1.無謀な捜索の始まり
ここから第二章となります。
特別貨物車両から出たジュディック。彼の目には、荒野の中、ただ一つの航空機を機能させるために動き続ける部下たちの姿。あるものは整備の補助に、あるものは滑走路の急ごしらえにと、各々が可能なことを行い、汗を流す。
今後どう動くにしろ、航空機が重要となるとの判断から、「一六式強襲偵察機」の整備支援と滑走路の構築を最優先にと、部下に命令したジュディック。その命令を守り、各班長の指揮の元、統率された動きを見せる彼の部下たち。
一六式強襲偵察機の傍らには、整備を任された少年の姿。工具を手に、胴体と翼との結合部を相手に格闘する、その真剣な様子を見て、ジュディックの後ろで、プリムは口角を上げる。
この大自然の中、奪われた国宝を探し出し奪還するという任務の困難さ。そのことを彼らは重々承知の上で、それでもなお、――彼らがこの先に味わうことになる未来を、この時はまだ、誰も予測していなかった。
◇
「機体の方はどうだ?」
「さあて、ねぇ。昨日の感覚じゃあ、そこまで悪くは無かったけどね。……アタイは整備兵じゃないんだ、正確な所は専門家に聞くのが一番だね」
特別貨物車両から少し離れた所に駐機した妹の愛機、そこに向かって歩を進めながら、後ろを歩く妹、プリムに向かって話しかける。
「なんたって、昨日は『一六式強襲偵察機』に無茶をさせたからね。真横に飛んだなんてのは初めてさ。正直な所、どの位、機体に負荷がかかったのか、あたいにもちょっとわからないのよね」
妹の返事に、一つ頷く。……妹と激しくやり合ったという怪鳥、マイミー閣下の言う「孔雀怪獣ピーコック」は、最後には摩訶不思議な力で飛行機から飛行能力を奪い、投げ飛ばしたという話だ。一六式強襲偵察機はそんなことを想定して設計されていないのだからと慎重になる妹の言い分も良くわかる。
……正直、普通だったら眉唾ものの話だが。空飛ぶ機械人形なんていう非常識を俺も見ているからな。人を乗せた巨鳥に関しては目撃者も多数いるし、信じざるを得ない。――そうなると、機械人形と怪鳥、同時に相手をする可能性も考慮……
「まあ、飛べないってことも無いと思うね。そうすれば、後は何時飛べるようになるかと、何をするかって所だけど……」
妹の言葉に、脇にそれ始めた意識を戻す。まずは奪われた国宝の在りかを突き止めるために部隊を動かすことが最優先。どう取り返すかは、部隊を動かしながら考えれば良い。雑念を振り払いながら、後ろを歩く妹に、自分の中にある腹案を打ち明ける。
「……まず、プリムには、相手の潜んでいるであろう地点を推測し、その周辺の地図を作製して欲しい」
「地図? ……なるほどね~、部隊を展開させる気ね、アニキは」
俺の言葉に一瞬戸惑ったような声を上げた後、納得したかのようにこちらの考えを読んでくる妹。そのまま話を続ける妹の声を聞きながら思う。――この察しの良さは、今の事態においては有難い、と。
「わかってると思うんだけどさ、一つ確認。相手は『リコちゃん』並の速度で飛行して立ち去ったんだ。完全に場所を特定なんてことは到底できない、それでも?」
「条件を限定する。相手は飛び続けることが出来ないと仮定した上で、水や食料を得やすいような場所を重点的に捜索する」
「根拠は?」
「まずは、プリムが機械人形に与えたという、飛行機構へのダメージ。推進装置が十全に機能しないのであれば、飛行が限定されてもおかしくは無い」
「『食料を得やすい場所』の方は?」
「巨鳥が乗せていたという少女。目撃した列車の乗客から、比較的軽装だったとの情報がある」
多分、答えを推測していたであろう妹の質問に、そのまま答えていく。都合の良い条件をこれでもかと並びたてた、希望的観測に満ちた答えを。――当然、妹もそんなことは承知の上で聞いていると理解した上で。その証拠に……
「……了~解。ま、今はそれが最善かもね。――増援が来るまで、陸上部隊はのんびりしてても誰も咎めないと、アタイなんかは思うけどさ」
まるで見つかるとは思っていないような軽い口調で、答えを返す妹。――その余計な一言は聞かなかったことにして、頷きを返す。
「あと、アタイに正確な地図なんてのを求めるのは無理ね」
「まあ、当然だろうな。できる範囲で書いてくれれば良い。……ところで」
妹に伝えることを伝えた後。最後に一つだけ、気になっていたことを確認する。
「その『飛行機の専門家』だが、本当に信用できるのか? 俺にはまだ子供に見えるんだが」
「もちろん。ああ見えて、腕は中々だね。まあ、確か十四才のはずだから、子供ってのもその通りだけどさ」
「……本当に子供だったのか」
……子供のように見えるだけかと思っていたのだが、本当に成人前なのか。――全く、本当に空軍というのはどうなっているのか、そんなことを思いながら、これからの作戦の成否を握るであろう、唯一の航空機に向かって歩き続ける。
◇
「ボーウィ・ソルディットであります! 姐さんの機体で色々勉強させて貰っております!」
……ああ、うん、子供だ。こう、目の前で目を輝かせながら敬礼の真似事をする、どこか幼さが残る少年の顔を見て、心の底からそう思う。――本当に、これが専門家なのか?
「ちょいと補足するよ。空軍整備兵学校からの部隊留学生で、成績はまあ、優秀。なにより、ちょっと勉強してきたことが特殊でね、今回の『お祭り』に『整備研修』の名目でついてきてもらったと、まあそんな所ね」
「……お祭り。ああ、確かにそうだな、こんなことさえ起きなければ」
妹の発言に、思わず嘆息する。……そう、本来であれば、祭りだったのだ。魔法王国で開催された今回の「世界博」、そこに出展された国宝を自国にまで輸送するだけの任務。――こんな騒ぎが起きることなど想定されていなかった、平和な任務のはずだったのだと。
今から百五十年ほど前に、一地方都市で突如開発された飛行機という名の機械。魔法技術で先行していたパラノーマ王国と、機械技術で先行していた我がサバン共和国。その境目に位置していた独立地方都市ビオス・フィアは、魔法技術と科学技術を融合させ、飛行機という名の機械を創り上げる。
その航空機の力で独立を果たし、世界で唯一の航空機保有国となった都市国家ビオス・フィアは、他国が航空機を自力開発するまでの数年間の間に、隣接する国家や前人未到の大自然を、その言葉通りに飛び越え、地形を超えた国交を樹立する。
そうして、世界中のあらゆる国との交易を開始した都市国家ビオス・フィアは、やがて一つの異名を得ることになる。――「居ながらにして世界中のモノが手に入る土地、ビオス・フィア」と。
その集大成として始められた一つの祭典、「世界博」。世界中から参加を集い、世界中の物を集め、世界中の商人が市を開く、巨大な祭典。初めは都市国家で開かれていたその祭典は、都市国家に続いて航空機を開発することに成功した魔法王国でも開催される。
やがて各国が、「世界博」の開催を欲し。――やがて「世界博」は、その名を冠した開催権を得るために、各国が時に外交で、時に通商でしのぎを削る、そんな特別な祭典となっていた。
今回の世界博に共和国が出展した際の目玉、その内の一つが国宝たる「聖典」。……そしてもう一つの目玉が、突如として実戦を経験することとなった最新鋭機「一六式強襲偵察機」と、それを駐機し、跳ね上げて離陸することが可能な専用格納車両のデモンストレーションだ。
特に後者の「一六式強襲偵察機」のデモンストレーションは、政治的、軍事的な思惑から力を入れている。偵察機の名がついているが、これは立派な戦闘機だ。――陸路を運搬可能な、今までにない戦闘機。その、密かに最前線に輸送し、単機で敵領域の奥深くを攻撃するという今までにない想定任務が、どちらかというと偵察機よりという理由でその名が付いただけで。
世界博に出展することで、各国に我が共和国の技術力を喧伝するのみでなく、その性能を見せつけることで抑止力としての効果も狙うという思惑もあったのだ。――我が国を相手にすると言う事は、どこからでも飛び立てる航空機を相手にすることになるぞ、と。
そういった意味では、学生を整備兵としてまで同行させるだけの価値は確かにあるのだろう。――単に一般客としての立場で参加するのでは無く、軍属として参加することで見えてくるものもある。そう言った物を学ばせるのには確かに悪い場では無いのだから。
なるほど、こんな少年を整備兵としたのはそういった事か、そう思った所で、さらに妹は言葉を続ける。
「まあ、若い学生の知見を広げるために整備兵の名目を付けたってのもあるけどね。『リコちゃん』は特殊な機体さ。動力源の『循環型蒸気機関』、こいつを始めとして、普通じゃない設計がわんさかとね。そう言った意味じゃあ、こいつを扱える整備兵なんてほとんどいない。――この子はね、はじめっから『次代の航空機を整備する』ための教育をみっちり受けているんだ」
……ああ、そう言えば聞いたことがあるな。最近になって起こった、通信機を始めとする技術革新に対応するため、新技術を集中的に習得させた整備兵を軍学校で育成していると。
「まあ、そりゃあ経験は不足している、それはしょうがないね。でもまあ、世界博で見せた腕は確かだった。――なぁ、少年?」
「――はい!」
まあ、ふざけているように見えて、妹は見るべきところはきっちりと見る。こいつがそう言うんであれば、まあそうなんだろうと思いながらも。本当に、このキラキラした目を俺や妹に向けてくる、幼さを残した少年に機体の整備を任せて大丈夫なんだろうか、と思わずにはいられない。――なにかこう、たまにいる、ただの軍事好きな少年としか思えないのだが、と。
◇
少年から一通り機体の状態を説明を受けて、一つ確信する。
「『一六式強襲偵察機』の主翼は元々無理な負荷が掛かっても耐えられる設計になっています。主砲を包むような機体、その底部と一体化した設計はディフロ教授が発案したという方式で、…………、要所に使用されたネジはこの機体専用で想定される負荷から適切なサイズを、…………、循環型蒸気機関は一般的な熱空機関と比べ冷却魔法を必要としない分機構が複雑ですが、その分頑丈に作られていたのが今回は幸い、…………、…………」
この少年、確かに腕は良いかも知れん。だがそれ以上に、「一六式強襲偵察機」に対する熱意と無駄知識としか思えないものの量が凄まじい! ――これはあれだ、「一六式強襲偵察機マニア」だ。
ああ、確かに適任だろうさ、間違ってるとしか思えないが。ああ、全く、なんで空軍はこうなんだ。そうだな、一つ勉強にはなった。――次に空軍と行動を共にする時は、頭痛薬を準備しておこうと。
まったく、空軍というのは、良識に対する優しさというのもが欠如していると、そんなことを思わずには居られなかった。
◇
太陽が真南からやや西に進み、その高さを落とし始めた頃合い。目の前には、急ごしらえの、目立った大きさの石が取り除かれただけの滑走路。その先には、動力機関から出る特徴的な音を辺りに響かせながら、機首のプロペラを回す「一六式強襲偵察機」。任務の成否を握る鍵となる機体が、万全の整備の元、今まさに飛び立とうとしている。
「確かに機体には変な負荷が掛かってたみたいですけど、大丈夫です。あれは頑丈な機体ですから」
隣に立つボーウィ少年が、どこか似合わない敬語で語りかけてくるのを、一つ頷く。……それはそれとして、ボーウィ少年に一言だけ、軽くアドバイスを送る。
「……別に君は軍属では無いのだから、無理に敬語を使う必要は無いのだぞ」
「いえ、そんな訳にはまいりません!」
ボーウィ少年の返事に苦笑いを一つ、すぐに表情を引き締める。
動き始めた機体、一列に整列する部下たち。今から始まるのは、これから何度も繰り返されるであろう、特別なことなど何も無い、日常的なただの離陸。
だが、それでも。この先陸上から目標を追うことになるであろう我々と、空中から独り任務を果たすことになるであろう妹。その労に報いる機会は当分訪れないかもしれない、そんな状況。故に俺は、部下に滑走路の脇に整列するよう命じた。――例えそれがただの感傷でも、その行為は必要だろうと。
やがて速度を上げ、目の前を通り過ぎようとする機体。今まさに飛び立とうとする機体を見据えながら、声を上げる。
「全員、プリム・ジンライト大尉に対し、礼!」
ジュディックの命を受け、一糸乱れず、直立不動の姿勢を取る軍人たちの列に見送られて、軍用機が空へと舞い上がる。そのまま西、機械人形が飛び去った方向へと進路を変えた軍用機が見えなくなるまで、彼らは身動きせず、飛び去った軍用機を見送っていた。