11.騒動を終え、束の間の小休止
「……つまり、こ奴はその『端末デバイス』とやらを修理するために、あの騒動に突っ込んだと、そう言うておるのか?」
あ。もしかしてピーコック、すごく呆れてる?
いろんなことがあった昨日から一夜明けて、次の日の朝。ごはんを食べて、体操して、この先どうするかって話になって。……で、なんでメディーンはあんな所に突っ込んでったの? みたいな話になって。
その話を聞いて、ピーコックが脱力しながら、メディーンが言ったことを整理する。
「遺跡が『端末デバイス』を検知した。その場所は人気の無い駅で、端末デバイスは既に無かった。列車が走っていたのでそこにあると推測して先回りした。線路から脱線した車両に端末があったからそこに突っ込んだ。銃撃を受けたので安全を確保した、そう言いたい訳じゃな、こ奴は」
そうだね、そう言いたいんだと思う! ……ここまで聞くのもすごく大変だったけど。メディーン、わたしたちの知らないことをいっぱい説明しながらだったから。線路でしょ、列車でしょ、駅でしょ、銃撃って言葉も初めて知った! 知らない言葉がホントにたくさん!
……説明するのにそんな言葉が必要なのも、お話を全部聞いた今だとわかるんだけど。すこしお勉強している気分になったよ。
「『スラスター』とやらが壊れたから、一時間も飛べん。『スラスター』の応急処置をしても『遺跡』まで一度では届かない。それでも数日間はここに潜んで応急処置をするしかないと。全く、頭が痛いわ」
そう言って首をふるピーコック。……えっと、ここにいるの、そんなにダメかな? いつもと違ってて、ちょっと楽しいかな、なんて思ってたんだけど。――えっと、メディーンが何か伝えてきた? ……なるほど! それもそうだね!
「ここじゃ雨が降った日や風が強い日に困るって! あと水も近くにあった方が良いって。メディーンがそう言ってるよ」
「……わしゃあ、物を考えるのがこんなにばかばかしくなったことは今まで無かったと思うんじゃが、どうじゃろうなぁ」
メディーンが言ったことを伝えたら、ピーコックはますます呆れて。え~、メディーンの言ってること、もっともなことじゃないかなぁ。
「まあでも、まずは足元からゆうのも間違っとらんか。どこか、身を潜めそうな、短期間暮らせそうな場所でも探すとするか」
「……えっとね、あっちの方に良い場所があるってメディーンが言ってるよ」
「ほうほう、どんな場所じゃろうて」
「えっとね、床をしいて屋根をかぶせるのにちょうど良いって。水場も近くにある、だって」
「床! 屋根! 小屋でも建てる気か! ……絶対状況をわかっとらんだろう、こ奴は」
メディーンの伝えてきたことをピーコックに伝える。ピーコックは叫びながら、ズシン、ズシンと歩いていくメディーンの方を追うように、木々の枝に飛び移るように飛ぶ。――ちょっと待って! どこかに行くんだったら、先にお片付けなきゃ! 地面に広げられた敷物や、天井の代わりに張られた布、果物を切ったナイフと、片付けるものがいっぱいなんだから!
「儂はその場所を見てくるけぇ、フィリはそこで片付けとれ」
「……はあい」
ちょっとピーコックの言葉にムッとしながらも返事する。どうせ手伝ってって言っても「わしゃぁ鳥じゃけぇ、そんな器用なことは出来ん」とか言われるだけだし、なんて思いながら。
◇
荒野を通る線路から少し外れた、地面に残る、引きずるような跡の終着点。寂しげな風景の中、特別貨物車両とよばれた車両がただ一両、ぽつんと置かれたように横たわる。
その傍らで固まり、携行食を食べる軍人たち。食事という行為ゆえだろうか、護送任務に失敗し対象も行方不明という、彼らの置かれた境遇に反して、笑い声がこぼれ、その声にも暗さが無い。――もっとも、その話題はもっぱら「不味い携行食」もやり方によっては美味くなるといったことばかりだったが。
味なんか関係ねぇとそのまま食う者、焚火で缶を温める者、小型の鍋に水を張り煮込む者と、その在り方は三者三様。彼らは、もはや不味い飯を笑いの、明るさの種として和気あいあいと過ごしていた。
だがもちろん、そうでない者もいる訳で。その最右翼であろう彼らの指揮官は、特別貨物車両内に仮設された遠距離通信機の前、緊張した面持ちで、本国への報告を行っていた。
◇
「つまり、正体不明の何者かが『聖典』を盗むために侵入したと思ったら、正体不明の何者かの銃撃を受け、正体不明の存在が乱入してくるのを目撃したと、そう君は言っていると思って良いのかね?」
「は!」
ジュディックは通信機越しに、本国にいる上官、アイン・マイミー少将に事の経緯を報告する。
昨日の騒動の際、特別貨物車両が切り離され、脱線し、あらぬ方向へと進んでいったのを見て急停止を指示したジュディック。だが、疾走する巨大な質量はそうたやすく停止することは出来ず、実際に列車が停止したのは十分ほどの時を要した後のこと。
その間にも列車は進み、事が起こったその場所からはるか十数キロ先で停車した列車。部下たちを降ろし、脱線した特別貨物車両を捜索し、到達したのは一時間ほど経過した後。その頃には賊も、守るべき国宝もすでに無かった。
「で、貴官は今、列車から部下とともに下車し、駐屯の準備をしつつお宝探し隊を編成していると」
「は! 命があればすぐにでも捜索を開始致します」
通信機からの声に、直立不動で答えるジュディック。任務失敗に対し、必要以上に感情を動かすことも無く。――それでも、失地回復の意志をその声ににじませながら、通信機に向かい応答する。
通信機の向こうにいる彼の上官、マイミー少将は陸軍将校には数少ない、冗談を好む人格でも知られる人物。そんな上官相手でも、今回の報告を受けて嫌味が入るのも仕方が無いと、そう感じながら、ジュディックは報告を続ける。
――実の所、マイミー少将が「正体不明」を連呼したのも、「お宝探し隊」などと表現したのも、彼にとっては冗談のつもりだったのだが。そう感じないのも無理はない。冗談のセンスには疑問を抱く声も聞こえてくる、マイミー少将とはそんな人物でもあった――
「正体不明の賊の一味、並びに孔雀怪獣ピーコックの一味をどうするかは、決定し次第、改めて命を下す。それまでは待機するように」
「は!」
ジュディックは直立不動のまま、緊張感を漂わせたまま、通信を終える。やがて特別貨物車両の中を訪れる静寂の中、ジュディックは、上官の言葉の中に含まれていた馴染みのない言葉を反芻する。
「……孔雀怪獣ピーコック?」
その言葉の持つ響きに、どこか不真面目さを感じたジュディックは、ふと自身の妹のことを思い出す。――いったいあいつは上官にどんな報告をしたのだろうか、と。
◇
「飯が美味いってのは良いことだね。どんな状況でも明るい気持ちにさせてくれるからさ」
特別貨物車両にもたれかかり、周りに広がる食事の風景を眺めていたプリムは、独り呟く。
周りからは不味いだなんだと聞こえてくるが、伝統的に、共和国の携行食は味が良い。元々科学技術という分野では他国に先駆けていた歴史を持つ国だ。お隣の都市国家で興った、魔法技術と科学技術の融合という波には乗り遅れたが、だからといって、共和国が元々持っていた技術だって捨てたものではない。
日々の暮らしを支えるちょっとした小道具から、今目の前で兵士たちが口にしている缶詰の類まで、様々な分野にまで行き届いた技術は、社会のあらゆる層に浸透し、生活を豊かにする。豊かさから生まれる余裕が、技術開発に携わる人を増やし、新たな技術を生む。
そうして日々進歩した結果こそが、目の前にある和やかな光景。たかだか缶詰一つでも、より良いものにしようという人間が居て、その味を向上させていく。口にする人はそんなことを意識せず、それでもその成果を享受することができる、共和国とはそんな国。
プリムもそこまで考えた訳では無い。それでも飛行機の操縦士という職業柄、他国の食事を口にすることも多い彼女は、自国の携行食がどれだけ美味いか知っている。そんな彼女にとって、目の前の光景は、実に微笑ましいと感じていた。――これが本当に「不味い」携行食だったら、どれほど暗い雰囲気だっただろうと。
そんなことを考えていたプリムに、話しかける声が耳に入る。普段から聞きなれた声に、声のした方に顔を向ける。――特別貨物車両の入り口の方、こちらに向けて歩いてくる、自分の兄に。
「ああ、確かに飯は暗い気分を吹き飛ばすな。……だが、美味いか? 携行食が」
その兄の言葉を聞いて、プリムは自分が考えていたことを口にしていたこと、それを兄に聞かれたことに気付いたのだろう、軽く舌打ちしそうな態度を取りかけ、……兄には一切、非が無いことに気付くと、速やかに表情を取りつくろう。そして、そんな細かい様子に一切気付かないままのジュディックに話しかける。
「……アニキはね、もう少し他国の軍がどうなっているか、気にした方が良いと思うけどね」
「そう言ってもな、他国の携行食がどうなっているかなど、そうそう知る事はできないだろう? お前みたいに、あっちこっちに飛び回っているのならともかくな」
ジュディックの言葉に、それもそうか、なんて思うプリム。そんなプリムの方を見て、こほんと一つ咳払いをした上で、ジュディックはプリムに一つのことを問いかける。
「……ところで。つかぬことだが、『孔雀怪獣ピーコック』という固有名詞に覚えはあるか?」
――この問いかけによってジュディックは、既に詳細な報告を終えていたプリムが、空軍の上官に対し、世間話のように「孔雀の化け物」がいかにふざけた存在だったかを力説していたことを知る。同時に、「だけどさ、『孔雀怪獣ピーコック』なんて名付けたのはアタイじゃない。上官サマの方さ」と言う妹の言葉に天を仰ぐ。……まったく、空軍の規律はどうなっているのか、と――
◇
小一時間ほど経過した後、通信兵に呼ばれ、特別貨物車両の中に入ったジュディックとプリム。通信機の前で直立不動で立つジュディックの様子に、アニキらしいと思いながらも椅子に座り、くつろぐプリム。
やがて通信兵の手によって本国までの通信がつながると、通信機の向こうにいるであろう陸軍のお偉いさんの第一声が、通信機から発せられる。
「私だ」
通信機の前で敬礼するジュディック。隣でその様子を見るプリムは思わず吹き出しそうになったのをこらえる。――何だい、「私だ」って! やべぇ、この少将サマ、面白れぇと。
「ああ、通信機でも敬礼を忘れないとは、貴官らしいな」
「当然のことです」
マイミー少将の冗談に、真面目に返すジュディック。その様子を見たプリムは、何の前触れもなく始まった漫才に、ひたすら笑いをこらえる。――見えてるのかよ! 当然じゃねえよ! なんだこいつら、どこまで本気なのさと。
……まさかこのまま進んだりしないよね、一瞬そんなことを危惧したプリム。だが、幸いにして漫才はあっさり終わり、通常通りのやり取りに戻る。
「決定した方針を伝える。『聖典』の奪還を最優先とする。賊の捕縛は余力があれば行うこと。復唱!」
「は! 聖典の奪還を最優先とし、可能であれば賊も捕縛します」
「本国からも増援を送る。だがそれも先の話だ。事態は一刻を争う、期待はするな!」
「わかりました! 独力で奪還するつもりで事に当たります」
「良し! その身に着せられた汚名、見事挽回してみせよ!」
「は!」
通信を終え、プリムは思う。まあどっちにしろ、聖典の場所がわからなければ、奪還も何もあったもんじゃない。航空機無しでは捜索だって出来やしない。こりゃ当分の間、アタイは暇できそうにないね、と。まあ、無茶な飛行でダメージを受けたリコちゃん――一六式強襲偵察機――のメンテナンスは陸軍側にも迷惑をかけてるし、持ちつ持たれつってとこか。指揮にあたろうと歩き出すジュディックの後を歩きながら、プリムは思う。その上、部隊の維持、増援がいつ来るかわからないんじゃ、アニキも大変だね、と。
そのまま特別貨物車両を出て歩くジュディックの後を歩くプリム。これからの兄の苦労に軽く同情しながらも、同時にこんなことも思う。――空軍の規律はどうなってんだなんてアニキは口癖のように言うが、陸軍だって似たようなもんじゃないか、なにさ、さっきの通信は、と。
◇
あれから、片付けをして、戻ってきたピーコックに荷物を預けて。結構歩いて。メディーンの言う「ちょうどいい場所」にたどり着く。……背の高い木に囲まれた、ちょっと坂になった場所に。
「なるほどのぉ、『差し掛け小屋』いうのもあるんかい」
メディーンの言葉をわたしが伝えて。その内容に、ピーコックが感心したような声を上げる。――えっと、木の枝と葉っぱを組み合わせて屋根を作るんだって。持ってきた大きな布をうまく使えば、雨が降ってもぬれずに済むって。
あと、作るのが簡単なんだって。日暮れまでには作れるっていうメディーンの言葉に、ピーコックは満足そうにうなづいて、考え込む。
「で、今日はその『差し掛け小屋』とやらを建てて、明日から修理に入ると。なら、まずは『端末デバイス』とやらを修理するのがええんじゃろうなぁ」
「……なんで?」
「そりゃ、こんなん持っとったら、いつまでも追われることになるからに決まっとるわ。とっとと返すに限るわ、こんなもん」
……えっと。返すって、あれ?
さっきの説明、知らないことがたくさんあって、そのことばかり考えてたけど。……修理しに行って、危ないからって持ってきてって、あれ?
「こ奴も、そいつを修理するためにここまで来たんじゃろう? 別にそいつを奪いに来たわけじゃない。そんなら、別に返しても構わんじゃろ」
改めてメディーンの方をみて、同意していることを確認して。――そうだ、メディーンはあくまで修理するのが仕事で、持ってきたのはたまたまで。
で、えっと、どこまでも追っかけてくるほど、相手にとって大切なもので、あれ? ――もしかしてメディーン、泥棒さん? 確かダメなことなんだよね、それって。
ああ、だから返すんだ。だけど、それだと……
「……壊れてたんだよね、これ。それでも、相手にとっては大事なものだった。なら、すぐに返しても良いんじゃないかなぁ」
「まあそうなんじゃが。ちぃとな、手土産は欲しいじゃろう。このままじゃ単なる泥棒じゃが、直して返せば、もしかしたら相手の機嫌も直るかもしれん。ヒトいうのはそういうもんじゃて」
「そうなの?」
「……多分な。わしゃぁヒトじゃないけぇ、その辺りは良くわからんのじゃが」
「……いいかげんだなぁ」
「それでもまあ、ヌシらよりは儂の方が、ヒトには詳しいと思うとるがな」
……そっか。そう言えばピーコック、すごい昔に外の世界でヒトと話したことがあるって言ってたっけ。そっか、ヒトのことはピーコックの方が詳しいんだ。
だけど、ちゃんと聞けばわたしにもわかるよ、うん。――えっと、だとすると、うーん。
「……メディーン、何でも知ってると思ってたんだけどなぁ」
「あ奴はな、儂らが知らんことを知っとるが、儂らにもわかることはわからんかったりするからなぁ。今回の件で嫌というほど思い知ったわい」
……あぁ、なんかピーコックの言葉、すごく納得しちゃうなぁ。ちょっと嫌だけど。差し掛け小屋を作っているメディーンの方を見ながら、すこしだけ、そんなことを思った。
◇
脱線した特別貨物車両を見下ろす山の中腹。それなりの大きさの洞窟の前で、アストは通信機から漏れ出るか細い音に耳を傾ける。
「……へぇ、直しちまうんだ、『聖典』を」
獲物を横取りした相手。その相手を探っていたアストは、その遥か遠くから送られてきた会話に、思わず呟く。
特別貨物車両に盗みに入り、あと一歩の所で獲物を横取りされる形になったアスト。相棒のマークスと通信機でやり取りをし、当初予定していた停止地点、その付近に潜ませていた馬でその場を脱し、マークスと合流したのが昨夜のこと。
敵の戦闘機がアストの方に向かってきたら即座に撃墜できるよう、弾を込め、常に標準を合わせた続けたマークス。結局、訳の分からない機械人形と巨大孔雀に翻弄され軟着陸した戦闘機に、自身も戦闘態勢を解く。――ここで相手を仕留めたところで、獲物は回収できない。やるのはこちらも態勢を整えた後だと。
そうして、山中の洞窟に二人は身を隠し、機会をうかがう。――まずは、特別貨物車両で一度国宝に触れた際に仕込んだ「念のための軽い仕掛け」、国宝に取り付けた小型の盗聴器から、獲物の位置を割り出し、正体不明の連中に探りを入れ始める。
盗聴を続いていたアストが零した呟き。それを耳にしたマークスは、その言葉の内容に、何よりもその声の持つ響きに、アストの方を向き直る。普段のアストとは違う、飄々とした響きは消え、熱すら帯びたその口調に。
「おいおい、熱くなるなさ。こいつは仕事、それ以上でもそれ以下でもない。……今の俺たちは『知識』なんかに用は無い、あるのは『聖典』っていう名の『依頼物』。……違うか?」
「……違わねぇな、確かに。今の俺たちには、聖典が直っていようがなかろうが関係ねぇ、確かにそうだよなぁ」
そう言って、アストは拳銃嚢から愛銃を取り出して、手のひらでもてあそぶ。クルクルと、意味も無く回しては止め、止めては回す。自らの手で回る愛銃を、ただ眺めるアスト。――どこかどうでもいいような、それでいて熱の籠ったような、矛盾した視線で。
その様子を見るマークス。その視線の意味を、その視線と同じように矛盾したアストの心境をただ独り理解できる男は、傍らにある自らの巨大な愛銃を撫でるように触れながら、アストに語りかける。
「……とりあえず、位置は特定できた。後は隙をみて奪う、それだけさ」
「ああ」
「……余計な事を考えるなさ。獲物が獲物だ。下手を打てば、死ぬぜ」
「……ふん。こんなところでおっ死んでたまるかってぇの」
マークスの言葉に、普段の調子を取り戻すアスト。矛盾した視線も、なげやりさと熱が同居したような声の響きも無くなり、いつもと変わらぬ様子の相棒に、マークスは少しばかり安心する。
「『何でも知ってる、自分らにわかることはわからんかったりするような奴』か。――ふん、くだらねぇ、あぁ本当にくだらねぇ」
いつも通りの口調で、小さな声で囁くように呟くアスト。その手には、ウェス・デル研究所で開発された、この世にただ一つの彼の愛銃が、クルクルと回り続けていた。
これで第一章完結となります。