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フィリ・ディーアが触れる世界  作者: 市境前12アール
第三章 人の生きる世界と歩く道
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14.隔離病棟の子供たち(上)

「それじゃあ、姉ちゃんたちも元気でな!」

「ばいばい、しすたーさま、聖鳥さま、お姉ちゃん!」


 はしゃいでいた女の子が落ち着くのを待ったあと。……と言っても、少しピーコックと話したあと、すぐに落ち着いたんだけど。

 男の子と女の子がさよならの挨拶をして。教会から帰ろうとするのを、手を振って見送ろうとして……


「おや、帰るのか? てっきり儂は、その『お姉ちゃん』とやらに会いに行くのかと、そう思ったんじゃがな」


 そんな、ちょっと意外なピーコックの言葉に、振っていた手を止める。


「――会ってくれるの! お姉ちゃんに!」

「おいこら、ワガママ言うな!」


 ピーコックの言葉に、喜ぶ女の子と、それを止めようとする男の子。振り返ると、少し困ったような顔をしたダーラさんがいて。ジュディックさんは、たぶん、よくわからないのかな、そんな表情を浮かべてて。

 ダーラさんには、どこか声をかけにくくて。何となく、ジュディックさんに声をかけてみる。


「……えっと、会いに行っても良いの?」

「……まあ、俺は構わないが」


 ジュディックさんは、少し戸惑いながら、それでも良いって言ってくれる。――何でかな、あの女の子が喜んでるのを見て、たぶん会いに行った方がいいって思うし、行ってもいいって言ってくれて、良かったって思うんだけど。何となく不安で、どこか、喜べなくて。

 そんな、よくわからない気持ちになりながら、ダーラさんが二人の方に歩いて行くのを、何となく見つめていた。



「こっちの子がスティーク君。で、こっちの子がケイシーちゃん」


 そう、ダーラさんに二人を紹介してもらう。男の子の方は、今まで何度か会ったことがあるんだけど。「はじめまして」って挨拶してくれて、同じように「はじめまして」って挨拶を返して。何度か会ったことがあるけど、この挨拶で良かったのかなぁなんて、挨拶したあと、少し思ったんだけど……


「よろしく、お姉ちゃん!」


 ケイシーちゃんの言葉に、そんな疑問も、その前から感じていた不安も、どこかにふき飛ぶ。


 ――お姉ちゃん! わたしのことだよね? ダーラさんじゃないよね? さっきの挨拶でも言われたけど、そっか~、わたし、お姉ちゃんか~、えへへ~。

 すごく浮かれててるのを自分でも自覚して。ほほがゆるむなあ、へへへ、……、お姉ちゃん、うん、お姉ちゃん!


「……なんじゃかのぉ」


 ピーコックが小声で何か言った気がしたんだけど、ぜんぜん、これっぽっちも気にならなかった。


 お姉ちゃんかぁ、へへへ~。



 わたしたちもスティークくんとケイシーちゃんに自己紹介をして。ピーコックが、二人と話し始める。


「で、その『お姉ちゃん』とやらは、どこに行けば会えるんかの」

「俺たちは、街の外れにある病院から来てるんだけど。……えっと、ホントに来るつもりかよ」


 まずはピーコックが、どこに行けばケイシーちゃんのお姉さんに会えるのか、二人に聞いて。スティークくんが、何かダーラさんのことを気にしてる?、ちらちらとダーラさんの方を見ながら、ためらいがちに答えて。

 ……えっと、病院? 確か病院って、病気になった人が行く所だよね。そんなことを考えながら、子どものころ、かぜをひいたときのことを思い出す。あのときは大変だったなぁ。そういえば、あの後だっけ、毎日体操するようになったの。病院にいるってことは、そのお姉さん、病気なのかな?

 けど、この二人も病院から来たって。元気そうだけど、無理してるのかな? そんなことを考えながら、二人とピーコックの話を聞き続ける。


「そこにおるのは、ヌシらと同じようなヒトなんじゃろう?」

「ああ、そうだけど」

「じゃあ、構わんじゃろうよ。少なくとも、その二人は『病気』とは違うんじゃしな」


 えっと、ダーラさん、何かが言いたそうに見えるんだけど。そんなことはおかまいなしに、ピーコックは二人と話を続けて。……ピーコック、ダーラさんの様子に気づいてるよね、絶対。そう思いながらも、黙って聞き続けて。

 ……えっと、二人とも病気じゃないの? じゃあなんで病院から? そう思ったところで、後ろからトントンと肩を叩かれる。


「話も長引きそうだし、その間、教会の中を案内してくれないか?」


 振り返ると、ジュディックさんが、そんなことを言って。えっと、確かに話、長くなりそうだけど、良いのかなぁ。……って、そもそもわたし、あんまり教会の中に詳しくないけど。

 そう思ってたら、ピーコックと話していた男の子、スティークくんが、その声に反応して。ジュディックさんに話しかけてくる。


「オッサン、教会の中、案内してほしいのか?」

「……ああ」

「じゃあ、俺たちが案内してやるよ。……ほら、行くぞ」


 そう言って、スティークくんが、ケイシーちゃんの手を引いて、教会の入り口の方へと歩き出して。えっと、あれ?、お話は? ジュディックさんに、促されるように、背中を軽くたたかれて。思わず二人のあとを、ついて行くように歩き出す。


「え~っ、まだお話のとちゅう……」

「いいから、ほら!」


 ケイシーちゃんも同じようなことを思ったんだよね、スティークくんに、ちょっと文句を言うように、それでもおとなしくついて行って。


「ところで、私はまだ二十八だ。オッサンはないだろう」

「オッサンじゃねーかよ!」

「いや、オッサンというのは三十を過ぎてだな、……」

「あのさあ、オッサン。オッサンはみんな、二十前半はオッサンじゃないとか、四十になるまでオッサンじゃないとか言うけどさ、……」


 ……ジュディックさんとスティークくん、急に仲が良くなった? なんだかよくわからないけど、親しげに話す二人の後ろを、軽く首をかしげながら、ついて行って。ケイシーちゃんと目があって。やっぱり戸惑っているのかな、でも少しためらいがちに笑いかけられて。

 よくわかんないけど、まあいっか。そう思いながら、ケイシーちゃんの横に並んで、教会の入り口をくぐって、外に出る。

 えっと、こっちに行くと、確かお庭だったかな? 何があるんだろう、楽しみ! そんなことを思いながら、二人の後についていった。



「……フィリちゃんを連れて行くのは、賛成できないわね」


 ジュディックとスティークがフィリを連れて、教会の外に出たあと。一人と一羽だけになった教会の中で、ダーラが厳しい顔をしながら、ピーコックに話しかける。


「じゃあ、儂だけがその『病院』とやらに出向くか? 儂はそれでも構わんがの」

「……それは今さらじゃないかしらね」

「そうじゃな、今さらじゃな。フィリに見せたくないもんがあると言うとるようなもんじゃろうて」


 ピーコックの言葉に、少し怒ったようなダーラの声。この場にフィリがいれば、ピーコックの態度に思うところはあっただろうか?、まるで普段と変わらないように見えて、その実、自分の意見を変えようとはしないその態度に、未だつきあいの浅いダーラも何か感じたのか、少し考えこみ。

 やがてダーラは、結論を出し。非難するような声で、ピーコックに問いかける。


「……あの子たちがどんな子か、わかってるのね」


 それは、未だフィリが知らないてあろう事実。そして、その場にいたフィリ以外の全ての人間(・・)が知り、もしくは気付いていた事実。

 その、ピーコックは知るよしもない事実に気付いたのかと、半ば確信を持って、ピーコックに問いかける。


「まあ、察しはつくわい。魔法を使えん個体なんてのは、ヒト以外にも生まれるからのぉ」


 その問いかけに、まるで当然のようにピーコックは答える。それは、人とは違う、魔法式を使わないで魔法を行使するピーコックだから気付いた、外見には表れることのない、ほんのささやかな違和感。――そしてそれは、常に魔法を使いながら生きているはずのヒトが、魔法を行使せずに息をし、歩いているという、ピーコックにはあり得ない事実だった。


「魔法を使うはずの生物が魔法を使えない身体で生まれれば、大抵は成長する前に死ぬ。魔法を使える生物は、魔法抜きでは生きていけん。それはヒトも一緒じゃろうて」

「必ず命を落とすとは限らないわ。魔法抜きで生き抜く方法を身につける子も多い。むしろ今は、生き延びる子の方が多いくらいよ」

「……そりゃあ、大したもんじゃ。野生の動物なら、大抵は成長する前にくたばるんじゃが。――じゃが、それでも、その『お姉ちゃん』とやらに会わねばならんじゃろうて」


 ピーコックはダーラに問いかけ、答えを得る。その答えは半ば推測からは外れていたものの、なおも自分の意見を曲げようとはせず。

 ただ淡々と、ピーコックはダーラに自分の考えを述べる。――そこに、ヒトの生き死にが関わっている以上、その「お姉ちゃん」とやらに会うべきだと。

 それは、道徳心でも、見知らぬヒトに対する同情でもなく……


「魔法を使わんで動いとるようなヒトの子が二人、一緒に行動しとる。しかも、そいつの片方には『お姉ちゃん』がいて、『会わせたい』と言った。なのに誰も、儂らに会わせようとはせん。『会わせたい』と言った本人すらな。

 さらに、そいつらは同じ『病院』とやらから来た。他に異常があるように見えん以上、その『病院』とやらは、魔法を使えんヒトを治療する所なんじゃろう? そこにその『お姉ちゃん』とやらはいるのじゃろう?

 ……フィリが、あのヒトの子供に会わなければな、儂も好き好んでそんな場所に行こうとは思わん。じゃがな、もうフィリはあのヒトの子に会ってしもうたんじゃ。――もしかしたら、あの子らに会ったことを、ずっと覚えとるかもしれん。何気ないときに思い出すのかもしれん。その時に、『お姉ちゃん』とやらが生きておらんかったら、フィリはどう思うのか。

 確かに、フィリとあのヒトの子は、赤の他人じゃ。――じゃがな、今のフィリにとっては、周りの人間は全て赤の他人なんじゃ。直接言葉を交わしたことは無いがな、下手をすると、他のヒトよりも、よほど『距離が近い』んじゃよ、あのヒトの子は」


 ……それはただ、フィリに「後戻りのできない」後悔を抱かせないようにする、そのことだけを想っての主張だった。

 ダーラはその言葉を聞き、受け止め、考える。――やがて一つ首を振り、大きく息を吸い込み、吐き出して。少しだけ上を見上げながら、心情と共に、言葉を吐き出す。


「……そう、あの子たちに、何度か会ってたの」

「ああ」

「ほんと、失敗したわねぇ。あの子たちとは会わないようにしてたつもりだったんだけどなぁ」


 その声は、思ったようにいかなかったことに対する残念さと、その現実を認め、受け入れようとする想いがこもっていて。

 振り返り、祭壇の方に向き直り、目を瞑り。ほんの僅かな間だけ、祈りを捧げ。――再びピーコックの方へと向き直る。


「わかったわ。けど、私も一緒に行く。それでいいかしら?」


 その表情は、普段の落ち着いた、普段通りの柔らかい表情で。――ただ、その目には、強い意志の力が宿っていた。

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個人HPにサブコンテンツ(設定集、曲遊び)を作成しています。よろしければこちらもどうぞ。

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