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フィリ・ディーアが触れる世界  作者: 市境前12アール
第三章 人の生きる世界と歩く道
28/96

3.首都旧都区域マイニング

「……っ!」


 お布団(キルト)の上、はっとしたように目をさます。鼓動がバクバクと大きく、早くなっているのを自覚して。心を落ち着かせようと、大きく息をする。


 少し落ち着いたところで、夢の内容を思い出す。何かがずっと追いかけてきて。必死にずっと逃げ続けて。ほとんど思い出せないのに、怖くて、気味が悪くて。まるで夢じゃないみたいに、嫌な感触があったことだけははっきりと覚えてて。

 ああ、でもそっか、あれ、夢なんだと、少しだけ納得する。夢って、あんなふうに見ることもあるんだなんて、そんなことを少しだけ思う。


 いま何時だろう? 落ち着いたからかな、そんなことが気になって。えっと、時計、時計。そう思いながら、いつものように、ベッドの横に視線を向ける。いつもそこにあるはずの、小さな台とめざまし時計が無いことに気付いて、ここが、遺跡の小屋とは違うことを思い出す。――そっか。わたし、「外の世界」に出たんだった。


 もう一度寝る気にならなくて。のどもかわいたし、何か飲みたいなと、身体を起こす。真夜中よりも、ほんの少しだけ明るくなった部屋の中。多分、今はまだ夜が明ける前かな、そんなことを思いながら、少し離れたところにある台まで歩いて。台の上の水差しからコップに水を注いて、ごくごく飲んで。少しお話がしたいな、ピーコック、起きてるかなと、窓の外を見て。


――窓の外、少し建物から離れた場所で、音を立てないように、翼を羽ばたかせるピーコックの姿を見つける。



 窓の外で、長さの違う左右の翼を羽ばたかせる巨鳥の姿。窓の外の、今まで何度も背中に乗った、空を飛ぶことが当たり前の、空を飛ぶことが何よりも好きだったその巨鳥の姿を、窓の中からただ見つめる少女。

 普段なら絶対に気付くだろう少女の視線に気付かずに、ただ翼を動かし続ける巨鳥の姿に、少女は、声を出すことも、身動きすることも忘れ、ただその姿を見続ける。

 やがて、静かに窓際から去る少女。――窓の外の巨鳥は、自分を見つめていた視線があることに気付かず、ただその翼を羽ばたかせていた。



 応接間の椅子で一人、目元を拭いて、心を落ち着けて。どうピーコックに声をかけようか、考えて。普段通りに、あいさつしようと心に決める。

 少しずつ明るくなっていく部屋の中で、深呼吸をひとつ。……よし! 大丈夫、いつも通り! 立ち上がって、扉を開けて……


「おはよ、ピーコック!」


 扉の外の、まるで今まで寝てたみたいに、壁際で丸くなっていたピーコックに、元気よく挨拶する。


――こうして、フィリの首都旧都区域「マイニング」での二日目の朝は幕を開けた。



「勝手に起きて来るとは珍しいのぉ。雨でも降らんかの」

「うん、なんか目が覚めちゃって」


 ピーコックの憎まれ口に少しホッとする。良かった、いつものピーコックだ。って、あれ? ピーコック、何か首を傾げてる? なんでだろう? いつも通りだったよね、わたし。……まあいいや、扉から少し離れた場所で、手を組んで、いつものストレッチを始める。

 手を組んで、背伸びをして。左右にひねって。地面に手をつけて。うん、いつも通り、いつも通り!


「なんもせんでええというのは、退屈なもんじゃのぉ」


 ストレッチが終わったところで、ピーコックがそんなことを言い始める。うん、やっぱりいつものピーコックだ。けど、確かに退屈なんだよね。えっと、確か今日は……


「朝にプリムお姉さんが迎えに来るって言ってたっけ。すぐ来るといいなぁ」

「ああ、確か教会に行くんじゃったか」


 ……そうそう。教会って場所に行って、シスターダーラっていうヒトに会って、色々教えてもらう予定。どんなヒトなんだろう? 怖くないといいな、そんなことを思いながら、壁際に座り込む。


「……部屋に戻らんでええのか?」

「メディーンはずっとお外なんでしょ? ならわたしもここに居る」


 ピーコックも、部屋の中は苦手って言ってたしね。そんなことを思いながら、ピーコックに返事をする。

 おひさまの光を浴びながら、外の世界って、まだ朝なのに、あったかいなぁなんてこと思いながら。たまにピーコックとお話をして。プリムお姉さんがくるのを、のんびりと待ち続ける。


「ああ、やっぱりこっちの方にいたね」


 しばらくして、兵舎の入口の方から、プリムお姉さんが歩いてきて。入口の方に馬車を準備したから一緒に行こうかと声をかけてくれて。プリムお姉さんとわたしたちの四人で、入口に準備してもらった馬車まで歩く。



 えっと、これって「馬車」なのかなぁ。本に書いてあった絵とかなり違うけど。


「ああ、ちょっと驚かせたかい。こいつは重い物を運ぶための特別製の馬車でね」


 馬が大きな荷車を引く。そこまでは、本に書いてあった馬車と同じなんだけど。その荷車がなんて言えばいいんだろう? 大きな鉄の箱?


「こりゃあ、あれじゃな。馬に『列車』を引かせるようなもんじゃな」


 そう、そんな感じ! ピーコックの言葉に思わず頷く。あの列車ほど大きくないけど、とにかく重そうで。ほんとうにこれを、馬が引いて走れるのかぁなんて首をかしげながら、プリムお姉さんと、一番前の席に並んで座る。ピーコックとメディーンは、馬車の後ろから、荷車?の中に乗って。プリムお姉さんが、束になった手綱のいくつかを握って。

 本当に走れるのかなぁなんて思いながら、プリムお姉さんが手綱を操るのを、どこかわくわくしながら眺める。ホントに走っちゃうんだよね。――だってお馬さん、六頭もつながってるし。



 馬車の音って、たしか本では「蹄のおとに混じってカタコトと」って書いてあったんだけどなぁ。ガタンゴトン、たまにズシンなんて音を立てながら走る馬車の席で、そんなことを考えながら、周りを見渡す。


「なにか珍しいかい?」


 手綱を握りながら、プリムお姉さんがそんなことを聞いてくる。……二頭ずつ、三列になった六頭の馬を一人で操るのって、珍しくないのかなぁなんて少し思ったけど、これは聞かないほうがいいのかなと、そんなことを思いながら、周りの景色を見て気付いたことを聞いてみる。


「えっと、さっきから、建物が違う感じになったかなぁって」


 最初は、ほとんどの家が、白い石でできた家や赤っぽい色の家で。綺麗な広いお庭に、ところどころに木が植えられてて。訓練場宿舎みたいな、屋根が斜めになった家が多かったんだけど。少し前から、その眺めが大きく変わって。

 今は、道の両側に、古いのかな? ちょっと汚れた感じがする木でできた家や石でできた家が、ずらっと並ぶように建ってる。

 ……馬車の音に負けないくらいに、周りからガヤガヤという音が聞こえてきて。ヒトも沢山いて。きれいな服を着てて。本で見た大きな街と一緒なんだけど。ただ、建物だけが妙に古いなあって、そんな感じ。


「ああ、このあたりは街の中心だからね。昔の建物が残っているのさ」


 プリムお姉さんの説明に、少し首をかしげる。街の中心だと、古い建物が多いの? それでもちょっと、こう、古いだけじゃなくて……


「さっきよりも、建物がぼろっちいようにも見えるんじゃが。ホントにこれで、街の中心なのかのぉ」


 同じことを考えたのかな? ピーコックがプリムお姉さんに、わたしも気になっていたことをたずねる。


「独特の風情があるだろう? ここは、アタイらの国の原点なのさ」


 ピーコックの質問に、プリムお姉さんはそう答えて。そのまま、この街の説明を始める。



「ここは、元々は鉱山の街でね。あっちの方にいくつか山がみえるだろう? あそこから取れた鉱石を、運んで、溶かして、金属や道具に変えることで、この街は発展してきたんだ」


 プリムお姉さんの言葉を聞きながら、遠くに見える山を見る。あの山から金属がとれるの? 普通の山に見えるけど。あとでメディーンに聞いてみよう、そう思いながら、プリムお姉さんの話に耳を傾ける。


「最初にあの山々で色んな金属がとれるとわかったのは、大災害が終わって間もない、今から三百年以上も昔のこと。誰がどうやって見つけたんだろうね。今じゃもう、そんなことはわからない。わかってるのは、あの山々から、銅が採掘され、亜鉛が採掘され、錫が採掘され。それに従って、どんどん人が集まっていったということだけさ。……そしてもう一つ、この街には『聖典』があった」


 ……えっと、なんで金属がとれるとヒトが集まるんだろう。そうだ、あとでメディーンに聞こう! 鞄から、紙とペンを取り出して、わからなかったことを書き始める。わからないことはメモメモっと。


「少なくとも、三百年以上も前にはこの街に聖典があり、そして、この聖典はあらゆることを教えてくれた。どうすれば鉱石を金属に変えられるか。どう金属を混ぜ合わせれば強い金属ができるか。どうすれば加工できるか。そういった知識が、この街をさらに発展させ。……そしてそれは、同時に、この国の発展の歴史でもあるのさ」


 聖典って、あの、メディーンが直してた本みたいな道具だよね。あれ、色んなことを教えてくれる道具なんだ。メディーンとどっちが物知りなのかな? 紙に色んなことを書きながら、プリムお姉さんの話を聞き続ける。


「まあ、中心部の方が古くさいなんて、変な街なんだけどね。……って、嬢ちゃん、何だい、それは?」


 いっぱい書いたなぁ。聞くの大変だ、話を聞き終えてそんなことを思っていると、プリムお姉さんがこちらを見て、そんなことを聞いてくる。……えっと、あたし、何かダメなことしちゃったかなぁ。


「部屋からノートを持ってきたんだけど。……いけなかった?」

「いや、それはメモ帳だから、自由に使ってもらっていいんだけどね。……嬢ちゃん、今、書いた字を消してなかったかい?」


 そういえば、部屋から勝手にノートを持ってきたらダメだったかな、なんて思って聞いてみたんだけど。それは良いみたいで。代わりに、間違いを書き直したことを聞かれて。

 えっと、それがダメってことはないよね、多分。……そう思いんだけどなぁ。


「ちょっと間違えちゃったから、書き直したんだけど……」

「……明日から、ペンの使い方も覚えてもらわなきゃいけないね、これは」


 プリムお姉さんの言葉に首をかしげて。えっと、外の世界、ペンの使い方が違うのかなぁなんて、遺跡から持ってきた自分のペンを見つめる。


「まあ、それはまた話をするさ。着いたよ。ここが教会だ」


 何が違うんだろう、そんなことを思いながらペンを見てたところで、プリムお姉さんがそう言って、馬車を止める。

 顔を上げて、その「教会」って建物を見て。その綺麗な建物に、思わず「ふあぁ」って声を上げそうになって。慌てて口元をおさえる。



 それは、訓練場宿舎の、人工石でできた、どこか威容を感じさせるような建物や、市街地にある、古びた、どこか寂れた建物とも違う、もちろん遺跡の、一つの時代を超えながらなおも劣化しない、異なる文化を感じさせる建物とも違う建物だった。

 三角形の屋根を持つ、瀟洒な建物。常に手入れされているのであろう、深茶色(ダークブラウン)で塗られた木の壁に、大きな窓。正面にある大きな入り口は開け放たれていて、使い込まれた長机と長椅子が、柔らかい陽の光に照らされる。

 それは、小さいながらも荘厳な、それでいてどこか親しみを覚えるような、そんな不思議な雰囲気の場所。建造物の持つ、どこか冷たさを感じるような威厳を、使い込まれた広間の長机や椅子が、周りの花壇が、その花壇に植えられ、咲き誇る花々が、暖かな陽の光にてらされ、暖かく包み込んでいるような、そんな冷たさと暖かさが同居したような、そんな空間だった。


 その、壁の前に並べられた小さな花壇の、春と夏の境に咲く花々に水をやる一人の女性。修道服を身にまとった、どこか優しげな一人の女性は、入口のほうから伝わってくるズシン、ズシンという振動にも慌てることなく振り返り、おっとりとした口調で挨拶をしながら、ゆっくりと頭を下げる。


「どうも、初めましてぇ。あなたがフィリちゃんね、プリムさまから話はきいていますよぉ」



「よろしくお願いします!」


 このヒトがシスターダーラってヒトだよねと思いながら、元気よく挨拶する。……なんでだろう、ピーコック、ちょっとポカンとしてるんだけど。そう思ったところで、ピーコックが、教会の入口に歩き始めたプリムお姉さんに並ぶように歩きながら、小声で話し始める。


「確か、夜は酒場で働いとるとか言うとらんかったか?」

「ああ、相当な人気者さ」

「とてもそうは見えんのだがのぉ。酒場で働く女というのは、普通はこう、なんというか、雰囲気が違うんじゃないか?」

「むしろアタイは、なんでアンタがそこまで人間の社会に詳しいのか、聞きたいくらいだけどね」

「そりゃあ、どこに行ってもヒトはヒトじゃろうよ」


 なんでだろう、ピーコックはあのシスターダーラっていうヒトが意外だったみたい。なんでだろう? そんなことを思いながら、二人の後ろについていって。


「とりあえずお茶かしらねぇ、でもあのお二方、お茶を飲むのかしら?」


 花壇の方にいたシスターダーラさんのそんな声を聞きながら、教会の中に入る。



「フィリちゃんには、まずはこれを読んでもらおうと思うんだけど、どうかしら」


 教会の中の椅子に座って。ダーラさんがお茶とお勉強の準備をするのを待って。自己紹介をして。……えっと、シスターダーラさんって言い方は良くないんだって。「シスターダーラかダーラさんか、好きな方で呼んでくれると嬉しいわぁ」なんて、のんびりとした口調で注意されて。うん、気を付けなきゃ。そんなことを思いながら、ダーラさんに手渡された本を見る。


「えっと、声に出して読めばいいの?」

「別に声に出さなくてもいいわよぉ。けど、わからないところがあったら教えて欲しいなぁ」


 まずはわたしが、どれだけ文字を読めるのか確認したいみたい。手渡された本をぱらぱらとめくって、軽く中身を見て。うん、ちょっと難しいところもあるけど、多分このくらいなら読めるかな、なんてことを思いながら、最初から読み始めるために、一度本を閉じて、表紙をめくって。ダーラさんから渡された、「この世界と、生きる人々」という題名の付けられた本を、静かに読み始める。


――その本に書かれていたのは、先史文明から大災害を乗り越え、人々の間で脈々と受け継がれてきた、遺跡が残した物とは違う、もう一つの知識。今まで幾度となく人々を襲った大災害と、それに翻弄されながらここまで生きてきた人々の、長きにわたる歴史が綴られていた。

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個人HPにサブコンテンツ(設定集、曲遊び)を作成しています。よろしければこちらもどうぞ。

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