忘れ去られた刻の目撃者を求めて
本編には盛り込めなかった設定等を、閑章として差し込んでみました。バード君の物語から拝読されている方にはお馴染みの二人の掛け合いです。
未来から過去(本編)を振り返る、そんな感じの設定です。
基本的には、本編ストーリーとは関係のない、設定等の説明回です。興味のない方は流し見でも問題ありません。
「……と、聖典という名の宝物として扱われていたアクセス端末、『ノレッジ・シュリーブ』に納められた知識が再び脚光を浴びることになる切っ掛けとなった事件は、大体こんなところだな。すでに百年以上も経過した、昔の話だが」
山間にある小さな駅を降り、長閑な田舎を過ぎ。整備されたとは言い難い、土がむき出しとなった山道を歩く旅人は、周りに人が居ないのを確認した後、独り、誰にともなく言う。――まるで、今まで誰かに物語を語っていたかのように。
『……今更な話も多かったような気がするけど。私、聖典とか魔法の原理とか、もう知ってるよ? ノレッジ・シュリーブにアクセスできるし。いちいち説明しなくても良いと思うんだけど』
旅人の独り言に応えるように、彼の頭の中に響く声。その声に合わせるように腰に差した剣がうっすらと光を放つ。――その様子に、旅人は改めて辺りを見回した後、剣に向かって話しかける。
「……お前、光ってるぞ」
『ジャーニィもね、声、出てたよ』
「……まあ、会話するのに声を出さないのは疲れるからな」
『そうそう、ひそひそ話って疲れるよね~。やっぱり、話をする時は声を出さなきゃ』
「お前のその光は『声』なのか?」
『言葉を送る時に、自然と光っちゃうんだよね! まあ、光らないようにも出来るけど。大丈夫、周りに人は居ないよ』
他愛もない話をしながら、原始的な道を進む旅人。林の中へと続く、少しづつ幅を狭めていく道。僅かながらの人々の息遣いも消え、林の中を通り過ぎる風が木々を揺らす音、小鳥のさえずりの音に、旅人の足音と話声が混じる。
「……まあいい。知ってることを話すな、だったか? ……そうは言ってもな、必要なことはちゃんと話しておくのが筋じゃないか?」
『……えっと。そんな創作者みたいな理由を言われても。他の誰かが聞いている訳じゃないし、私がわかっていること、省略しちゃっても良いと思うんだけど』
「聞いているのが一人だと、省略していいと。それは理屈としておかしいだろう。たとえ一人を相手に話をしたとしても、きちっと伝わるように話すべきだ。必要なことを省略する理由にはならないと思うが」
『……うわぁ、完全にストーリーテラーの理屈だよ。日常会話の理屈じゃないよ』
「? 物語を語っているのだから、そうなるのが当然じゃないか?」
『いや、普通じゃないからね、それ!』
やがて周りの風景は一変し。先を見ても、振り返っても、目に映るのは、木々の間を縫うように通る、細い小さな道。自然の中を通る小道を、会話をしながら、――いつしか人が住む地を離れ、なおも先へと歩いていく旅人。
彼の目指す地は未だ、遥か先にあった。
◇
――なんで知ってる?――
『そう言えば』
「うん?」
『なんでジャーニィ、この話を知ってるの? どう考えても、フィリちゃん?しか知らないこととか、ピーコック?、あの孔雀怪獣の人しか知らないような話だよね、これ』
「ああ、この騒動の後、フィリ嬢が色々書き留めていてな。手記とか、手紙とか。そういった物から、後に、一つの物語としてまとめられたと、そんな話だな」
『へぇ~』
「まあ、国を揺るがすとか、そう言った類の話では無いが。それでも関係者にとっては忘れられない出来事だし、何より、物語にしやすいと、そう言った面もあっただろうな。――登場人物が個性的だしな」
『登場人物って言い方、正しいのかな? 約一名、怪獣がいたし』
「……『怪獣』という単語に妙に突っかかるな?」
『ああっと、えっとね、ノレッジ・シュリーブの中の記録に結構いっぱいあるんだ、怪獣って表記。異常に進化した動物だったり、変な生き物だったりするんだけど』
「……先史文明にも、そんな生き物が居たのか?」
『えっと、多分創作だよ。――さすがにね、そんな生き物はそうそう居ないと思うな!』
「……今の文明には居た訳だが?」
『世の中、何が起こるかわからないよね!』
「……まあ、お前の存在に比べれば普通のような気もするが」
『おや? ジャーニィもとうとう、私という奇跡に気付いたのかな? そうよね~、私ってば他と比べることが出来ないくらいに魅力的だし。――あんなふざけた怪獣と比較するなんて、もっての外だね!』
「……ああ。他はともかく、言動に関しては間違いなく、お前の方が個性的だな」
『もちろん、そこも私の魅力だよ!』
――ピーコックの不老について――
「そういえば、巨鳥ピーコックが魔素の影響で不老になったという話だが。正直、どういう理屈か理解できないのだが」
『私も年をとらないよ!』
「いや、お前はそもそも生きていると言うべきか疑問なのだが」
『酷いなあ! 私を見てどうしてそんな幽霊みたいなことを言うかな~。こんなに明るいのに!』
「いやまあ、確かにお前は暗さとは無縁だと思うが。……というか、いちいち光るな」
『わかった! じゃあ代わりに、納得するまで延々と休みなく頭の中で話しかけてあげるよ! 何年でも!』
「……いや、そんなことをされたら死ぬと思うが」
『おっさらっがいっちまっい、おっさらっがにっまい♪』
「陽気に皿の枚数を数えるな!」
『羊が三匹!! 羊が四匹!! ……納得するまで、眠れないように頭の中で叫び続けてやる!』
「眠らせたいのか、眠らせたくないのか、せめてどっちかにしてくれ……」
『気が狂いそうになるでしょ? 疲れているのに寝れないと』
「疲れる会話だとは認識している訳だな……」
『なにより、そんな四六時中話していたら、私が先に根を上げるけどね! だから話を戻すとね』
「本当に疲れるな……」
『魔法って、無意識の内に使っている魔法と、意識して使う魔法があるんだよね。孔雀怪獣ピーコックが火を吐いたりしてたのは、意識して使う魔法。この場合は、身体の中の魔素を一ヵ所に集めて魔法を発動するんだけど。その魔素は普段どうしているかって、そういう話なんだよ、これって』
「……確か、魔素は呼吸によって空気中から取り込んでいたはずだ。使わなければ、呼吸で排出するのではないか?」
『そうなんだけど、そうじゃ無いとも言えるかな。今のジャーニィも、無意識の内に魔素を使ってるよ』
「……そうなのか?」
『うん、新陳代謝とかでね。たとえば呼吸って、血液中の鉄分を酸化させて酸素と結合、全身に運んでいるんだけど。こういったことをより効率的に行うために、魔素を使ってるんだよね。
これが、魔素の扱いが上手い生物だと、他の新陳代謝にも使ったりする。
孔雀怪獣ピーコックはね、極限までこれをしてるんだ』
「…………」
『身体の中の不要物を全て代謝する。排出された不要物を全て作り出す。このサイクルが永久に続けば老化しない。多分、傷ついた細胞を修復したりとか、そういったこともしてると思う。――生き物の身体を構成するものをね、全部代謝の対象にすることができれば劣化しない、そういったことをしてるんだと思うな、無意識のうちに』
「…………」
『そもそも、上空十五キロ、どんな雲よりも高いところまで自力で上昇するなんて生き物、おかしいんだよ。気温は氷点下、空気は薄い、なのに平気って、ちょっと普通じゃないよね』
「……よく知ってるな」
『ノレッジ・シュリーブでいっぱい調べたよ!』
「……なるほど。便利だな」
――魔法について――
「たまに不思議に思うのだが」
『何かな?』
「そもそも、『鉄では無い鉄』が生物の意志に反応するというのが、正直わからないんだが」
『えっと、なんで?』
「いや、『意志』だぞ、『意志』。鉄では無い鉄が『イオン化し蛋白質と錯体を形成する』、要するに『鉄分』と言われる栄養素になるということだろう」
『そうだね』
「鉄分として体内に取り込まれると『粒子間に働く力に干渉する』ことができるようになる、要するに化学変化を操作できるようになる、これもまあいい」
『ふうん、そこは良いんだ』
「それはまあ、今更だろう? 規則性だってある。魔素というエネルギー源があって、それを元に化学変化に影響を与える物質と考えればまあ、わからんでもない」
『ふむふむ』
「『意志』だけが違う。思った事に反応するような物質に、規則性なんて求められないだろう」
『……えっとね、ノレッジ・シュリーブに面白い記録が残ってたよ』
「……ふむ」
『先史文明の人たちが、鉄では無い鉄を調べててね。今のジャーニィと同じことを思ったみたい。非科学的だとか、物理法則に反するとか、そんなことを言う人が多かったんだって』
「…………」
『それまでの研究で判明した規則性、それを元に組み立てられた科学、そう言った物を否定しかねない物質。なのに、その性質はこの上なく魅力的。今までの研究分野を鞍替えて、憑りつかれたようにその不思議な鉄を研究する科学者も数多くいたみたいだね。
それまで研究してきたものを否定しかねないのに、手を出さずにはいられないほど魅力的。その様子から、こんな呼び方をする科学者が出てきたと。――これは、悪魔の鉄だ――と』
「…………」
『同時にね、その悪魔の鉄が読み取ってる意志、これを研究し始める科学者も出始めて。……その中には、万物には意志が宿ってるとか、そんな宗教めいたことを言い出す人まで出てきたんだって』
「……もう無茶苦茶だな」
『どうもね、この悪魔の鉄、植物とかにまで影響を与えたみたい。だから脳の有無は関係無い。それでも、何か意志のようなものに反応しているとしか思えない、そこからこんな考え方まで出てきちゃう。――植物の、芽吹き、種をまくのも意志なら、世の中のあらゆるものに意志はある、この鉄はその意志に介入しているのだ――と、こんな考え方までね』
「……それは真面目な発言なのか? どちらかというと、研究がままならなくなった上での妄言のように思えるのだが」
『え~、結構好きだけどなぁ、この考え方』
「……いや、まともかどうかを問題にしているのだが」
『水素と酸素は恋をした。それは正に燃え上るような恋。出会った時からこうなることが約束された、運命という言葉ですらその必然を説明することはできない、そう、これこそが正に世界の法則。水素と酸素は出会うべくして出会ったのだ。――こんな感じ?』
「……いや、あのな……」
『だが、何ということだろう。互いを燃え上らせるほどの情熱をその身に秘めたこの恋を成就させるためには、互いを燃え上らせるほどの熱量を必要とするのだ。ひとたび結ばれれば容易く得られる熱、その熱を結ばれる前に得なければいけないとは何たる矛盾。その熱を得ることがいかに困難なことか。だが、それでも、水素と酸素は求めあうのだ。――その先にある潤いを求めて。
……とりあえず、こんなのを考えてみたよ。水素と酸素に、互いを求めあうという意志が宿ってると、そんな前提だね! そんな二人を不思議な鉄さんが取り持つんだよ。仲人さんだね。それこそ魔法みたいに二人をくっつけるんだよ!』
「……そうだな、とりあえず、先史文明の科学者の方が、お前よりは真面目だと言うことは、良く分かった」
『……そう言うけどね』
「うん?」
『水素と酸素が結びついて、熱を発生させて水になる、その理由はね、誰にもわからないんだよ』
「……いや、そんなことは無いだろう」
『わかるのはね、水素と酸素が結びついて、熱を発生させて水になる、その事実だけ。細かく調べていけば、細かい理由はわかるかもしれない。じゃあ、何で水素と酸素は結びつくの? 分子間力? じゃあその力は何で? ……こういった問いを続けた先、一番の根っこになる部分はね、きっと誰にもわからない』
「…………」
『人にわかるのは、どこまで行っても、起こったという事実だけ。規則性を見出すことは出来ても、根本的な理解には届かない。――だから、科学っていうのは全て仮定の上で成り立っていると、私はそう思うんだ』
「……なるほどな」
『だからきっと、水素と酸素は、そこらじゅうで、燃え上るような恋をしているんだよ!』
「……そして、お前がどれだけ力説しようとも、お前よりも先史文明の科学者の方が真面目なんだろうと、俺は思うけどな」
◇
いつ人が通ったのかもわからないような人気のない道を、ただ歩き続ける旅人。どこまでも続く、曲がりくねった一本道の途中で、旅人の頭の中に声が響く。
『そろそろ、曲がった方がいいんじゃないかな』
「そうか」
頭の中に響く声、彼が「相棒」と呼び親しむ、腰に差した剣からの声に、旅人は一つ頷くと、道を外れ、林の中に立ち入っていく。
「そろそろ泊まる場所も考えないとな」
『なら、この先におっきな湖があるよ。そこがいいんじゃないかな』
「そうか。ならそこまで進むとするか」
道なき道に慣れているのか、ほとんど速度を落とさずに進む旅人。彼が目指す地、かつて先史文明が残したとされる「ノレッジ・シュリーブ」と呼ばれる古代遺跡、その遺跡が落ちた未開の地へは、まだ遠い先だった。