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フィリ・ディーアが触れる世界  作者: 市境前12アール
第三章 人の生きる世界と歩く道
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4.旧都マイニングの小さな教会(上)

 いま、穏やかな大地で平穏な毎日を過ごしている貴方は、その平穏な毎日に、感謝の祈りを捧げていることでしょう。

 いま、荒ぶる大地で苦難の道を歩んでいる貴方は、その苦難を乗り越えるためにこの世界に降り立った偉大な聖人に、感謝の祈りを捧げていることでしょう。


 これまで、この大地は、穏やかな時と荒れ狂う時を、幾度となく繰り返してきました。そのたびに、人々は祈りを捧げ、苦難を乗り越えてきたのです。


 なぜ大災害は繰り返し起こるのでしょう。それは、誰にもわかりません。


 朝になれば太陽が昇り、やがて日が沈む。

 晴れの日もあれば、雨の日もある。

 海も穏やかな日があれば、荒れ狂う日もある。

 この大地も、穏やか時もあれば、荒らぶる時もある。


 これは、この天地が生まれた時から変わらない、世界のありのままの姿です。この大地が生まれたのがいつなのか、初めて大災害が起きたのはいつなのか、それは、誰もわからないくらい、大昔のことなのです。


 最初に、偉大な王の時代がありました。


 始まりの大災害の時、この世界に降り立ったと言われる「先見(さきみ)の王」。彼の、先に起こる天変地異を知り、遥か彼方の休息の地を知る力は、多くの人々をその、災害のおよばない休息の地へと導きました。

 次なる大災害の時に降り立ったとされる「聖獣の王」。多くの聖獣を従え、聖なる鳥の背に乗って、遥か空高くから大地を見渡すことのできる彼は、聖なる獣と共に、多くの人々を災害から逃がし、苦難の時代を乗り越えるべく、人々を導いてきました。

 その後の大災害でも、偉大な王がこの世界に降り立ち、人々を救ってきました。迫り来る洪水を割り、あらゆる天変地異に正面から立ち向かった「力の王」。洪水を凍らせ、その凍てつく力で、大地を流れる灼熱の溶岩すら冷ました「冬の王」。大災害の時には常に、彼らのような偉大な存在がこの世界に降り立って、人々を導いてきました。


 時が経ち、やがて偉大な王の時代は終わりを告げます。ですがそれは、偉大な存在がいなくなったのではありません。偉大な王と同じような、大いなる力をもった数多の聖人が、これまで何人もこの世界に降り立ち、人々を導いてきました。

 彼らの力が、大災害という困難を乗り越え、これまで私たちが培ってきた知識を、祈りを、今に伝えてきたのです。


 この世界は、これまで祈りを捧げてきた人々を、決して見捨てることはありません。

 祈りをの力を神によって託された偉大な王や聖人によって、わたしたちは大災害を乗り越え、この大地に生きているのです。


――ですが、最後の大災害のとき、偉大な王も、数多の聖人も、現れませんでした。この時初めて、人々は、自分たちの力で大災害に立ち向かったのです。



「……また、とんでもない本を持ってきたね。てっきりおとぎ話でも持ってくるのかと思ってたんだけど」


 ダーラさんに渡された「この世界と、生きる人々」という本を半分くらいまで読んだところで、隣で一緒に本を読んでいたプリムお姉さんが、少しあきれてるのかな? ダーラさんに話しかけるのが聞こえてくる。


「そう? だってプリム、この子に『常識』を教えて欲しいって言ってたじゃない。なら、『教えの書』なんて読ませられないと、そう思わない?」


 あれ? わたしがどのくらい本が読めるか確かめるために、この本を読んでたと思ってたんだけど。もしかして、これもお勉強だった? でも、それにしては……


「……えっと。この本、『とんでもない本』なの?」


 プリムお姉さんの様子と、その言葉が気になって。あまりこの本の内容、信じない方がいいのかなぁなんて思いながら、ダーラさんに話しかける。


「大丈夫、この本はね、今、普通の人が信じていることが書かれている本なの。ここに書かれている言葉を信じて大人になる子供もいっぱいいるし、決して悪い本じゃないのよ」


 わたしの質問に、ダーラさんはそんな説明をしてくれたんだけど、プリムお姉さんはあんまり納得してないみたいで。ダーラさんの言葉に反対するように、プリムお姉さんがダーラさんに話しかける。


「もっと普通の、教会らしいおとぎ話でもいいんじゃないのかい。それこそ『偉大な王』の話とかさ」

「ああいった童話はこっそりと、『経典派』に都合の良いように書かれてたりするのよねぇ。注意深く読まないとわからないようになってるけど」


 経典派? よくわからない言葉に首をひねりながら、少しだけ気になったことを聞いてみる。


「えっと。じゃあこの本に書かれている『偉大な王』のお話って、読まれてないの?」

「そうね。そういった本は、昔は読まれてたんだけどね。最近はあんまし読まれてないの。『熱心な信者』や『偉い人』は今でも読んでるけど。フィリちゃんはね、信者でも、偉い人でも、どっちでもないでしょう? なら、まずはこの本から読むのが良いと、そう思うのよね」


 そう言って、再び読むようすすめてくるダーラさん。うん、これも勉強なら真面目に読まなきゃと、本のページをめくって。


「……いやまあ、アタイは一応知ってるんだけどね」

「だって貴方、最近の人じゃないじゃない」


 本に視線を落として。聞こえてきたプリムお姉さんとダーラさんの会話に、少しだけ笑いながら、本の続きを読み始める。



 私たちは、神の御心に従って、これまで、この世界や大地に、降り立った偉大な存在に、感謝の祈りを捧げてきました。そして、神の御心にかなうその祈りは聞き入れられ、これまでの苦難を乗り越えることがかないました。


 今まで私たちに降りかかった困難は、大災害だけではありません。それ以外にも、数多の苦難が私たちに降りかかっています。

 私たちは常に、祈りを捧げなくてはなりません。苦難を乗り越えていくために祈るのではありません。この平穏な日常に感謝し、その喜びを与えてくれる穏やかな大地に、感謝の心を込めて祈らなくてはいけません。その偽りのない祈りが、苦難を乗り越える力となるのです。


 偉大な王の時代や聖人の時代は、既に過ぎ去りました。今は、自分たちで困難を乗り越えなくてはならない「人々の時代」なのです。



「ふわぁ、終わったかのう?」

「うん。大体読めたよ。……終わりの方はつまんなかったかなぁ」


 一通り読み終わって、本を閉じて。あくび混じりに話しかけてきたピーコックに、ちょっと感想を話して。ダーラさんがそれを聞いて、それは残念ねぇなんて言ってたけど。……でも、最後の方、ずっと「祈りなさい」だったし。


「しかし、『偉大な王』とはまた、大層な呼び方じゃのう」


 あれ? ピーコック、本、読んでないよね? ……っと、途中でダーラさんとプリムお姉さんがそんなことを話してたっけ。興味がないふりして、聞き耳立ててたんだと少し笑いかけて、ピーコックの言葉を聞いたダーラさんが、変なことを言いだして。その言葉にキョトンとする。


「あら、聖獣さまがそんなことを言うのかしら?」


 ……えっと、ピーコックが、聖獣?

 聖獣って、本の最初の方に出てきた「おとぎ話」の話だよね? もしかしてダーラさん、あの話を信じてるの?


「……もしかして、儂のことを、その聖獣とやらだと思うておるのか?」


 ピーコックも同じことを考えたのかな? ダーラさんに、すごく疑わしそうな声でそんなことを聞いて。

 でも、その質問にダーラさんは、はっきりと頷いて。確信したような声で、ピーコックに返事をする。


「もしかして、じゃないわね。貴方はどう見ても『アートパッツォ仮説』にある『魔素浸透体』、そのものなのよ」


 ……えっと、マソシントウタイって、なに?



「『魔素浸透体』っていうのはね、生き物がある一定値を超える濃度の魔素を浴びると、その生き物に永続的な魔法の力が備わると、そんな現象のことなの」


 ダーラさんの言葉に、少しだけメディーンの方を見たピーコックが、気になるのかな?、もう一度、話を聞きたそうにダーラさんの方に顔を向ける。

 ……ピーコックが聖獣って、何か違うよね、なんて思ったんだけど。もしピーコックがお話の中の聖獣と一緒だったとしても、ピーコックはピーコックだと思うんだけど、それじゃダメなのかな?


「つまり、こいつはその『魔素浸透体』ってやつで、おとぎ話に出てきた偉大な王や聖人もこいつと一緒のような存在で、過去に実在していたって、そう言いたいのかい?」


 プリムお姉さんも、ピーコックが聖獣と一緒っていうダーラさんの言葉に、疑問を持ったのかな? ダーラさんに聞き返して。


「あらあら、聖人さまたちが『魔素浸透体』だって言ったのは私じゃないわ。まあでも、聖獣さまなんてのは、おとぎ話の中の話だと、私も思うの。――けど、その話を聞いて、色々と考えたことがあるのよね」


 プリムお姉さんの質問に、ダーラさんはそんな返事をして。あれ? 結局、ピーコックは聖獣なの? 違うの? そんなことを思ったんだけど。

 そのまま、ダーラさんが「魔素浸透体」について詳しく説明を始めて。その説明を静かに聞き始める。――さっき、メディーンがピーコックに対して、確かに「知らない」と伝えてたんだから。メディーンも知らないようなことを説明してくれるんだから、しっかりと覚えなきゃと、そう意気込んで、ダーラさんの話を聞き始める。


「今から二十年くらい昔に、『教えの書』に書かれていた『繰り返し起こる大災害』、あれは実話じゃないかという前提で、軍研究所のある科学者が研究をしてたことがあってね。教会は、その研究者を全面的に援助して。助手をつけたり、資金を供給したりしながら、少しずつその研究者の考え方を聞き出していったの。

 そうして、その研究者の考えてた内容をまとめ上げたのが『アートパッツォ仮説』。始めは、その内容に教会も喜んでたの。当時の教会は、誰もがおとぎ話だと思っていた『偉大な王』や『聖人』が実在した、この考え方が広まれば、教会の権威はいや増すなんて、そんなふうに考えてたのよね。

 でも、その科学者が、魔法技術の先にあるものとして、聖人の力を再現しようとしたことで、教会の態度は一変しちゃうの。よりによって、その科学者は、信仰でも、祈りでもない、人間に流れる血を、科学や魔法で『加工する』ことで、聖人の力を再現しようとしたみたいで。その研究を、教会には認めることが出来なかったのよね。

 結局、それまでその科学者を支援していた教会は、逆に、その科学者に圧力をかけるようになって、――やがて、その科学者が自分の考えをまとめあげ、『過去の王や聖人が、濃厚な魔素に汚染(おせん)された、ただの人間だ』と結論付けようとしたところで、教会は、その科学者を黙らせるために、その研究者を軍研究所から排除しようと、行動を始めちゃうの」


 ……すごい長い話なのに、よくわからない話なのに。ダーラさんの話に、不思議と聞き入ってて。なんでだろう? ほんの少しだけ、そんな疑問を感じながら、ダーラさんの説明を聞き続ける。


「その頃は私もまだ子供だったんだけど。どうすれば、その科学者に研究をやめさせることが出来るのかとか、周りの大人たちが話していたのを、今でも覚えているわ。結局、わたしが大人になる頃にはもう、亡くなってしまったんだけど。

 でも、あるときふと興味が湧いて、その人がどんな研究をしていたのか、集めてみたの。調べていって、最初はね、この世界や神に対する祈りを否定されたって思ったわ。だけど、その研究者の残したある一文を見て、少し考えたのよね。――最後の大災害の時、聖人は現れなかった。だから『教えの書』に書かれた『偉大な王』や『聖人』はおとぎ話になったのだって、そんな一文を見てね。

 この科学者は、『だから、祈ったところで困難は乗り越えられない』と結論付けていた。この一文は、考えなくてはいけないと思った。――私たちは、日頃の祈りが困難を乗り越える力になると教えてきた。それが、祈っても『聖人』が現れないだけで嘘になるの? ……そうじゃない、『聖人』が居なくたって、祈りは困難を乗り越えるための力になると、私はそう結論付けたわ。

 だって、元々『偉大な王』や『聖人』はおとぎ話なんだから。それでも、祈りは力になると、そう信じて、そう教えてきたのよ、私たちは。――だから、昔は聖人さまが本当にいて、それが祈りとは関係なかったとしても、私たちの教えには関係ないと、今でもそう思うの」


 そこまで聞いて。なんとなくだけど、ダーラさんはきっと、何回も「祈り」のことを考え続けてきた人なんだと、そんなことを思って。――だから、わからないことも多い、難しい話なのに、飽きずに聞き続けられて。

 ……多分、その考えたことを聞けば、何度でも、丁寧に教えてくれる、そんな人なんだと、そんな風に感じて。


「だから貴方はおとぎ話の中にでてきた聖獣さまだけどね、聖獣さまなんてのは、おとぎ話の中の話だと、私はそんな風に思うの」


 ……だから、最後の、ピーコックが聖獣ともそうでないとも受け取れるような、よくわからない言葉を聞いても。何となくだけど、ダーラさんが何を言いたいのか、わかったような気がした。



 ダーラさんの長い説明も終わって、お茶に口を付けて。それを見てわたしもお茶に手を伸ばして。軽くお茶を口に含んだところで、プリムお姉さんが、ちょっとふざけた、ピーコックを言い負かすような態度で話し始める。


「大体、この怪獣が『聖獣』なんて柄かい? 人々を導くどころか、惑わすために降り立ったと言った方が良さそうな性格じゃないか」


 ……その言葉に、思わず口の中のお茶を吹き出しかけて。急いで飲み込む。

 そう! やっぱりピーコックが聖獣って、違うよね! けどどうかなぁ、「惑わすために」は違うと思うんだ。えっと……


「どちらかというと『からかうために』降り立ったような気がするんだけど」


 うん、やっぱり「惑わすため」より「からかうため」の方が、しっくりくるよね!


「……ヌシら、儂を何じゃと思おとるんじゃ」

「そりゃあ勿論、見た目ばかりで口は悪い、教育にも悪い、害獣一歩手前の怪獣だと思ってるさ」


 ピーコックの文句に、プリムお姉さんが言い返して。


「大体、そういうアンタはどう思ってるんだい? まさか自分のことを『人々を導く聖なる鳥』なんて思ってる訳じゃないだろう?」

「さてな。案外それも良い暇つぶしかもしれんて」

「ほらね。人助けと暇つぶしの区別もつかない、そんな奴が聖なる鳥と一緒? 十分に惑わしてるじゃないか」

「何を言うとるんじゃ。儂だって、人助けと暇つぶしの区別ぐらいつくわい。……どう考えても、人助けより暇つぶしの方が重要じゃろう?」

「まったく、これだから見た目倒しの怪獣は! 物事の優先順位もつけられないのかい!」

「じゃあ聞くが、ヌシは『儂は人々を導くためにこの世に降り立ったんじゃ』とか抜かすような奴を信用するのか? そんなことを本気で思うとるんなら、ヌシも、フィリと一緒に、ヒトというのを勉強した方がいいと思うんじゃがのぉ」


 プリムお姉さんの言葉にピーコックが言い返して。その言葉をプリムお姉さんが言い返して。そんな、終わりそうもないやり取りを見ながら、ダーラさんが、少し休憩にしましょうかなんて言いながら、のんびりと立ち上がって。


 教会のお勉強は、そんな、騒がしくて、ちょっとホッとするような休憩を一旦はさんで。休憩が終わった後は、お祈りのこととか、この街に住むヒトがどんな本を読んで勉強したかとか、そういったことを教えて貰う。

 勉強が終わって時計を見て、思ったよりも時間がすぎてて、ちょっとびっくりして。今までの、メディーンとのお勉強とは全然違ってて、けど面白くて。

 勉強が終わって。お茶とお菓子を出してくれるってダーラさんが奥の方に行って。ちょっと自分が疲れていることに気が付いて。――勉強って、こんなにも疲れるってことを始めて知って。

 椅子に座ったまま、机で寝るみたいに、机に上半身を投げ出しながら。これなら、ここでのお勉強も大丈夫そうかな、そんなことを考えながら、ダーラさんを待ち続ける。


 ダーラさんの出してくれるお菓子、美味しいといいなぁ。

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個人HPにサブコンテンツ(設定集、曲遊び)を作成しています。よろしければこちらもどうぞ。

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