表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フィリ・ディーアが触れる世界  作者: 市境前12アール
第三章 人の生きる世界と歩く道
38/96

11.ほんの小さな、大きな変化(上)

「すぴぃ~、ふにゃふにゃ~」


 布団(キルト)を抱きかかえながら、幸せそうな寝息を立てるフィリ。遺跡を出てから今までの間、何度か悪夢に襲われることもあったが、今日のフィリの寝顔は幸せそのもの。

 すでに朝日ものぼり、明るくなった部屋の中。少しずつ上がっていく部屋の温度にフィリは、何度か寝返りを打ちながらも、気持ち良さそうな寝息を立てる。

 そんな、静かな部屋で眠るフィリを、窓ガラスを叩く音が通りすぎる。


――コン、コン――


 窓の外には、部屋の中をうかがうように中を覗き込むピーコック。どこか「やれやれ」と言いたげな表情で、ベッドの上の、寝返りを打つフィリに視線を送る。


「むにゃぁ?、ごはん~、……すぴぃ~」


 窓を叩く音に反応しながらも、目を覚まさないフィリ。夢の世界を満喫しているのだろう、とても幸せそうなその寝言を耳にしたピーコックは、一度、大きく息を吸い込み、叫ぶように鳴く。


「クエエェーー!!!(起きんかーーい!!!)」

「ふにゃあ!?」


 その声に驚き、跳ね起きるフィリ。あたふたと周りを見渡し、部屋の中を見て、窓の外のピーコックに気がついて、時計を見て。時計の針が七時半を指していることを確認したフィリは、どこかぼんやりとしたまま、窓の外のピーコックに挨拶する。


「……おはよ、ピーコック」


 めざまし時計がないと起きられないなぁ、そんなことを思いながら、フィリは、ベッドの上に座り、軽く背伸びをする。

 遺跡の頃と同じ、手狭な、飾り気の無い部屋を見渡して。喉がかわいたなと、水差しが置かれた棚の上まで、とてとてと歩く。

 コップに水を注いで、口元に運んで、ごくごくと。明るくなった部屋で、とりあえず乾きを癒して、ふぅ~と息を吐き出す。


 そんな、遺跡を出たフィリがようやく馴染んできた、新しいいつもの朝。だけどこの日、ほんの少しだけ、その「いつも」がずれ始める。

 周りの人から見れば、大したことのないような小さな変化。だけど、フィリにとって、それは大きなことで。

 これから始まるこの一日は、フィリが自分の力で歩き始めるきっかけとなるような、そんな一日だった。



「う~ん! よく寝た!」


 いつものように、両手を組んで、上に伸ばして、背伸びをして。左右に捻り、前屈して。うん、スッキリ。目が覚めた!


「いくらなんでも寝すぎじゃろう」

「ん~。めざまし時計、無いしね。……あの時計、便利だったなぁ」


 ピーコックのいつもの文句に、最近言い返せないなぁ、そう思いながら、遺跡にあった時計を思い出す。便利だったなぁ、あの時計。あの頃は「うるさい」としか思ってなかったんだけど。懐かしいなぁ、今も元気に鳴っているのかなぁ。

 ……と、あれ? プリムお姉さん? 向こうの方からプリムお姉さんが歩いてくるのを見つけて。もうそんな時間だっけ、そんなことを思いながら、お姉さんに向かって、大きく腕を振る。


「おはようございます!」

「ああ、おはよう」


 プリムお姉さんに挨拶をして。いつもより来るの早いなぁなんて思いながら、急いで今日の予定を心の中で確認する。今日は確か……


「えっと、教会の日?」


 そうそう。今日は教会でダーラさんから色々と教えてもらう日! あの干し果物、今度作り方を教えてもらうんだ~って、そう思って返事したんだけど……


「それなんだけどね。ちょっと予定を変更したいんだけど、いいかい? ……まあ、そっちの答え次第なんだけどね」


 プリムお姉さんはそんなことを言いながら、少しだけメディーンの方を見て。メディーンとあとピーコックに向かって、話し始めた。



「えっと、つまり、プリムお姉さんがメディーンと一緒に、その『聖典』を探しに行くの?」

「ああ。もっとも、毎日ここには戻ってくるし、そっちが良ければの話だけどね」


 えっと。プリムお姉さん、飛行機を使って、「聖典」を探しに行きたいみたい。ここみたいな「街」や「街道」を中心に、いろんな場所を。で、その時にメディーンがいれば、上空を飛ぶだけで場所がわかる、だから同行してほしいって。


「まあ、儂はええと思うが。むしろ、毎日ここに戻ってきて、まともに捜索できるのか心配じゃがのぉ」

「そうは言ってもね。こっちも一日中飛び回ってる訳にもいかないさ。……正直、そうした所で発見率が高まるとも思えないしね」


 いつものように、プリムお姉さんにピーコックが返事をして。そっか、メディーン、お昼の間、居なくなっちゃうんだ、でも毎日帰ってくるならいいかな、そんなことを思いながら、二人の話を聞いて。


「で、どうだい。日中の間だけで良い、今後、メディーンを借りられると助かるんだけどね」

「まあ、さっきも言ったが、儂はええと思うとる。後は……」


 そういえば、外の世界の人って、昼はずっと働いて、夜に帰ってくるんだっけ。つまり、これってえっと、お仕事? プリムお姉さんが、メディーンが答えるのを待っている間、そんなことを考える。

 そのメディーンがわたしの方を見て。……あれ、顔、光らせてないよね。なんでこっちを見るんだろう。

 ……もしかして、「メディーンが行ってもいいか」わたしが答えるの?


 えっと、どうしよう。ピーコックの方を見て。黙ったまま、わたしの方を見かえして。……そういえばさっき、「儂はええと思うとる」って言ってたっけ。


「えっと、わたし?」


 おそるおそるピーコックにそう聞いてみる。ピーコックは無言で頷いて。メディーンも何も言わず、黙ってこっちを見て。……どうしよう。


 えっと、プリムお姉さんは、メディーンにいっしょに来てもらいたくて。多分、メディーンもピーコックも反対はしてなくて。なら、それで良いのかな、そう思うんだけど。……どうしてか、言葉にするのがためらわれて。


「……うん。わたしもいいと思う」


 ようやく、そんな言葉を口にする。


「じゃあ、早速だけど、まずは飛行場の方に来てくれるかい」


 わたしの言葉に、プリムお姉さんがそう答えて。すこしホッとしたのかな、そんな気がして。そんなプリムお姉さんの様子に、わたしも少しだけほっとした、そんな気がした。



 一度プリムお姉さんは部屋に戻って。飛行服?、飛行機に乗るときの服に着替えて。みんなで、飛行場まで歩いて、格納庫の中に入る。

 そこには、座席が二つある飛行機と、その飛行機の下に、寝転がったような形で入り込んで何かをしている人がいて。


「ああ、やってるね」

「姐さん!」


 プリムお姉さんが、少し大きな声でその人に話しかけて。返ってきた声に、少しだけびっくりして、ちょっとだけ後ろに下がる。……少しして、飛行機の下から、想像していたヒトが出てくるのを見る。


「どうだい、行けそうかい」

「元々、重量は問題ないんです。ただ、体重1トン以上なんて『人間』が乗り降りできるような作りになってないだけで……」


 最初にチラッとわたしの方を見て。あとはずっとプリムお姉さんの方を見て話し続ける、わたしと同じくらいの年のヒト。えっと、確かボーウィって名前だっけ。


「具体的に、何が必要だい?」

「……身長、体重、あとはえっと、重心の位置?、そういったのを計測させて貰えるっすか」


 プリムお姉さんの言葉に、メディーンの方に向き直って、話しかけるボーウィってヒト。問題ないと言葉を伝えてくるメディーン。

 ……少しだけためらったあと、その言葉をボーウィってヒトに伝える。


「えっと、構わ……ないって、メディーンが……」

「よっしゃあ! すぐ準備しますんで」


 わたしの言葉に、ボーウィってヒトは、はっきりとこちらに向きなおって。ちょっとだけびくっとして、なんとか言葉を続ける。……なのにボーウィってヒト、わたしが伝えたメディーンの言葉にすごく喜んで、言葉を最後まで聞かずに、格納庫の奥へと走り去って。

 ……あれ、えっと、あれ? あのヒト、あんな人だっけ? 少しぼんやりとしながら、そんなことを考える。――たぶん、ぜったい、いつもとちがう!



 そのあとすぐに、奥の方から、低くて平らな台?を台車に乗せて、ボーウィって人が戻ってくる。そのまま、その台を台車から下ろして、床の上に置いて。台の上に乗るよう、メディーンを促して。

 メディーンがズシンと台の上に乗って。ボーウィって人が、台を見ながら、手にしたノートに何かを書き込んで。


「あれ? 意外と軽いな。体重八百キロ……」


 ……えっと、やっぱりあの人、普段と違う? わたしの方を「ちらちら」見てこないし。


「……こっちのこと、全然気にしないね?」

「うん? ああ、ボーウィ少年のことか。まあ、今回のこれは結構な大仕事だからね、それどころじゃないんだろうさ」

「お仕事?」


 プリムお姉さんの言葉を聞いて、もう一度、ボーウィって人を見る。……そういえばメディーンも、おしごとの時は、わたしのことを見なくなるし。それと同じ、なのかなぁ。


「お仕事中はみんな、あんなふうになるの?」

「いやぁ、いつもああだと良いんだけどねぇ。まあ、今回はちょっと特別なのさ」

「特別?」

「そう。完成(ロールアウト)したばかりの機体の調整に加えて、メディーンが乗せられるような特殊な調整も加える。そんなデリケートな、普通なら熟練の整備兵がやるような仕事を任されたんだ。張り切りもするさ」


 わたしの疑問に、プリムお姉さんはそんなふうに答えて。その口調に、その表情に、少しどきっとする。

 ピーコックと話をしているときみたいな、からかいが少しまじった言葉の内容。だけど、その表情は、今まで見たことがないような、真剣な笑顔で。普段は聞かない、とても真剣な口調で。


「まあ、真剣にやってもらわないとこっちも困るからね。結構なことさ」


 その表情を見て。その言葉を聞いて。初めてプリムお姉さんに会った時のことを思い出す。きっと、あのときもこんな口調で。――いつか、わたしもプリムお姉さんにあんな表情で見てもらいたいと、そう思った。



 なにか大きな、高いところから鉄の糸がぶら下がったような機械と、応接間のソファみたいな椅子が運ばれてきて。その椅子にメディーンが座って。鉄の糸がその椅子にくくりつけられて。

 やがて、その鉄の糸にぶら下げられるように、椅子ごとメディーンが持ち上げられる。


「オーライ、オーライ」


 体全体で機械を操作する人に合図を送る、えっと、たしか……、そう、ボーウィ少年さん。その合図に従って、飛行機の上にまでゆっくりと、メディーンを乗せた椅子が運ばれて。

 やがて、飛行機の後ろの席に、椅子に座ったままメディーンが降ろされて。ボーウィ少年さんが側に駆け寄って、鉄の糸を外して、いろいろと何かして。

 準備が終わったのかな、ボーウィ少年さんが飛行機のそばから離れる。


「良し! それじゃあ、ちょっとの間、試しに飛んでくるよ!」


 その様子を見て、どこか楽しそうな声で、プリムお姉さんが飛行機の方に歩いていって。――そんな、みんなが「おしごと」をしているのを、わたしは、何をしていいのかわからないまま、ただ遠くから眺めていた。



 飛行機の先端の羽根が回って、ゆっくりと前に進んで。格納庫の先、まっすぐに伸びた滑走路には、大きくあげた手を前後にふるボーウィ少年さん。やがて飛行機は滑走路に出て。向きを変えて。その先に向かって、まっすぐに、速度を上げる。

 格納庫の入り口から、向こうへと走っていく飛行機を、ただ眺める。その飛行機は、やがて浮かび上がって、飛びあがって。どんどん小さくなって。

 空を右に曲がって、左に曲がって。飛び方、ピーコックとは違うなぁ、なんて思いながら、空を飛ぶ飛行機をぼんやりと見続ける。


 少しして、プリムお姉さんとメディーンを乗せた飛行機が、滑走路の反対側から降りてきて。そのまま、格納庫のすぐ近くまで来て、止まる。

 プリムお姉さんとボーウィ少年さんが何か話しているのを遠くから見て。ボーウィ少年さんが、メディーンの座席の近くを色々と調べて。

 ……どうしてかな、近くに行けなくて。そのまま、飛行機と、プリムお姉さんと、ボーウィ少年さんの様子を眺め続ける。


「それじゃあ、嬢ちゃん! ちょっとメディーンを借りてくよ!」


 そんなプリムお姉さんの声に、少しだけ手を振って。もう一度、滑走路の向こうの方に飛行機が走って行くのを見送る。

 飛行機が、空に浮いて、飛び立って。一度弧を描いて、今度はそのまま、飛び去って。小さくなって、見えなくなって。

 そういえば、メディーンが飛び去るのを見送るの、今回で二回目だっけと、そんなことに今、気付く。


 遺跡に住んでた頃、ピーコックの背に乗って飛び去るとき、メディーンはこんな気持ちだったのかな、そんなことを考えながら、しばらくその場所で、飛行機が飛び去った先の空を、静かに見続けていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。


個人HPにサブコンテンツ(設定集、曲遊び)を作成しています。よろしければこちらもどうぞ。

フィリ・ディーアの触れる世界 資料置き場
フィリ・ディーアの触れる世界 資料置き場
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ