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フィリ・ディーアが触れる世界  作者: 市境前12アール
第三章 人の生きる世界と歩く道
33/96

8.新たな生活(中)

2018/05/05 誤字修正

 訓練場宿舎に来て、幾日かが過ぎ。少しずつここでの生活に馴染んでいくフィリ。とはいえ、常日頃から接しているプリムを除いては、フィリと他の人たちが接する機会はほとんど無いまま。

 それでも、そのプリムから様々なことを聞きおよんでいた周りの人たちは、フィリのいる風景を、日常の生活の一部として、好意的に受け止め始めていた。――もっとも、どんなことにも、例外というのはつきものだが。



「オーライ……っと!」

「よし、任せろ!」


 昼食を終えた、昼下がりの時間。ボーウィは、昼食を共にしている隊員たちに、昼食後にいつもやっているという球蹴りに参加しないかと誘われて、――ものの数分で、参加するのを諦め、コートの外に座り込んでいた。


(っていうか、この人たち、プロかよ)


 競技を数分見て、そのレベルの高さに、あっさりと見学に回ったボーウィ。今も目の前で決められた、半ば宙返りしながらの蹴りに、普段だったら立ち上がって拍手するのにと複雑な気分を味わいながらも、試合を見続ける。


(何せ、得点の二つに一つは大技だからなあ。マジでレベル高え)


 誘われたって、こんなん参加出来るかと心の中でうそぶきながら、見応えのある試合に引き込まれて、時間を忘れて観戦するボーウィ。そんな彼にふと、選手たち話し声が耳に入る。――今日もあの子見に来てるぜ、よぉし、張り切って行くかという声が。


(……あの女か)


 国宝という、とんでもないものを盗んでいった、プリムの姉御の標的となった一団。その中にいた、多分同じくらいの年であろう女。

 その、普段の生活ではなかなか見ることのない手足を晒した服装に、否応なしに興味を持っていかれていることに自分でも気づいているボーウィは、そのことを半ば忌々しく思いながらも、つい、その女――フィリ――の方へと視線を向ける。


(姉御も、なんであんな奴らに構いっきりなんだ。大体、子供でもないのに、あんな服を着て……)


 心の中で毒づきながら、ほんの少しだけ隠れ見ようとしていたボーウィは、視線の先のフィリの姿に、思わず動きを止める。

 白に黄色に桜色と、明るい色を基調としたワンピース姿。肌を隠すように手首まで伸びた長袖に、足元まで隠れるようなスカートと、どこにでもあるような普通の姿。そんなフィリに、ボーウィは、なぜなのか自分でもわからないまま、視線を釘付ける。


(……ふん!)


 ボーウィの視線に気付いたのか、隣にいたピーコックの奥に隠れるように、身体を動かすフィリ。それを見て、自分が見続けていたことにようやく気が付いたボーウィは、心の中で悪態をつきながら、少しバツが悪そうに視線を競技の方へと戻す。

 ……やがて、フィリが去り、競技が終わった後も、ボーウィは、フィリが座っていた木陰が、どこか気になったまま、観戦を続けていた。



「……やっぱり、あのヒト、少しヤダ」

「確かに、感じが悪いニンゲンじゃのぉ」


 フィリの、珍しく嫌悪感の表に出た言葉に、ありゃあ要注意じゃなと内心思いながら、うんうんと頷くピーコック。……そうして、並んで部屋に戻る途中、ピーコックは、ふと思いついたことをフィリに聞いてみる。


「……そういえば、あのピーチクうるさい女の兄とかいうヒト、あ奴はどうじゃ?」


 前に一度挨拶したきりの、多分ここで一番偉いであろうヒト。多分、あのヒトのことも、さっきのニンゲンと同じように苦手にしとるんじゃろうなぁと、そんなことを思ってのピーコックの質問。

 だが、その答えは、少しだけ、ピーコックの想像とは違っていた。


「えっと、ジュディックさん? あのヒトはそんな嫌じゃないかなぁ。……ちょっと怖いけど」


 そんな風に答えるフィリを見て、本当に少しかのぉなどと思いながら、ピーコックは軽く安堵する。まあ、あのジュディックとかいうのは偉いヒトなんじゃろうし、あまり嫌わん方がええんじゃろうなあと。

 ――もっとも、ピーコック自身は、そのジュディックに対する警戒を解くつもりは、全くと無かったのだが。



 そんな感じで、気がつけば、昼食後に中庭に行き、球蹴りの試合を眺めるのが日課となったフィリ。

 すでに何度も見た、頭上の球を蹴る大技にはそこまで驚くことは無くなったものの、その球を同じく頭上で足に当てて相手の陣地に押し返したり、相手の陣地から飛んでき球をそのまま蹴り返したりと、歓声を上げさせるような大技には事欠くことはなく。その日も歓声と拍手を何度か送ったフィリ。

 実は、その拍手を誰が最初に受けるかという賭けが成立し、さらに、その拍手を受けた場合には得点が一点加算されるという特別ルールがすでに出来上がっているのだが、当のフィリはそんなことを知る由もなく。ただ、自分の凄いと思った時に、素直に拍手を送っていた。



「うん。計算はちゃんとできるのねぇ」


 二回目にフィリたちが訪れた教会で。計算がどこまで出来るか確認するための問題を、静かに解いていったフィリ。その答案の答え合わせをして、褒めちぎるシスターダーラの言葉に、フィリは、嬉しそうに、満面の笑みを浮かべる。


「……いや、もうこれは『ちゃんとできる』なんてレベルじゃないと思うんだけどねぇ。何ができるか、直接聞いた方がいいんじゃないかい?」


 答え合わせをした答案を見て、そんなことを言うプリム。その言葉を聞いて、フィリは少し考えたあと、困ったようにメディーンの方を見る。

 その視線に答えるように、メディーンがフィリに言葉を伝え始め、……やがて、その言葉の意味をかみしめるように考えたプリムは、感心したような声を上げる。


「つまりだ。嬢ちゃんは、基本的な計算はもちろんのこと、帳簿のつけ方や、簡単な測量ができる位には幾何学の心得もあると。……意外なところで博識だね」


 同じ気持ちだったのだろう。ダーラも感心したような声をあげ。――そのままプリムに、自身の感じた疑問を質問する。


「本当、よく知ってるわねよね。……そういえばまだ、フィリちゃんがいままでどう過ごしてきたか、聞いてないわねぇ」

「……アタイもまだ聞いてないね」


 ダーラの質問に、プリムはそのままピーコックの方を見る。――それは聞いてもいい事なのか、確認するように。

 その視線を受けたピーコックは、丸めていた身体はそのままに、めんどくさそうにプリムの方に顔を向ける。


「フィリの今までのことか? 別に隠すようなことでもないんじゃがのぉ」


 そう答えながら、今までよほど退屈だったのだろう、大きなアクビを一つするピーコック。その気負いのない様子に軽くホッとしながらも、時計を見て、プリムは少し考える。


「まあ、そうだねぇ。今日はもう時間もないし、次回に聞かせてもらうとするかね」


 ……そのプリムの一言で、その日の勉強は終わりとなり。帰りに少し寄っていきたいところがあるからと、そのまま帰り支度をするプリム。

 教会で出てくるであろう、昼食を兼ねたおやつを楽しみにしていたフィリは、少し残念そうにしながらも、プリムと一緒に、教会を後にした。



「おいしい!」

「……試しに買ってみてアレだけどね。嬢ちゃんの好みも相当偏っているね」


 教会からの帰り道、馬車を止めて立ち寄った店の前で。満面の笑みを浮かべながら、串に刺した肉を美味しそうに頬張るフィリ。その様子を見て、軽く首を振りながら、プリムがぼやくようにつぶやく。


「その年で珍しいねぇ! ウチで扱っているような、狩猟肉を好むのは!」


 その店は、都市部では珍しい、狩猟肉を扱う店。扱う肉の特殊性からだろうか、道行く人向けに焼いた肉を串に刺して売りながら、地方から出稼ぎにきた人を相手に生鮮肉も扱うという、少し変わったやり方で商売をしているその店のおかみさんは、普段あまり馴染みがない年恰好のお客さんに、威勢のいい声でそんな感想を口にする。


「相当癖のある味だと思うんだけどねぇ。嬢ちゃんの好みも珍しいね」

「いやいや、食べ慣れてない人からすればそうだけどね。出稼ぎに出てきたばかりの客はね、むしろそこらへんにある豚肉とかの方が、癖があるって感じるらしいよ」


 そんな会話をするプリムとおかみさんをよそに、久しぶりに味わうイノシシ肉の味に夢中のフィリ。


「だけど、そんなに違うもんかねぇ」

「そうだねぇ。例えばイノシシだと、脂が全然違うみたいだね。豚肉の脂も、慣れてしまえばいいんだけど、それまでは、くどくてベトベトしてて、とにかく食べれたもんじゃないって、ウチのお得意さんたちは揃って言ってるよ」

「そんなもんかねえ」


 おかみさんの話に、半信半疑ながらも頷くプリム。その話に、そうそうと大きく頷いていたフィリは、イノシシ肉を頬張ったまま、会話に参加しようと声を上げようとして……


「ふぁへれ、……なくは、ないふぇほっ」

「……いいから、まずは飲み込みな」


 その、言葉になっていない声に、プリムが苦笑いしながらたしなめて。よくかんで、飲み込んで、さあ話そうとしたフィリの耳に、遠くから、自分たちに向けて大声で呼びかける声が耳に入る。


「あーっ! この前の姉ちゃんたちだ!」


 それは、以前教会の前で会った、まだ幼い男の子の声だった。



「おや、いらっしゃい。今日もいつもの量かい?」

「いや、今日からは一人分少なくていいや」

「……そう。今肉を切り分けてくるからね。ちょっと待ってな」


 店のおかみさんとは顔なじみなのだろう、気安く話しかけるおかみさんに、注文をする男の子。肉の準備をするために一度おかみさんは店の奥に姿を消し。残ったプリムたちに、男の子が話しかける。


「で、ここにいるってことは、姉ちゃんたちも『よそもん』……、だよな、うん」

「おおい、少年。そう言うことはあんまり大声で……」

「わかってるよ。で、あの時のでっけえ鳥とか機械人形とか、今もいるのかよ」


 話しかけられたプリムは、男の子の言葉を軽くたしなめようとして。返ってきた言葉に、軽く苦笑いをして、あいつらならあそこに隠れているさと言うように、馬車の荷台の方へと視線を向ける。

 その視線に、察しよく、なるほどと言わんばかりに頷く男の子。そんなやりとりの最中に、肉を準備し終えたおかみさんが戻ってくる。


「ほら、切り分けてきたよ」


 そう言いながら、切り分けられた大量の肉が入っているであろう包みを、男の子に渡すおかみさん。


「じゃあな! 『よそもん』は色々大変だと思うけど、頑張れよ!」


 切り分けられた肉を受け取って。元気のいい声を上げて、立ち去っていく男の子。その言葉に手を振って応えていたプリムは、男の子の姿が見えなくなったところで、おかみさんに話しかける。


「えっと、知り合いかい?」

「……まあ、ウチのお得意サマだけどね。親しいのかい?」

「いや、一度教会で会ったことがあるだけだけどね」

「そうかい。……おっと、そっちの娘っ子も食べ終わったみたいだね。どうする、買ってくかい」

「そうたね、少しもらってこうか」

「あいよ、そう言うと思って、さっき準備しといたよ!」

「準備がいいねぇ。……はい、これで足るかな」

「大丈夫だよ、ちょっと待ってて、お釣りを持ってくるよ」


 そう言って、再び店の奥の方に行くおかみさんを見ながら、いつのまにか串肉を食べ終えたフィリは、少し悩みながら、そっとつぶやく。


「ごちそうさま、言いそびれちゃった。……今からでもいいのかなぁ」


 その言葉を聞いて、プリムは、笑いながら、フィリの頭の上に手を乗せて、大丈夫、別れぎわにでも言えばいいよと声をかける。



 その日から、フィリの食事のメニューには、定期的に狩猟肉が使われることになる。一般的に出回っている家畜肉が苦手なままではいけないという配慮だろうか、肉が主体でないような献立の時は家畜肉を使ったりと、狩猟肉と家畜肉を織り交ぜた食生活。それでもフィリは、美味しそうにそれぞれの味を楽しみなから、日々を過ごす。

 ここに来てからまだ数日という、わずかな時間。それでも、日々の生活にリズムが生まれ、習慣ができ始めた、そんな頃合い。

 そして、そんなフィリの平和な日常とは関係なく。国境の警戒線に迫る賊と、その位置を確認しては日々緊張感を高めて行くジュディック。


――すでに、賊が国境に到着するまで後一日のところまで、時は迫っていた。

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個人HPにサブコンテンツ(設定集、曲遊び)を作成しています。よろしければこちらもどうぞ。

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