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フィリ・ディーアが触れる世界  作者: 市境前12アール
第三章 人の生きる世界と歩く道
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9.新たな生活(下)

「いよいよ、賊が国境線に到着するか」


 自室に設置した通信機の前で、マイミー少将の言葉に耳を傾けるジュディック。まるで、目の前にマイミー少将がいるかのように直立不動の姿勢を保った彼は、その言葉を聞いて、国境線に展開された部隊のことを思い起こす。


「すでに打てる手は打った。迎え撃つ準備も万端だ。……これで討ち果たせないのなら、根本的に考え方を改めなくてはならん」


 通信機の向こうから、そんなことを言うマイミー少将。その言葉を聞いたジュディックは、心の中で、あの警戒網ならまず討ち果たせる筈だと、そう自分に言い聞かせる。

 なにせ一個中隊、百五十人もの兵士を投入しての包囲網だ。しかも、迎え撃つ場所も極めて有利。たった二人の賊のためにここまで準備を整えることは、後にも先にもないだろうと断言できるような、そんな布陣だ。……それでも、奴らと対峙して、その実力を思い知ったからか、心に残る一抹の不安。その不安を払いのけるように、ジュディックは軽く首を振る。

 そんな彼の内心を見透かしたように、通信機の向こうのマイミー少将は、ジュディックに声をかける。


「まあ、何にせよ、今回は貴官の出番は無い。そこで結果を待っていたまえ」

「は」


 通信機の向こうから聞こえる声に、まるで、今考えても仕方のないことは考えるなと、そんなことを言われたような気になったジュディックは、短く返事をし、そのまま通信を終える。

 一度スクアッド曹長と少し話をしよう、この時間なら食堂だろうと、ジュディックは自室から出て。やがて着いた食堂で彼が見たものは……


「……女の価値は顔じゃない。どれだけかわいくても、そんなので女の価値をはかるのは間違ってる。もちろん、胸の大きさで優劣をつけるだなんてもってのほかだ。いいか、女ってのはな、――尻が全てなんだ!」


 空軍、いや、空軍整備兵学校からの預かりものである少年に、偏った意見を力説する、自分の部下たちの姿だった。


――賊が討伐されるか否か、自分たちの今後を占うような出来事を目前に控えた一日。それでも、訓練場宿舎の面々は、今日も平和だった。



「ああ、いちいち話さなくたっていい。お前さんの言いたいことだってわかる。そりゃあ誰だって可愛らしい顔をした娘っ子は好きさ。軍学校なんて、女っ気のない環境にいたのなら尚更だ。それが普通ってやつだ」


 ボーウィ少年に喋る隙を与えないまま、一方的に話しかける隊員と、周りでウンウンと頷く隊員たち。その隊員の熱弁は、ボーウィ少年の半ば迷惑そうな顔にも勢いを失うことはなく、さらに続けられる。


「まあ俺たちも、その辺りの考え方がわからんでもない。けどな、顔に惹かれるのは初心な奴、胸に惹かれるのはエロい奴、どっちも二流の考え方だ。――いいか、尻を愛でる奴こそが一流なんだ」


 いまいち興味がなさそうに、それでも、相手の熱弁を止めることもできないのだろう、黙って聞くボーウィ少年。

 いつこの話は終わるのか、そんなことを思い始めた彼は、その隊員たちの後ろから近づいてくる、空軍の制服を身にまとった女性士官の存在に気付く。


「いいか、女は尻だ。かわいらしい顔? でかい胸? そんなのはただの好みだ。だがな、尻はそうじゃない。いい女は決まっていい尻をしてるし、いい尻をした女は例外なくいい女なんだ!」


 熱弁をふるう隊員の後ろを見ながら、どうにか話を止めれないかと思いつつも、ただ黙って聞き続けるしかないボーウィ少年と、周りの隊員たち。自分の後ろに近づいてくる人影に気付かずに、熱弁を振るい続ける隊員。――やがて、その隊員の背後に立ったプリムは、音も無く、拳を握りしめる。


「いいか? 大小は関係ない。小さくても、いい尻をした女は良い女だし、大きくても……

「いい加減に、しな!」


 どうなるか固唾をのんで見守っていた他の隊員たちの前で、その声に、ようやく背後に立ったプリムの存在に気付いた隊員は、慌てて腰を浮かしかけ、――それよりも早く、握りしめた拳が襲いかかる。

 やや回り込むように、斜め下から弧を描くように。拳が風を切り、吸い込まれるように脇腹へと突き刺さる。音を立てるような衝撃が、隊員に、苦悶の声を上げさせる。やがて、崩れ落ちるように膝をつく隊員に、声も無く立ち尽くす周りの隊員たち。

 その一部始終眺めていたジュディックは、立ち尽くしていた中の一人、先のことを相談しようとしていた相手に声をかける。


「で、漫才は終わったのか?」

「こりゃあ大尉殿! 見てらしたんですか?」


 その声をかけられた相手、スクアッド曹長は、あっさりと目の前の光景から視線を外し、どこかふざけた口調で、ジュディックに、明るい声でそう返事をした。



「結局の所、今、うちらに出来ることは何もない訳でさあ。なら、いつも通りに過ごして、結果を待つのが最善だと、そう思いますぜ」

「いや、その理屈はわかるのだがな」


 騒ぎから距離を置くように、少し離れた場所にジュディックとスクアッドは席を取り。まずは先ほどの騒ぎに対する弁明だろうか、スクアッドの発した言葉に、ジュディックは、先ほどの騒ぎのあった場所へと視線を送る。


「いっさい緊張していない、結構なことじゃないですか。……おっと、大尉殿は参加しようなんて思っちゃダメですぜ。ああいった話は、上官抜きにやるものだと、相場が決まってるんですから」

「……いや、私は参加しようとは思わないがな」

「そいつは重畳(ちょうじょう)


 続くスクアッドの言葉に、やや苦笑しながらも答えるジュディック。視線の先の、自分の部下たちに大声で説教するプリムの姿を見て、あれも一つの馴染みかただろうか、――ああいった態度も、自分には取れそうもないなと、そんなことを思いながら。

 その様子を見たスクアッドは、どこまでも生真面目な上官に苦笑しながら、軽い口調で、話をそらすように、一つの話題を振る。


「っと、そう言えば、あの機械人形の『日曜大工』、完成したみたいですぜ」


 ともすれば誤解を招くようなその言い回しに、ジュディックは軽く吹き出す。あれは日曜大工なんて規模じゃないが、――まあそうだな、あの建築工事が終わったのなら、出来栄えを確認するのも悪くはないかと、そんなことを考える。


「……そうだな。一度、見ておいた方が良いか。――プリム!」


 そうしてジュディックは、フィリたちの住む部屋に同行してもらうために、未だ部下たちに説教を続けていたプリムに声をかける。



「あんなに地面を掘ったりしてたのに、屋根がついただけなんだ」

「いやぁ、そうでもないじゃろうて。ほれ、現にあ奴が歩いても、こっちは全然ゆれとらんじゃろう?」

「えっと、……ホントだ。全然ゆれないね」


 自室の扉の前に座って、部屋の前の様子を見ながら、そんなことを話すフィリとピーコック。一見すると、フィリの言う通り、扉よりやや上の場所に一メートル程の庇ができ、その庇を支える柱がいくつか建てられただけの変化。……だが、先ほどから、メディーンが歩き回っても、一切振動が伝わってこないことに気付き、フィリは感心したような声を上げる。

 そんな中、正門からフィリの方へと歩くプリム。それを見つけたフィリは、プリムへと声を上げかけて。――その後ろにジュディックと隻腕の男がいるのを見て、その声を思わず飲み込む。


「すまないね、ウチの兄貴が、メディーンの工事の出来を見たいって言うから、一緒に来たんだけど。ちょっと邪魔するよ」


 普段よりも少しだけ縮こまったフィリに、プリムはそう話しかけ。その様子を見て、少し距離を置いたところで立ち止まったジュディックは、メディーンが歩く姿を見て、誰にともなくつぶやく。


「……なるほどな。確かに、全く揺れが伝わってこないな」


 その声を質問と受け取ったのか、立ち止まり、フィリに対して言葉を伝えるメディーン。


「……えっと。『メンシンコウゾウ』って言うのを、地面に作ったんだって」

「そうか」


 フィリの説明を聞いて、ジュディックは一つ頷きながら返事をし。そのまま、スクアッドと共に、踵を返しながら、フィリに話しかける。


「邪魔して悪かったな。後でまた詳しく、そうだな、プリムにでも伝えておいてくれると助かる」


 その言葉には、自分がどう思われているか気付いているが故に距離をとる、そんなジュディックの考え方からだろうか、そっけない響きの中に、ほんの少しの不器用な何かがにじみ出ていた。



「……ふぅ」


 ジュディックたちが見えなくなって、緊張をときながら、大きく息を吐くフィリ。少し気分を変えたくなったのか、フィリは、部屋に戻るねとピーコックに伝えて、一人部屋の中に入る。――その表情は、自分の態度が、ジュディックに気をつかわせていることに気付きながらも、それでも固くなってしまうことを気にしているかのようだった。



 やがて時間も過ぎ。少しだけ元気をなくしていたフィリも、昼の食事を終える頃にはいつも通りの明るさを取り戻す。

 昼過ぎの自由時間、部下たちが中庭の運動場に出ている間、ジュディックは一人、自室で時が過ぎるのを待ち続ける。――やがて、その運動も終わり、各自、訓練場へと移動していく頃合いになっても、ジュディックはただ一人、心を落ち着かせながら、通信機の前で、ただ一人待ち続ける。


――遥か遠く、国境線で起こるであろう賊と自軍との衝突、その結果を。



 旧都マイニングから遠く離れた、大陸の中央山脈地帯と共和国を隔てる国境線。それは、幅数百メートルにも及ぶ、つい十数年前まで、誰も超えることが叶わなかった巨大な渓谷。――だが今は、頑丈に作られた一本の橋が、共和国と中央山脈地帯とをつなぐ。

 その橋の上には、中央山脈の大自然を貫くように敷設された、二国間直通列車の線路。橋の両側には、未だその原型を残したままの森と、その中を貫く、ごく僅かに切り開かれた線路。一日に二度、互いの国を行き来する列車が通る以外は、時折優しい風が木々を揺らす、そんな未開の土地。

 だが今は、その橋の共和国側に、ひしめきあうように、銃剣を手にした歩兵たちが陣を敷いていた。


「物々しいさねえ。こいつはやっぱり、こっちの行動は筒抜けになってると思った方が良さようさ」


 渓谷の反対側の、少し距離を置いた場所。木の陰に身を隠しながら、スコープ越しに渓谷の向こうを眺めていたマークスは、敵の様子に、そんな感想を抱く。

 だが、そんな慎重なマークスの態度を、アストは笑い飛ばす。


「はん! 有象無象がどれだけ集まったところで、何か変わるかよ!」

「まあ、そうさなぁ。――ここまでは予定通り(・・・・)さな、確かに」

「そういうこった」


 いかにも軽そうなアストの声に、確かに、最初から予想していたことだと、あっさりと同意するマークス。そんな相棒の様子を見て、アストは、当初から予定していた強行突破のタイミングを、確認するかのように口にする。


「予定通り、次の列車の通過を待つ。で、そのタイミングで強硬突破と」

「……今回、俺っちは脇役さ。頼むぜ、相棒(・・)


 当初の予定通り、列車と並走するように馬を走らせ、敵陣を突破する。そうなると当然、マークスは、今までのような安全な位置からの狙撃は出来なくなる。肉眼でも十分にわかるほどの大軍を視界の先に収めながら、それでもアストの自信は揺らぐことはなく。


「おうよ、今まで当てにさせてもらった分、ここできっちり返すぜ」


 相棒に、今までの借りを返すいい機会だとばかりに、軽く返事をし、やがて、夕暮れ時とともに訪れるであろう列車を、息を潜めて待ち続ける。


――渓谷大橋、キャニオンブリッジを舞台とした攻防。その攻防の始まりの時は、すぐそこにまで迫っていた。

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個人HPにサブコンテンツ(設定集、曲遊び)を作成しています。よろしければこちらもどうぞ。

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