどれだけ祈りを捧げてもそれは変わらない、そう思っていたことに。


――自分はきっと、治らない。治るかどうかなんてもうどうでもいい。それが、オルシーという人間の抱えた、嘘偽りのない、正直な想いだった。



 挨拶をして、部屋から立ち去るフィリの後ろ姿を見て。同じように挨拶を済ませ、こちらに歩いてくるダーラを見て、オルシーは軽く()う。


 昔、この病院がどんな病院だったのか、正直そこまで実感がある訳じゃない。オルシーの知っていることは、看護師や病院の医師、そしてダーラのような新教派の聖職者から聞いた話だけ。それ以外のことは知らない。――それでも、たまに思う。昔の「センセイ」とやらがいた頃は、今よりもきっと、扱いやすい人たちが大勢いたのだろうと。

 それはきっと、私のような子供が「祝福されなかった」なんて、はっきりと言われていた頃もそうだったのだろう。その頃はきっと、ダーラを始めとした新教派と名乗る人たちのような、タチの悪い、救いとやらを笑顔で(・・・)押し付け(・・・・)てくる(・・・)ような人たちはいなかったのだ。そうオルシーは確信していた。



――それはきっと、最初は優しさだった――


 大災害が収まり、人々が集まり、国ができる。厳しい過去を乗り越え、平和な、生きやすい世の中に変わっていく。幸いにしてこの国には、「聖典」と呼ばれた、過去の文明が残した知識という、大きな力があった。

 その力を使い、機械技術を手にし、みるみる内に発展を遂げ、豊かになっていく人々。それでも、機械を動かすのは人で、その労働力こそが、人々を豊かにしていった、そんな時代を経て、今の時代は成り立っている。


 そんな世界の中、子供は初め、ただの庇護者だった。成長するまでは何の価値も無く、生活に豊かな内は育てられ、――生活が苦しくなり、生きていく事が困難になると、真っ先に捨てられた、そんな存在だった。

 やがて、生活にゆとりができ、さまざまな職業ができ。子供に労働力という名の価値が生まれ、その価値の分、愛される子供が増え。――そして、生きていくことができない子供は取り残されていく。


――その言葉は、子供を引き取るための方便だった――


 魔法障害を持って生まれた子供、環境から魔法障害となってしまった子供。だが、そこには誰の罪も無い。

 誰が言い始めたのだろう、そんな子供たちを可能な限り引き取っていた教会の関係者から、「祝福されなかった子供」という呼び方が広がり始める。

 それは一体、「誰に」祝福されなかったのだろう。親だろうか、社会だろうか、それとも、救済のために引き取っておきながら、その行為が大きな負担に感じ始めていた当時の教会の関係者からだろうか。――やがて、その言葉は社会に広がり、一つの言葉として定着していく。


 曰く、育てたかったけど、「祝福されていない子供」だからしょうがない。

 曰く、「祝福されなかった子供」でも、その祈りは、来る日に聖人さまの力になる。


 そして、気が付けば、「祝福されない子」は、幼いうちに選別され、教会へと隔離されて。その子たちは、引き取られた先で、ひっそりと、出来るだけ苦しまないような生涯を送る。そんな社会が出来上がっていた。



「じゃあ、わたしがこっちに来たのも久しぶりだし。一緒に祈りましょうか。――ケイシーちゃんと一緒に」

「――よく言うわね。祈りを強要(・・)しておいて」


 再び寝台の横に歩み寄ってきたダーラに対し、オルシーは毒のある、それでいて熱のない、そんな不思議な響きの言葉を返す。

 祈りを嫌悪するオルシーと、その様子を意に介さず、オルシーを車椅子へと運ぶダーラ。オルシーも、言いたいことを言って満足したのか、ダーラの様子に逆らうこともなく。それは、オルシーとダーラの間で幾度となく行われた、いつも通りのやりとりだった。



 もはや、当たり前のように「祝福されなかった子供」という言葉が使われるようになり。不幸な生い立ちの子供が、当たり前のように教会に引き取られ、孤児院や病院に分散されて育てられるようになった時代。そんなある日のこと。

 魔法のことを研究していた若い科学者によって、「祝福されなかった子供」たちは、ある隔離病棟に一ヵ所に集められ。その大半が治療可能な「病気」となる。やがてその研究者は、その隔離病棟から去り。――それでも、「祝福されなかった子供」という世間の評価は消えずに残る。


 政治と距離を近くしていた教会上層部の動きは鈍く。心を痛めていた病院の実務者も、やがて時間が解決してくれることと、治療と支援を続けるための行動を開始しようとして。――この、研究所と病院を併せ持ったような施設に、後に「新教派」と呼ばれる、教会の新しい派閥の聖職者が接触を図ってきたのは、そんな時だった。


 その「新教派」の聖職者は言う。自分たちの教えなら、きっとこの施設の子たちにも力になれる。この子たちを救うことができると。その言葉に、病院の関係者は、彼らの出入りを許し。――そして、彼らの言葉は誠実に守られる。

 外から偏見の目で見られながら、そのことを敏感に感じ取りながら。それでも、少しずつ、「彼らのために」祈る人たちに触れていく子供たち。やがて少しずつ壁は取り払われていき。――そして、その救いは、未だ先のない子供をも巻き込んでいく。



(祈るしか無い。本当にタチが悪い。何せ、祈らなくては、他の人が救われないのだから)


 オルシーは思う。昔はきっとそうじゃなかったと。来るべき日、聖人様の力になることを願って祈る。それが、遠い未来(・・・・)に、皆が幸せになることを願って。

 科学者のセンセイの頃は、もっと簡単だったと思う。自分が助かりたいから協力する。血を取られるのも、観察されるのも、自分のため。きっとその「センセイ」という人にとっては違ったのだろうけど、私たちにはそれで十分。


――絶望しても良い。諦めたって良い。命をなくしたって良い。誰にも迷惑をかけない。昔はそうだった。いまの、このダーラを始めとした聖職者サマたちは、それすら許してくれない。


 この人たちがしたこと。祈りに、「今を幸福に生きる」という意味を持たせたこと。その祈りは、私のような、先のない人間にまで意味を持たせることになる。――だから、今を生きる私たちのために祈る。未来の聖人サマのためなんかじゃない、感謝の心(・・・・)が、他の誰でもない、自分たちに(・・・・・)力を与えるのだから。

 オルシーは祈りを捧げる。その祈りが、自身の運命を変えないと知りつつも。祈ることで、家族に、親しい人間に、今も自分が一生懸命に生きていることを伝えることになるのだから。そして、ケイシーも、真摯に祈り続ける。例え、オルシーがこの先に待ち受けるであろう、避けえることのない運命に気付いていたとしても。自身の祈りが、オルシーに元気を与えることになるのだから。


(本当に、なんて悪質な(・・・)


 オルシーは、礼拝室に移動するためにダーラに車椅子を押されながら、密かに、今まで何度となく考えたことを思う。――昔の、自分のような救われない子供を引き取るために「祝福されない」なんて言っていた方がまだ可愛げがある、そうオルシーは思う。

 そこにはきっと、罪悪感があったのだろう。それでも、不幸を和らげるためなら、親と引き離した方が良い、そんな時代だったのだろう。そこにはきっと、今とは違う何かがあって、それが優しさだった、そんな時代だったのろう。

 それが、今は豊かになって、事情が変わったのかも知れない。今の祈りの方が正しいのかも知れない。


――それでも、この巧妙さは何なのと、そんな嫌な考えが頭をよぎる。


 周りの人は、私のことを祈ることで、罪悪感や無力感から救われる。それは、私が祈ることで、より確かな救いとなるのだ。ほら、あの子も同じように祈っている。それと一緒なんだ、と。そして、きっと私が居なくなった後も言われるのだ。「遠くから見守っている」と。

 生きている間、「もう嫌だ、なんでこんなことをしなくてはいけないのか、先なんか無いのに」と、そう言うことすら出来ない。私のために祈ってくれている人を傷つけるから。諦めることなんてもってのほか。だから私は、今を必死に生きなくてはいけない。


――この人たちのせいで! この人たちの「教え」のせいで! この人たちが、そんなことを全部わかった上で、それでも「教え」を広めようとしているせいで!


 それでも。周りだけではない、きっと、私も救われている。そんな、普段通りのことを思い。そして、いつもの結論に至る。

 死後、どこか別のところに行くだなんて信じられない。それでも、出来ることなら、祈りを捧げてくれたケイシーのためにも、天国に行ってあげたいな、と。


――きっと今も、全てをわかったような、全てを受け止めるような、そんな笑顔を浮かべているであろうダーラに車椅子を押されながら、オルシーはそんなことを考えていた。



「フィリお姉ちゃ~ん!」


 病院の入口の近く、ジュディックを探そうとしたフィリは、ジュディックと一緒にいたケイシーの明るく元気な声に、そちらの方を向いて、その声に返事をするように、大きく手を振る。


「オルシーお姉ちゃんと一緒だったんだ! どうだった? びっくりしなかった?」

「……最初はちょっとビックリしたかな。けど、いい人だよね」


 病院の入口のすぐそば、ケイシーやジュディックのいるところまで歩いてきたフィリ。そのフィリにケイシーは、外の人がオルシーにどんな目を向けるか知っているからだろう、少しだけ不安そうな表情を見せながらも話しかけて。

 その様子に、少しキョトンとしながらも、正直に答えるフィリ。その言葉に、偏見の響きがないことを敏感に感じ取ったケイシーは、少しだけホッとした表情を見せて……


「ケイシーちゃん、オルシーさんのことを一生懸命お祈りしてたんだよね。私も、オルシーさんには元気になってほしいかな」

「……フィリお姉ちゃん」


 続くフィリの言葉に、ほんの少しだけ、迷いを見せて。……少しだけ、間を置いて、考えて。フィリに呼びかける声に、少しだけ、勇気を込める。


「今度、一緒にお祈りしよう」

「私? ……うん、いいよ。オルシーさんのことを祈るの?」


 その真剣な様子を少し疑問に思いながら。それでも、ケイシーちゃん、お姉さんのことが好きなんだろうなと、そう思いながらフィリは返事をする。

 その含むところがないフィリの様子に喜びながら、ケイシーは、何に祈るのかというフィリの質問に答えを返す。それは、今までずっとケイシーが捧げていた祈りにの言葉。それは、ささやかな願いが込められた言葉。そして……


「うん! 『お姉ちゃんに、ささやかな幸福が与えられますように』って。ダーラさんに教えてもらった言葉なんだ! 一緒に祈れば、きっとお姉ちゃんも喜ぶよ!」


――聖職者や病院の関係者たちが考えた末に生まれたその言葉は、子供たちが残酷な現実から目を逸らさずに、それでも、最後の瞬間まで真摯に祈り続けることができるようにという想いが込められた、そんな言葉だった。

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個人HPにサブコンテンツ(設定集、曲遊び)を作成しています。よろしければこちらもどうぞ。

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