人の世界への旅立ち
「なかなか来ないね」
「そりゃあ、あ奴らは飛べんからのぉ。時間もかかるじゃろうて」
メディーンを追いかけているときに見た「連なった箱」、その一つが置かれている場所から少し離れたところで、ピーコックと話をしながら、今朝話をした、プリムお姉さんが来るのを待つ。
昨日は凄く痛そうに、いつもみたいな憎まれ口も叩けなかったピーコックも、今はいつも通りに元気で。もう痛くないのって聞いたら、あっさりと茶化すようなことを答えてきて。
安心しながらも、からかってくるところまでいつも通りにならなくても良いんだけどなぁなんて、こっそりと思いながら、今朝のことを少し思い出す。
それは、朝起きてすぐ、昨日、プリムお姉さんとした話のことをピーコックと相談しようとした時のことで……
◇
「わしゃあ、ヌシとは違うけぇ、いつまでも泣きわめきはせんわい」
……ピーコック、元気になったのは良かったけど、憎まれ口は無くてもいいかなぁ。「もう痛くないの?」とかけた声に返ってきた答えを聞いて、そんなことを思う。……あれだけ心配させたのに、これはちょっと。文句言わなきゃ!
「……わたしがいつ、泣きわめいたの?」
「ありゃあ、確か十年ほど前じゃったかのう。転んで膝小僧を……」
……何それ! わたしがまだ子供の頃じゃない! むっとして出しかけた声をなんとかこらえる。落ち着かなきゃ、落ち着かなきゃ。それよりも、話さなきゃいけないこともあるし。
「もういい。そんなことより……」
「……なんじゃ、もう終わりか、つまらんのぅ」
……まだ何か言ってるけど。無視無視、ほっといて。それよりも……
「そんなことよりね、昨日、女の人がこっちに来たよ。わたしたちに協力して欲しいって」
「……やはり、そうくるかのぉ。で、どんな話じゃった?」
昨日のことを話し始めると、途端に真面目になるピーコック。いつもこうなら良いのになんて思いながら、話す内容を思い浮かべる。えっと、まずは……
◇
「……なるほどのぉ。悪い話じゃあなさそうじゃのぉ」
一通り話しを聞いて、そんなふうに結論付けるピーコック。……そうなのかなぁ、わたしが「外の世界」で生活するのを助けてくれるだけだよね? そんなにいい話でもない気がするんだけど。
そのことをピーコックに聞いてみる。
「少なくとも、誰にも頼らずに外の世界に出るよりは、遥かにマシじゃろうて。儂らも一緒に行くことができるしな。……フィリはな、外の世界に出るのは嫌か?」
そっか、ピーコックやメディーンも一緒に行けるんだ。それなら、確かにいい話なのかも、そう思ったところでの、ピーコックからの質問に、少し考える。
わたしが、外の世界に行きたいか、かぁ。どうなんだろう?
「……わかんない」
……だって、外の世界がどうなってるのか、全然知らないし。そんなことを思いながら、この一週間で見かけた、様々なヒトを思い出す。
列車っていう、連なった箱の中にいて、こっちを指さして見てたヒト。あのヒトたちは多分、怖くないのかな。
同じ列車の中で見た、絵本の中の軍人さんみたいなヒト。あのヒトはちょっと怖い気がする。
昨日、ピーコックが落ちたところにいた、たくさんのヒト。……それから、昨日話した女の人。
昨日見たヒトのことは、もうよくわからない。だけど、そうだ、あの女の人の最後の言葉を聞いて、すごくホッとしたっけ。
――って、そうだ、ピーコックに伝えなきゃ!
「……昨日会ったあの女の人から、ピーコックに伝えてくれって言われたんだけど」
「うん?」
「えっとね、確か、『空を飛べなくなったこと、その心痛は察するに余りある。それでも、一命をとりとめたことは幸運だろう、その命を無駄にしないことを願う』、だったかな」
「……かっかっか。言われんでも、飛べなくなった位で死んだりせんわ」
確かこんな言葉だったかなと思い出しながら、あの人の言葉をピーコックに伝える。その言葉を聞いたピーコックは、ほんの少しだけ、言葉を詰まらせたあと、その言葉を笑い飛ばす。
「儂はな、今、楽しいんじゃよ。確かに、儂は飛ぶことが好きじゃった。意味もなく、阿呆みたいな高さまで飛んだこともある。……それでもな、どこまでも高く飛んだ時よりも、今の方が、何倍も楽しいんじゃ」
多分、ホントのことを言っているんだろう。嘘を言っている感じはしない。それでも、どうしてかな、その言葉を聞いて、少しだけ、悲しくなってきて……
「確かに、今の儂は飛べん。けどな、それでもな、今の方が楽しいんじゃよ。多分、それほどまでに暇を持て余しておったんじゃ、儂は。……だからな、フィリが気に病むことは何もないんじゃよ」
その気持ちが伝わっちゃったのかな、わたしが気に病むことじゃないって、こんなことを言われて。だからかな……
「……ピーコックは」
「なんじゃ?」
「ピーコックは、わたしが『外の世界』に行った方が楽しい?」
……今までずっと聞くことが出来なかったことを、ピーコックに質問していた。
「……どうじゃろうなぁ。儂は、外の世界に行った方が、フィリにとっても良いと思うとるが、このまま近くにいても、退屈はせんじゃろうしなぁ」
その質問の答えは、多分、真剣な言葉で。きっとそれは、ピーコックの本心で……
「だから、どっちが良いか、フィリが決めればええ。儂らはな、どっちに転んでも、それなりに楽しいんじゃからな」
……そして、ちょっとだけ寂しさを感じるような、そんな言葉だった。
でも、そっか、うん。どっちに転んでも楽しい、か。その言葉が、何故か、少しだけ嬉しくて。そのせいかな、ちょっとした悪戯めいた言葉を思いつく。
いつもからかわれてばかりじゃね、たまには言い返さなきゃ!
「それって、わたしが居ても居なくてもどっちでもいいってこと?」
「……かっかっか。そりゃあ、反撃のつもりかのう」
わたしの言葉に、ピーコックは、少しだけキョトンとしたあと、あっさりといつも通りに笑って。うーん、上手く行かなかったかな、でもいいや。
「あーあ、気付かれちゃった」
ちょっとだけでも、ピーコックをキョトンとさせれたからね!
◇
一通り話が終わって。昨日の女の人が来るのを、河原の近くで待ってるとき、急に思いついたように、ピーコックが話しかけてくる。
「おお、そうじゃ!」
「なに?」
「その、昨日話しとったという、女性のヒトじゃがな?」
「これから来る人だよね」
「そう、そのヒトじゃが。ええか、……まちがっても『おばさん』と呼んではいかんからな」
……えっと。ピーコック、凄く真面目そうなんだけど。けど、そう言えば、何かの本で読んだっけ。「おばさん」は女の人に使っていい言葉じゃないって。あれ、何の本だっけ? まあいっか、えっと、確か年上の女の人には……
「わかった。気をつけるね。……お姉さん、お姉さんっと」
「うむ。その呼び方が一番無難じゃて」
……そう、お姉さんって言えばいいんだっけ。うん、間違えないようにしないとね!
◇
その後、河原でもう一回、お姉さんと話をして。……と言っても、ほとんどピーコックが話をしてくれんだけど。メディーンやピーコックと一緒に住むこととか、危ないことはしないこと、そんなことをピーコックがお姉さんに伝えて。
そうそう、あとちゃんと自己紹介もして。あの女の人の名前、プリムっていうんだって。プリムお姉さん、プリムお姉さんって、覚えるために何度も、心の中で繰り返し呟いて。
プリムお姉さん、一回戻ってから答えを返すって言って、戻って行って。もう一度来て、全て了解した、とりあえず本国にまで来てもらうことになるって言って。そうそう、これからお世話になるんだから、よろしくお願いしますって挨拶して。
……なのに、別れ際に、ピーコックが余計なことを言い始めたんだよね。
「おっと、そうじゃった。……儂はな、飛べんくなった位で命を断つほど、やわじゃないつもりじゃ。余計な一言、ありがとな」
……ちょっとピーコック、何言ってるの!? プリムお姉さん、怒ってないかなぁと、恐る恐る表情をうかがって。――今までと同じように立ってるだけの、どこか頼もしそうな、楽しそうな、そんなプリムお姉さんの姿に、少しドキッとする。
「そうだね、じゃあ、今度ムシャクシャしたら、空から砲弾を叩き込んであげるさ。それで良いかい?」
「良いわけないじゃろうが。条件はどうなったんじゃ」
「そっちの条件は、『フィリ嬢を』危険な目にあわせるな、だろう? なら、フィリ嬢に付きまとう怪獣一匹、退治した所で問題無いんじゃないかい」
「……なかなかふざけた物言いをする奴じゃのぉ」
「大丈夫、こっちはフィリ嬢に悪い影響は与えるつもりはないからね。安心してくれていいさ。……だからこそ、まずは悪影響を与えそうな、ふざけた怪獣を退治しようと思うんだけど、どうだい?」
……凄い。プリムお姉さん、ピーコックを言い負かしてる! どこかぼんやりとしながら、そんなことを考えて。そのまま、プリムお姉さんと別れて。ごはんを食べて、片付けをして。約束した列車の所までメディーンに運んでもらって、今はプリムお姉さんを待っている所。プリムお姉さん、早く来ないかなぁ~。
◇
あの時のプリムお姉さん、かっこよかったなぁ……、「連なった箱」の近くで、プリムお姉さんを待ちながら、ぼんやりと、そのときの姿を思い出す。
こう、すらっとしてて、よく通る声で……
「……リ、フィ……」
かっこいいって、女の人に使って良いんだっけ?
違うかな、えっと、凛々しい? そう、凛々しいだ!
あの時のプリムお姉さん、凛々しかったなぁ……
「……リ、フィ……、……フィリ!」
きゃあっ! 突然のピーコックの大声に、軽く飛び上がる。何?、急に大声上げて!
「あの小憎たらしいオナゴ、来たようじゃぞ」
「え!? どこどこ?」
ピーコックの声に、その見てる先に、慌てて顔を向ける。……えっと、よくわからないなぁ。
「ほれ、あっちの方じゃ」
え?、どこ?。……いた! あそこ! 男のヒトと並んで馬に乗ってる! 思わず手をあげて、左右に大きく振る。向こうも気付いたのかな、馬を走らせて、こちらに向かってくる。
そのまま馬を走らせたプリムお姉さんは、わたしたちのすぐ近くまで来て。並んで馬を走らせてた男のヒトは、少し離れたところにいる人たちの方に行って、何か話してるみたい。
そのことに、少しだけホッとする。あのヒト、片方の手がないことに気付いて、それが、なんでだろう、凄く怖くて。なのに、どうしても、気になって。
……えっと、多分、わたしと同じくらいの歳の、一番子どもの男の子のヒト?、そのヒトと話しているみたい。あの男の子のヒトも、ちょっと怖かったんだ。何か、わたしのことを見てるみたいで。……あれ? 今も、ちらっとだけど、こっちを見てる? 思わず、隣のメディーンの手を強く握る。
「待たせちゃったね。こっちは今すぐでも行けるが、そっちは大丈夫かい?」
「儂らも、見ての通り、準備万端じゃけえ」
プリムお姉さんとピーコックの会話の声に、自分が遠くのことばかりを気にして、目の前のプリムお姉さんのことを意識から外していたことに気付く。いけないいけない、わたしもちゃんと話を聞かなきゃだめだよね、ちょっと反省。
そのまま、飛行機の方に向けて歩き出すプリムお姉さん。その後をわたしが、わたしの横をひょこひょことピーコックが、わたしの後ろをメディーンがズシンズシンと、ついていくように歩き始める。
◇
やがて、フィリたちを乗せた飛行機は、大空に飛び立つために、その機首と翼に取り付けられたプロペラを回し始める。
本国への帰還第一陣となるこの飛行機に搭乗したのは、プリムとスクアッド曹長、ボーウィ少年、看護兵一名、そしてフィリとピーコックとメディーン。
乗機を失った空軍操縦士と負傷した陸軍軍人、学生、医療関係者と正体不明の一般人という、統一感の無いメンバーが、同じ輸送機に搭乗する。それは同時に、この移動、そして移動先には、危険は無いと判断されてのことでもある。――戦闘要員でないというただ一点のみは、輸送機に搭乗した人員全員に共通していたことだった。
◇
「で、この先の話だけどね」
飛行機の中、一番前、窓際の席に座って。飛行機が飛ぶときの感覚って、ピーコックの背中に乗って飛ぶ感じに似てるなぁ、なんて思ったところで、隣に座ったプリムお姉さんが話しかけてくる。
「まずは嬢ちゃんの住む場所だけどね。うちの『旧都』の外れにウチらの訓練場がある。その宿舎の方に泊まってもらう予定だ」
「旧都?」
「ああ、うちらの首都は『新都』と『旧都』の二つの区域があってね。その辺りはおいおい説明するよ。で、嬢ちゃんには、勉強がてら、ある場所に通ってもらおうかと、そんな風に考えてる」
……えっと、首都って、大きい街のことだよね? ヒトがいっぱいいる、絵本に出てきた「王都」みたいな。その大きな街の中に、シントとキュウトがあって、わたしはキュウトの方に住む。
で、お勉強のため、どこかに通うと。……どこかって、どこだろう。そんなことを考えてたら、後ろの方で聞いてたピーコックも、同じことを考えたのだろう、プリムお姉さんに対して声をかけてくる。
「ある場所って、なんじゃ? 学校とやらにでも通わせる気か?」
ガッコウ? なにそれ? そんなことを思ったんだけど。わたしがピーコックにたずねるよりも早く、後ろにいるピーコックの方に、こう、椅子に座ったまま振り返るプリムお姉さんが、そのまま話し始める。
「こんな機械人形や巨大孔雀を引き連れて、そんなところには行けないさ。それに、嬢ちゃんに必要なのは知識じゃない、『社会の常識』ってやつだと思うんだけどね。違うかい?」
「学校とやらも、そういった物を学ぶ場所かと思うたんじゃがのう」
「まあ、否定はしないけどね。……それにしても、人間の社会のことを知ってるじゃないか、孔雀のくせに。どこで知ったんだい?」
「まあ儂は、大昔に一度だけ、山の上に住んでたヒトと関わったことがあるだけじゃよ」
……えっと、そういえば、メディーンやピーコックは、本当なら「外の世界」では住めないんだっけ。で、わたしはまだ、外の世界を知らないんだけど、これは実際に行かないとわからないって、昔ピーコックが言ってたっけ。そのことかなぁ?
そうそう、ピーコック、外の世界のこと、よく知ってるよねって、どんどん話が進んでくよ! うわぁ、考えてるひまが無い~
「……その辺りもおいおい知りたいねぇ。まあいい、今は嬢ちゃんの話だ。嬢ちゃんにはね、『教会』に通ってもらおうと、そんなふうに考えている」
「教会?」
「ああ。信仰なんてのは、とっくの昔に廃れちまってるんだけどね。それでもあそこは、常識とかを学ぶのには丁度いい場所さ。……あと、人間ってのを学ぶのにもね」
……教会? 信仰? ほえぇ~。全然話についていけない~。
「……そういったことは、てっきりヌシから学ぶんじゃと思っとったんじゃがのう」
「まあ、それも考えたんだけどね。アタイよりも適任がいるなら、そっちに任せた方が良いだろう。安心しな、信用できる相手だ。あんたらを見ても、騒ぎ立てたりはしないさ。――まあ、神父も居ないような小さな教会で、夜は酒場で働いてるような、変わり種のシスターが居るだけの、そんな場所なんだけどね」
えっと、これ、もうピーコックに任せた方がいいよね! あとでピーコックに話を聞こう! そう思ったところで、お姉さんが私に話しかけてくるつもりかな、姿勢を戻して、こっちに視線を向けてくる。ええぇ~!
ごめんなさい! わたし、よくわかってない! 表情に出ないように気をつけながら、そう心の中で謝る。――そんなわたしに、多分わかりやすいようにかな、少しゆっくりと、プリムお姉さんは説明をしてくれる。
「そういう訳だ。嬢ちゃんには、旧都郊外、訓練場の近くに建つ小さな教会に、定期的に通ってもらう。そこに住む、シスターダーラにいろんなことを教わりにね」
プリムお姉さんの話の内容に、わかったって返事をして、頷く。――訓練場とか教会とか、よくわからないままだけど。
でも、えっと、つまり、今までわたしはメディーンにいろいろ教えてもらってたけど、その「シスターダーラ」っていうヒトにもいろんなことを教えてもらうってことだよね!
シスターダーラってどんなヒトだろう? プリムお姉さんが良いと思うヒトなら、きっと怖いヒトじゃないよね?、そんなことを考える。メディーンみないな、怖くないヒトだといいな!
――こうして、フィリは、長く住み慣れた遺跡や自然の風景から、人口物に溢れた共和国首都へと旅立っていく。それは、いままで住んでいた「忘れられた世界」を離れ、「外の世界」に触れる、最初の一歩。飛行船から落ちるフィリをピーコックが拾ってから、十四年の月日が経った時のことだった。
この話で、序盤の区切りとなります。