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フィリ・ディーアが触れる世界  作者: 市境前12アール
第三章 人の生きる世界と歩く道
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15.隔離病棟の子供たち(中)

 病院の個室、窓際に置かれた寝台の上で、上半身を起こし、外の様子を眺める一人の少女。その視線の先には、公園として整備された病院の庭が広がり。

 その公園の先、病院の正門の近くに置かれた一台の馬車。到着してからすでに時間がたっているのだろう、馬が外され、荷台だけになった馬車と、そこから降りたであろう人が、何かを待つように佇んでいるのを少女は眺めつつ、先ほど来たばかりの「お客さま」に話しかける。


「あの馬車の中に『聖鳥さま』が?」

「ケイシーちゃんはそう思ってるわね。あの子たちは、あそこにいる聖鳥さまを『お姉ちゃんにも見せてあげたい』って言って、今ここに来たのよ」


 少女に話しかけられたお客さま――ダーラ――は、自分たちがここに来た理由を、寝台で身体を休める少女に、軽く説明する。


「そう。あの子は、私が教会の『おとぎ話』を好きなことを知っているから。喜ぶと思ったのでしょうね」


 そう言って、寝台の少女は、窓の外、馬が外された荷台の近くで、自分と同じ年ぐらいであろう女の子と楽しげに話をする妹を、優しく眺める。

 自分とはかけ離れた、明るく元気な自分の妹。実のところ、「教会のおとぎ話」が好きなのは妹の方で、小さい頃に読み聞かせていたときに、「お姉ちゃんも、おはなし、すき?」と聞かれ、頷いたら、いつのまにか私が好きなことにされてしまったんだっけと、そんなことを思い出して、クスリと笑う。


「そうねえ、そう言っていたわねぇ。――けど、せっかくここまで来てもらったんだから。遠くから『一目見るだけ』なんていうのも、寂しいわよね」


 そんな、窓の外を見ながら、妹との過去に想いを馳せていた少女に、ダーラは話しかける。――病室の片隅に置かれていた車椅子を準備しながら。

 その様子に、軽く疑問を挟むような声で、寝台の少女はダーラに質問する。


「……見たところ、『外の子』だけど。本当に、会って話をするの?」

「何かあったら、私がガツンと言ってあげるからね。心配しなくていいわ」


 自分がどう外の人に見えるか、自覚があるが故の少女の質問。その質問に、ダーラは、密かな決意のこもった返事をして。――その返事を聞いた少女は、軽くずれてるところがいかにもダーラさんらしい、そう思いながらも、心配しなくても良いと返事をする。


「大丈夫よ。――良く思われないのには、慣れてるから」


 今さら外の人間にどう思われても、傷つくことはない。彼女の返事には、そんな、彼女にとっての真実と、少しだけ悲しい現実が込められていた。



「広いお庭だね~」


 馬車から降りて、ケイシーちゃんと一緒に、芝生を歩く。――スティークくんは他の子供たちを呼んでくるって、ダーラさんやジュディックさんと一緒に建物の中に入って行って。ここにいるのはケイシーちゃんとピーコックだけ。そのピーコックも、今は馬車の中で休んでて。

 建物は、えっと、訓練場宿舎に似た感じかな。とにかくおっきな、白い建物で。えっと、確か、コンクリートって言うんだっけ? 人工的に作った石で出来てると思う。けど、目を引くのはそっちじゃなくて……


「いいところでしょ~!」


 立ち止まったわたしを見て、ケイシーちゃんがそんな自慢をする。うん、このお庭なら、自慢したくなる気持ち、わかるなぁなんて、そんなことを思う。

 細い道がいくつも通った、今まで見た中で一番おおきな庭。芝生があって、花壇があって、噴水があって。外の世界で噴水って初めて見たけど、今まで見たことないし、きっと珍しいんだよね?

 芝生も、遺跡や訓練場宿舎とは違って、小さな丘になってたり、ところどころ違う色の芝が植えられてたり。たぶん、手入れも大変そう。メディーンなら、一日でもできるのかな? 見渡しながら、そんなことを考える。


「そうだね、きっと良いお庭なんだね」

「――『きっと』じゃないよ! いいお庭だよ!」

「……えっと、うん、そうだね、良いお庭だね」


 ケイシーちゃんに、良い公園だねって返事をして。でも、ちょっとあいまいな言い方をしちゃって。……たしかに自分が好きなものを、あいまいにほめられても嬉しくないかなぁ、そんなことを思って、しっかりと褒め直す。


「こっちに来て、噴水って、初めて見たよ。ちょっと小さめだけど、すごく凝ってるね、この噴水。――時間が来たら、こう、何メートルも吹き上がったりするの?」

「……噴水はそんなに吹き上がったりしないよ?」

「えっ? わたしの住んでた『遺跡』の噴水、一日に何度か、大きく噴き上がってたよ?」

「……お姉ちゃん、すごい所に住んでたんだね」


 てっきり遺跡の噴水と同じかなぁって思って、話してみたんだけど。ケイシーちゃんに、キョトンとしながら聞き返されて。遺跡の噴水のことを軽く説明したら、感心して。

 でも、そうなんだ。外の世界の噴水って、吹き上がったりしないんだ。そんなことを思いながら、ケイシーちゃんに話しかける。


「そっか。噴水、吹き上がったりしないんだ。てっきり、吹き上がるのが普通だと思ってた」


 どこか呆れられてるような気がして。そんな、言い訳まじりなことをケイシーちゃんに話しかけたんだけど。そうしたら……


「……えっと、お姉ちゃん、もしかして、てんねんさん?」


 ……ケイシーちゃんに、そんなことを言われたんだけど。えっと、「てんねんさん」って、何?



「出てきた! こっちこっち!」


 建物から出てきたスティークくんに、大きく手を振るケイシーちゃん。大勢の、えっと、三十人くらい? いろんな年の子どもが、スティークくんの後から、ついてくるように出てきて。


「そろそろ出ても良いかのぉ」


 わたしたちの声を聞いたのか、ピーコックが馬車から降りてきて。それを見た子供たちが大きな声をあげて駆け出す。その子たちが、わたしたちの横を素通りして。ピーコックの所にたどり着いて……


「おい、お前ら、ちょっとは手加減をじゃな……、てええぃ、やめんかい! かくなる上は……」


 真っ先にピーコックの元に駆け寄ったのは、ものすごく元気な男の子たち。その子たちは、はしゃぎまわって、ピーコックに抱きついて、その身体によじ登ろうとしてって、ちょっと! ピーコック、首、しまってる! 羽根ひっぱっちゃダメって!

 止めなきゃと駆け出そうとして、その子たちが軽く吹き飛ぶのを見てって、ええぇ~!


「おい聖鳥さま! 気持ちはわかるけどな、やりすぎだろ!」

「カッカッカ! 相手は我儘ばかりの腕白小僧じゃ! やりすぎなんてことはなかろうて」


 その言葉で、最初はおとなしくしていたピーコックが魔法で風を生み出して、少し手荒に周りの子たちを吹き飛ばしたことに気付く。……そういえば、わたしも昔、そんな扱いだったっけ、そんなことを思い出す。

 ……そうして、尻もちをついた子供たちに見せつけるように、ピーコックは、わざとらしく、大きな鳴き声をあげながら、空に向かって炎を吐きだす。


「カッカッカ! なんじゃなんじゃ! 威勢が良いのは始めだけか! もっと強敵かと思うとうたが、むしろ手ぬるいぐらいじゃったてグハァ、こりゃ、こっちはまだ台詞の途中じゃてってガファ、……ええい、貴様らぁ、ただで済むと思うな! かかってこんかい!」


 尻もちをついた子供に、えらそうに何か言いはじめたピーコックに、その話を聞かずに、再び突撃する男の子たち。うん、ピーコックも子供たちも、みんな楽しそうだね。わたし、行かなくても良いよね。

 少し離れたところで、スティークくんが騒ぎを見ながら「怪獣かよ」なんてつぶいたのが聞こえてきて。うんうん、お姉さんもそう思うよ。やっぱり、ピーコックが「聖鳥さま」なんて言われても戸惑うよね。そんなことを考えていると……


「――お姉ちゃん!」


 すぐ隣のケイシーちゃんの、今までとは少し違う声を聞いて。ケイシーちゃんの視線の先、建物の入口の方を見て。

 ――そこにいた、予想もしなかった、ケイシーちゃんの「お姉さん」の姿に、声を出すのも忘れ、ただ立ち尽くす。



 そこにいたのは、車椅子に座った一人の女の子。年の頃は、フィリと同じくらいだろうか、彼女よりも、静かで落ち着いた雰囲気を持った少女。

 ダーラが被っているような、髪を隠すようなフードを被ったその顔は、血色に欠け、フィリや周りの子供のような元気さは無く。服の上からでもわかるような衰弱した体に、袖の先から覗く骨ばった指先。

 その姿にフィリは驚き、自分でもわからないままに衝撃を受け、――それでも、その車椅子の女の子から目を離せないまま、ただ見続ける。


「はじめまして」


 車椅子の女の子が、フィリに話しかける。フィリの傍らにいたケイシーが、フィリを見上げる。二人の視線を受けながら、フィリはただ、自分が何に衝撃を受けたのかわからないままに、その場に立ち尽くす。


 車椅子の少女が、そんなフィリを見て、まるで、自分の外見が受け入れられないのはいつものことで、それは当たり前のことと、そんな寂しさが混じりあったような、それでいてどこか優しげなほほ笑みを浮かべ。

 少女の妹が、姉の元へと駆け出す。――姉が受け入れられないのはいつものことで、そんな時は明るい顔をして姉の近くにいる、それが当たり前のことだからと、まるで自分の役目を果たすように、姉の側へと。

 そんな、フィリの、ケイシーの、――そして、自らが押す車椅子に座った少女の様子を見ていたダーラは、フィリに、短く声をかける。


「フィリちゃん」


 ――その声に、普段のダーラにはない、厳しい「何か」を感じたのは、フィリの気のせいだろうか? 思わずダーラを見るフィリ。その視線を、ダーラは静かに受け止める。

 フィリは、車椅子に座る少女に視線を向け、初めてその顔に笑顔を浮かべていることに気付いて。もう一度ダーラの顔を見て。少女の顔を見て。今まで遺跡で教わってきたこと、外の世界で当たり前のように行ってきたことを思い出して。

 大きく息を吸って、吐いて。後ろ向きになる心を我慢して。フィリは、車椅子の少女に声をかける。


「はじめまして」


 フィリのその声を聞いて、態度を見て。車椅子の少女はクスリと笑う。彼女には、自分が周りからどう見えるのか、自覚がある。妹やここの子たちと、外の人たちとは違うことを知っている。

 外の世界の人間で、私のような人間に本気で話しかけてくる人なんかいない。気味が悪いと言われ、「患者」と知られて納得され、二度と会うことはない、そんな人たち。

 ――たまに病院の人や、ダーラさんが連れてくる人を除いては。


「フィリちゃん。ちょっと、車椅子を持つの、変わってくれないかな?」


 ダーラさんが連れてくる人だって、常に仲良くなれるとは限らない。この子はどっちだろうと、車椅子の少女は思う。

 ふと、今までダーラさんが連れてきた人とは少し違うかな、そんなことを感じて。どうしてかな、少し考えて。――多分この子は、ここがどんな場所か、まだ知らない。そのことに気付く。

 なんでだろう、少し考えて。ああ、そうか。この子は単に、あそこにいる「聖鳥さま」についてきただけだから、そのことに気付いて。そんな子が、私にどう接してくるのか、少し興味を持つ。


「――はい」


 ダーラさんの問いかけに、少し間をおいて答えた、フィリと呼ばれた少女の返事を聞いて、車椅子の少女は軽く安堵する。――わかっていても、割り切っていても、自分を受け入れられない人に話しかけなくてはいけないのは嫌だし、何より……


「えっと、これで良い、かな?」


 後ろに回って、ダーラさんと話す少女の声を聞きながら。その少女に、言葉短く、声をかける。それは、初対面の人が当たり前のように相手に伝える言葉で。同時に、車椅子の少女にとって、「外の人間」には決して伝えない、そんな言葉でもあって。


「オルシー」

「……えっと?」

「――お姉ちゃんの名前だよ!」


 自分の姉が、外の人間には名前を伝えないことを知っているケイシーは、嬉しそうに、「オルシー」というのが自分の姉の名前だとフィリに伝え。ダーラも少しホッとした様子を浮かべ。その様子を見たフィリは、よくわからないまま、それでも空気が少し明るくなったことを感じとり。


「一つ、聞いていい?」

「えっと、うん、何?」

「あそこにいるあの鳥。私には『聖鳥』というよりは『怪鳥』に見えるのだけど」

「……お姉ちゃん!」


 車椅子の少女、オルシーの発言に、ケイシーは憤慨して、ダーラは苦笑して。――そして、フィリは、その言葉に満面の笑みを浮かべ、納得し、力説する。


「そうだよね! わたしの知ってる人も、ピーコックのことは『怪獣』って言ってるよ!」

「ええぇ~! フィリお姉ちゃん~!」


 フィリの自信ありげな声に、そっと頷くオルシー。その様子を微笑ましく見守るダーラ。ケイシーの残念そうな、それでいて元気で明るい声に、笑いを誘われながら。車椅子にすわったオルシーは、フィリたちと一緒に、子供たちと半ば本気でぶつかり合うピーコックの様子を、少し離れた場所から、静かに眺めていた。

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個人HPにサブコンテンツ(設定集、曲遊び)を作成しています。よろしければこちらもどうぞ。

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