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フィリ・ディーアが触れる世界  作者: 市境前12アール
第三章 人の生きる世界と歩く道
32/96

7.新たな生活(上)

「……ようやく行ったのぉ」


 プリムお姉さんと、そのお兄さんがいなくなって。しばらくして、ピーコックが、どこかホッとしたような声で、そんなことを言う。……なんとなくだけど、わかるような気がする。怖そうだったから、あのヒト。そう思いながら、わたしもそろそろ、部屋の中に戻らなきゃと立ち上がる。


「おや、もう戻るのかの」

「うん。お昼ごはんまであと少し、本を読もうかなって」


 昨日、教会から帰ってきたあと、プリムお姉さんにお願いして貸してもらった何冊かの本。まずはその一冊目、「聖獣の王」の物語を読んでるところ。

 ピーコックのことを「聖獣」なんて言ってたから、気になって借りた本なんだけど。――確かに、えっと、聖鳥なんとかが出てきたけど。全然ピーコックとは違うよ。よく働く鳥さんみたいだし。そんなことを思いながら、昼までの時間に、少しでも読み進めようと、部屋の中に入る。



 そうして、フィリの新しい日常は始まる。この訓練場宿舎に来て、今日で三日目。時間のあるときは部屋の中で本を読み、休憩に少し、部屋の外に出てと、徐々に新しい生活を構築していく。


「ごちそうさま!」

「……メシを食うとるフィリを見とると、安心するのぉ」

「……どういう意味ぃ?」

「かっかっか! そりゃあ、そのままの意味じゃて」


 朝のパン、昼の果物、夜の肉料理と、少しずつ違う献立に、その都度出される、今まで食べたことのない味。その味付けに最初は戸惑ったフィリも、今ではどんな味なんだろうと、食事の時間を心待ちにし。今もまた、その味に満足して、食事を終える。――その料理を出しているレシティ曹長(おばさん)が、こっそりと、メディーンに料理の味付けを確認していることに気付かずに。

 始めは、騒ぎにならないようにとの配慮からの行動だったが、何度かのやり取りで、レシティにも、メディーンの性格もわかってきたのだろう。「なんだい、始めはビックリしたけどね。なかなかに真面目な御仁じゃないか」とは彼女の言。


「さてと。じゃあ今日も、少しばかり『中庭』の様子でものぞいてみるかのぉ」

「……えっと、今日はもう、他のヒトがいるんじゃなかったっけ」

「まあ、ここに住んどるヒトなら大丈夫じゃろうて」


 そして、まだ街の常識を学んでいないフィリにとっての世界は、訓練場宿舎の敷地の中だけ。彼女に貸し与えられた自室に、今はメディーンが土木工事をしている、自室の扉の前の狭い空間。そして、その宿舎を回り込んだ先にある、芝生と運動場のある、それなりの広さを持つ中庭、そんな限られた場所が、今の彼女の世界だった。


(たまには、他のヒトとも会わせたらんとな。外の世界に出てきた意味も無いじゃろうて)


 未だヒトに慣れず、自分たちの側から離れないようとしないフィリ。そのフィリを、他のヒトとも接するようにしようとするピーコック。――慌てんでええ。あの口が達者な小憎たらしいヒトとも親しくなっんじゃ、そのうち他のヒトとも仲良くなるじゃろうと、そう考えているかのように。


「メディーンも行く?」

「……いや、こ奴はまず、ここをなんとかするのが『仕事』じゃろうて」


 フィリの言葉に、まるで一緒に来られても困るといった風に返事をするピーコック。――本当にそう思ったのか、それとも密かに、こ奴はヒトと話すのにむしろ邪魔だわいとでも思ったのか。

 そんなピーコックの態度も気にせず、そっか、仕事の方が大事だよねと納得して、中庭の方に歩き始めるフィリと、その横をひょこひょこと歩くピーコック。

 やがて、中庭に着いた二人は、芝生の端の木陰に座り。運動場の方で、球技に興じる隊員たちの様子を眺め始める。



「おい、あのデッカい孔雀……」

「しっ。必要以上に騒ぐなって言われてただろう、……っと!」


 昼食のあと、球蹴りに興じていた隊員たち。その中の一人が、中庭の片隅に現れた巨大な孔雀と少女の姿に、一度は声をあげかけながら、敵陣からの注意の声で思い留まり、……その相手の放った、勝負を決めにきたのであろう、陣地の片隅を狙った絶妙の蹴りに、慌てて球を追うように走り出す。


「うぉっと……、っしゃあ!」

「よし! 任せろ!」


 山なりに落ちてくる球に追いつき、掛け声とともに球を上の方に蹴り上げる隊員。ぎりぎりながらも、陣地の境目に張られたネットの近く、攻撃するのには絶好の球に、掛け声を上げながらも距離をはかり、飛び上がる準備をする味方の隊員。――そのままタイミングを見計らって、助走をつけて大きく飛び上がり、身体をひねりながら、頭上の球を力強く蹴りおろす。

 鋭い角度で地面に叩きつけられ、コートの外に出ていく球。その様子をただ見送る敵陣の隊員たち。見事に大技を成功させた隊員をハイタッチで迎える味方の隊員たち。


「……ギャラリーにも喜んでもらえたみたいだな」


 中庭の片隅から聞こえてくる拍手の音に、大技を決めた隊員は、そちらの方を見ずに、ただ片腕を上げてその拍手に応える。その隊員も、やがて戻ってきた球に、ギャラリーのことを意識の外に追い出し、腰を落とし、相手のサーブを待つ。

 遊戯でありながら、緊張感の漂う球蹴りの試合は、芝生の片隅で見守る観客の視線を軽く意識しながらも、普段通りの流れで進んでいった。



「……すごーい」


 運動場の方を眺めていたフィリは、その競技の中で見せつけられた大技に、思わず拍手を送る。


「……器用なもんじゃのぉ」


 隣で見ていたピーコックも、同じように感心したのだろう、普段の人を食った発言を忘れ、素直な感想を口にする。


「わたしも出来るかなぁ?」

「フィリはまず、服装のことを考えるべきじゃと思うんじゃが。ほれ、スカートとか言ったか?、足首まであるような布切れを買いに行くとか、あのやかましい女が言うとったじゃろうに。……あんな服装じゃあ、木登りすら無理じゃと思うんじゃがのぉ」

「……そうだ。この後、服を買いに行くんだった!」


 フィリの、素朴な憧れの入った言葉に、ピーコックの冷静な指摘。その指摘に、この後の予定を思い出して、部屋に戻るために立ち上がるフィリ。

 先ほどの、鮮やかな隊員の動きに、軽く後ろ髪を引かれながら。少し早いかな、なんて思いながらも、この後迎えに来るであろうプリムを待たせないよう、自分の部屋に戻るべく、歩き始める。



 一度部屋に戻ったフィリは、部屋の中で読みかけの本を読み始め。程なくしてプリムが迎えに来る。


「今回は、メディーンはついて来ないのかい?」

「ついてきて何か変わるわけでも無いじゃろうし。……アレをどうにかする方が先じゃろうて」


 プリムの素朴な疑問に、掘り起こされた地面の方に顔を向け、そう答えるピーコック。確かに、そうしてくれると助かるねぇと納得したプリムは、ピーコック、フィリと一緒に、正門の方に手配した馬車の方へと歩き始める。


「いっそ、アンタも部屋で休んでてくれたらね。こんな馬車を出す必要も無くなるんだけどね」

「かっかっか、そりゃあヌシも大変じゃのぉ」


 何度も今まで繰り返されたプリムとピーコックの憎まれ口を聞いて、この二人、じつは仲がいい?、なんて思い始めたフィリ。当然、この二人がそんなフィリの感想を知ったとすれば、きっと明確に否定しただろう。もっとも……


(まあ、いつかはピーコック抜きで外に出られるようにならなきゃいけないんだけどね)

(フィリもまあ、儂以外の「ヒト」と外に出るべきなんじゃろうがなぁ。まだ早いかのぉ)


 ……プリムとピーコックが、互いに似たようなことを考えていたことは、当の二人も知らないことだったが。



「うわぁ!」


 旧都市街地の服屋にて。並べて吊るされた色とりどりの服に、目を輝かせるフィリ。その、今にも飛び跳ねそうなはしゃぎかたに、軽く笑うプリム。

 どれがいいかなと一通り店内を見て回って、少し考えて。遺跡にいた頃から何度も読んでいた絵本を思い出したのだろう、その中に出てきた服がないか、隣のプリムにたずねる。


「えっと、女給(メイド)服は!」

「……残念だけど、それは普段着る服じゃないねぇ」


 プリムの返事に、少し残念な様子を見せるフィリ。そのままもう一度考えこんで、その絵本の中の違う服を思い出す。


「じゃあ、乗馬服!」

「……それもここには置いていないだろうねぇ」


 苦笑まじりに返ってくる返事に、あきらめきれないのか、さらに、絵本にでてきた服をあげるフィリ。


「じゃあ、えっと、白衣!」

「……いったい嬢ちゃんは、今までどんな風に人間の社会を学んできたのかねぇ」


 次々とあげられる、およそ一般からかけ離れた服に、プリムは軽く嘆息しながら、フィリに似合いそうな服を見繕い始める。

 鏡の前で、次々と渡される服が似合うかどうか嬉しそうに確認をするフィリ。そうしてフィリは、馬車の中にピーコックを残したまま、時が過ぎるのを忘れて、あれがいい、いやあっちかなと、どの服がいいか選ぶのを楽しんでいた。



「……えらい時間がかかるもんじゃのぉ」


 単に身体にまとう布切れを買うのに、何でこんなにも時間がかかるんじゃなんて思いながら、ピーコックは一人、馬車の中で、あくびまじりに暇を持て余す。

 最終的には、ピーコックの理解が及ばないほど長く待たされることになるのだが、この時のピーコックには、そんなことは想像すらできなかった。

 ……フィリたちが部屋に戻ったのは、かろうじて、夕食の時間に間に合うような、そんな時間になっていた。



「はい、これ、メディーンの分」


 フィリが買い物を終えて部屋に戻ったあと。夕食の前の僅かな時間。そう言ってフィリが、自分の服と一緒に買った物をメディーンに手渡す。……メディーンのために買ってきた服を。


「えっとね、これが身体に着る服で、こっちが帽子」


 そう言ってフィリが手渡したのは、フィリの身長ほどもある暗茶色の外套と、同じ色をした鍔広の帽子。


「立派な体格の人には、こういう服が似合うんだって。……どうかな?」


 服を手渡されたメディーンは、ややぎこちない動きで、それでも、フィリの言葉から、着て欲しいという意思を読み取ったのだろう。受け取った外套に袖を通し、帽子を被る。……その動作は、自分が服を着る利点を見出せないままに、それでも、自身が管理者として定めたフィリの意志には逆らえないと、そんな、どこかぎこちない動きだった。



「……また少し、国境に近づいてきたと。これはもう、こっちにくるのは間違いなさそうだねぇ」


 夕食を終えたあと、もはや恒例となった、メディーンとプリムの情報交換の時間。……とはいえ、今は、メディーンが地図上で賊の居場所を指し示すだけなのだが。


「ありがとね、助かるよ」


 情報交換も今回ですでに三回目。フィリもメディーンの言葉を伝えるのに慣れ始め。プリムも勝手がわかっている分、順調に伝達も進み。短時間で必要な情報を伝え終えて。……最後に、プリムはメディーンの方を見て、意外そうな声を上げる。


「……しかしまあ、まさかホントに着るとはね。正直、思ってなかったよ」


 その声からは、実はあの孔雀怪獣よりも、こっちの機械人形の方が意外性の塊なのかもしれないねと、そんな密かな思いがにじみ出ていた。



(……ほんの少し、ちょっとだけならいいよね?)


 プリムが部屋から去り。ピーコックたちも部屋の外に出て。一人になったフィリは、こっそりと、今日買ってきた服に袖を通す。

 今まで、メディーンから与えられた服しか着たことのないフィリ。そこに不満があったわけでもない。今まで着ていた服だってお気に入りの、大事な一着だ。

 ……それでも、新しい服を手にしたフィリからは、溢れんばかりの喜びに満ちて。


(えへへ~)


 初めて自分で選んだ服。本の中にしかなかった、色とりどりの布で飾られた、女の子らしい服。ありきたりな、どちらかといえば質素なその服に袖を通しながら、フィリの表情はどこまでもゆるみ。唯一見つけた、絵本の中にあったような質素な髪留めを嬉しそうに身に着けて。

 鏡の前で、クルリと回り。スカートを摘んでお辞儀をし。様々な姿勢をとっては笑顔をこぼし。……満足行くまで楽しんだのだろう、少し回りを気にしながら、どこか恥ずかしそうに、寝間着に着替える。


「……おやすみなさい」


 やがて暗くなった寝室で、誰にともなくそう挨拶をして、寝台に潜り込むフィリ。

 ゆっくりと、誰かに見守られながら。ほんの少しずつ、フィリは、人間の社会に触れていった。

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個人HPにサブコンテンツ(設定集、曲遊び)を作成しています。よろしければこちらもどうぞ。

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