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フィリ・ディーアが触れる世界  作者: 市境前12アール
第三章 人の生きる世界と歩く道
35/96

幕間.キャニオンブリッジ攻防戦(上)

 傾き、赤くなり始めた空の下。重量感にあふれた走行音を響かせながら、二国間直通列車が、中央山脈地帯の大自然の中を、国境線の渓谷に向けて走る。

 夕日に照らされた渓谷にかかる巨大な橋。そこから見える絶景を心待ちにしながら、乗客たちは、列車の窓から外を眺める。

 普段であれば、乗客たちは、この列車の旅を締めくくるに相応しい最後の絶景を十分に楽しめたことだろう。だが、この日の乗客たちが窓の外に見たのは、美しい自然の風景などではなく、――列車と並ぶように馬を走らせながら暴れる、二人の悪漢の姿だった。



「……来たな」

「ああ」


 待ち構えていた列車の音を聞きながら、愛馬にまたがり、馬を走らせるアストとマークス。やがて、後ろから追いついてくる列車が横に並んだ所で、速度を上げ、並走を始める。


「さて。連中のあの布陣、どっちだろうさ。気付いた上での布陣か、そうでないか」


 進む前に見える橋を見ながら、マークスは呟く。自分たちが今ここにいることに気付いた上での布陣か、そうでないか。それによって、この先の難易度も変わる、そんな事を思いながら、肩から下げた愛銃、アンティアエリアン・アーティレリを起動すべく、魔法式を刻み始める。


「知らねえよ。ここで俺らがやることは一つ。……食い破って、突破するだけだ」


 相棒の言葉にそう返しながら、アストは、腰の拳銃嚢(ホルスター)に納められたシュバルアームを軽く叩き、――腰の衣嚢(ポケット)に潜ませた魔封魔弾セイント・ブラッドに魔法式を刻む。いざという時に備え、奥の手とも言えるその武器を、いつでも発動できるように。



「いいか? 我々が既に賊の位置を把握していることを悟られてはならん。いつ来るかわからない敵を待ち構えている、そう見えるように部隊を動かすことを怠るな」

「は。万事ぬかりありません」


 国境の警戒線を指揮することになった中隊隊長は、懐から取り出した懐中時計で時間を確認しつつ、そう副官に指示する。そんな中隊隊長の声に、副官は、問題ないとはっきり伝える。

 その答えを聞いた中隊隊長は、さらに、自分の考えを確認するかのように、副官に問いかける。


「……本当に、このタイミングで動くと思うか?」

「は。その可能性が高いと、小官は愚考します」


 その言葉に副官は、自分の考えていること位、わかっているだろうにと、そんなことを思いながらも、同意の言葉を返す。

 元々は、中央山脈地帯で起きた国宝強奪事件の犯人を捜索(・・)するために急遽駆り出された、マイミー少将旗下の第三歩兵連隊に属する一個中隊。だが、任地に到着すると同時に起こった、そのたった二人の賊の襲撃に、万全の状態で迎え撃つよう、作戦の方向性は改められる。


(まあ、あの武装偵察小隊がなす術もなくやられたんだ。たった二人とは言え、油断はできないだろう)


 第三歩兵連隊の誇る武装偵察小隊。連隊指揮官のマイミー少将が特に目をかけ、丁寧に育て上げたことで、他の連隊にすらその名前知れ渡っている精鋭部隊。……もっとも、勇名だけでなく、マイミー少将のユーモアセンスに相応しい、どこかおかしな部隊としても知れ渡っているが。――あの少将の下に、冗談の通じない小隊指揮官、そして冗談としか思えない部隊員。それらが組み合わさって、なぜあの成績を残せるのかと、疑問を持つ人間も後を絶たない、そんな個性的な部隊。

 そんな、第三歩兵連隊の名物とも言える先任部隊のことを考え、中隊指揮官は軽く笑いかけて。副官の咳払いに、そんな場合でないことに気付いたのだろう、意識を作戦へと戻し、賊の取るであろう行動を副官に確認する。


「列車と共に突撃してくる可能性大、か」


 それが、マイミー少将を始めとする軍上層部の出した結論。確かにあの砲撃と速射銃の組み合わせは脅威だが、それでも百人を超える部隊を全滅させることは出来ない、それは賊も承知だろうと。

 だが、この橋を通らなければ、我が国に侵入することは叶わない。敵もこの橋を渡らなくてはいけない以上、遠距離からの一方的な砲撃で橋を落とすことは出来ない。だからといって真っ正面から突撃してくるのであれば、さすがに数で押し切れる。だが……


「我々は、列車に向かい、発砲することは出来ません。万が一にも我々の銃撃で民間人に犠牲者が出れば、国際問題に発展します」

「そして、我々には、列車を止めることも許されていない、か」

「今や、この二国間列車は、王国と我々共和国とを結ぶ、最も重要な交易路です。我々の、象徴でしかない国宝のために止めることなど、王国側は納得しません」


 我々には、列車を傷つけることを許されていない。そのことを敵も承知している筈だ。そんな状況では、こちらの射線は極めて限定される。

 そして、賊を誘い出した後に列車を止め、列車ごと取り囲むこともできない。列車と共に駆け抜けられたら、こちらからは発砲することすらままならない、そんな状況なのだ。

 それを承知しているからこそ、既に国境線付近に到達していながら、未だ突撃してこないのだろうと、賊が潜んでいるはずの方向を見る。


「……実際には、もはやそんな事態ではないのに、か」

「我が国にとっては、ですね。他国には知ったことではないでしょう」


 政治に阻まれ、最善の手を打つことが出来ない状況で。それでもなお、我々は、迎えうつという選択肢を選んだ。

 一つには、こちらから賊を攻撃しても、四方が開かれたこの地では、討ち取ることは難しいだろうという判断。遮蔽物を貫く砲撃と、接近した者をことごとく撃ち抜く正確な射撃を駆使して、包囲する前に逃げられる可能性の方が大きいと。


「列車、来ました! ……目標、列車と並走! 予定通り、最後尾車両が切り離されたことを確認!」


 そしてもう一つの理由。


「よし! 何としても、ここで足止めをしろ! 列車さえ通り過ぎれば、あとは数で押し切れる!」


 ここで、盾となる列車がいなくなり、自由に銃が使えるようになれば、立場は逆転する。この橋の上であれば、賊を取り逃がすことはない。そのための策も仕込んだ。そして、その策は(・・・・)見事に(・・・)当たった(・・・・)と、切り離された最後尾の車両を見ながら、そう確信する。


――後は列車が通り過ぎるまでの数十秒間、賊を足止めすることができれば、任務は達成できると。



「後ろの車両が切り離された。連中、何か企んでるかも知れないさ!」


 マークスは、隣を走る列車が、最後尾の車両を切り離したのに気付き。正面の敵に向けて銃口を向け、魔法式を刻みながら、隣の相棒に伝えるように叫ぶ。


「知るかよ! このまま駆け抜けちまえば、他のことなんざ関係ねえ!」


 相棒の言葉に、そう叫び返すアスト。言外に、そのくらいのことで止まれるかよとでも言うように。そのまま速度を落とさず、列車の横を並走し続ける二騎。やがて、列車が橋へと差し掛かるまであと数秒の所で、マークスのアンティアエリアン・アーティレリが火を吹く。砲弾が、線路の脇をまっすぐに、地を這うように飛び、遥か先の大地にその爪痕を残す。


「次!」


 砲撃の反動が砲身を回転させ、次弾の魔法式を刻み。射線を正面からややずらし、初弾を回避するために線路から距離をとった兵士たちに向かって、次の砲弾が襲いかかる。

 線路から更に距離を置く兵士たち。そうしてできた空間にまっすぐ馬を走らせながら、最後の、駄目押しの一撃の魔法式を刻み始めたその時。――中隊指揮官が、通信機に向かって叫ぶ。


「……今!」


 その声に反応するように、列車の連結部から姿をあらわす兵士たち。その手には、すでに装弾を終えた一三式魔法銃刀が握られており。さらに、切り離された後、急制動をかけ停止した最後尾車両の中から、銃刀を手にした、十数騎の騎兵が躍り出る。



 正面に歩兵で陣を敷き、後方の騎馬隊で退路をふさぐ。そして、列車の中から一方的に銃撃する。それは、移動する列車を利用した、動く包囲網。遠く旧首都からもたらされた賊の位置情報から突入してくるタイミングを予測した、半ば賭けのような作戦。だが、その賭けは見事に当たり、賊は今まさに、絶体絶命の危地の最中。――だが、それでもなお、アストとマークスは止まることはなく。正面から突破すべく、速度を落とさず、列車と共に並走する。



「メンドくせえ!」


 腰から抜いたシュバルアームを素早く構え、撃ち放つアスト。放たれた弾丸が、前と後ろ、二つの連結部から顔を覗かせていた四人の兵士たちを撃ち抜き。――さらに前、さらに後ろの連結部から姿をあらわした兵士たちの銃撃に晒される。

 風を切りながら掠める弾丸。だが、弾が外れたことに安堵する暇もなく。再び前後の連結部から、さらに屋根の上からも兵士たちが姿を現す。

 すでにキャニオンブリッジの半ば、列車から距離を置くことも出来ず。このまま並走すれば、列車からの銃撃に晒され、速度を落とせば後ろの騎兵に追いつかれる、そんな絶体絶命の状況下。


「アスト!」

「お前は正面だ!」


 叫ぶマークスに叫び返すアスト。そのまま、普段と違う、遠距離から火薬を点火するための特殊弾を右手のシュバルアームに装弾する。

 そうして、空いた左手を、腰の衣嚢へと伸ばすアスト。――そこには、既に魔法式が刻まれ、発動を待つばかりとなっていた、魔封魔弾セイント・ブラッドが収められていた。



「再度持ち場に付け! 奴らの足を何としても止めろ! 止めさえすれば勝ちだ!」


 叫ぶ中隊指揮官。再び行く手を遮るように並び始める兵士たち。それは、次の砲撃で命を落とすかもしれない、そんな命知らずの行動。

 だが、列車さえ通り過ぎてしまえば、盾を失った賊など容易く討ち果たせる。そのための、残り一発の砲弾に身を晒す危険など、既に覚悟はできているとばかりに、賊の行く手をさえぎるように立ち、銃刀を構える兵士たち。

 ――そして、列車が通る隙間のような空間を残して、賊の行く手を遮るように兵士たちが立ちはだかり、銃を構える。



 アストが、その手に握った魔弾を見て、マークスは、正面に集中する。

 手にした魔弾を斜め上に放り投げ、シュバルアームの銃口を向けるアスト。アンティアエリアン・アーティレリの銃口を正面に向け、最後の一撃の準備をするマークス。二つの銃口が、同時に火を吹く。

 アンティアエリアン・アーティレリの銃口から放たれた砲弾は、正面に立ち塞がる兵士を吹き飛ばし、シュバルアームから放たれた銃弾は、魔封魔弾セイント・ブラッドを正確に撃ち貫く。


――そして、魔封魔弾セイント・ブラッドは、その中に収められていた「聖人の血」を辺りに撒き散らしながら、その血に刻まれた魔法式を発動させた。

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個人HPにサブコンテンツ(設定集、曲遊び)を作成しています。よろしければこちらもどうぞ。

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