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フィリ・ディーアが触れる世界  作者: 市境前12アール
第三章 人の生きる世界と歩く道
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16.隔離病棟の子供たち(下)

「わー! たかーい!」


 ピーコックの背に乗った女の子が、はしゃいだ声をあげるのを、オルシーさんやダーラさんと一緒に、少し遠くから眺める。

 ピーコックの周りではしゃぐ子供たちが、さっきまでの元気な男の子たちから、それよりはおとなしい、女の子たちに変わって。うるさいほどの騒がしさは、楽しそうなんだけど少しのんびりとした、そんな雰囲気に変わる。

 うん、ピーコックが子供たちに囲まれてるのは一緒だし、みんな楽しいそうなんだけど。ピーコックが、子供たちをわざと驚かせようとして、急にに火をはいたりしてるのも、さっきまでと一緒で。

 なんでいつもふざけるのかなぁ、あんな小さな子たちにそんなことして、大丈夫かなぁ? そんな風に思ったんだけど……


「子供好きな怪鳥ね」


 オルシーさんの言葉に、軽く首をかしげる。えっと、ピーコックが子供好きって、多分あの様子を見て言ったんだよね。確かにみんな、楽しそうだけど……


「あれは単に、ピーコックが、人をからかうのが好きなだけだと思うけどなぁ」


 うん、別に子どもたちを楽しませるためにしてるんじゃない、自分が楽しいからしてるだけだよね、そう思ったんだけど。わたしの言葉に、オルシーさん、軽く吹き出して。えっと、わたし、なにかおかしなこと言ったかな?


「まあ、からかわれる方はそう思うわね。けどね、からかうのはね、その相手が気になっている証拠なのよ。

 ほら、あの怪鳥、子供たちと一緒に遊んだり、火をはいて驚かせたり、色々してるでしょ? あれは全部、相手がどんな人か、知りたいからしてるの。相手に興味がない人は、あんなことはしないわ。

 だから、いつもからかわれているのなら、それだけ好かれてることになるわ。――良かったわね、好かれてて」


 オルシーさんのその言葉に、なんでだろう、自然に言われたからかな、思わずうなずきそうになって。あわてて「良くない!」って否定する。……あやうく、ピーコックがいつもからかってくるのが「良いこと」だって納得しちゃうところだった。危ない、危ない。

 そう思ったところで、オルシーさんがクスクスと笑っていることに気がついて。……もしかしてわたし、オルシーさんにからかわれた? わたし、みんなにからかわれるなぁなんて思いながら、ピーコックの方に視線を戻して。

 そのピーコックは、女の子を乗せて、公園の中をゆっくりと歩いて。……うん、女の子を落とさないように注意しながら、ときおり、わざと身体を揺らしたりして、女の子が慌てるのを楽しんでる。やっぱり、からかって楽しんでるだけだよね、そう思いながら見てたんだけど。

 その女の子が、ふと首を傾げて。ピーコックに、こんな質問をするのが聞こえてきて。


「聖鳥さま、おそら、とばないの?」


 その言葉に、思わずゴクリとつばを飲みこむ。――そして、今までに何度も見た、朝に羽根を羽ばたかせていたピーコックの姿を思い出して。どう答えるのだろうと聞き耳を立てて。

 そのピーコックは、女の子の言葉に少し考えてから、軽く羽根を広げて。短くなった方の翼の方に視線を向けて、自分の状態を説明するように、女の子に答える。


「ちょっとあってのぉ。今は翼がこんなんじゃからな」


 その言葉に、空を飛ぶところは見えないんだと残念がる小さな子たち。スティークくんを始めとした少し大きな子たちは、その不揃いな長さの翼を見て、気を使っているのかな?、何か言おうとした小さな子たちに、小声で何か喋りかけてて。でもきっと、ピーコックには全部聞こえてると思うんだけど。

 そんな、どこか落ち着かない様子の子供たちを、ピーコックは見渡して。何か思いついたようなフリをして。――そして、今までわたしが、考えもしていなかったようなことを言い始める。


「この翼でも飛べるよう、今はまだ練習中じゃがな。少し試してみるかのぉ」


 その言葉を聞いて、朝起きたときに、ピーコックが羽ばたいているのを、今まで何度も見て来ていたのに、本当に飛べるようになるなんて、今まで考えたこともなかったことに気付く。

 そして、きっとピーコックは、このまま飛べなくなるなんて、今まで、これっぽっちも考えていなかったことに、この時初めて気が付いた。



 病棟の前の芝生の端。フィリは不安気な表情を浮かべながら、ピーコックの方へと視線を向ける。そのピーコックは、周りから子供たちを遠ざけた状態で、一人、真剣そうな表情を浮かべながら、芝生を真っ直ぐに見つめ。

 やがて、意を決したように駆け出すピーコック。始めは歩くように、すこしづつ速度を上げ、駆け出すように。やがて、跳ねるように大地を蹴り、その翼を広げる。

 胴体から、不自然に生まれる空気が風となり、ピーコックの身体を宙に浮かせる。器用に短く折りたたまれたまま羽ばたく、無傷の片翼。魔法の力でその長さよりも多くの風を生み出す、もう片方の短い片翼。不揃いの翼を広げた孔雀は、半ば物理法則に従い、半ばその物理法則を捻じ曲げながら、助走の勢いのままに地面を蹴り。――やがて、その身体は宙に浮き。風を切り、綺麗に刈り揃えられた人工の草原の上を滑空する。


 その身体を支えるのは、対の翼か、空を目指す意志の力か。その身が空に舞うことを願うのは、孔雀自身か、それとも周りの子どもたちか。

 大地すれすれを進む孔雀は速度を上げ。やがてその顔を大空に向け。その身を大きく空に舞い上がらせ……


「――ぉぉおおおわあああぁぁぉぉぉぉ!!」


 ……怪しげな叫び声と共に、その身体を、(きり)()むように回転させる。


 先ほどまで見せていた、どこか神々しさを感じるような、息をのむような姿は、どこかへと霧散し。情けない叫びを、その美しい羽根と共にあたりにまき散らしながら、孔雀は高度を下げ。やがて、大地へと激突し、その胴体を、地面を抉るように滑らせる。


「ぉぉぉおおおあああぁぁぉおおおぉぉぁぉぉぉ!!」


 本来なら見る者を痛がらせるであろう、跡が残る程にその身を地面に擦りつけるという光景。それも、孔雀の上げるどこかユーモラスな、痛みを感じない声は、見る者を戸惑わせ。

 それでも、その衝撃的な光景に、誰一人として駆け寄ることも、言葉を発することも出来ずにいて。墜落したピーコックがその勢いを減じ、やがて止まるまでの間、周りの子供たちは、固唾を飲んで、その様子を伺っていた。

 そのピーコックは、ゆっくりと立ち上がると、周りを見渡し、大声で笑いだす。


「――かっかっか! いやぁ、失敗じゃ、見事なまでに大失敗じゃ!」


 その笑い声には、暗い様子は微塵もなく。まるで上手く行かないことなど今まで何度も味わってきて、もう慣れっこだと言わんばかりに前向きに、どこまでも可笑しそうに、ただ笑う。

 その声につられるように、周りで固唾を飲んでいた子供たちも笑い出して。


「『失敗じゃ』なんて笑ってんじゃねぇよ!」

「もう一回!」

「いやぁ、今日はもう、あと何回やっても失敗するだけじゃて。次来たとき、じゃな」

「なんだよ、ヘタレかよ?」

「次、来るの! いつ?!」


 駆け寄った子供たちの明るい声に囲まれながら。再び立ち上がったピーコックは、先ほどの失敗などは知らんとばかりに、明るく、普段通りに振舞っていた。



「良かったわね」

「飛べなかったけどね。けど、うん、ありがとう」


 車椅子を支えながら。前に座るオルシーさんがそう言ってくれて。できるだけ、普段通りの声になるように注意しながら、ありがとうと返事をする。

 ピーコックが「飛んでみようか」なんて言ったとき、最初はいつもの冗談だと思った。翼が片方だけで飛べるわけがない、そうも思ってた。

 だけど、それでもピーコックは飛ぼうとして。確かに少しの間、空を飛んでて……


「飛べなかったなんて、どうでもいい。飛ぼうとしたのが良かった、それで良いのではないかしら」

「えっと、そう、そうだね」


 オルシーさんの言葉が、すっと耳に入ってくる。何でだろう、できることなら飛べた方が良かった、そうに決まっているのに、それでもオルシーさんの言葉に納得して。

 うん、そうだ、わたし、ピーコックがまた飛ぼうとしたことが嬉しいんだ。失敗しても笑っているのが嬉しいんだと、そんなことに、言われて初めて気付く。

 きっと、朝、羽ばたいていたのは、飛べなくなったのを悲しんでいたわけじゃない、本気で飛ぼうとしていたんだと、そのことに、今さら気付いて。泣きそうになるのをこらえる。


「一つお願いしていいかしら? そろそろ私、部屋に戻ろうと思うのだけど、そこまで押していってくれると、嬉しいかな」


 オルシーさんの言葉に、うなずきかけて。ふと、最初に建物の中に入ったっきり戻ってこないジュディックさんのことが気になる。えっと、わたし、勝手に建物の中、入って良いのかな?


「あの軍人さん、えっと、ジュディックさんだっけ? ちょっとこの病院を見学したいって。あと少しかかると思うから、彼女の病室に行く位の時間は大丈夫よ」


 ダーラさんの言葉に少しホッとして。うん、あとそれに、私がいなくてもピーコックがいれば大丈夫かな、そんなことを考えながら、オルシーさんとダーラさん、ふたりに返事をする。


「うん! じゃあ、その、わたしがオルシーさんを押して行くね」


 その言葉を聞いて、オルシーさんの病室までの道順の案内をはじめるダーラさん。その案内に従って、車椅子を押して、建物の方にむかって。

 後ろの方では、ピーコックが、子供たちに囲まれながら、色々な話をしていて。多分、私たちの話に気付いてるよね、それでも何も言ってこないみたいだし、いいってことだよね。そんなことを思いながら、公園から建物の中へと移動していった。



「この下が、『研究室』か」


 年を重ねた看護師が扉の前に立ち、鍵穴に鍵を差し回し、開ける。彼女の後ろから、その扉を開ける様子を見つつ、ジュディックは、彼女に声をかける。

 入院している「患者」こそ特殊だが、表面上はどこにでもある普通の教会病院。だが、過去においては、ここは、極めて特殊な目的で建てられた、病院の形をした軍施設。

 当時の名称は「陸軍研究所付病院マイニング隔離病棟」。この長い名前を持つ病院は、元は魔法研究のために、常人とは異なる「魔法異常者」を集め、「研究対象」としていた、そんな施設。


「まあ、そう言うと、聞こえは悪いんだけどね。けど、実際にアレは『非人道的』だったのか、わたしゃ疑問だし、他にもそういう風に思っていた人間は多いんじゃないかと思ってるんだけどねぇ」

「……そうなのか?」


 そう言って扉を開けた先。そこにはあったのは部屋ではなく、地下へ続く階段。長く誰も立ち入らなかったであろう、地下室へと続く道には、うっすらと埃が被り。

 その、どこか不穏そうな雰囲気に、ジュディックは軽く緊張し。その様子を見た看護師の女性は、明るく笑い飛ばす。


「何もそんな警戒しなくても良いよ。別にそんなおかしな場所じゃない。まあ、ちょっと診察室としては個性的だったけどね。医療研究者の研究室なんかと比べたら、むしろ正常さ」


 そう言って、ジュディックの先に立つように、埃の乗った階段を下り始める看護師の女性。本当の所はどうなのかと、ジュディックは彼女の後をついて行くように歩きながら、軽く疑問に思う。

 何せ、今話に上がった「先生」とやらは、のちに、その実力を周囲に認められながら、当時の教会主流派と対立し、最後には身を滅ぼした、「狂人」とまで言われた人間なのだ。

 そんなことを思いながら、ジュディックは、その「血に狂った科学者」シェンツィ・アートパッツォの原点とも言える場所、未だ軍研究所に所属していた頃の彼女の「研究室」を一目見るべく、地下へ続く階段をまた一歩、降りていった。

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個人HPにサブコンテンツ(設定集、曲遊び)を作成しています。よろしければこちらもどうぞ。

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