1.フィリ・ディーアの平和な日常
2017/11/12 ピーコックの笑い声を修正
本編はここからとなります。
――ジリリリリリリリ……
「……うるさいっ! ……むにゃぁ、あと五分~」
(さむさむ、……ほかほか、しあわ……せ…………)
薄暗い質素な部屋。七時を指した時計。鳴り響くベルの音。ベッドから伸びた手が時計を叩くと、再び訪れる静寂。
「すやぁ~、すぴぃ~」
狭く飾り気の無い部屋に、日の差し込む大きな窓。そこから差し込む朝日に照らされ、少しだけ明るくなった部屋。ベッドの中から聞こえてくるささやかな寝息。布団に包まるように眠る寝顔は幸せそう。
――コン、コン――
窓の外から窓ガラスを叩く音。外には人の数倍もの体長を持つ巨大な鳥。色とりどりの羽根に彩られた、美しい外観を持つ巨鳥が、その嘴で窓を叩く。――そして、部屋の中に動く気配が無いことを見て取ると大きく息を吸い込み、叫び鳴く。
「クエエェーー!!!(起きんかーーい!!!)」
「むにゅ? ふあぁ~、……おはよ、ピーコック」
目を覚ましたのであろう少女が、布団を身にまといながら窓際まで行き、巨鳥に挨拶をする。窓の外の巨鳥は、毛づくろいをしつつ、言葉を返す。
「うむ。……とっとと外に出んかい」
「はーい」
窓に背を向け、布団にくるまったまま、器用に壁際に掛けられた服を手にする少女。――布団から手を放さないまま、着やすさを重視した、トレーニングウェアを思わせる服に着替え終えたのは、それなりの時間がかかった後のことだった。
◇
外の冷たい空気を浴びて、背伸びを一つ。うん、目が覚めた。そのまま、組んだ両手を水平にして、左に捻る。
「やっと目覚めおったか、待ちくたびれたわい」
「ごめんごめん、……って、別にピーコック、用なんかないよね?」
左手から力を抜いて、文句を一言、両手を右に捻る。んしょっと。後ろに引くように、右手に力を込める。
「ぬしを起こすまでが儂の仕事だからの。起きるまで見届けるのが筋じゃて」
「なによ、偉そうに! っと、ごめんメディーン、待たせちゃって。……もうちょっと待ってて」
「かっかっか」
ピーコックの人を食った言葉に顔を背け。頬を膨らませつつも、メディーンからの「問題ない」の返事を見て、少し安心。メディーン、時間に正確だからなぁ。笑い続けるピーコックを無視して、組んだ手を地面につける。
でもまあ、手早く、手早くっと。動作を少し早める。ちょっと離れた場所で、ウィィンとか音を立てながら、私と同じように動くメディーンを見ながら、ちょっと急ぎ気味に、朝のストレッチをこなしていく。
――こうして、軽く汗をかいた二人は、「施設」の入り口に向かって歩き出す。メディーンと呼ばれた銀色の機械人形は、時折顔を光らせ、傍らの少女の方を向きながら。少女はトコトコと、相手の顔を見て、話しながら、頷きながら、軽い足取りで。対照的な二人は、重量感溢れる足音と明るい笑い声をあげながら、芝生の上を歩いていく。
施設の入り口、透明な扉を横にずらし、二人は中に入る。施設の通路の奥にあるいつもの部屋へと――
黒い四角で縁どられた壁に、流れていく文字。メディーンがいつも通り、斜めになった台に手を置いて、顔を文字の映った壁に向けるのを、入り口近くに置いてある椅子に座って、ただ眺める。この文字よめないんだよね、わたし! ……なんで一緒に「点検」してるのかなぁ。まあ、日課だからね。
まだかなぁなんて、字が流れる壁をみながら、ぼんやりと。いつも通り、メディーンが点検を終えるのを待ち続ける。
◇
「あと三日かあ」
施設から出て、メディーンと別れて。表の芝生に座る。澄んだ青空、流れる雲を眺めながら、独り呟く。と、施設の天井から大きな翼をはためかせながら、わたしの隣にピーコックが降り立つ。
「かかっ、不安かのぉ。『下』に降りるのが」
「そんなこと無い! ……かなぁ」
思わず否定しかけて、言葉を濁す。――見抜かれてるなあ、もう。
一度「下の世界」に降りる。ピーコック、メディーンと何度も相談して決めたこと。「ここでずっと過ごすのは良くない」、二人とも同じ考え、みたい。――正直、よくわからない。どうしてここにいるのが良くないのか。でもきっとこの二人がそう言うんだ、その方がいいのかなぁと。だけど……
「なに、まずは様子見じゃ。下の世界を見て、それから決めればいいんじゃよ。下で過ごすことになっても、また帰ってきても良い。儂らはいつでも迎えにいくけえ」
……どうしてなのか、「下の世界」には、メディーンもピーコックも一緒に行けないって。だから、その時はわたし一人。なのに、それでも、二人はわたしを下の世界に……
「どちらにせよ、まだ先の話じゃよ。まずは飯じゃ、飯」
……暗くなりかけたわたしに、ピーコックの勢いのある声。
「そうだね。ごはん、採りに行かなきゃね。ちょっと待って、鞄、取ってくる!」
立ち上がり、小屋に走る。うん、まだまだ先のこと、考えてもしょうがないよね!
◇
いつもの鞄を肩から下げ、小屋の前で。少し首を下げたピーコックの首元に、跳ぶように乗って。またがったところでいつもの、翼を動かす気配。足元を流れる風。「クエエ!(行くぞ!)」、ピーコックの鳴き声に「くえ、くえぇー!(鳥語、禁止!)」と鳴き返し。
飛び立つ気配、ビーコックが一際大きく羽ばたいて地面を蹴る、その感触に合わせ、身体を前に傾ける。地面すれすれ、正面からの風を受け。流れる芝生の風景に、もう一度地面を蹴る感触。再び大きく羽ばたくピーコック。――大きく大空に持ち上がる身体。
「鳥語は禁止と言ったじゃろう!」
「ピーコックが先だった!」
「飛ぶときはええんじゃよ!」
「何、その理屈!」
「カッカッカ!」
浮き上がる感覚。風に負けないよう大声で叫び合いながら、下を見る。山脈に突き刺さるように突き出る、施設と小屋が乗っている地面。昔は地面ごと空を飛んでたって言うけど、ホントかなぁ?
私がいつも寝てる、小さい方の「小屋」。私みたいな「ヒト」が過ごすためにある小屋で、わたしが来るまでは、もうずっと使われていなかったんだって。
「施設」、小屋と比べてすごく大きい建物だけど、中は機械ばかりみたい。ほとんど知らないけど。メディーンはその施設の一部だなんて、本人が顔を光らせてたけど、どうなんだろう? だってメディーン、建物じゃないよ、どう見ても。
その正面にある芝生。晴れた日は日向ぼっこが気持ちいい。小屋から少し伸びた屋根。その下にあるちょっとした机と椅子。外でごはんが食べれるように作ったって。上から見るとそのことが良くわかる。ちょっと周りとは違う感じ。お昼はいつもあそこで食べる。
わたしが過ごした家。周りは山に囲まれて、わたしみたいな「ヒト」は一人もいない。「ヒト」がいっぱいいるっていう「下の世界」。でも、だからって。別に……
「……なに、嫌じゃったら戻ってこればええんじゃよ。儂もメディーンも何も言わん」
「……うん」
今まで過ごした場所を見て。ピーコックに励まされて。返事をして。心配をかけてたことに気付いて。――ダメダメ、元気に行かなきゃ!
「ごはん!」
「カッカッカ!」
声をあげて笑うピーコック。視線を森の方に向ける。今日はあの辺り? 日によって、季節によって変わる行き先に目星をつける。
「お肉、よろしく!」
「おうさ!」
そう言って、思った通りの場所に向かうピーコック。おいしい果物が待つ森へ。余計なことは考えない! 前を見る! ――今日もたくさん、採るぞ~。