6.帰還
「奴らが国境に着くまで、推測ではあと四日程度か」
「……その情報、どこまで信用できるもんなんすかねぇ」
スクアッド曹長の言葉に「さてな」と答えながらも、疑う様子を見せないジュディック。まあ、情報源となっている機械人形が、聖典の正確な位置を把握できるのは間違いないだろうと、そうジュディックは確信している。――なにせ、事の発端となった列車内の強奪事件の際に、乱入して見せたのだからと。
プリムやフィリたちが出発した二日後の朝に、後を追うように、中央山脈地帯から本国に向けて飛び立ったジュディック。途中の休憩も最小限に、最速で首都に直行した結果、新都ホープソブリンに到着したのはその日の夕方のこと。病院で軽く診察を受けてから、その足で陸軍本部に赴き、マイミー少将に帰還の報告をし、そのまま新都区域で一泊。明けた次の日、病院での検査を終えたスクアッド曹長と合流し。
今は、事件の中で出会った正体不明の一団に接触するために、旧都区域「マイニング」にある訓練場宿舎に向かう馬車に揺られているところだった。
(片腕を失っても、飄々とした態度を崩さないのはまあ、この男の性格だろうな)
負傷する前と変わらない、どこか軽さを感じさせるスクアッド曹長の態度に、そんなことを思いながらも、次の自分の任務のことを考え、軽く苦笑する。
(まあ、奴らがこの国に入る前に討伐されれば、私の出番はないのだがな)
まずは、急遽構築された、国境線の警戒線。ここで賊が捕まれば、自分たちの出番はないのだから。そう思いながら、昨晩の、マイミー少将との会話を思い出す。
◇
「ジュディック・ジンライト。ただいま戻りました」
陸軍本部にあるマイミー少将の執務室。執務机の奥に座るマイミー少将に敬礼をし、帰還の報告をする。
久方ぶりに見るマイミー少将は、その鍛え上げられた身体を執務机の向こうに隠したまま、一つ頷く。
「任務ご苦労だった。確か、先に病院に行ったのだったな。傷の方は大丈夫かね」
「は。あと数日もすれば、日常生活に支障はなくなるとのことです」
マイミー少将の労りの言葉に、あらかじめ用意しておいた言葉で返事をする。――我ながら酷い言い方だと、そんなことを思いながら。
少将も当然、気付いているのだろう。その厳つい顔に真面目な表情を浮かべたまま、誰でも気付くであろう矛盾を突いてくる。
「骨にヒビが入ってるのにか? その軍医の目は節穴にも程があるな」
真面目な表情を崩さないまま、そんな冗談めいた言葉を重々しく言う少将に、この人らしいなと思いながら、軍医の診断結果を思い出す。――ひびの入った肋骨が完治するまで数ヵ月。それまでは、訓練等を控えるよう強く言われたことを。
だがそう言ってしまっては、つぎの任務につくことが出来なくなる。私としても、このまま引き下がることなど考えられない。そしてそれは……
「だがまあ、その程度の傷なら、そのまま次の任務につくことができると、そう考えて良いのだな」
「は。もちろんであります」
……マイミー少将も承知のことだろう。
「では、早速だが。これが例の『新兵器』の資料だ。……どうだ? 心当たりはあるか?」
マイミー少将が、そう言いながら、束になった資料を机の上に置く。その資料を手にとり、中に書かれたことを目で追い、その中に描かれた、一つの武器の完成図が目に止まる。
忘れもしない。目の前で猛威を振るった男が手にしていた武器。部下たちの常に機先を制し、一発の発砲も許さず、――そして、部下の命を奪った武器。
……気がつけば、全力で書類を握るように持つ自分に気付き。マイミー少将の前だということを思い出し。慌てて報告をする。
「は。少なくともこの『速射銃シュバルアーム』は、間違いなく、奴らの使っていた武器です。……この目で確認しました。間違いありません」
さらに資料をめくり。他の武器の説明に、自分たちを襲った攻撃と特徴が一致するものを見つける。
「あと、この『対空連装砲アンティアエリアン・アーティレリ』も、直接見た訳ではありませんが、武器の特性は一致しているかと」
そうして、一通り報告をして。その内容から導きだされた結論、それは……
「つまり、奴らは『ウェス・デル研究所』の元研究員、アスト・イストレとマークス・サショットと見て間違い無いのだな」
「は。小官はそう判断いたします」
奴らの正体が、我が国の人間で。……今回の事件が、我が軍の出した要求仕様にそって開発された武器によって引き起こされたことが確定した瞬間だった。
「よし。では貴官に最後の確認だ。貴官の取るべき道は二つある。一つは、事が終わるまで、休養を楽しむという道だ。なに、殉職者も出たような激戦の地から帰還したのだ。アバラにヒビが入って数ヵ月間療養が必要とでも、周りには言っておけば良い。
もう一つの道は、今現在、賊の討伐のために、国境線に軍を配備しているが。彼らが任務に失敗した時に備え、待機する道だ。……当然、賊が国境を突破し国内に侵入した場合は、君や君の部下にも働いてもらうことになる」
「もちろん、賊が国内に侵入した場合に備える方を選ばせて頂きます」
「わかった、なお、今回の任務は機密性が高い。今後、他言することを禁ずる」
「は」
マイミー少将からの、任務を続けるかという問いかけに即答し。一切情報を、漏らさないことも了承して……
「よし。……あとは、そうだな。何か質問はあるかね?」
……最後にそう問いかけてきたマイミー少将に。資料を見て、感じた疑問をぶつける。
資料を見て、どうしても拭えなかった疑問。それは……
「は。それでは、お言葉に甘えて。何故これらの武器が不採用となったのか、ご存知であれば、理由をお聞かせ願えますか?」
……なぜ、当時の軍は、これらの武器を採用しなかったのかという疑問だった。
◇
資料に記された、「複雑な機構を有することによる生産の困難さ」や「運用するために求められる射手への技量の高さ」。これらの理由が、この武器の弱点となることは確かだろう。だが、それらの理由が、この新兵器を不採用とするほどのものかと言われると、疑問に感じる。
我が国は、技術によって発展してきた国だ。どれだけ複雑な機構を有していたとしても、その技術を用いれば、決して量産化は不可能ではないと、そう感じる。
そして、これらの武器に必要となる「火薬」という物質や「三連爆発魔法」という技能。これらを使用しなければ運用できないというのは、一見すると欠点に見えるだろう。だが、逆に言えば、採用してしまえば、この資料に書かれていない、それらの技術が手に入ったはずなのだ。そして、それらは、ここに書かれた新兵器そのものよりも魅力的ではないかと、そんな風に思う。――それらを売り込むために、この新兵器を作り上げたのではないかと、そう感じるほどに。
だから、これほどの技術を手に入れる機会をふいにしてまで採用を見送った理由は何かあるのかと思い、質問をしたのだが……
「ああ、それはだな。後の調べで判明したことなのだが。当時の軍研究所の中枢に、『教会』との癒着があってな」
……マイミー少将の答えは、あまりに馬鹿馬鹿しい、「政治と不正」という名の現実だった。
「軍研究所から独立した研究者、シェンツィ・アートパッツォが設立したウェス・デル研究所。その研究所が出してきた最初の試作兵器が問題でな。――その兵器は、教会としては、とても認めることができるような物ではなかった。
そのことを知った教会が手を回して、その研究所の武器を採用させないようにした。だが、その後に出された兵器やそれを支える技術は、軍にとってあまりに魅力的でな。
……それが、一度は追い出した『シェンツィ・アートパッツォ』という科学者の研究成果に目を向けさせる事になり、やがて軍研究所による『ウェス・デル研究所』の接収という流れを生む事になったのだが。まあ、これは別の話だな」
マイミー少将の説明に、資料をめくる。敵の銃撃に対抗するという、軍からの要求仕様に応える形で作られた、「魔封魔弾セイント・ブラッド」と名付けられたその新兵器の説明文に目を通す。――そこには、簡潔に、「人工的に再現した聖人の血を利用して、周辺の魔法発動を妨害する兵器」とだけ書かれていた。
◇
「魔弾、という武器を知っているか?」
訓練場宿舎に向かう馬車の中で、昨日のマイミー少将との会話を思い出しながら、横に座るスクアッドに、そんなことを聞いてみる。
「何です? 藪から棒に。……あれですよね、大昔に使われてたって言う、魔法を『投げる』ための弾」
そう。銃器が開発されて、今では過去のものとなった、大昔の武器。薄めた血を丸い球に詰めて、相手に向かって投げるという、恐ろしく原始的でありながら、爆発、炎上、雷撃といった、魔法の引き起こす様々な現象を飛び道具にすることで、弓矢と比べて遥かに脅威だったという、そんな武器。
「いや、あの賊は、もしかしたら、その大昔の武器も使ってくるのかもなと、そんなことを考えてな」
「はあ? なんでまた?」
昨日見た資料を思い出して言った言葉に、素っ頓狂な声をあげるスクアッド曹長。その反応に、まあ、普通の反応だろうなと、そんなことを考えながら、「魔封魔弾セイント・ブラッド」という武器のことを考える。
わかっているのはその名前と、人工的に作り出した聖人の血を利用するということだけ。だが、それだけでも、教会としては認めることは出来ないだろうなと思わざるを得ない。何せ、その名前からは、作り出した「聖人の血」を使い捨てにすることが、ありありと伝わってくるのだから。
そこまで考えて、軽く首を振る。今の任務は賊の迎撃ではない、と。
私の今の任務は、我が国よりも聖典の情報を有していると思われる、件の巨鳥たちから、一つでも多く、聖典の情報を引き出し、そして、賊が国境線を超えてきた時に備えることだと。
既にプリムとその一団が寄宿した首都郊外にある訓練場の宿舎。そこに到着するまでの間、馬車の揺れに身を任せながら、そんなことを考えていた。
◇
「うーん、ここも久しぶりっすねえ」
訓練場宿舎の正門の前で馬車を降りた途端、そんなことを言い出すスクアッドに、思わず笑う。
普通の部隊であれば年に数回、本格的な訓練の時にしか使わない施設。だが、年中訓練に明け暮れる武装偵察小隊にとっては、第二のわが家とも言える施設だ。確かに懐かしさみたいなものも感じるのもわかる。
「確か、あいつらももう来てるって話ですよね」
「ああ。昨日の晩にこっちに着いたみたいだな」
「じゃあ、ちょっくらそっちに行ってきますわ」
他の部下が既にこの宿舎に寄宿していることを確認したスクアッドは、そんなことを言って、宿舎に入っていく。……その部下たちがどこに居るのか聞きもせずに。まあ、その辺りは、勝手知ったる我が家だ。多分、どのあたりで部下たちがたむろしているのか、心当たりがあるのだろう。
そのスクアッドと入れ違いになるように、馬車の音を聞いたのだろう、プリムがこちらに向けて歩いてくるのに気付き。そのプリムに、声をかける。
「で、どうだ。例の連中の様子は」
「ああ、フィリちゃんたちね。まるで田舎から来たばかりの子供みたいだね。どこかに行く度に周りを興味深く見て、ちょっとしたことに驚いてと、そんな感じさ」
プリムの返事の中に出てきた名前。確か、フィリというのは……
「件の少女か」
……あの巨鳥や機械人形と共に行動していた、女の子の名前だったか。
そんなことを考えながら、プリムと共に、食堂の方へと足を運ぶ。
「ああ。……あの連中は、良くも悪くも、フィリちゃんが中心さ。フィリちゃんにとって良いと思えば何も口出ししてこないし、あの機械人形も、フィリちゃんが頼めば言う事を聞いてくれそうな感じだ。逆に、フィリちゃんにとって害があることなら、口を挟んでくるし、多分、実力行使もためらわないだろうね」
そんなプリムの、「実力行使もためらわない」という言葉に、少し考える。翼をもがれ、飛ぶことができなくなった巨鳥は、油断は出来ないにしてもまだ、何とかなるだろう。だが、もう一体の機械人形はどうだろうか。……正直、どうにかなるのだろうか? なにせ、あの賊の片割れ、速射銃を持った男が中にいる特別貨物車両に単身乗り込んで、まんまと聖典を持ち出した前例がある。――どうにかできたところで、騒動となるのは、まず避けられないだろう。
「確かか?」
「ああ。それこそ料理の味付け一つで大騒ぎになりかねなかったしね。別に、こっちに悪意があった訳でもないんだけどね。
あの孔雀怪獣も、フィリちゃんに本を読ませようとした時に、興味がないフリをしながらきっちりと聞き耳を立てていたしね。ああ見えて、意外と隙がない連中さ」
プリムの言葉に、再び考える。あの連中に関してはプリムに一任しているし、この妹が、現時点で悪意を持って接することも無いだろう。探りを入れるにも、そうと気付かれないようにやるだろうし、言葉からはそんな気配も感じられない。そうなると……
「……常識の違いか」
「そうだね。まずはそれが一番厄介だ。まあ、あの連中も、まずはコッチの常識を知ろうとしているみたいなんだけどね。そのくせ、まずは疑ってかかってくるのが、ちょっと面倒だね。……まあ、その位で丁度いいような気もするけどね」
……なるほど。まあ、そうなるのが自然か。そう思いながらも、多分この様子なら大丈夫だろうと一つ頷く。
「わかった。注意しておくよう、部下たちには言い聞かせておく」
下手に刺激をして騒動が起きたら、目も当てられないしなと、そんなことを思いながら、そう返事をし……
「あいつらに関しては、それ以外の所が心配だけどね。……なにせ、機械人形と孔雀怪獣だからね。一体どこまでを冗談と取ってもらえるか、そっちの方が心配さ」
……返ってきたプリムの言葉に、思わず頭を抱える。
食堂に入った途端聞こえてきた、そこでたむろしていた部下たちの会話。やれ、やっぱり尻だ、いや胸だ、昨日はちょっと雰囲気が違った、それも魅力だと、チーパブハウスのダーラ嬢の会話で盛り上がる隊員たち。こういった会話は、あの連中の許容範囲に収まるだろうか? なにより、フィリという子を、こういった会話の対象にしないか、とても不安だ。
まあ、多分あの子はそういった話の対象にはならないだろうが。いや、だがあの雨の中の行軍中でもこういった会話を続けていた奴らだ、もしかということも……
「まったく、さっきまでは、帰ってこれなかった奴らに最後の一杯を捧げてきたとか、真面目なことを言ってたはずなのに。ウチのボーウィ少年に何を吹き込んでいるんだか。……ちょっとアンタら、成人前の学生に変なことを吹き込むんじゃないよ!」
そんなプリムの怒声を聞きながら、一度身なりを整えるため、懐かしの自室へと足を向けた。
◇
「まだ、フィリちゃんを全員に会わせるのは避けた方が良さそうな気がするね。……どうもね、見知らぬ人に会った時、親しくなる前と後で、表情とか仕草が違うような気がするんだよね」
軍服から、普段着へと着替え。軽く身なりも整え。再びプリムと合流し、まずはそのフィリという女の子に軽く挨拶をしておこうと、彼女たちの住む部屋へと足を向ける。
……何故、わざわざ外から行くのだろうと疑問に思ったのだが。どうやら、フィリという女の子は、部屋の外に居ることが多々あるらしい。一瞬疑問に思ったが、機械人形や巨鳥が外で過ごしているからという言葉に軽く納得しつつ、会話を続ける。
「それは、ある程度は仕方がないのではないか?」
「それがちょっと激しいような気がするのさ。どうも、初めてあった人がどんな人間なのか、アタイやあの孔雀怪獣の態度を見て判断しているんじゃないかと、そんな気がしてるんだけどね。――何となくなんだけど、あの孔雀怪獣が信用する相手じゃなきゃ、フィリちゃんも信用しない、そんな気がするんだ。
だから、まずはこの宿舎の中で、一人ずつ会って交友を深めた方がいいんじゃないかと、そんな風に思うんだけどね」
……ああ、警戒しているのか。プリムの今までの報告を聞く限り、他の人間とは会った事もないと推測されるし、まあ仕方が無いのだろう。
だが、そうだとすると……
「……それだと、この宿舎の中でも難しい気がするが」
「そうでもないさ。フィリちゃんは、どこかに行くときは常に、ピーコックと一緒に行動してる。多分、ピーコックの方もそれを意識している。だから、よほどの事がない限り、フィリちゃん一人で他の人と会う事はないと思ってる。
なに、フィリちゃん自身は、好奇心も旺盛だし、むしろ人懐っこい性格だからね。人と接するのも、すぐになれるだろうさ。……むしろ、どこかで『人を疑う』ことを教えなきゃいけないかなと思うくらいさ」
……なるほど。案外、部下たちの言動も騒動にならないかも知れないと、軽く胸をなでおろす。もっとも、あの言動に関しては、疑ってもらわねば困るのだが。
だが、常にあの巨鳥が一緒か。この宿舎内はそれでいいだろうが……
「……そうなると、街に出られるようになるのは、相当先か?」
「まあ、あの孔雀怪獣を連れて、街を闊歩する訳には行かないだろうねぇ」
まあ、そうなるか。だがまあ、このプリムの口調だと、そこまで深刻そうにとらえることも無いのだろうな。時間が解決する問題なのだろうと、そう結論付けて。
……さっきから非常に気になっていたことを、プリムに質問する。
「……ところで。あれは一体、何をしているんだ?」
「ああ。あの機械人形と孔雀怪獣は、部屋の中で過ごすのは難しいみたいでね。雨風をしのげるような庇を作ってるところさ」
「……それにしては、物凄く本格的に見えるのだがな」
見慣れたはずの、士官室の外の入口。それが今では、まるで土木工事の現場のように、土が掘り起こされ、材木やセメントに、あれは鉄筋だろうか? まるで基礎から建造物を建てようとしているかのように、材料が積み上げられ。――この様子を見て、「庇を作る」なんて言葉で納得する人間はいるのだろうかと、そんな光景が目の前に広がっていた。
「どうやら、入口の周り、あの機械人形が普段過ごすような場所に、振動を吸収するような特殊な床を作りたいみたいだね。――そうしないと、この宿舎の寿命が短くなるってんで言うんでね、アタイが許可したのさ」
……いやまあ、言われてみれば、確かにあの機械人形、一歩歩くごとに地面が揺れるほどの重量感があったとは思うが。それにしても、これはどうなのだろうと、そう思うのだが。
「連中の持つ技術を知るのにちょうどいいだろう? この前の治療の時で、少なくともあの機械人形が、ウチらに無い知識や技術を持ってることははっきりしたんだ。その一旦を知るのに、またとない機会だと思うけどね」
……そうだな。プリムの言いたいことはわかる。きっとこの妹のことだ、そう言って、ちゃんと然るべき許可も取ったのだろう。少なくとも、宿舎を管理しているような部門ではこんな許可は下りない、もっと上の方に手を回して、特別措置として許可させたのだろう。――なぜか、マイミー少将の、いかにも軍人らしい、厳つい顔が頭によぎりながら、そんなことを考えた。
◇
「ジュディック・ジンライト、一応、ここに住んでいる人の中では一番偉いことになると思う」
「……フィリです。よろしくお願いします」
士官室の入口の前で。巨鳥と並んで、機械人形が土木工事をしているのを眺めていた女の子――フィリ――に自己紹介をする。
……多分、私の「軍人」としての雰囲気を感じ取っているのだろう、はっきりとこちらを警戒しながらも、それでも、丁寧に挨拶を返してくるのは、そう教えられるからか。
「えっと、こう見えても、一応、アタイの兄貴でね」
「一応は余計だろう」
プリムの横からの言葉に、軽く言い返して。どこか、フィリから、警戒を緩めたような空気を感じながら、再びフィリに声をかける。
「挨拶と、あと、一言だけ、伝えたいことがあって、今日はここまで足を運ばせてもらった」
その言葉を、警戒感を解かないまま、黙って聞くフィリに、そのまま言葉を続ける。
「この前は言いそびれてしまったが。私の部下を治療してもらい、感謝している。――あの治療で、いくつかの命が救われ、後遺症に苦しむ者も少なくなった。改めて礼を言わせてもらう」
そう言って、あとはプリムに任せた方がいいだろうと、その場を立ち去る。――例え、警戒されてしまったとしても、この言葉だけは、今伝えたかったのだと、そんなことを思いながら。
◇
「……あのヒトたちを治したのは、メディーンなんだけどなぁ」
「でも、フィリちゃんがそう、メディーンにお願いしたんだろう? アニキはそのことを含めて礼を言ってるのさ」
ジュディックが立ち去ってしばらくして。フィリは、その場に残ったプリムにそう話しかける。
「アニキはまあ、見た目から軍人だし、ちょっと怖い感じもするんだけどね。口調もあんなだし。……でも、決して悪い人間じゃない。それは保証するよ」
ようやく警戒感を解きはじめたフィリの言葉に、プリムはそう返事をする。フィリもそれはわかっているだろう、それでも、簡単にはその言葉を受け取れないんだろうねえと、珍しく一言も喋らなかったピーコックの方を見ながら、そんなことを思う。
何せ、アニキたちがピーコックが翼をもがれた地に居合わせながら、そのピーコックの負った傷よりも、聖典を優先したことに気付いているだろうから。
(まったく、アタイだって一緒なんだけどね。何でアタイはこうも信用されてるんだか)
プリムは何故、自分が信用を得ているのか、気付かないままに、そんなことを思う。――ピーコックが翼をもがれたその日の夜に、フィリに伝えた、嘘偽りのない、無骨な気遣いの言葉。その言葉こそが、今の信用につながっていることに気付かぬまま。ピーコックと、メディーンと、遺跡が世界の全てだった少女には、それほど大きい言葉だということに、気が付かないままに。
遺跡から出て、人と会い、言葉を交わして。それでも、今はまだ、フィリの世界は狭いままだった。