表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フィリ・ディーアが触れる世界  作者: 市境前12アール
第三章 人の生きる世界と歩く道
44/96

17.陸軍研究所付病院・マイニング隔離病棟

「私もね、とんでもない所に来たと、最初は思ったもんさ。『祝福されない子』しかいない施設、……いや、死ぬしかない子を、研究のために集めてきた、ここはそんな施設だったからね」


 そんなことを言いながら、階段を下りる、やや年配の看護師の女性。その女性の後ろを歩くジュディックは、彼女の話に軽く頷く。

 今では、ありふれた教会病院になっているこの病院。だが、過去においては、賊と共に研究していた人間が管理していた研究所だったという、曰く付きの施設。何の因果か、そんな施設に唐突に来ることになったジュディックは、丁度いい機会だし一度見ておこうと、一人別行動をと始める。

 同行者の面倒は、同行していたダーラに一任し、(くだん)の研究者が使っていたという研究室の視察が出来ないか、受付に相談して。

 軽く一悶着があったが、最終的にはその要求も受け入れられて、ジュディックは今、案内役の看護師の女性に、その部屋まで案内してもらっているところだった。


「魔法の研究のために、子供をかき集めて、実験台にする。この子たちの『血を抜き取る』、だなんて聞いた時はね、私たちも正直、気が遠くなりそうだったもんさ。

 けど、その研究者のセンセイは、『血を抜き取るなんて、他の国に行けば当たり前のようにやってるわ。今でも魔法杖を作るのには必要なのだから』なんて言う人でね。『実験台なんて言っても大したことをする訳じゃない、まあ貴方達のような教会出身者には、思うところがあるかもしれないわね』とも言ってたわねぇ」


 その言葉を聞いて、ジュディックは軽く笑う。確かに他の、魔法が一般的になっている国では、血を抜き取ることも珍しくないだろう。

 だが、魔法杖を作るなんてことは、普通は一生に数回程度、それも数年の間を置いて行われるものの筈だ。ここのように、同じ人間から何度も血液を採取することは、普通は行われないだろう。ジュディックは、自分が最近調べることになった魔法の知識を思い浮かべながら、そんなことを思う。

 それなのに、繰り返し血を採取されるという、当時のこの国では嫌悪されていた行為が受け入れられた理由。それは、その研究者が当初から言っていた「調べれば、治療ができるようになるかも知れない」という言葉。

 採血の度に、その研究者はそう口にし、その言葉の通り、少しずつ治療法を確立して。少しずつ子供たちの信頼を得て。その結果……


「結局、ここに集められた子供の大半が、『祝福されない子』から治療可能な『病気』になったんだ。これが『非人道的』だったんなら、じゃあ何が『人道的』なんだって、そんな話さ。

 まあ、『血狂い』なんて言われてたセンセイだからね。……今にして思えば、あのセンセイだって、他の子と同じくらいの子供だったんだけどねぇ」


 原因不明のまま、誰しもが使える筈の魔法が使えず。蔑まれ、死ぬしかなかった子供たちは生き残り。それでも、その子供たちには、「祝福されない子」という「教会が貼り付けた悪名」だけが残る。

 また、研究者の唱えていた学説のせいもあるのだろう。教会主流派から白い目で見られ続け、認められることがなかった子供たちと研究者。その結果、世間の信用を得られず、怪しげな目で見続けられた病院。


「さあ、着いたよ。ここが、この病院の『研究室』さ」


 今では、「新教派」という、今までの教会派閥とは根本的に異なる派閥が援助をする、そんな変わり種の病院の。地下への階段を下りきった所にある、今は誰も入ろうとしない、もう一つの扉。その先には、数奇な成り立ちを持つこの病院の根源とも言える物が、今も静かに眠っていた。



 看護師の女性が手にした灯り、その光に照らされたその部屋は、階段と同じように、床の上に、うっすらと埃が積もり。壁ぎわに寄せて置かれた木製の机が置かれ。

 その隣には、背の高い、大きな書棚が二つ並び。手前の書棚には、重要な資料は抜かれた後なのだろう、いくつか紐でまとめられた紙の束が入ったいくつかの棚と、より多くの、何も入っていない棚。奥の棚には、数冊の本と、いくつかの、よく使用していたのであろう、研究用の道具らしき、様々な器具。

 さらにその奥、部屋の隅には、巨大な金庫が積み重ねられたような何か。上から等間隔に、四つの重々しい扉を持ったその「何か」が、異様なまでの存在感を示しながら鎮座する。


「……あれが『血液保管庫』か? 常に低温になるように温度を調整していたという話だが」

「よく知ってるねえ。あんな物、ここにしか無いだろうに」


 そう言いながら、看護師の女性は、壁ぎわまで歩いて、備え付けられた何かに魔法式を刻む。


「……光の魔法か」

「ここじゃあ必須だからねぇ」


 棚の前に移動するジュディック。硝子戸を開け、一通り眺めた後、中にあった器具の一つを取り出す。それは、魔法が普及した他国においてはありきたりな、あまりこの国には馴染みがない、特徴的な形をした道具で……


「そいつは血液を採取する道具さ。その針の中は筒みたいに空洞になっててね。そいつを血管に刺して、その筒の部分に流しこむ。少しだけ採取すれば良い場合なんかは、そうやって採取してたね。

 で、そっちの器に入れて、血液が固まらないように処置をしてね。その後は、そっちの顕微鏡で観察したり、成分を比較したりと、様々さ」


 その説明を聞きながら、色々な角度から、「注射器」に眺めていたジュディック。棚の上に戻し、他の器具を見渡して、看護師の女性の言葉に納得したように一つ頷く。

 そのまま、硝子戸を閉め。隣の棚の硝子戸を開け。中の紙の束を手に取り、パラパラとめくり、目を通す。

 記録絵だろうか、丸い、中心がくぼんだ何かが無数にある、そんな絵が描かれた紙に。人名と日時と、何かの成分が羅列するように記載された何かに、その所見らしき文章。


「ああ、懐かしい字だねぇ。あんな性格なのに、書く字はそんな可愛らしい字だったからねえ」


 丸い、どちらかというと可愛らしい、そんな字で書かれた文章を、ジュディックは目で追い始める。――一番上側の紙に、短く「研究日誌」と書かれたその紙の束を。



……共和暦二一五年一月二七日――


 直近の被験体の血液を使用した魔法杖作製実験の結果、約半数が正常に機能する。その結果、被験体の魔法異常の原因が複数ある可能性が濃厚となる。それを受けて、希薄血液魔法障害仮説に基づく研究の一部見直しを決断する。

 魔法が発動しない血液をA群と呼び、希薄血液魔法障害仮説に基づいて研究を続ける。また、正常な血液をB群と名付け、並行して研究することとする。


――共和暦二一五年二月一四日――


 A群、血液異常の被験体にて、体調が一部、自然に向上していることを確認。B群の被験者には、体調の変化は確認出来ず。観察を継続する。


――共和暦二一五年二月二六日――


 被験体への血液注入実験に先立つ血液混合実験において、いくつかの規則性を確認。血液の種類が四つに分類できることを確認する。

 同種の血液であれば、他者に注入可能となる可能性が高く、このことは他にも応用分野があると考えられる。別途報告要。


――共和暦二一五年三月二一日――


 A群の被検体に対し、B群の被検体の血液を注入することで、A群の被検体の魔法行使が正常に近づくことを確認。

 また、B群の被検体の血液を同量注入した時と比べ、その差が大きいことから、B群の被検体の異常は、血液に由来することを確認。

 これにより、希薄血液魔法障害仮説の正しさと同時に、被験体に血液を注入した前後の病状を比較することで、血液の魔法濃度と言うべきものが測定できることを立証。


 B群の被検体には、A群、B群、どちらの血液を注入しても、共に変化は無し。B群の被験体には、血液とは関係ない障害があると仮説を立てる。代謝魔法障害仮説と名付ける。


 A群の結果から、血液の濃度が代謝魔法に影響を与えていることを確認。血液が、個体の持つ魔法力というべきものに影響を与える要素であると仮定する。

 A群とB群の血液成分の差異の研究を開始する。


――共和暦二一五年四月六日――


 A群、希薄血液魔法障害に関し、被験者の出身地との関連を確認。また、主に食生活における相違を確認。A群とB群、出身地でグループを分け、比較実験を開始する。

 同時に、B群の被験者に対し、魔法式による魔法行使が、生来の代謝魔法行使の正常化へとつながることを複数の被験者で確認。有意な変化と考えられるため、実験を継続。


――共和暦二一五年五月一七日――


 血液研究、魔法行使研究、共に進展無し。但し、A群の被検体に対し、自身の血液とB群の血液を採取、注入することで、病状の進行を停止、回復できることを確認する。被験体の浪費を抑える有効な手段として活用するよう、看護師を兼ねた助手たちに伝える。


――共和暦二一五年六月二三日――


 昨日、被験体が一人死亡。研究材料として、可能な限りの血液を採取。葬式の場で、被験体と教会関係者との関係の険悪さを確認。上層部に改善要求を出すことを検討。

 同時に最近、助手たちの看護師業務の負荷が高い。教会派遣の看護師に対しての改善も要求が必要か。検討を要す。


――共和暦二一五年七月四日――


 代謝魔法障害に関する治療法として魔法杖を用いた訓練法を確立。魔法技術で先行した王国の資料を得られないか、上層部に要望を出す。

 希薄血液魔法障害に関しては、先日確立した血液注入による治療法に加え、食事療法による改善方法を発見する。見込みは低いが、血液濃縮の一手段となりうるか、検討する。


――共和暦二一五年八月一七日――


 先の研究で確認された、血液凝固の四つの種類。これと異なる型の血液を持った被験体を確認。魔法杖作成実験の結果、この血液は魔素を伝達せず、打ち消し合うような動作をすることが判明。阻害型代謝魔法障害と命名する。――特殊な血液が原因と推測される。その立証が済み次第、阻害型代謝魔法障害は研究の対象外とする。


――共和暦二一五年…………



 ここまで資料に目を通したジュディックは、その内容に嘆息する。彼女の研究結果を知ることのできる今では、彼女が決してただの狂人だとは思えない。

 だが、その当時、結果が見えない人たちには、この研究はどう映ったのだろう。自らの仮説の立証のために血液を採取し、混ぜ合わせ、注入する。治療にもつながる行為だったとはいえ、もし自分が目の前にいたら賛成できただろうかと、疑問に思わざるを得ない。


「……よく、この研究に反対しなかったな」

「思うところはあったさ、そりゃ。でもね、あの子たちの変化を目の当たりにするとね、反対なんかできなくなるさ」


 思わず質問したジュディックに、肩を竦めながら答える看護師の女性。その言葉に興味深げに耳を傾けるジュディックに、彼女は言葉を重ねる。


「あの子たちはね、始めは生きてるだけだった。血を取られてるときも何も思わず、ただ従うだけ。……それがね、徐々に『生きる』ようになってったんだ。

 わたしゃ、元は教会出身なんだけどね。ああそうさ、自分もあの子たちを『祝福されない子』なんて思ってた口さ。――あの子たちが、自分たちよりも、教えよりも、あの『研究者』を崇拝し始めるまではね」


 その声は、昔を懐かしむようで、同時に過去の自分を笑うように。看護師の女性にとってそれは、過去の苦い思い出だった。


「『センセイは、俺たちを他の人と同じように扱ってくれる』なんて聞いた時は思わず、『君たち、被験体なんて呼ばれてるよ』って言ったんだけどね。そしたらその子、『オバサンたちだって、あのセンセイから、ヒロンリテキなことを信じてるバカって言われてるぜ』なんて返されてね。その時初めて気付いたのさ。――この子たちもあのセンセイも、こっち側じゃない、あっち側にいるんだって」


 当時の彼女は、決して子供たちを見下していたのではない。彼女なりにその子供たちに同情し、彼女なりに愛情を持って接していた。――ただ、「祝福されなかった」という言葉を信じ、疑問を抱かなかっただけで。

 今ではその「祝福されなかった」という言葉が、子供たちにとってどれ程の重さで響くのか、嫌という程知る彼女は、そうジュディックに説明する。

 その実感を得ることが出来ないまま、それでもその言葉の重みを感じたジュディックは、日誌を読んでいて感じたことを、看護師の女性にぶつけてみる。


「……研究内容が、治療にも重点を置いているように見えるが、そのせいもあるのだろうか」

「いやぁ、どうだろうねぇ。あのセンセイは、『善意で』あの子たちを治療しているなんて言われても、はっきりと否定しただろうからねぇ。――多分、あの子たちもね。

 最後まで口にはしなかったけどね。あのセンセイにとって、あの子たちとの関係は、研究するかわりに治療するっていう『対等の取引』だったんだろうね」


 ジュディックの言葉に、看護師の女性は軽く笑いながら、そう答える。結局、当時のあの子たちに必要だったのは同情でも愛情でもなく、「対等に見る」ということだけだったのだろう。

 そしてあの人付き合いの下手だったセンセイは、それ故に、たまたまあの子たちと合ったのだろう、今ではそう思う。だから、あのセンセイが正しかったとか、そういう話ではなく……


「あのセンセイとあの子たちは、似たもの同士だったと、今では思うのさ。なのに、あの子たちは救われて、あのセンセイはどこまでも走って行っちまった。世の中ってものはままならないものだね」


 あの子たちは、たまたまあのセンセイと出会って、偶然救われた、そんな話だったのだろうと。



 部屋を後にするジュディックは、研究記録の最後の方にあった、「自己濃縮血液の再供給による、『聖人』の再現についての可能性の考察」という言葉について考える。

 この研究室にいる間では完成させることが出来なかった技術。結局は今も完成していないのだろう。何せ、件の賊は確かに脅威的だが、確かに人間の範疇だった。

 今も地上で子供たちと一緒にいるであろう、あの巨鳥や、別行動となった機械人形のような、理不尽なまでの「何か」を感じることは無かったのだから。


 聖人の血なんてものを作り出し、その研究成果は魔法に止まらなかった。そんな科学者は、一体何を望み、何を得たかったのか。

 地位でも名誉でも、富でもないだろう。自らの研究成果だけを追い求めていたのだということは想像に難くない。


――その成果とは一体何だったのか。結局のところ、ジュディックはそれに興味を持ちながらも、それが何だったのかを知ることができないまま、研究室を後にした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。


個人HPにサブコンテンツ(設定集、曲遊び)を作成しています。よろしければこちらもどうぞ。

フィリ・ディーアの触れる世界 資料置き場
フィリ・ディーアの触れる世界 資料置き場
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ