6.蹂躙 ~ 一方的な戦場 ~
「残酷な描写」がありますので、ご注意いただくようお願いします。
「……っ!」
ピーコックが飛び立った後、地上からその様子を眺めていたフィリは、落ちていくピーコックを目にして息を飲み、茫然と立ち尽くす。そのまま、飛行機が落ち、すぐ近くの河原を何かが通り過ぎて、ようやく我に返ったフィリは、ピーコックの落ちた先に行こうと駆けだそうとして、――並んで上空を見ていたメディーンに、後ろから抱きかかえられるような形で、持ち上げられる。
「……メディーン?」
予想外のメディーンの行動に、見上げるように顔の方を見るフィリ。明滅する光から言葉を読み取ったフィリは、感情を爆発させる。――チカズク、キケン、マモレナイというその言葉に。
やだ! おかしいよ! 冷たい鉄の腕の中で、フィリは叫ぶ。
危ないって! そこにいるピーコックは!! 叫ぶその声は震え。
行かないと! こみ上げてくる感情に頬を濡らしながら。
放して、お願い、放してよと、泣きじゃくり、小さな身体を振り回して、あらん限りの力を込めて、自分の願いを口にする。
その言葉に、メディーンは何かに抗うようにぎこちなく、それでも、ゆっくりと、フィリを行かせまいと抱え上げていた、その腕を放す。――自らが設定した優先者の言葉に従いながらも、メディーンの中の何かがその行動を良しとしないかのような、そんなぎこちない動きで。
再び、地に足をつけたフィリは、頬を濡らしたまま、少しだけ不思議そうにメディーンを見上げて、ピーコックの落ちた場所へと走りだす。――ただ一言、ごめんなさいとだけ口にして。
止めることも叶わず、フィリについていこうともせず。その場に独り立ち尽くすメディーン。やがて、誰もいなくなった場所で、身体の向きを変える。――地上から空に向けて砲弾が発射された場所、今もマークスが一人、ピーコックの居る地、フィリの向かった先へ狙いを定めている、その場所に向けて。
◇
「聖典、発見しました!」
墜落した巨鳥の元に急行したジュディック率いるの地上部隊。その隊員の一人が上げた一報。部下から聖典を受け取ったジュディックは、力無く横たわる巨鳥に一瞬だけ視線を送る。
(結局、こうなるとこいつの要求も意味をなさないか)
プリムとの通信の最中、本国へと通信をつなぎ打診した要求。超法規的措置になるその要求も、通信機の向こうにいたマイミー少将の口調からは、比較的前向きな姿勢を感じられていたからだろうか、ジュディックの胸に複雑な思いが去就する。
明確な命令が下っていない上に、息はあるようだがどうみても即座に動けそうもない巨鳥を見て、プリムの救出ともう一方の賊への対処を優先させると判断したジュディック。そこには自らの身を危険にさらして交渉に赴きながら、何一つ得ることが無く、交渉材料を失った上に生死すら危うい、今の巨鳥に対する同情の念もあっただろうか。
「良し。次は墜落した一六式強襲偵察機の捜索に当たる。全員……」
その同情の念を振りほどき、自身の決断を命令の形で口にしかけて、ジュディックは気付く。――遠くから馬蹄の音が聞こえてくることに。
「全員、戦闘態勢!」
「応。……野郎共、正真正銘、賊のお出ましだ! 遅れを取るなよ!」
この場で、「馬蹄」の音を響かせる存在。空を飛ぶ機械人形や巨鳥ではない、ましてや自分たちでは無い、もう一組の存在。その正体に素早く気付き、命を下すジュディックに、その隣で叫ぶスクアッド曹長。
続く指示に、第一班はジュディックの前方に盾のように、三班、四班はその左右に、第二班は遊撃のため森や班の間を埋めるように、素早く展開する。各自が魔法式の刻印を始め、敵がいつ来ても良いように射撃準備を始める。
万全の布陣、万全の体勢。いつ来ても対応できるだけの準備を素早く整えた、ジュディック率いる陸上部隊。――だが、戦いの開始を告げる号砲は、彼らの想定もしなかった方向から放たれる。
ジュディックとスクアッド曹長を掠めるように飛来した砲弾が、その先に流れる川に着弾する。水面が爆発し、水しぶきが上がる。思わずそちらを見るジュディックに、即座に叫ぶスクアッド曹長。
「全員、伏せろーー!!」
素早くその場に伏せる陸上部隊の隊員たち。一瞬注意を水面に持っていかれたジュディックはスクアッド曹長に身体ごと突き飛ばされ、それまでジュディックが居た場所を砲弾が通りすぎる。――かわりにその位置を占めたスクアッド曹長の右腕を吹き飛ばしながら。
◇
大地が爆ぜる。三度飛来する砲弾に、砂塵が立ち、石礫が舞い、――川岸で伏せていた隊員の血が辺りに散る。
砲撃の止んだ僅かな時間で、森の手前の坂まで駆けるよう声を上げる第三班班長。遮蔽物を背にするよう命を下す第二班班長。姿勢を低くし、持ち場を変える隊員たち。
再び始まる砲撃。咄嗟に変えた布陣、遮蔽物に阻まれる射線。それでもなお、安全を確保した隊員たちを嘲笑うかのように、坂を抉るような砲撃が、木々をなぎ倒す砲撃が、隊員たちを襲う。
飛び散る土石から身を守り、倒れる木々を避け、遮蔽物を求めて動く隊員たち。もはやあって無いような陣形。砲撃で吹き飛ばされた秩序に、新たな登場人物の声が響く。
「おうおう、楽しそうだなぁ。――少しはコッチのことも気にしてくれや」
馬上から見回し、ジュディックのすぐ近くの地面に求める聖典が落ちていることを確認するアスト。そのまま馬から降り、悠然と、ジュディックの方へと歩を進める。思い出したかのように銃刀を構える隊員たちにその銃口を向けながら。
ある隊員は構えた途端に腕を撃ちぬかれ。
ある隊員は魔法式を構築する間もなく銃を弾かれ。
防弾装備を伝う衝撃に動きを止められ。
正確無比な銃撃に、誰一人として、近よることも、撃つことさえも阻まれる。
ゆっくりと、口笛まじりに、時にその手のシュバルアームをクルクルともて遊びながら。アストは流れるように給弾し、前方の敵、後方の敵へと発砲する。誰一人として発砲することを許すことなく、一撃で敵の銃刀を叩き落とす。
「張り合いねぇなあ、オイ。――おや、ちったぁ骨のある奴もいるか」
今しがた、森の中に向けて発砲したアストは、命中しながらも銃を落とさず、魔法式も維持したまま、銃口をこちらに向けてくる敵兵に、感心したような声を上げ……
「いいねぇ、悪くないねぇ、その根性。――じゃあな、あばよ」
……正確にその敵兵の眉間へと狙いを定め、発砲する。
◇
突き飛ばされ、地に伏せたジュディック。即座に立ち上がろうとして、すぐ近くに横たわり、応急処置を受けているスクアッド曹長に気付き、――その、片腕を失い血に濡れた姿に茫然とする。
鳴り響く砲撃の着弾音。それに続く賊のふざけた物言いに、繰り返される銃声。河原の近くに横たわる、全身を紅く染めた部下は微動だにせず。
慌ただしく、連携に欠けながらも動く部下たちの姿。銃を構えては撃たれ、呻き声と共に傷口を抑え膝をつく姿。感情を忘れ、思考を忘れ、行動を忘れ、目の前で起こる惨劇を前に、ただ茫然と立ち尽くす。――そんなジュディックに、一人の部下の姿が目に映る。
賊に向かって銃口を向ける一人の部下。
即座に撃たれ、なおも銃を構え続ける一人の部下。
ふざけた物言いをしながら給弾し、再び銃口を向ける賊。
銃声と共に、頭を撃ちぬかれる一人の部下。
――その賊が口にした声に、あばよという、あまりに真面目さを欠いたその言葉に、ジュディックの心は黒く塗りつぶされる。
「――貴様ーー!!」
今まさに聖典を拾い上げたアストに向かい、一三式魔法銃刀を手に、突進するジュディック。その様子を見て、舌打ちしながらも、手にした聖典を地面に捨て、素早く銃口を向けるアスト。
――いつしか砲撃の止んだ戦場に、再び銃声が響き渡る。
身に着けた防弾装備を通し、衝撃が襲う。勢いを止められたジュディック。踏みとどまり、再び切りかかろうとして、――敵の銃口が、自分の頭に向けられていることに気付く。
慌てて両腕で頭を守るジュディック。構わず引き金を引くアスト。右腕に走る痛み。上がりそうになる苦痛の呻きをこらえ、取り落とした銃刀を手にしようとし、――いつの間にか接近してきたアストの蹴りを腹部に受ける。
「経費節約……っと!」
思わず身を屈めたジュディック、その低くなった顔面に再び蹴りを入れつつ、アストは嘯く。再び地に伏せるジュディックに気を止めることもなく、装弾するために地に捨てた聖典を再び拾い上げ、背を向ける。
蹴りの衝撃で気を失ったジュディック。そのジュディックが突進する様子を固唾をのんで見守っていた部下たち。半ば以上が負傷し、銃を構えることもできない、そんな敵たちの様子を見渡すアスト。
――そんなアストの衣嚢から漏れる、応答を求める声。通信機を取り出して会話を始めるアストの耳に、相棒からの声が入る。
「ああ、こっちは大体終わったぜ。……うん? 引き上げ時? 邪魔が入った? 大丈夫かよ? …………わかった、予定の場所で合流な。通信終了」
まるで周りの様子を気にした様子も無く、通信機の向こうにいる相棒と会話をするアスト。だが、その手にした銃が、標的を見る事なく当てて見せたその腕前が、周りの兵士たちの動きを抑える。
そのまま、再び通信機をしまい込み、元来た方向へ歩き始めるアスト。訓練されているのだろう、目の前の惨劇にも動じず、その場に待ち続けた愛馬に跨る。
「じゃあな! 上手く行かなかったからって、くよくよすんなよ!」
アストは、そんな軽い台詞を残して、馬を走らせた。
◇
通信機から聞こえる相棒の声に安堵しながら、マークスは通信機をしまい込み、標準器をのぞき込む。
彼の周りには、砕け散った木片が散乱し。少し離れた場所には、幹を撃ちぬかれた樹木が大地を抉るような跡を残し。彼の視線の先、標準器の中央には、根本から引き抜かれた、長さ数メートルの樹木を持ち上げる機械人形の姿が映る。
――その機械人形の、予想もしなかった反撃を思い出し、冷たい汗を流す。
(まさか、この距離を、木を引っこ抜いて狙い撃ってくるなんて、誰が想像するさ)
後方から狙い撃つということに特化した武器を扱う以上、接近されれば成すすべも無く倒される。そのことを十分にわきまえた上で、決して接近されないだけの距離から砲撃をしていたマークス。
遠距離からの攻撃手段を持つ巨鳥と戦闘機を叩き落とした以上、接近されなければ一方的に攻撃できる、そんな目算だった。実際、機械人形が空を飛んでくれば落とすだけと、そうマークスは考えていたのだ。
――その場から、途方もなく原始的な飛び道具で狙い撃たれるなんて、誰が想像できるだろう。
(胴体に当てても弾き返される、顔を狙えば躱される。……なんさ、あの化け物は)
突然、こちらに向けて放たれた樹木を空中で撃墜できたのは、半分は僥倖だった。こりゃたまらんさと機械人形に標的を変え、放った結果はさらに想像の埒外。
胴体に当たった砲弾は、その身体にくぼみをつけながらも貫通せず。それならばと、頭を狙えば、発射した瞬間に頭の位置を変える。――発射してから着弾までの僅か一、二秒の時間を使って、標準機の向こうの機械人形は、砲弾を躱してのけたのだ。
標準機の向こうで、樹木を投げる構えを崩さない機械人形。自身が攻撃されても反撃してこない、もう一つの戦場へと砲身をむけると即座に投擲される樹木。その、あまりに単純な行動に、相手の意図を悟らざるを得ない。――これ以上、援護射撃を続けるのなら容赦はしないという意図を。
その機械人形の動きに、マークスは一つの決断をする。――最後に見た戦場の光景、あの様子なら、相棒はもう聖典を手にしている頃だろう。ここらが潮時だ、と。
そうしてマークスが通信機を手に取り、向こうにいる相棒に話しかけたのがつい先ほど。思った通り、相棒は既に仕事をほとんど終わらせた後。
軽く話し合い、撤収を決め、通信を終える。そして、砲を下げ、発射することの無かった砲弾を砲身から取り出す。
――マークスが戦闘態勢を解くその様を、遠くの地から攻撃を加えていた機械人形は、ただ静かに見届けていた。
◇
聖典を手にしたアストは、鼻歌まじりに川岸の上流へと馬を走らせ、その最中に、一人の少女とすれ違う。
「おーい、そこの嬢ちゃん。そっちには行かない方がいいぜ」
なんの気まぐれだろうか、馬を止め、必死に川下へ向かって駆けていく少女に声をかけるアスト。それを耳に入れることなく、ただ駆けて行く一人の少女。その様子を見て、軽く肩を竦めながら、アストは再び、川上へと向かって、馬を走らせる。
その様子はまるで、気まぐれでした忠告、聞くかどうかは相手の自由だと。――たとえその先が一般人にとって、居合わせるだけで苦痛を感じるような地獄でも、無理して止める義理はないねとでも言いたげな、そんな態度だった。