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フィリ・ディーアが触れる世界  作者: 市境前12アール
第三章 人の生きる世界と歩く道
37/96

10.休暇の終わり

「……以上が、国境線での結果だ」


 訓練場宿舎の自室で、通信機を前に、直立不動の姿勢で話を聞いていたジュディック。通信機の向こうのマイミー少将によって語られた、国境線の事の顛末に、ジュディックは、死者を悼むように目を瞑る。

 彼にとってその結果は、半ば覚悟していたものであり、――指揮官の殉職という、想像を超えたものでもあった。


「詳しくは、帰還する部隊員からの聴取待ちだが。ただ、相手の使ってきた『魔弾』の効果であろう脱力感、これをはねのけるために、指揮官自身が前に出る、その決断は間違っていなかったのだろうな」

「その結果が、殉職ですか……」


 通信機の前のジュディックの心境が伝わったのだろうか、指揮官殉職という結果についての見解を述べるマイミー少将。その言葉に、ジュディックは、つい先日の、賊の襲撃の際に自分がとった行動を思い起こす。

 国境警戒線の指揮官のように、即座に正しい行動した者が殉職し、不甲斐なく放心し取り乱した自分が生きながらえる。その皮肉な現実に、ジュディックは、複雑な想いを抱きながら。それでも、その現実を受け止める。


「彼らに関しては、後任の指揮官の選定からだな。部隊の再編も必要だろう。だがそれは、まだ先の話だ。……今は、賊の捜索を最優先だ」


 そんなジュディックの心境を知ってか知らずか、通信機の向こうから、事務的に淡々と話し続けるマイミー少将。だがそれも、賊のことに言及し始めるまでのこと。――この先に待ち受ける「任務」を、マイミー少将は、重々しい声で話し始める。


「まずは、賊の二人、アスト・イストレとマークス・サショットに対する指名手配を強化。国立軍研究所襲撃事件も洗いなおす。とにかく今は、奴らに対する情報収集が最優先だ。当然、貴官ら武装偵察小隊にも動いてもらうことになるだろう」

「は」


 軍人らしい重々しい声に、緊張感のある声で返事をするジュディック。その返事に覚悟を感じたのだろう。マイミー少将は、ジュディックに檄を飛ばすように命令をする。


「貴官に改めて命ずる。例の保護対象の者たちから、可能な限り情報を聞き出せ。部隊も不測の事態に備え、いつでも動けるようにしておくように。貴官らをただの頭数として扱うつもりはない。動くときは困難な任務となるであろうことを覚悟しろ」

「は!」


 通信機の前で、短く答えながら、目の前の通信機に向かって敬礼するジュディック。直立不動の姿勢のまま、通信が終わるまで待ち続ける。

 やがて通信も終え、ジュディックは一度、大きく肺の中の空気を吐き出す。そうして一度緊張を解き、ソファに座ろうとしたジュディックの耳に、扉を軽く叩く音が届く。


「アニキ、ちょっといいかい? メディーンからの情報だけどね。聖典が『検知可能地域』の外に出たって。……で、一度話がしたいってさ」


 フィリたちからの伝言を伝えるため、ジュディックの元を訪れたプリム。その言葉を聞いて、ジュディックは少しだけ考え、一つ頷く。

 聖典の場所がわかるのは中央山脈地帯の中だけ。外に出られたら、場所はわからなくなる。最初からそう伝えられていた事だ。その上で、向こうから話を持ちかけてくるのであれば、きっと何かあるのだろう。――その内容が、有益な内容であればいいが、そう願いながら、ジュディックは、フィリたちの部屋を訪れるため、身支度を始めた。



「……えっと、これで『失礼』にならないかな?」


 ようやく住み慣れてきた自分の部屋で。フィリは、お客さんのもてなし方を一つ一つメディーンに教わりながら、不慣れな手つきで三人分のお茶を入れ、菓子の準備をし、空のティーカップを机の上に並べる。

 その、どこか緊張しながら、これから来るであろう「お客さま」をもてなす準備をするフィリを、ピーコックは軽く呆れたように眺める。


「……そこまで神経質にならんでもええと思うんじゃがのぉ」


 そんなピーコックの言葉を無視して、無言で準備を続けるフィリ。机の上にティーポットを置き、お菓子の入った皿を置き。そうこうしている内に、扉を軽く叩く音が聞こえ。

 はーいと返事をしながら、フィリは、普段はあまり使わない、廊下側の扉に駆け寄り、扉を開ける。


「すまないね、少し人数が増えちまったよ」


 扉を開けて出迎えたフィリに、そう言葉をかけるプリム。そこに立っていたのは、プリムとジュディックとあと一人、フィリが今までほとんど話したことのない、隻腕の男。

 その予想していなかった一人を見て、ほんの一瞬、フィリは固まった。



「あぁ、なんか悪いことしたねぇ」

「やっぱ、俺は遠慮しといた方が良かったっすかねぇ」


 ちょっと待っててと慌てて、あたふたともう一人分の「おもてなし」を追加するフィリを見て、プリムとスクアッド曹長は小さな声で言葉を交わす。


「いや、だが、この話は曹長も居た方が良いだろう?」

「いや、まあ、そうなんすけどね」


 プリムから伝言を聞いたジュディックは、それならスクアッドも同席した方が良いだろうと判断し、彼の部屋に立ち寄り、声をかける。

 最初、隻腕ということを意識して遠慮しようとしたスクアッド。フィリが兵士たちに苦手意識をもっていると感じていたプリムもそれに同意する。だが……


「いつまでも距離を置いておくのも問題だろう。何より、曹長の意見も欲しい。丁度いい機会ではないか」


 そんなジュディックの一言に二人は押し切られ。結局スクアッド曹長は同行することとなり。

 まさかフィリが、自分たちを迎える準備をしているとは思ってもみなかった彼らは、少しだけバツが悪そうに小声で話しながら、フィリが準備を終えるまで、大人しく待ち続けた。



 机の上に並べられた四つのティーカップ。注がれたばかりの熱いお茶から、湯気が立ち上る。

 先に座った三人に見守られながら、追加のカップと菓子を出し終えたフィリがソファに座るのを見て、プリムが声をかける。


「じゃあ、改めて話を聞かせてもらおうか」


 その声にメディーンが反応して、それをフィリが通訳する。そんな、普段どおりの形で、その話し合いは始まった。



「つまり、メディーンも聖典の場所が探れない訳ではない。ただし、見通しのいい場所で、せいぜい周辺一キロにあるかないかがわかる程度、そんな認識で良いのかい」


 一通り話を聞き終えたプリムの言葉に、一つ頷くメディーン。

 もともと、聖典の場所を把握していたのは、フィリたちが住んでいたという「遺跡」の方で、メディーンはその遺跡と通信していただけ。

 メディーン自身も、聖典から出される信号を受信できない訳ではない。だが、遺跡と比べると著しく精度が劣るという話の内容に、聞いていた三人は、あまりに狭い捕捉範囲に落胆すべきか、捕捉できることに希望を持つべきか、どちらか悩むような、そんな難しい表情を浮かべる。


「しかし何だねぇ。聖典が出してるっていうその『電波』って奴、大概に不便だねぇ。よくそんなもんで位置がわかるもんだ」


 呆れたような声を出すプリム。今、自分たちが使っている「魔素通信」と比べ、あまりに不便な「電波通信」のその特性に、よくそんなもんで通信できるもんだと首を傾げる。


「壁や地面を通さない。指向性も無く、全方位に向けて発信するだけ。しかも、距離で出力が減衰する。良くそんなので場所を特定できるもんだよ、全く」

「むしろ俺は、その位置を特定するための機械、えっと、『小型通信衛星』、そんなのが、今もまだいくつかは空に浮いてるって話の方が信じられないでさぁ」


 飛行機では到底到達できないような高度に小型通信衛星という機械が浮いている。それのおかげで、過去において、聖典は遺跡から知識を引き出せていた。

 だが、その中心となる『施設』とその近くの『小型通信衛星』が空から落ちてしまった結果、利用できる衛星は、中央山脈の山の中に落ちた衛星だけ。その結果、中央山脈地帯の外では場所が特定できなくなったという説明に、プリムとスクアッドの二人は、なんとも信じられないような声をあげる。

 メディーンとピーコックの非常識さから、あまり深く考えずにいた、メディーンが聖典の場所を特定できる理由。その、思いもよらないほど大掛かりな仕組みに驚きながらも、今はそれよりも優先すべきことがあることを思い出したのだろう。プリムは、今までほとんど口を開かなかった自分の兄に声をかける。


「まあ、今はそんなことはどうでもいいか。で、どうすんだい、アニキ」

「そうだな」


 今まで黙って話しを聞いていたジュディック。ようやく口を開いた彼のその声に、フィリは緊張で身体を固くする。

 そんなフィリを軽く見ながら、静かにお茶を口にするジュディック。やがて彼は、少し悩んだ様子を見せたあと、フィリに対し、言葉をかける。


「……ああ、この茶、なかなか美味いな」


 その言葉は、彼の性格としては珍しいであろう、任務とは何も関係がない言葉だった。



「――はい! 教会でダーラさんに出してもらったお茶が美味しかったので、プリムおね……、プリムさんに買ってもらいました!」


 ジュディックの上げた声に意表を突かれたのだろう、初めはきょとんとしたフィリ。やがて、その言葉が自分の準備した「おもてなし」への褒め言葉だということに気付いたフィリは、嬉しそうにジュディックに対して返事をする。


「そうか」


 再びお茶に口をつけながら、言葉短かに相づちを打つジュディック。その様子を、軽く緊張を解いて、どこかホッとしたように見つめるフィリ。


 少しだけ、話を始めた時よりも和やかな空気が、部屋の中に漂っていた。



「まあ、一つでも賊の居場所を特定する方法が増えるのは有難いな。わざわざ伝えてくれたということは、こちらに協力してくれる意志があると思っていいのだろうか」


 カップを机の上に置いて、真面目な口調でそう語りかけるジュディック。その声を聞いて、今まで一言も喋らずに部屋の片隅で丸まっていたピーコックが、ジュディックに返事をする。


「そりゃあ、そっちの意志次第じゃろうて。『フィリを危険にさらさない、生活を保証する』、その約束を守ってくれるのなら、儂らが協力しない理由も無いじゃろうて」


 その言葉を聞いて、頷きかけたジュディックは、ふと、もう一つの条件に思い当たる。


「……『メディーンとフィリを引き離さない』という条件もあったと思うが」

「じゃあ、こ奴はここでじっとしておるのか。ヌシらがそれで良いのなら、儂らはそれでも構わんがの」


 疑問に思い、その条件を問いかけるジュディックに、少しからかうようなピーコックの返事。それを聞いたジュディックは、少しはこちらの都合も考慮するということかと、そんなことを考える。


「……少し考えさせてもらおう」


 一度、フィリたちがいない場所で相談した上で決めよう、そう結論付けたジュディックは、再びフィリへと、なんでもないようなことを話しかける。


「……ところで、これはどうやって食べるものなんだ?」

「――はい! このクラッカーにこっちのジャムをぬって、で、こっちのこれをのせてください!」

「なるほど。こういったものはあまり食べなれていなくてな」


 どこか嬉しそうに、力を込めて説明するフィリに、言われた通りに手を動かして、果物を乗せたクラッカーを一つ口に入れるジュディック。


「……なかなか美味いな」

「ありがとうございます!」


 片や、どこかぎこちない手つきでお茶に口をつけ、菓子を口にする青年。片や、妙に力が入った受け答えをする少女。その様子に、軽く苦笑いを浮かべながらも、プリムとスクアッドは、目の前の菓子に手を伸ばし。話すべきことが終わった部屋の中で、軽いくつろぎの時間を過ごす。


 程なくして、三人が退出する時まで、どこか和やかな時間が過ぎていった。



「……しっかし、さっきの大尉殿のあれ、一体何だったんすかねぇ」

「うん? ああ、さっきのアレね。そりゃあ、フィリちゃんに気を使った結果だろうさ。アニキはね、ああいった子の扱いには慣れてないからね」

「……不器用にも程がありますぜ、それ」

「まあ、上手く行ったみたいだしさ、いいんじゃないか」


 フィリの部屋を出て。スクアッドは廊下を歩きながら、隣を歩くプリムに小声で話しかける。それを聞いたプリムは、先ほどのやり取りを思い出したのだろう、笑いを押し殺しながら、同じく小声で返事をする。

 その声を聞きながら、二人の前を歩くジュディック。全く、声を潜めるのならもっと小声で話せ、そう思いながらも何も言わず、食堂に向かって歩き続ける。――ああ、慣れないことをしたのは自分でもわかっている、せめて、聞こえないように話せないのかと、そんなことを思いながら。



 翌日の朝。中庭の運動場。指揮官たるジュディックと、その横に控えるように立つスクアッド。その二人に向かい合うように、隊員たちが横一列に並ぶ。


「今日、ここに集まってもらったのは他でもない。我が隊の今後についてだ」


 整列した隊員たちの前で、ジュディックは声を上げる。大声を張り上げることもなく、静かに、語りかけるような声で。それでも、普段は騒々しい隊員たちを静かにさせる、そんな力の籠った声で。


「まず、我らが取り逃がした賊たちだが。昨日、国境線に展開した我が軍の警戒線を突破し、国内に侵入した。その際に出た被害は、我が隊の非では無い。数十名の死傷者と、それを超える数の負傷者が出ている。――部隊を指揮していた指揮官も殉職した」


 ジュディックの声に聞き入る隊員たち。彼らの隊長のお株を奪うような直立不動の姿勢で、誰一人無駄口を叩かずに。

 彼ら一人一人、例の賊に思うところがあるのだろう。抱えた思いがあるのだろう。全員が、真剣な表情を浮かべ、上官の声を受け止める。


「幸いにして、賊の身元は判明している。過去に国立軍研究所を襲撃した指名手配犯だ。国内の手配を強化、行方を追うとともに、情報を洗い出すべく、既に動き始めている」


 二度と帰らぬ兵がいる。未だ負傷の癒えぬ兵もいる。今はその数を十数人に減らした彼ら武装偵察小隊の兵士たち。だが、その寂しさを、その悲しみを既に乗り越えた彼らは、先のことだけを考え、さらなる困難に立ち向かうだけの覚悟を、その胸に秘める。


「今現在、我らに下された命は無い。『不測の事態に備え、いつでも動けるようにする』ただそれだけだ。だが、我らは、かの賊と複数回に渡り交戦した経験のある、貴重な部隊だ。当然、かの賊と当たる時には、我らが率先して当たることになるだろう。また、貴官らもそれを望んでいると期待している」


 ジュディックの静かな覚悟。隊員たちの静かな覚悟。覚悟を述べる指揮官と、それを受け止める兵士たちは、立場が違えど、共に同じ想いを抱く。


「本日より、かの賊を仮想的とした訓練を開始する。休暇は終わりだ! かの賊と再び相まみえるその時に、我らが味わった苦渋を、奴らに味わわせてやれ!」

「は!!」


 語気も強く、そう演説めいた訓戒を締めくくるジュディック。高い士気でそれに応える兵士たち。訓練場宿舎の中庭に、指揮官と兵士たちとが放つ熱量が溢れかえる。

 ――そして、その熱も冷めやらぬままに、ジュディックの横に控えるように立っていたスクアッドが、一歩前に進み、さらなる発破をかける。


「いいか! ピーパブハウスのダーラちゃんに良い顔をする絶好の機会だ! 野郎共! この機会を逃すな! 周りは全部敵だと思え! 誰よりも自分がカッコいいんだと示して見せろ! 真の美酒にありつけるのはたった一人だ、そのことを忘れるな!」

「――応!!」


 その声に、さらに一体感を増し、周囲の気温を上げるほどの熱量を放ちながら、声を揃え、叫ぶようにスクアッドの発破に応える兵士たち。


 ――ただ一人、指揮官のジュディックだけを取り残したまま。彼らの士気はその時、最高潮にまで上がっていた。

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個人HPにサブコンテンツ(設定集、曲遊び)を作成しています。よろしければこちらもどうぞ。

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