9.再起を誓って
賊に蹂躙を許し、成すすべなく聖典が奪われた翌日。今まで、天幕の中で身体を横にし、安静にしていたジュディック。だが今は、半身を起こし、天幕の片隅に置いた通信機の方にその体を向け、向こうからの声を待ち続ける。
これから本国に報告する内容、主にプリムが今日の朝、「彼ら」の元に赴いて話し合ってきた内容に関するものとなるだろう。その内容を思い起こして、ジュディックは一人苦笑する。――まったく、欲のない連中だな、と。
なにせ、彼らの出してきた条件というのが、機械人形とあの少女を引き離さないことや、最前線に連れださないこと、生活を保証することなど、少女のことを何よりも優先していることが容易に伝わってくる、そんな内容だったのだから。
(その位は当然、こちらでも考えていたんだがな)
何せ、相手の信用を失い、情報が得られなかったら元も子もないのだ。その位は当然だろうと、そんなことをジュディックは考える。
(ああ、機械人形の修理に必要な資材を提供すること、なんてのもあったか。あとは、プリムに連中の世話を見させること、か)
もっとも、資材に関しては、こちらが準備できるもので構わないとわざわざ付け加えてくるぐらいだ、優先順位は低いのだろうと、そんなことをジュディックは思う。――そうなると、こちらにとって予想外だったのはたった一つ、「プリムに連中の世話を見させる」という条件だけということになる。
(まあ、連中としては、まともに話したことがあるのはプリムだけだから、ということなのだろうな)
最後に残った条件に、やれやれと首を振るジュディック。まあ、あれも自分の妹だ、決して悪い人間じゃないことはよくわかっている。――それでも、あれも軍人だ。いざとなったら、連中よりも国の方を優先するであろうことも、疑いようが無いのだがなと、そんなことを考えながら。
(まあ、この条件なら、多分すんなりと通るだろう)
そんな確信を持ちながら、ジュディックは、通信機の向こうから声がかけられるのを待ち続け、――そして、その待ちわびていた声に、表情を引き締める。
◇
「私だ」
通信機の向こうから聞こえてきたマイミー少将の声。その言葉に、半身だけを起こした状態で敬礼を返す。
本来であれば、起立して礼を執るべきなのだが、プリムに「そんなことして誰が喜ぶんだい。怪我人は大人しくしてな」などと言われ、隊員一同が頷かれてしまうような状況だ。少々無礼だがやむを得ないだろう。
「ああ、楽にしてくてくれていい。傷にさわる。それよりも、この先のことだ。……彼らの協力は得られそうかね」
「は。いくつか条件は提示されましたが、どれも問題になるようなものではありません」
そう前置きして、彼らから提示された条件を話す。その内容を聞いたマイミー少将は、即座に答えを返す。
「その条件であれば、プリム・ジンライト大尉の件以外は私の一存で答えられるな。特に問題はない。……プリム・ジンライト大尉には、この件について、了解を得ているのか?」
「は。特に異論は無いとのことです」
「なら、その件についてはどうとでもなるだろう。話を進めてもらって構わない」
予想通り、いや、予想以上だろうか。あっさりと話が進む。そして、その返事に心のどこかで安堵しながら……
「……実は、既に彼らから一つ、情報を得ておりまして」
「ほう。どのような情報かな」
「賊の大まかな移動先です。その情報を鑑みるに、奴らは我が国の方に向かっていると推測されます」
彼らから得られた、今の状況では極めて貴重な情報を口にする。
◇
彼らが、協力をする条件と共に伝えてきた情報。それは、現時点までの聖典の大まかな位置と、彼らが聖典を追うことができる大まかな範囲。その情報を思い浮かべる。
(聖典の検出可能範囲はこの中央山脈一帯のみ、か。この中央山脈はかれらの縄張りと、そんな所なのだろうな)
天を突くような遥かな山脈に、地を割くような峡谷がうねる、未だ人が住むことが叶わない未開の地。特に、その中央にそびえたつ山々は、航空機をもってしても飛び越えることが出来ないという、まさに前人未到の地。
今でも世界地図に詳細不明な場所として記されているその一帯が彼らの拠点なら、今まで彼らのことを、誰も知らなかったのも頷ける。
(我が国の国境を挟んだすぐ隣ですらこれだ。世界というのはまだまだ、わからないことの方が多いのだろうな)
ある意味において、国宝を奪うなんていう暴挙を行った賊よりも遥かに非常識な彼ら。そんな存在が、実は自分たちの国の国境を挟んだすぐ隣に住んでいたという事実に、ジュディックはしみじみと思う。――まったく、常識なんてものは、崩れる時は一瞬だな、と。
◇
「その情報は確かなのかね?」
通信機の向こうから問いかけるマイミー少将の声に、ジュディックは、自分の思考が脱線していたことに気付き、慌てて意識を現実へと戻し、マイミー少将からの問いかけについて考え始める。――彼らから得られた情報の信憑性についてを。
「は。情報の真偽を確認する術は、私どもにはありません。しかし……」
「しかし?」
「私には、彼らが虚言を弄する理由に思い当たるものはありません。信用して良いと思っております」
多分、彼らは、自分たちが何ができるかを伝えた上で、その情報に価値があり、この先もその情報が必要なら条件も守られるだろうと、そんな心づもりなのだろう。
実際、たとえこの中央山脈一帯に限定されたとしても、あの賊の位置を特定できるのは大きい。条件を守るだけの価値はあると、そんなことを思いながら、返事をする。
その先はどうするのか、多分相手にも考えはあるのだろうが、詳しく聞くのは、今の状況が落ち着いてからでも問題ないだろう。最も……
「……確か、件の賊は、砲兵を準備しないとまともに対抗出来ない、だったか。流石に私にも、それを短期間では準備できん」
「それは仕方がないかと」
……そもそも、もはや我々には、この大自然の中で、出来ることなど残されていないのだが。
近づけば、砲で狙い撃ちにされ、指揮が乱れたところを突撃される。航空機は片っ端から落とされる。
こんな現状では、航空機を使って偵察することも、砲兵の代わりとして運用するもできない。相手の居場所を特定できていて、我が国に向かっていることがわかっただけでも僥倖なのだろう。それだけでも、奴らの持つ兵器と聖典の知識が他国に流出する危険がとりあえずは回避されそうだという見込みが立ったのだから。――まあ、それも、相手がこの区域にいる間だけの話なのだが。
「まあ、準備できようができまいが、それは君の後任が行うことだ。しっかりと引き継いで、本国で養生したまえ」
「は。任務を果たすことが出来ず、申し訳ありません」
「君に落ち度がないことはわかっている。最後の仕事をしっかり果たしたら、胸を張って本国に戻ってくるがいい」
結局、怪我人が続出した我が隊は、今後の任務には耐えられないと判断、彼らとの交渉を最後に、本国へと帰還することとなった。
私も、後続部隊の指揮官に情報を伝え、あとは部隊をまとめて撤収するだけの身だ。その判断が間違っているとも思えない。だが、それでも、忸怩たる思いは残る。その思いを、賊に対する疑念の形で、通信機の向こうにいるマイミー少将に問いかけてしまう。――答えが得られるなんて思いもせずに。
「……しかし、奴らは我が国で何をするつもりなのでしょう? 聖典を奪い去った目的も不明のままです」
「それだがな」
「はい?」
「まだ推測だがな。奴らの身元が判明した」
「本当ですか!?」
通信機の向こうから返ってきた、想像外の答えに思わず身を乗り出す。――肋骨のヒビが痛みを主張し、思わず顔をしかめるが、それどころではない。続くマイミー少将の言葉に、耳を傾ける。
「彼らの使っている武器と同じような特徴の武器があってな。――時に君は、ウェス・デル研究所という名前を知っているかね」
「は! 過去に様々な軍需品を製造していた、民間の研究所だったかと記憶しています。確か、研究者が亡くなった後、国の研究機関になったかと」
「まあ、大体はそんな所だが。付け加えるなら、その亡くなった研究者は、元々は国の軍研究所の研究者で、訳あって、軍研究所をやめ、民間の研究所を設立したと、そんな所だ」
ウェス・デル研究所。民間の研究所でありながら、兵器開発のみを行なっていたという、共和国でも変わり種の研究所だった、らしい。――正直、詳しいことは俺も知らない。
なにせ、この研究所で研究された兵器で、採用された兵器は一つもない。なんの成果もあげないままに、十年ほど前に、国立研究所に吸収される形で消えて無くなった、そんな研究所なのだから。
「そのウェス・デル研究所が、軍の要求仕様にそって開発した兵器が三つ。一つは、敵の発砲を阻害する妨害兵器。一つは、魔法銃の弱点となる、魔法発動までの時間を短縮した速射銃。最後の一つは、航空機に対して有効な、携行可能な兵器。君なら、いくつか心当たりはあるのでは無いかな」
だが、軍の依頼を受けて兵器を開発していたのだ。当然、軍はどのような兵器を開発していたのか、把握しているだろう。
本当にウェス・デル研究所が、そんな兵器を開発していたのであれば、軍に資料があってもおかしくはない。
だが、そんな兵器を開発していた研究所が、どうして無名なのか。――なにせ、その研究所が有名なのは、研究成果ではなく……
「ウェス・デル研究所が国立……、いや、言葉を飾るのはよそう。国立研究所がその研究成果を接収した時に起きた事件。その事件の犯人と目されている人物。ウェス・デル研究所に所属していた研究員、アスト・イストレとマークス・サショット。この二人が、今回の賊の正体である可能性が高い」
……その研究員が起こしたという、国立研究所にある一つの研究室を、何者かが、警備兵もろとも皆殺しにしたという、事件の方なのだ。
俺がまだ入隊する前に起きたという、軍の警備を正面から打ち破り、研究員を殺害し、逃亡を許したという、謎の多い事件。
この言い方だと、たった二人で行われたと軍では認識しているのであろう事件に対し、今は笑うことが出来ない。――あの賊には、それをするだけの力があることは、この身をもって思い知っている。
だが、それでも、この話には驚かざるを得ない。
「少なくとも、君たちはその内の一つ、速射銃シュバルアームをその目で見ているのだろう。まあ、他の隊員たちにも確認はさせるがね。できれば君にも見ておいてもらいたいのでね。早くそちらの仕事を片付けて、戻ってきたまえ」
マイミー少将の言葉を聞きながら、内心は疑問で溢れる。なぜ、あんな兵器を軍は採用しなかったのか。いや、そんなことよりも……
「つまり、あの兵器は、十年以上前に、我が国で開発されていた兵器だったのですか!」
……予想もしなかった一つの事実に、今話している相手が誰であるかも忘れ、心の底から叫んでいた。
◇
「流石に、派手にやりすぎたかもさ」
アストと二人、並んで馬を歩かせていたマークスは、誰にともなく呟く。
昨日の襲撃のあと合流し、敵から距離を取るために馬を走らせていた二人。日が暮れたあとは身を隠すように森の中へと入り、身体を休める。
日付が変わり、朝を迎え。昨日とは打って変わって、のんびりとした速度で移動を開始する。まるで追手がこないことを確信するかのように、のんびりと。
「おいおい、今更良心が痛むってか?」
「まさか。ただ、相手に本気になられると、ちいと厄介かもしれないさと、ちいと思っただけさ」
マークスの言葉に、首をひねるアスト。あんな連中、どれだけ来ようが返り討ちにするだけだろうに、何を心配しているんだとでも言いたげなアストに、マークスは言葉を続ける。
「流石に俺もさ、戦闘機が二十機とかで特攻かましてきたら、撃ち落としきれないさ」
「俺たち二人にか? そりゃねえだろ」
本当に相手が「本気」で来たら、流石に対処できないというマークスの言葉。だが、その言葉をアストは笑い飛ばす。――そんなことはありえねえと。
「あいつらは、こう、なんだ。威信だの、予算だの、手続きだの、そんなんばっかだ。軍なんてのはそんなバカバカしい連中の集まりだ。全力でなんて来るもんか。……あーあ、大変だね、組織ってのは」
心底、相手のことを侮蔑しきった口調で話すアスト。その最後に付け加えた言葉は、自分も研究所という組織に加わっていたことを思い出しての言葉だろうか。ほんの少しだけ、昔を懐かしむような、そんな響きがこもる。
それに自分で気付いたのだろう、アストは軽く首を振り、普段の口調に戻して、言葉を続ける。
「第一、相手が何を考えてるかなんざ、わかんねえし、知ったところで、俺たちの行動が変わる訳でもねぇ。――奴らが本気になるんなら、俺らも本気で相手をする、それだけだろう?」
「……違いないさ」
アストの言葉に、マークスは同意し、頷く。気軽な、どこかいい加減な響きで語るアストの言葉の奥にあるもの。国を敵に回すなんてことに、いまさら動揺などしない。――そんなものはとうの昔に終わらせたことだということを思い出しながら。
「わかんねぇことなんざ、考えたってしょうがねぇ。今は、こいつを依頼主に届けて、金にするだけだ」
「素直に渡すかねぇ、あの依頼主が」
納得しつつも、どこか懐疑的な響きの消えないマークスに、なんだこいつ、今日はえらい懐疑的だねぇなんてことをアストは思いながら、当たり前のように、言葉を紡ぐ。――口角を上げ、不敵に笑いながら。
「契約した以上、命にかえても払うってのが信義ってもんだ。払いたくねぇなんて戯れ言は通用しねぇ。――信義を破っちゃあ、いけねえよなあ」
馬上で、手に入れた聖典を弄びながら、アストは嘯く。こっちが依頼の品を渡したら、相手から金をぶんどる。そこに相手の意志など関係ないとばかりに。
手にした愛銃の価値を、修理された聖典の価値を、未だアストたちは知らない。だが、それで相手が本気になったことを知ったところで、彼らは笑い飛ばすだけだろう。――そりゃあ、そっちの都合だ、俺たちの仕事じゃねぇ、と。
◇
本国との通信を終えて、立ち上がる。「彼ら」にこちらの意向を伝えるために、プリムを使いに出して、この地で我々がなすべき最後の仕事を片付けるために、部下に指示を出す。
命令を受け、真剣な面持ちで体を動かし始める部下たち。負傷し、俺と同じように身体を休めていた者たちも、その様子に気づき、神妙な表情で彼らの作業を見守る。
昨日以来、どこか明るさを失っていた部隊。その彼らの間に、今までとはまた違った、静かな空気が漂い始める。
そんな中、使いに出していたプリムがこちらに戻って来るのが目に入り、声をかける。
「どうだったか?」
「すんなりと話は通ったさ。いやあ、あの孔雀怪獣がいると、話は早くていいねぇ。……昼をすぎたあたりで、特別貨物車両の方に来るってことで、話はまとまったよ」
「そうか」
その言葉を聞いて、すこし安堵する。これで少なくとも、賊がこの地域から出るまでは、位置を把握することができると。
「で、うちらはこれからどうするんだい?」
プリムの言葉に、先ほど下した命令に従って動く部下たちへと視線を移す。河原からやや離れた、森の入口で、スコップを持って動き続ける部下たちの姿を。
「そうだな。あと一つだけ、ここでやらなくてはいけない事がある。それが終わったら、撤収だな」
「うん? ああ、そういう事ね」
俺の視線の先に、プリムも視線を移し。その風景を見て、納得したような言葉を返すプリム。俺たちの視線の先には、少し小高くなった土の地面を掘り続ける俺の部下たちの姿。
そこには、昨日の戦闘で命を落とした同僚の二人、その供養のために真剣な表情で黙々と墓を掘る、隊員たちの姿があった。
◇
「今回、我々は、与えられた任務に対し、成果をあげることは出来なかった。我々はこれより本国に帰還することとなる」
作戦行動中に降り続いた雨も止み、晴れた空の下、部下たちを一列に整列させるジュディック。作戦行動前に行った演説を彷彿とさせるような、そんな風景。だが、決定的に違うところが二つ。
一つは、整列した前に立つジュディックと、並ぶその部下たちの、傷を負った痛々しい姿。――そしてもう一つ、整列することが叶わない、帰らぬ身となった二人の部下。
「だが、本国に帰還することが叶わない者もいる。昨日の戦闘で命を失うことになった二名、ファーネン上等兵とオーワイズ上等兵だ。――これより、略式ではあるが、彼らの葬儀を行う」
二つの遺体が、ジュディックの後ろ、整列する部下たちの視線の先に横たわる。亡くなった時の服装のまま、肌を隠すように軍旗に包まれ、足りない分は天幕の布に覆われて。
棺も無く、遺族も居ない、――それでも、本国に帰すことも叶わない、そんな状況下で、なお、出来うる限りの体裁を整えられて執り行われる、そんな葬儀。
「全員、黙祷」
ジュディックの声に、静かに、やや俯き、故人に対し祈りを捧げる同僚たち。ただ静かに、時が流れる。
……やがて、その時も終わり、二つの遺体は墓の中へと納められ、上から土をかぶせられる。
土をかぶせる者、見守る者、誰一人として声を上げず。惜しむ言葉も、悔やむ言葉も、感情の漏れる音も無い、静かな葬儀。――それでも、そこには確かに、死を静粛に受け止める空気に満ちていて……
「遠く離れた地ではあるが、彼らの御霊に安息が与えられることを祈る」
……その場に居る全員の心情を代弁するかのようなジュディックの言葉で、その葬儀は幕を閉じる。
「……彼らは勇敢に戦った。儚くもその命を散らしてしまったが、私は、共和国軍人として、彼らのような部下を持ったことを誇りに思う」
再び整列した隊員たちにかけられる、静かな、それでいて、意志の籠ったジュディックの声。そこには、亡くなった隊員を惜しむだけではない響きが篭る。
「我々は与えられた任務を後続の部隊へと託し、本国に帰還する。そして、本国に戻り次第、任を解かれ、傷を癒すまでの暫しの間、休息が与えられるだろう。だが、作戦が終わった訳ではない。聖典を取り戻すまでは、我が国は決して諦めることは無い。――私は、機会があれば、再度この任に着けるよう、具申するつもりだ。貴官らも同様か?」
「は!」
それは、決してこのままでは終わらせないという、決意の響き。そして、散った命を無駄にしないという誓いの言葉。
「良し。ならば、再び任務についた時、殉職した二名に恥じぬよう、ここに誓う。――国軍誓規斉唱!」
その決意を、共和国軍人の誓いの言葉に乗せ、謳い上げる。
「我ら、国を守る盾であれ!」
それは、故人も等しく胸の内に秘めてたであろう、共和国軍人としての、誓いの言葉。
「我ら、国を愛し、国と共に生きる者であれ!」
共和国軍人であれば誰もが胸の内に持つであろう、軍人としての誇りであり。
「我らの力は国民のためにこそ振るえ!」
共和国軍人であることを選んだ人間が等しく持つ、自らの存在意義を明らかとする言葉でもある。
「我らは国民によって生かされていることを忘れるな!」
その言葉は、軍人としての誇りと存在意義を片時も忘れぬための言葉であり。
「国民の幸福を奪おうとする者と戦い、決して屈するな!」
同時に、どんな状況でも、その誇りと存在意義を持ち続けることを課した言葉であり。
「我ら軍人は、これらを守るため、己を捨て、国家に忠誠を誓う!」
そして、それは我が身を賭してでもなすべきことと定めた言葉でもある。――たとえ、命を失うことになろうとも。
◇
こうして、殉職者二名を弔ったジュディック率いる陸上部隊は、任務を後続部隊に託し、本国への帰還を開始する。
朝から昼へと時が移る頃に到着した、陸上部隊を救出するために派遣された後続部隊の騎兵半個小隊。彼らの馬を借りて、プリムとスクアッド曹長がまずは出立する。――昼頃に特別貨物車両でフィリたちと合流し、小型輸送機でそのまま本国へと招待するために。
ジュディック率いる陸上部隊本隊はこの後、約一日かけて特別貨物車両に戻り、同じく小型輸送機で本国へと帰還することになる。その後は、部隊の約半数は病院で治療を受けることになり、残り半数の処遇は未だ決まってはいない。
それでも、陸上部隊の隊員たちの表情に、悲観の色は無く。それは、彼らが自分たちの指揮官を知るゆえか。彼は言ったのだ、「再度この任に着けるよう、具申するつもりだ」と。
彼らは知っている。彼らの上官、ジュディック・ジンライト大尉という男は、任務に際しては、部下をこき使ってくる男だと。そうして、とりうる手を全て打って、可能な限り、任務を達成しようとするのだと。
故に、彼らは悲観しない。ただ、度重なる失態を取り戻す、その機会があることを信じ、その時に、次こそはと心に誓う。――それこそが、亡くなった同僚に対する供養になると信じて。
本国に戻り、任を解かれることになるとしても。それで全てが終わりになるとは、誰一人として考えることはなかった。
これで第二章完結となります。
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