2.新たな住み家(下)
2018/3/18 誤記修正(傍点)
「ああ、これはフィリには勿体ない部屋じゃのぉ」
「いやなら外で待っててもいいんだよ?」
「おっと、からかい過ぎたかのぉ」
ピーコックを部屋の中に入れようと、扉を開けて。ひょこひょこと部屋の中に入ってきたピーコックが、いつも通り、わたしをからかいだして。負けじとわたしも言い返して。まったくもう、いつもいつも一言多いんだから!
「じゃがまあ、これからは部屋の中で過ごすことも多くなるじゃろうし。この位で丁度良い気もするのぉ」
けど、確かにちょっと広すぎるかなと、部屋の中を見渡したところで、真面目な声で話し始めたピーコックの言葉に引っかかりを覚え、首を傾げる。あれ? えっと? 部屋の中で過ごすの? お外じゃなくて。
「そりゃあ、これだけ立派な建物じゃ。多分立派な庭もあるんじゃろうがな。何人ものヒトが住んどるんじゃ。今までのように、自由に外を駆け回る訳にもいかんじゃろうて」
……そっか。他のヒトたちもいるんだ。じゃあ、あんまり外に出ない方がいいのかな。ピーコックの言葉に納得しつつ、扉を閉める。
「まあ、メシの時間にもう一度、あの威勢の良い、口達者なヒトが来るんじゃろ? それまでは、儂もここで休ませてもらうさ」
「じゃあわたしは、部屋の中を見てるね」
椅子の横で座り込むように身体を丸めるピーコックに話しかけて、まずは大きな棚のところまで歩いて、いろんな形をしたコップが並べられているのを眺める。
きれいだな~、さわっていいのかな~、透明なコップが並べられた棚を眺めて。視線を違う棚に移して。こっちは模様が描かれてる。なんでお皿の上にコップを乗せてるんだろう? でもやっぱりきれいだなぁ、えっと、こっちは……
気がつけば、後ろから聞こえてくるピーコックのあくびの音にも気を止めることなく、部屋の中にあるいろいろなものを、夢中になって見続けていた。
◇
それでも、一時間くらいで、部屋の中を一回りして。結局、見たいものも無くなって、椅子に座って。やっぱりこの椅子、すごく柔らかいなぁと、そんなことを思いながら、時間が経つのを待ち始める。
◇
「ひまだねぇ」
「暇じゃのぉ」
なかなか過ぎていかない時計の針に、思わずこぼす。何もやることが無いと、本当に時間ってたたないんだなぁ、まだ十五分しか経ってないやなんて、壁の時計を見ながら思う。
「フィリはほれ、雨の日なんかは一日中部屋の中におったんじゃろう? なんかやることはないのか?」
「雨の日? えっと、本を読んだりしてたかなぁ」
「……とうの昔に、全部読み切ったと思っとうたが」
「うん。同じ本を何回も読んでたよ」
そういえばピーコック、昔から、雨の日もほとんど外で過ごしていたっけ。
ひとりで部屋にいると退屈で、でも本を読むくらいしか出来ることが無くて。ずっと同じ本を読んでたっけ。……みんな、遺跡において来ちゃったなぁ。持ってこればよかったかなぁ。
そんな、遺跡で住んでいた時のことを思いだして、懐かしい気分になって。少しだけピーコックと話をして。意外といろんなことを思い出して、思ったよりも時間は過ぎて。
……それでもやっぱり退屈で。
「退屈だねぇ。プリム姉さん、早く来ないかなぁ」
「そうじゃな、退屈じゃのお。彼奴でいいから早く来んかのぉ」
最後には、そんな話をしながら、ただ時がたつのを待ち続ける。――あ〜あ、プリムお姉さん、はやく来ないかなぁ。
◇
外からコンコンと扉を叩く音に、退屈が吹き飛んで。プリムお姉さん、来た! 急いで、廊下の方の扉へと駆け寄って、扉を開ける。そこには思った通り、プリムお姉さんと、……えっと、何か大きな台車を持った、かなり年上の女のヒト。
「えっと、そっちのお姉さんは?」
プリムお姉さんに、その女のヒトのことをたずねる。一瞬キョトンとするプリムお姉さんたち。少しして、女のヒトが大きな声で「あははは」なんて笑い出す。
「あたしゃ、流石にもうお姉さんなんて年じゃないよ! もう立派な『おばさん』さ」
……あれ? 女のヒトは「お姉さん」って呼べばいいんじゃなかったっけと、そんなことを思いながら、プリムお姉さんのほうを見る。そのプリムお姉さんは、少し困ったように笑いながら、その女の人を紹介してくれる。
「まあ、確かにお姉さんと呼ぶには無理があるね。こちらはレシティ曹長、この宿舎の管理人さ」
「そんな大層なもんでもないよ。あたしゃ、この宿舎で色々細かいことをやってる『おばさん』さ。えっと、フィリちゃんだっけ? これからよろしく」
大きな声で笑いながら、そんなことを言う女のヒト、えっと、レシティおばさん? その笑い声に、なんでだろう? どこか安心して。
「今日はとりあえず、挨拶と夕飯を運ぶ手伝いに、ここまで来させてもらったのさ」
続くレシティおばさんの言葉に、まだ挨拶していなかったことに気付いて。いけない、ヒトを紹介してもらったら挨拶するって、ずっと前から教わっていたのに、忘れてた!
「……えっと、フィリです、よろしくお願いします」
慌てて挨拶して、軽く頭を下げて。ちょっとだけ、レシティおばさんの様子をうかがう。……良かった、怒ってないみたい。声に出していないけど、多分笑ってるのかな?
そのまま、プリムお姉さん、レシティおばさんと一緒に部屋の中に入って。机の方に向かいかけたところで、レシティおばさんが急に立ち止まる。……えっと、ピーコックの方を見て、驚いている?
その様子を見たプリムお姉さんが、すこし楽し気な声で、レシティおばさんにピーコックのことを紹介する。
「ああ、こいつがさっきも話した孔雀怪獣、一応ピーコックなんて名前がついてるみたいだね。……ほら、そんなところに居座ってたら食事の準備ができないさ、どいたどいた!」
「……相変わらず偉そうじゃのぉ」
プリムお姉さんの声に、ピーコックはめんどくさそうに立ち上がって。やれやれと言いたげな態度で、部屋のすみの方へと歩き出す。
「……あんたがピーコックね。あたしゃこの宿舎でこまごまとしたことをさせてもらってる、まあ、見てのとおりのおばさんさ」
「レシティ曹長さ、彼女はこの宿舎の責任者でもあるんだけどね」
「よしなよ、あたしゃそんな偉い訳じゃないよ。おばさんで十分さ」
「……こりゃあ、名乗る必要はあるのかのぉ。まあ、これからフィリが世話になるじゃろうし、よろしく頼むわい」
そんな会話をしながら、部屋のすみに移動し、もう一度身体を丸めるピーコック。その様子を見ながら、レシティおばさんは、そのままピーコックに話しかける。
「あんたは食事、いらないのかい?」
「一日に一度、肉と野菜を食わせてくれるとありがたいの。儂はそれで十分じゃて」
「わかった。明日からは準備しとくよ」
そう言って、再び台車を押し始めるレシティおばさん。机の横まで台車を押して、上に乗ってた丸いふたを取ると、そこには綺麗なお皿の上にごはんが盛りつけられていて。うわあ、お肉だ、美味しそう!
お肉の焼けた香ばしい匂いに、今までかいだことのない匂い、ちょっと果物っぽい匂いが混じり合った、すごく美味しそうな匂い! 辺りに広がるその匂いに、つばをゴクリと飲み込む。
「食べるには、ソファは邪魔だね」
そんなことを言いながら、プリムお姉さんが椅子を後ろの方に下げて。床に座るのかな?、そんなことを考えた時、地面がズシンと揺れる。
なじみのあるいつもの揺れに、思わず、外に出るための扉の方へと視線を送り。
――フィリが視線を向けたその先には、扉を開けて、その重量であたりを揺らしながら、ゆっくりとこちらに歩いてくるメディーンの姿があった。
◇
メディーンが一歩足を踏み出すたび、訓練用兵舎が揺れる。下ろした足が宿舎を揺らし、その重量に、宿舎の床が悲鳴をあげる。振動は士官室にとどまらず、兵舎全体を響かせる。
机の上に食事を並べようとしていたレシティが今まで見たことも無いような、銀色をした機械人形。その異様な、重量感あふれる姿に、彼女は息を飲む。
「……あぁ、これは確かに部屋の中には住めないねぇ」
「そうなの?」
「こんだけ揺れちゃねえ。一応補強はしたはずなんだけどね」
慌てることなく話すプリムに、のんびりと答えるフィリ。その様子を見ながら、なんで彼奴らは平然としているのか、常識を疑うわいとでも言いたげに、二人の方へと顔を向けるピーコック。
やがて、顔色を蒼白にし、しがみつくように台車に体重を預けたレシティの前に立つメディーン。揺れが収まり、メディーンが顔を光らせていることに気付いたフィリは、慌ててその言葉をレシティに伝える。
「……えっとね。そのお肉、コショウと塩が多すぎるから、もっと減らした方がいいって」
それは、メディーンが自らの管理者として設定したフィリの、健康を維持するために極めて重要な、食生活における栄養面からの指摘だった。
◇
「野菜の種類はもっと多い方がいいって」
「あと、お肉にも脂身が多すぎるって」
「味付けも全体的に濃すぎる、もっと薄味がいいって」
少し疑問に思いながら、次々と出されるメディーンの注文をレシティおばさんに伝える。……えっと、メディーン、こんなにもごはんにうるさかったっけ?
「そうなのかい?」
「儂にヒトのメシのことを聞かれてものぉ」
プリムお姉さんと話すメディーンも、ちょっと戸惑っているみたい。やっぱり、ちょっとイメージが違うよね。
「嬢ちゃんも戸惑っているように見えるけど?」
「フィリにとっても、あ奴の言葉は意外だったんじゃろうなぁ」
そうそう、メディーンがこんなことを言い出すなんて思ってなかったよね、なんて思いながら、レシティおばさんにメディーンの言葉を伝え続ける。
少し口を開けながら黙って聞いてきたレシティおばさんが、急に何かに気付いたように、プリムお姉さんの方を見て。そのプリムお姉さんが軽くうなずくのを見て、レシティおばさんが、わたしの方に話しかけてくる。
「……ちょっと待っとくれ。一度メモをとるから、もう一回言ってくれないかね」
えっ、もう一回!? ちょっと慌てかけたところで、メディーンが、もう一度同じ言葉を伝えてくる。
そのことにホッとしながら、メディーンの言葉をレシティおばさんに伝える。……良かった。今までなにを伝えたか、全然覚えてなかったよ。
◇
結局、ごはんを食べれたのはその一時間くらい後になって。ちょっと残念だったけど、少しだけ味見させてもらって、メディーンの言うことも良くわかった。
あのごはん、すごく美味しそうな匂いだったんだけど、食べると口の中が痛くて、のどがすごく乾いて。お肉もあぶらが多くて、そのあぶらも、ちょっと変な味がして。あんなに美味しそうだったのに、全然食べられそうになかったから。
「……前もって伝えておいてくれると助かったんだけどね」
「儂がか? ヒトのメシのことなんかわかるわけ無いじゃろうに」
「アタシからしてみれば、なんで機械が人間の食事に文句を言えるのか、そっちの方が謎だけどね」
プリムお姉さんは、今までわたしのごはんをメディーンが作っていたことに、どうしても納得できないみたい。
なんでだろう? だってピーコック、鳥さんだよ? ピーコックのごはんって、生のおにくとかなんだけど。そうプリムお姉さんに伝えると、まあそうなんだろうけどね、なんて言いながら、それでも納得しきれていないみたいで。
前のも結構良い料理だったんだけどねと、そんなことを言いながらレシティおばさんが持ってきてくれた新しいごはん。そのごはんを、おそるおそる口に入れて。……良かった、今度は食べられる。少しだけホッとしながら、ごはんを食べ始める。
……やっぱりこのお肉、そんなに美味しくないかなぁ、せっかくのお肉なのにと、そんなことを思いながら、でも、お野菜とか、お肉の上にかかっていたソースとかは、けっこう美味しくて。何より、おなかがすいていたからかな……
「ごちそうさまでした!」
楽しい気分でごはんを食べ終わる。
◇
「えっとね、『聖典』の場所だけど……」
「……なるほど。連中、まずは予想通りこっちに向かってると。この分だとあと数日は森の中を移動してそうだね」
ごはんを食べた後、メディーンが調べてくれた聖典の場所をプリムお姉さんに伝える。
メディーンが地図を指し示しながら、時間を言葉で伝えてくる。その言葉をプリムお姉さんに伝えて。プリムお姉さんは、地図の上に数字と線を書き込んでいく。……プリムお姉さんと最初に会った時に約束した「協力」って、これのことだよね? 何か特別なことをしているように思えないんだけど。本当にこれだけでいいのかな?
「これで良かったの?」
「これだけでも十分な情報さ。あいつらが、このままこちらに向かってくるようなら待ち構える、進路を変えるようなら対応する。そういった対応が取れるだけでも大違いだ」
本当にこれだけでいいのか、プリムお姉さんに聞いてみたんだけど。これで十分なんて言いながら、今日の協力はこれで終わりなのかな? プリムお姉さんは地図を丸め始めて。そのままわたしに話しかけようとした所で、メディーンが言葉を伝えてきてるのに気付いて、プリムお姉さんにその言葉を伝える。
「えっと、メディーンが外に小屋を作りたいから、材料が欲しいって」
「小屋?」
「えっと、メディーンとピーコックはその小屋の方に住むんだって」
その言葉を聞いて、プリムお姉さんは少し首を傾げながら、ピーコックに話しかける。
「メディーンはまあわかるんだけどね。アンタもかい?」
「儂はどうも、屋根と壁に囲まれた場所というのは落ち着かんのでな。屋根が付いた程度の簡単な小屋も一緒に作ってもらおうと、まあそんな所じゃな」
ピーコックのその言葉に、プリムお姉さんは軽く首を傾げながら、少しだけ考えて。
「わかった。すぐに手配するよ」
頷きながら、プリムお姉さんはそう、メディーンに返事をする。
◇
最後に、壁にいくつかある部屋の明かりは、決まった時間に一度暗くなって、最後には明かりが消えること。今日は私室の水瓶に飲み水が入れてあったけど、明日からは自分で汲みに行く事、そういっあいろんなことを、プリムお姉さんに説明してもらって。
プリムお姉さんが部屋から出て。ピーコックも、外の方が落ち着くなんて言って外に出て。広い部屋にぽつんと一人。どこか落ち着かなくて、明かりが暗くなるまでまだ少し時間があったけど、寝室の方に移動して。
用意してもらった寝間着に着替えて。寝台の上でねころがって。やっぱり遺跡の頃の布団よりもやわらかいなんて思いながら、何度も寝返りを打って。なかなか時間が経たなくて。そんな落ち着かない夜を過ごす。
――それでも、変化の多い一日を過ごした疲れもあったのだろうか。やがて身体を包み込む布団の柔らかさに、緊張もほぐれたのだろう。いつしかフィリは、スヤスヤと、規則正しい寝息を立て始めていた。