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フィリ・ディーアが触れる世界  作者: 市境前12アール
第二章 平和な時代の軍人たち
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8.果たすべき役割、その隙間から覗く情

 陽が中天を過ぎ、やや影が伸び始めた頃、独り河原を歩くプリム。川のせせらぎの音に、砂利を踏む音、砂を踏む音が混じる。

 目指す場所の正確な位置を知らないまま、機械人形が飛び去った方向から大体のあたりをつけて、彼女は歩き続ける。半ばで終わった交渉の答え、一緒にいた少女のことを自分たちがどう扱うかを伝えるために。――そして、朝方に変化した状況に対応するために、一つの思惑を抱いて。


(あの孔雀怪獣と話ができれば、まだやりやすいんだけどねぇ)


 プリムは河原を上流へと向かって歩きながら、そんなことを考える。陸上部隊の隊員に話を聞いた限りでは、機械人形は一言も言葉を発することは無かったらしい。

 もしも、機械人形が会話できない存在だとすると、傷ついた巨鳥か少女と話をすることになる。重傷をおった巨鳥か、――多分、争い事とは無縁に生きてきたであろう少女のどちらかと。


(多分、あの少女は「一般人」なのよねぇ)


 陸上部隊の隊員たちから聞いた話。怪我人であふれかえっていた部隊に、少女は近づくことができないようだったという話に、プリムは、そんな結論を思い描く。

 あの風景は、軍人だって衝撃をうけるような光景だからね、普通の人間には相当きつかっただろう、そんなことを思いながら、プリムは歩き続ける。――それでも、あの巨鳥と話ができなければ、あの少女に声をかけるしかないと、そう考えながら。

 やがて歩き続けたプリムの目に、二つの人影が映る。風が起こしたにしては不自然な、木々が揺れる音が混じる。――まるで待っていたかのように森の入り口に立つ、少女と機械人形の立てた音が。


――何の用? 問いかけてくる声は、か細く、不安気で。


 その声に、プリムは、この子を相手に話をしなくてはいけないのかと、軽くやりにくさを覚えながらも、気を引き締め直す。自分のこれからする話は、この少女にとっても損な話ではないはずだし、――何より、共和国軍人として、今は打てる手を打たなくてはいけない状況なのだからと。



「要件の前に、まずは、アタイらの治療をしてくれたことに礼を言わせてもらうよ。……ピーコックだっけ? そっちの巨鳥の方は大丈夫なのかい?」


 こちらへの警戒感がありありと出ている少女に、まずはその過剰な警戒心を解こうと、朝方の礼を言い、巨鳥の様子をたずねる。――まあ、実際、感謝もしてるんだけどね。


「……ピーコックなら、傷もふさがってるし、話すこともできるよ。まだ痛いみたいだけど」


 お? 思ったよりも早い回復に、思わず声が出る。


「でも、今日一日は動かない方が良いって、メディーンが。今は寝てる」


 言葉短かく語る少女の声。「メディーン」と言った時の様子から、きっとこの機械人形がメディーンなのだろうと当たりをつける。


「……で、何の用?」


 警戒を解かないまま、再び聞いてくる少女に、こりゃあその警戒を解くなんて夢のまた夢だね、しょうがないかと、本題に入る決意を固める。――急がなくてもいい、まずは伝えることだ、と。


「まあ、朝方、ピーコックとしてた話の続きさ。嬢ちゃんをどうこうするつもりはない」

「……そう」

「その上で。できれば嬢ちゃんたちに協力して欲しいことがあってね。聞いてもらえないかと思ってきたんだが」


 まずはそこまで話して、相手の出方を待つ。この、警戒を解かず、恐怖の色さえ見える少女の様子に、話を聞くことなく拒否される、その覚悟を固めながら。


「……何を?」


 返ってきた、先を促す少女の声に、安堵よりも疑問を感じながら。それでも、まずはこちらの要求を話し始める。


「アタイらはね、嬢ちゃんたちが直したとかいう聖典を取り戻したいし、アタイらやピーコックに大怪我を負わせた奴らを追っかけたい。聖典がどこにあるか、嬢ちゃんたちには探る手段があるんじゃないかと思ってね。その力をつかってアタイらに協力をして欲しいと、そんな話をしに来たのさ」


 その要求に、そっと心の中で言葉を付け加える。――そして、もし可能であれば、聖典を破壊(・・)したい(・・・)んだけどね、と。



 アニキが本国と通信をして得た結論を思い出す。それは、今回の事件が、国宝なんていうただの飾りが奪われたという事態を大きく超えたという事実を。

 もはや、ウチ等にとって必要なのは、国宝なんて物じゃない。突然降ってわいたような、国家を脅かすほどの脅威の排除こそが、今のウチらの最優先事項。それほど、あの賊は危険な存在なのだ。――航空戦力を無力化し、十倍の兵を相手にすることを可能とするような兵器を所有する賊に、それらを量産化することを可能とするような未知の知識が与えられたのだから。

 あの賊が、その兵器と知識が他国に渡ることだけは、絶対に阻止しなくてはいけない。それは、国を挙げてでも行うべきことだ。そして、それは秘密裏の内に、他国に知られることなく成されなくてはならないことだと。



 アタイの言葉に、少女は耳を傾け、少し考え、やがて機械人形の方を見て何か手を動かし、一つ頷いて、再び言葉を発する。


「私たちのメリットは?」


 その言葉にピンとくる。ああ、この少女は間違いなく、隣の機械人形と言葉を交わしていると。――そのくらい、今の言葉は、目の前の少女には、どこか不釣り合いな言葉だった。

 まあでも、その方がアタイらには好都合だと、そのまま話を続ける。


「アタイらの国に住むのなら、嬢ちゃんたちの生活は保証するし、色々と手を貸せると思う。もちろん、協力に当たって危険なことを願うつもりもない。悪い話じゃないと思うんだけど、どうだい?」


 その言葉に、少女は少し考えて、言葉を口にする。


「ピーコックとも相談したい。返事は明日でも良い?」

「構わないさ。ただ、アタイらも、あそこにいるのは明日の昼までだ。朝方に返事を聞きにきて良いかい?」

「わかった。じゃあ、明日の朝に」


 そう言って(きびす)を返し、立ち去ろうとする少女と機械人形を見送ろうとして。――ふと思いついて、呼び止める。


「嬢ちゃん!」


 アタイの上げた少し大きめな声に、身体をビクリと震わせながらも立ち止まり、振り返る少女。


「そのピーコックだけどね。もう一度飛べるようになるのかい?」


 まあ、常識ではありえないんだけどね。この非常識な奴らのことだ。もしかしてってこともあるからねと、そんな気持ちで聞いた質問だった。――が、返ってきたのは、無常な答え。


「……メディーンが言うにはね、失った翼が元に戻ることはまず無いって」


 答えを返す少女の表情を見て、余計なことを聞いちまったかねぇと考え、――それよりも、片翼を失ったまま生きていく事になるであろう巨鳥に、言葉では言い表せないような感慨を抱く。


「そりゃあ、悪いことを聞いちまったね。――アタイも同じ空を飛ぶ身だが、その心痛は察するに余りある。それでも、空中で翼を失いながら一命をとりとめたことは僥倖だろう。失わずに済んだその命を決して無駄にしないことを願わしてもらう。そう伝えておいてもらえないかな」

「わかった。ピーコックに伝えておくね。――ありがとう」


 少女に伝言を頼み、こちらも踵を返す。一瞬だけ、少女が感謝の言葉と共に見せた、警戒や恐怖とは違う表情をその目に納めながら。



「言われた通り、ちゃんと話を聞いてきたよ。私をこの先追うことがあるのか、とか、他に話があるのなら、わたしたちに何をしてくれるのか、とか」


 地面に横たわったまま眠るピーコックに、フィリは静かに話しかける。痛みが引いているのだろう、いまは穏やかな寝息を立てているピーコックの姿に、半ば涙目になりながら、こらえながら。


「ちゃんと、返事も明日するって言って、聞いてもらったよ。わたしだってね、お話くらい出来るんだから。だからね、今はちゃんと休もう? 無茶しなくていいから、ね?」


 差し掛け小屋に入り、涙声で、優しく語りかけて。フィリは、そのまま静かにピーコックのことを見守り続ける。

 戻ってきた直後、河原で見張りをしようと言い出したピーコック。怪我しているんだから大人しくしてとフィリに懇願され、メディーンにまで同意され、しぶしぶ体を休めることに同意し、その後すぐに寝付いたピーコック。

 そんなピーコックのことを、心の底から心配しながら、それでも、ちゃんと休んでいてくれていたことに安心しながら、フィリは時間を忘れたように、ピーコックの方を、ずっと、じっと、見続ける。

 ……今まで気を張り詰めていた反動だろうか、それとも、色んなことがあって、ようやく安心できるだけの材料を得たからだろうか。やがてフィリも、差し掛け小屋の中で、すやすやと寝息を立て始める。



(あいつらなら、きっとこの話に乗ってくる)


 そう確信しながら、プリムは陸上部隊の野営地に向かい、足を進める。朝方の交渉で伝えてきた、「あの少女の罪を問わない」という条件、これは、人間の社会で生きていくつもりが無ければ意味の無い条件だ。当然、あの少女を人間の社会で過ごさせたいという想いがあるのだろう。

 その想いがあるのであれば、生活の保証、同じ人間の手助け、さらに危険なことはさせないというコッチの条件は、相当に魅力的なはずだ。そして何よりも……


(ここで人間から離れた生活をすれば、きっとあの子は二度と人間とは関わろうとはしないはずだ。あいつらは、多分それを嫌っている)


 プリムはそう確信する。再び人間の社会に関わる気が無いのなら、なにもこんな近くに居続ける必要は無かったのだ。こんな近い所に居を構えたのは、こちらから接触してきた場合、それに応えるためとしか考えられない。

 つい先ほど別れたばかりの少女の表情を思い出す。あの惨劇の光景が目に焼き付いたのだろう、過剰なまでに警戒心を露わにし、こちらの大声に敏感になり、――最後に見せた表情で、きっと本来は表情豊かなんだろうと、そんな印象を持った少女。


(あれは一体、どんな子なんだろうねぇ)


 一通りやれることをやった安心感だろうか、改めて、先ほどあった少女に興味を抱く。多分、あの機械人形となんらかの形で意思疎通ができて、それでいて、人間の言葉で話す。どうして人間の言葉を話す? 他にはあの巨鳥しか相手が居ないのに。それとも他にも同じような人間が居るのだろうか?

 そこまで考えて、ふと怖い考えが頭をよぎり、慌てて打ち消す。――そうさ、あんな、カッカッカとかふざけた笑い方をする怪獣が他にいてたまるもんかい、と。


(さてと。アニキにどう報告したもんかね)


 まあ、アタイとしては上手くいったと思うけどねと、野営地に到着したプリムはそんなことを考え始める。――なにせあれは、我が兄ながら堅物で、なんだかんだ言って、結構なけが人だからねぇ、と。

 まったく、腕を撃たれ、頭を容赦なく蹴られ、挙句の果てに、防弾装備で守られた胴体も、至近距離からの銃撃の衝撃で肋骨にヒビがはいってましたという、十分なけが人なんだ。そのくせ、責任感は人一倍だからね。そんな状態で交渉に赴こうだなんて、よく言ったもんだよ、まったく。

 せいぜい、刺激しないようにしてあげないとね、まったく、世話が焼けるねと、肩を竦めながら、自分の兄が待つ天幕に足を進めた。

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個人HPにサブコンテンツ(設定集、曲遊び)を作成しています。よろしければこちらもどうぞ。

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