13.いつもの教会へ、いつもと違う顔ぶれで
プリムやメディーンが、食堂で一騒動を起こした後。ようやくその日の仕事を終わらせたジュディックは、訓練場宿舎の中庭、その片隅に積まれた資材の前で、スクアッド曹長と話し合う。
「……これが、『壊れた飛行機能を修理するために必要な材料』か」
「へい。……まあ、手配はしやしたがね。使用を許可する前に、大尉にも一度、見ておいてもらった方が良いと思いやして」
スクアッド曹長の言葉に、ジュディックはまあそうだろうなと納得する。――この目の前に積まれた資材を見て、一体誰が、「機械を修理するために必要な部品」だと思うのか。
「まあ、確かに一度本人に話を聞く必要はあるだろう。……わかった。丁度明日、彼らと教会に出向くことになったしな。出発するときにでも聞いておく」
そう言って、ジュディックは身を翻し、訓練場宿舎の出入り口に向かって歩き始める。
普段の彼ならその日のうちに片付けるであろうこの問題を、あっさりと先送りにしたのは、こじれることを予感したか、それとも、最近彼の身の回りで起こる「どこか不真面目な問題」に慣れてきたせいか。
遅い夕食をとりに、一人食堂へと向かうジュディック。――すでに夜もふけはじめ、他の隊員たちはとうに夕食を済ませ終わった、そんな時間となっていた。
◇
「……そろそろ、かなあ」
朝、目が覚めて。いつも通り、部屋の前で体操をして。メディーンは先に飛行場に行って、今はピーコックと二人で、朝のお迎えを待っているところ。
今日はジュディックさんなんだよね、うまく話せるかなぁ、ちょっと不安。そんなことを思いながら、壁にもたれかかるように座って。のんびりと、ジュディックさんが来るのを待つ。
「来たようじゃの」
座ってすぐ後、ピーコックが、そう教えてくれて、また立ち上がって。わたしも、向こうから歩いてくるジュディックさんを見つけて。――えっと、挨拶しなきゃ。
「おはようございます」
「ああ、おはよう。……そんなに固くならなくてもいいんだが」
「はい」
ジュディックさんの言葉に返事をして。そのまま、ジュディックさんの言葉を待つ。そのジュディックさんは、一度、軽く頭を振って、息を大きく吐いて。そのあと、何かを探すように、周りを見渡す。
「すまないが、教会に行く前に、一度メディーンと話をしたいのだが」
「メディーン、もう飛行場の方に行ったけど」
「……そうか」
メディーンのことを聞くジュディックさん。先に一人で飛行場に向かったことを話すと、少し落胆して。……えっと、なにか悪いこと言ったかな、そんな気分になりながら、ジュディックさんに話しかける。
「えっと、なにか『おしごと』の話だった?」
「いや、そうでは無いのだがな」
ジュディックさんも、おしごとの話かな? そう思って聞いてみたんだけど。わたしの質問に、ジュディックさんは首を振って。少し考えるそぶりを見せた後、質問をしてくる。
「メディーンの修理に使う『材料』のことでな。何か聞いてないか?」
「材料?」
ジュディックさんの質問に、少し考える。たしかに、修理に必要な材料、わたしがメディーンから聞いて、プリムお姉さんに伝えたんだけど。何かあったのかな?
そう思っていたら、ピーコックがジュディックさんに話しかけて。
「ああ、あのふざけた資材のことか。……残念じゃが、儂らも詳しくは聞いとらんのぉ」
あれ? えっと、そんなおかしな材料だったの?
なんでプリムお姉さん、何も言わなかったんだろ? そんな疑問が頭をよぎる。
「そうか。……じゃあ、またメディーンたちが戻って来た後に聞くことにするか。その時は通訳を頼む」
……えっと、通訳って、メディーンの言葉を、ジュディックさんに伝えればいいんだよね。そう思いながら、ジュディックさんのお願いに、「はい」と返事をして。
今日、プリムお姉さんいないけど大丈夫かな、そんなことを思いながら。少し緊張しながら、いつものように馬車にのるために、ジュディックさんの後ろを、正面玄関の方に向かって歩き始めた。
◇
あれ? 今日の馬車、いつもと違う? 正門の前に準備された、昔読んだ絵本に描かれていたような、普通の馬車?を見て、少し首をかしげる。
「メディーンがいないのなら、『特別貨物馬車』を出す必要はないだろう」
……えっと、ジュディックさんが言うには、昨日まで使っていた馬車、できることならあまり使いたくはなかったんだって。でも、メディーンの重さのことを考えて、今までは使ってたみたい。
今は、メディーンがいないから、普通の馬車でいいんじゃないかって、そう説明してもらう。
いつもと違うメンバーに、いつもと違う馬車。少しだけ緊張しながら、いつも通り、御者台にのって。早く教会に着くといいな、そんなことを考えながら、ジュディックさんが馬を歩かせるのを、隣で、静かに眺める。
◇
ジュディックさんと、御者台に並んで座って。会話の無いまま、ジュディックさんが馬車を走らせて。……何か話をした方が良いかなぁ、そう思って、話題を考えて。
そうだ! メディーンのこと! さっきの「材料」の話、もう少し詳しく聞いてみよう!
「あの!」
「少し聞いて……」
勢いよく声をかけて。ジュディックさんと声が重なって、思わず声を止める。……ジュディックさんも一緒に。
そのまま、わたしもジュディックさんも黙ったままで。馬車の走る音と、街の音が聞こえる中、時間だけが過ぎていく。
「……えっと、ジュディックさん、どうぞ」
「いや、私の方はなんでもないんだ。何か聞きたいことがあるのではないか?」
……えっと。今度は、どっちが先に話すか、譲り合い? 先に聞いちゃった方がいいのかなあ。
「さっきの、メディーンの話なんだけど。材料の話。そんなにおかしかったの?」
思い切って、ジュディックさんに聞いてみて。……なんでかな、ジュディックさん、ちょっと意外そうにしてる? そんな気がして。
わたし、そんな変なことを聞いたかな?
◇
「そりゃあ、大量の木材にセメント、煉瓦に加えて、大量の金属、どう考えても、修理の材料とは違うじゃろうて。あ奴は一体、何を建てるつもりなんじゃろうのぉ」
……ジュディックさんに質問したんだけど。聞いてたのかな? 荷車の中のピーコックが返事をして。
それを聞いたジュディックさんが、続けるように説明してくれる。
「ああ。まるで鋳造施設でも建てようとしているように見えるな」
「鋳造施設?」
「……ああ。何て言えば良いのか。そうだな、鉄を溶かして、好きな形に整形するための『建物』を作ろうとしているようにしか思えなくてな」
……えっと、つまり、メディーンは、修理するために、身体の一部を作ろうとしてるってことだよね。話を聞いて、理解して。
けど、ジュディックさん、何が疑問なのかな? よくわからなくて、質問してみる。
「えっと。修理するための材料から、部品を作ろうとしてるんだよね? じゃあ、その『鋳造施設』がないと、部品が作れなくて修理できないんじゃないの?」
「……いやまあ、そうなんだが。まさか、訓練場宿舎の敷地内に『工場』を建てようとするとは、普通思わないだろう」
ジュディックさんはそう答えたんだけど。やっぱりよくわからない。何で、普通はそう思わないんだろ?
けど、それが普通なのかなあ、そんなことを思っていると、荷車の中から、面白そうに笑いながら、ピーコックが声をかけてきて。
「カッカッカ! いや、こ奴は今まで、まともに人と接しとらんのじゃ! 『普通』だなんて言われてもわからんじゃろうて!」
むっ! なにかバカにされた!
「大体じゃな、今までフィリはメディーンに色んなことを教わってきとるんじゃ。そのメディーンのやることは正しいと思い込むクセがあるんじゃよ。だから、こんな荒唐無稽なことでも、オカシイなんて思わずに、受け入れてしまうんじゃ」
ちょっと待って! ピーコック、すごく偉そうに言ってるけど、遺跡にいた頃、何か教えてくれたことなんてほとんどなかったよね! 何か教えてくれたと思ったら実はからかってただけで、カッカッカとかわらってたよね! なのにそんなこと言うんだ!
良し、言い返さなきゃ! そう思ったんだけど……
「……まさかとは思うが、よりによってこの巨鳥が、一番常識的なのだろうか?」
ええぇ?! ジュディックさん、ピーコックの言うこと、信じちゃうの?! ううん、まだ信じていないはず。
ピーコックが、普段どれだけ暇で、人をからかってばかりなのか、ちゃんと説明してあげなきゃ!
◇
……結局、ジュディックさんに、こんこんと説明を受けて。「今回は」メディーンの方が非常識だって、納得する。
納得、したんだけどね。……やっぱり、納得、できないなぁ。
◇
その後、教会につくまでの間、ジュディックさんに、好きな食べ物とか、今まで読んできた本とか、そんなことを聞かれて。遺跡にいた頃のことを思い出しながら、お話をする。
そうそう、ジュディックさん、ずっと前からの「軍人さんの家系」で、子供の頃に学校に行って、あとはほとんど家に帰っていないんだって。「仲が悪いの?」って聞いたんだけど、別にそんなこともないみたい。ただ、理由が無いから帰ってないんだって。ジュディックさんのお父さんも軍人で、同じように、あんまり家には帰ってないみたい。
淡々と話してたから、そっか、それが普通なんだって、そう思いかけたんだけど。「いや、あまり良くないだろうな」なんて言ってて。じゃあ、帰ればいいのに、そんなことをふと思う。
プリムお姉さんは? 気になってちょっと聞いてみる。やっぱりジュディックさんとおんなじような感じなのかなぁ、そう思ったんだけど。
「ああ、あれは私とは真逆だな」
そんなことをジュディックさんは言って。自分が家から出た後の話だから、詳しくないがな、そんなことを言いながら、話してくれる。
プリムお姉さん、「軍人になりたい」って言って、親と大喧嘩したみたい。で、結局、お父さんやお母さんの反対を振り切って、勝手に家を飛び出して。
最初は、ジュディックさんと同じ、陸軍学校って所に行きたかったみたいだけど、そこに行くと、もう絶対に軍人さんになっちゃうんだって。だけど、空軍学校っていう所だと、軍人さん以外にも、いろんな人が居るみたいで。機械設計者とか研究者とか、そういった人もたくさんいるって。で、何とかその「空軍学校」ならいいって、親にも言ってもらって。
実際に学校に入って、操縦士や機関士としての適性があるって結果が出て。凄いことなんだけど、その、お父さんやお母さんは複雑な心境だったろうなって、ジュディックさんは言ってて。そうかなぁ、凄いことなら、喜ばないかなぁ、なんてふと思って。
――ところで、荷車の中で、さっきからピーコックがしきりに頷いてるような気がするんだけど。なんでだろう?
◇
そんなプリムお姉さんも、操縦士になるって決まったあたりから、お父さんやお母さんと仲直りして。今では、ジュディックさんよりも頻繁に、家に帰っているみたい。うん、良かったと思う。
その声が、どこか羨ましそうに聞こえたから、「ジュディックさんも家に帰ってみたら」って言ったんだけど。笑うだけでなにも答えてくれなくて。――やっぱり、よくわからないや。
◇
「おはようございます、ダーラさん!」
教会に到着して。扉をくぐりながら、大きな声でダーラさんに挨拶をする。祭壇の少し手前にいたダーラさんが、こっちを振り返って、口元に人差し指を立てる。
えっと、確か、「静かに」って合図だったっけ。なんでだろう? 今まで受けたことのない注意に、教会の中を見渡して、――祭壇で、誰かが祈りを捧げているのを見つける。
わたしよりも小さな男の子と、さらに小さな女の子。二人はとても熱心に、わたしの声にも反応せず、静かに祈りを捧げてて。そっか、邪魔しちゃいけないよね、そっと、いつもの席に座る。
二人はずっと、差し込む光に照らされながら、静かに祈り続けてて。その様子を、じっと見続けて。
やがて、二人はお祈りを終えて。祭壇から、教会の入り口の方へ、帰ろうとして……
「あーっ! 機械人形のねーちゃんだ!」
……その声に、以前、何度か会ったことのある子だったことに気付く。――えっと、この場合、挨拶いるのかな? そんなことを考え始めたところで……
「うわあ~、おっきいとりさんだ~!」
もう一人の女の子が、教会の中にひびくような大きな声をあげながら、ピーコックの方へと、はしゃぎながら駆け出して。
「――っ!」
……えっと、ピーコック、多分びっくりしたんだよね。見たこともないような、すごい羽根の広げ方をして。――ピーコック、あんな羽根の広げ方、できたんだ。色とりどりの羽根をこう、いっぱいに広げて。
――悔しいけど、ちょっときれいだな、なんて思っちゃったりして。
「――うわぁ! すごい! きれい!」
あの女の子もそう思ったんだよね。少しだけ足を止めて、はしゃいで、駆け寄って。羽根を広げたまま固まっていたピーコックに抱きついて。
「うわぁ、ふかふか! お姉ちゃんにも見せてあげたいな~」
そう言いながら、ピーコックの首もとにしがみついて、ほほをすり寄せて。
ピーコックは、我に返ったのかな? 少し困った顔をしながら、それでも動かずに、されるがままになってて。――そういえばわたしも、ピーコックに振りほどかれたことってなかったな、なんてことを思い出す。
やがて、女の子の方も落ち着いてきたのかな? ピーコックから離れて。少しだけもじもじしながら、はしゃいで抱きついたことを謝る。
「ごめんなさい、聖鳥さま」
「……いや、まあ、構わんがの」
ピーコックの返事に、女の子は少しだけびっくりしたのかな? 動きが止まって。
少しして、また、はしゃぎながら、大きな声をあげる。
「――すごい! しゃべった! やっぱり聖鳥さまだ!」
その言葉を聞いて、ふと思う。ダーラさんもそうだったけど、教会で会う人ってみんな、ピーコックが「聖鳥さま」に見えるのかなって。
それって、本物の「聖鳥さま」に失礼じゃないかなぁ。本の中の聖鳥さま、働きものだったし。とにかく困った表情を浮かべたピーコックを見ながら、そんなことを考えていた。