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フィリ・ディーアが触れる世界  作者: 市境前12アール
第一章 先史遺跡に住む少女
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9.群像交錯 ~ 乱入、奥の手、大混乱 ~

「……もうちいと距離を取らんと、不味いかもしれんのぉ」


 下の方をわたしと一緒に眺めていたピーコックが、そんなことを言う。――ありゃあ危険じゃ、と。

 ……えっと、何が危ないのかな? よくわかんないや。そう思いながら、目を凝らすように、下の方を見る。連なった箱のうしろの方、何人もの人が規則正しく動く様子を。

 さっきからくりかえすように何回も、場所を交代しながら、「剣みたいな何か」を水平に構えてるだけに見えるんだけど、違うのかなぁ? そんな風に思っていたところで、ピーコックが説明してくれる。


「あのヒトが持っとった、『剣のついた筒』。ありゃあ、相当やばいんじゃよ。あそこからな、とんでもない勢いで、鉄の玉を打ち出しとるんじゃ。あんなんに当たったら、タダじゃ済まんて」


 ……う~ん、よくわかんないけど。ピーコックが言うんならそうなのかなぁ。多分、ここから離れた方が良いんだよね?


「そういう訳じゃ。もう少し、距離を取るぞ」

「……わかった」


 わたしの返事に上昇を始めるピーコック。ちょっと残念だなぁ。遠ざかる「連なった箱」を眺めながら、そんなことを思う。

 体中に感じる、いつもの上昇感。周りを見渡して、いつの間にか、湖のほとりから少し離れた場所を飛んでいることに気付く。わたしたちの下、木々の中を進む「連なった箱」。その先の方に目を向けると、その木々もすぐに終わり、岩がごつごつとむき出しになった地面が見える。

 さらにその先、山のむこうへと続く二本の「連なった箱が進む道」にそって視線を送り、――視線の先に、今まで探していた、メディーンの姿を見つける。


「ピーコック! メディーンがいた! あそこ!」


 メディーンの方を指さしながら、大声で叫ぶ。ピーコックは軽く辺りを見回したあと、メディーンの方に顔を向けて。……しばらくして、少し首を振りながら、ゆっくりと話し始める。


「ああ。じゃが、どうにも不穏じゃのう」

「……不穏?」

「ぬしが気付く距離にいるのに、『ただ立ってるだけ』というのがな。あ奴がな、ぬしが気付いているのにこっちに気付かぬなんて、あり得ぬじゃろう」


 ……ピーコックのゆっくりとした、どこかわたしを落ち着かせようとするような話し方に、すこし考える。……そっか。多分、まだ「おしごと中」なんだ。どうしよう。せっかく見つけたのに。


「今降りてくのもアレじゃしなぁ。もう少し、空から様子を見る、かのう」


 ……それしか無いかなあ。ちょっとだけ残念に思いながら、ピーコックと二人、安全な高さまで上がって。豆粒くらいの大きさのメディーンと、連なる箱の様子を見下ろすように、眺め続ける。


――上空から見下ろすピーコックとフィリに意識を向けることも無いままに。メディーンは身動き一つせず、九一%、九二%とエネルギーを蓄積(ちくせき)する。そうして、目指す「情報アクセス端末」を積んだであろう列車が到着するのを、静かに待ち続けていた――



(次! ……くそっ、物陰からちょろちょろと)


 特別貨物車両の中に響き渡る銃声、遅れて届く応戦の音と弾。多数の警備兵に対し、たった一人で応戦するアスト。一秒にも満たない速度で放たれる、異常なまでの速射から生まれる弾幕は、多数の敵に決して劣ることはなく。アストの手にした愛銃の性能と熟練した手腕が、数の差を埋め、一対多の状況でありながら、互角の戦いを生み出していた。


(……七つ、八つ、……ちっ、十二って、大げさにも程があるぜ)


 貨物コンテナを背に、背後の魔法式反応を「視て」アストは(うそぶ)く。この狭い部屋に入りきれないほど集めやがってと。

 魔法式を「視る」力。本来であればそれは、戦闘には向かない希少魔法。だが、速射に特化した小型銃を愛用するアストにとって。常に周りの状況を把握できるこの力こそが、彼に無類の戦闘力を与えてきた。

 響く銃声、掠める銃弾、逃げ場の無い走行中の列車の最後尾。アストはただ時を待つ。次のカーブに差し掛かれば全てが変わる。右手の拳銃(シュバルアーム)と等しく頼む、ただ独りの相棒が状況を変えると。

 反響する銃声の中、自らも銃声を響かせながら。ただその時を待つ。



 ジュディックの指揮で、兵士が動く。狭い特別貨物車両の入口。その左右を援護射撃の銃弾が飛ぶ。中央からは突入兵。背後からの援護を信じ、入口近くの貨物コンテナ、その影まで駆ける。

 銃撃を放ち終えた援護兵は下がり、装弾し、再び式を刻む。別の兵が車両連結部を挟み、扉の向こうに銃弾を放つ。入れ替わり、繰り返し。絶える事なく、賊の隠れ潜む貨物コンテナに向かって銃撃を放ち続ける。

 だが、人数を生かした銃撃に、賊からの銃撃も劣ること無く。入口とコンテナの間を銃弾が飛び交う。

 無事コンテナの影にたどり着いた突入兵が銃撃を開始する。等しく届く賊の射撃。飛び交う銃弾は終わりを見せず。室内に橋頭保(きょうとうほ)を得てなお、事態は膠着(こうちゃく)する。


(焦るな、時間は味方だ。最悪逃がさなければ良い)


 ジュディックは逸る心を抑え込む。次の駅まで逃がさなければ、そこで捕らえれば良い。今ここで逃がさなければ、(いず)れ相手は行き詰るのだと。



 列車は走る。最後部、特別貨物車両の騒動を乗せて。やがて列車は湖畔を抜け、林を抜け、荒野へと差し掛かる。互いに決め手を欠いた膠着状態、互いに銃撃を交えたままに。――その状況を破る一手。アストの「相棒」が動き始める。



「『作戦(ミッション)成功(コンプリート)』のコールは無しっと。……世知辛いねぇ」


 岩肌をさらした山の中腹から、(ふもと)の荒野を走る列車を見下ろし、マークス・サショットは独り(うそぶ)き、(かたわ)らに置かれた愛銃を両の手で持ち上げる。――その鍛え上げられた、筋肉の塊のような身体をもってしても、片手で扱う事などできない、まるで鉄の塊のような銃を。

 ウェス・デル第四試製()アンティアエリアン・アーティレリ。アストの持つ小型銃シュバルアームとは真逆の思想で作られた試作魔法銃。利便性を完全に切り捨てた二メートルもの砲身に三十七ミリの口径。その砲身が三つ束ねられた異様な外観を誇るその銃は、厚さ一センチの鋼板をも撃ちぬくことができる、歩兵が携行できる最大口径の銃として開発された試作兵器。


「……あーあ、派手にやっちゃって、まぁ。アストも大変だ、こりゃ」


 数キロ先(・・・・)を走る列車、その最後尾の連結部をスコープでのぞき込みながら、どこか気安げに、マークスは呟く。その力の抜けた呟きとは裏腹に、大地に伏せて狙いを定めるその様から、張り詰めた空気を漂わせながら。

 台座に支えられた砲身。衝撃を少しでも分散するために、大地にくい打ちされたロープが銃床に向かって張られたその様子からは、その反動の強さを伺わせる。

 マークスは狙いを定め、銃身を向ける。列車最後尾、特別貨物車両の連結部に向けて。発射のための魔法式を宙に描く。スコープに投影された極めて複雑な魔法式を、なぞるように、丁寧に。――やがて、魔法式を構築し終えたマークスは、独り呟く。


「まずは一発っ……と」


 相変わらずの軽い声と、それとは比較にならない銃声が響く。重く、身体を震わせる、轟音のような銃声。だがそれも、銃身から伝わる反動に比べればささやかなもの。

 発射の反動を、台座が支える。ロープを伝い、大地へ打たれた(くい)を引く。銃床を滑るように、銃身が後ろにずれる。なおも吸収しきれなかった衝撃を、マークスが襲う。――それでも、マークスの視線はスコープの先、狙いをつけた連結部から外れない。

 狙った初弾は連結部を外れ、特別貨物車両の外側の足場へと着弾。鉄で出来た足場を抉るように貫通する。その様子を確認したマークスは、走行する列車にあわせ銃身を移動させながら、そのずれを補正する。

 後ろにずれた銃身は、その反動を利用して、銃身を回すように、その銃身を切り替える。発射に使った魔法式は今もまだ健在。鋼鉄を貫くほどの威力を三連発させることに特化させた試作兵器は、何事もなかったかのように新たに銃身を切り替え、未だ力を失わずにいる魔法式により、二度目の轟音を響かせる。


「命中ーっと! ……あと一発いるかね、こりゃ」


 狙い通りに狙撃しながらも、完全に破壊しきれていない標的を確認して、マークスは再び呟く。――既に軌道修正を終えたマークスにとって、そんなことは容易いこと。故に、何ら気負うことなく。最後の三発目を命中させるべく、銃身を列車に向ける。


――ウェス・デル第三試製銃シュバルアームにウェス・デル第四試製砲アンティアエリアン・アーティレリ。今は無きウェス・デル研究所、共和国の試作兵器を専ら開発していたという軍御用達(ごようたし)の研究所で作られた試作兵器。

 片や速射性と小型化に特化した結果、射程の短さ、威力の乏しさ、なによりその複雑な機構と火薬にかかる価格(コスト)故に、正式採用されなかった欠陥兵器。

 片や威力に特化した結果、途方もない反動に耐えながら、たった二秒の射撃間隔の間に弾道を補正することを使用者に要求する、使用者を選ぶ欠陥兵器。

 その二つの(かたよ)った兵器の使い手により、無謀とも思える「国宝強奪計画」は、今この瞬間において、確かに成就しつつあった――



(賊の協力者か!)


 突如として穴の開いた特別貨物車両連結部の床に、ジュディックは賊に協力者がいることを悟る。慌てて横を見るも、そこにあるのは赤茶けた土、むき出しの岩肌をさらした荒野とはげ山ばかり。

 発砲者の姿は見えず。続いて着弾した連結部。その、一撃で半ばまで破壊するような威力に、ジュディックは瞠目(どうもく)する。連結部の破壊など、銃の威力で成しえることでも無い。――その事実が、ジュディックに一つの結論を導かせる。銃撃ではない。砲撃(ほうげき)を受けているのだと。

 続けて連結部に着弾する砲撃。完全に破壊された連結部に、ジュディックは一つの決断を迫られ。――迷うことなく決断し、通信機を取り出す。


「プリム!」

「遅い! すぐに出る! 空からばっちり追跡させてもらうよ!」


 通信機越しに妹に語り掛けるジュディックに、怒鳴るような声。続いて、自分の背後、第十貨物車両から飛び立つ小型航空機を確認する。

 目の前には、連結部を破壊され、少しずつ離れていく特別貨物車両。いつの間にか止んだ銃声に、賊の意図を悟る。


「撤退! 車両が離れる前に跳び戻れ!」


 大声で叫んだ命令に、慌てるように、最後尾の特別貨物車両から、ジュディックの乗る第十一貨物車両へと跳びうつる部下たち。続けて、先頭の動力車へと急制動をかけるように指示を出し始める。

 続く砲の着弾音に、左側を傾けるように走る特別貨物列車。地面とこすれ、火花を上げながら進むその様子に、目の前の特別貨物列車の片側の車輪が、全て撃ちぬかれたことを悟る。

 脱線し、線路を外れ左側に滑り去る特別貨物列車。カーブした線路に従い、真逆の方向に走り去る、自分たちの乗る列車。いっそ自分が飛び乗るべきだったかとの思いを押さえつけ、改めて、上空の妹に指示を出すために通信をつなげ、――「人の形をした何か」が、自分たちの列車の横を通り過ぎたことに気付く。

 思わず視線をそちらに向ける。そこには、脱線し、慣性のままに進む特別貨物列車に追いすがるように飛ぶ、「人の形をした何か」があった。


「何よ、何なの、何だってぇの! あのとんでもない精度の狙撃に、今度は空飛ぶ機械人形! おとぎ話じゃないんだよ! ……そう、そうよ、これは私に対する挑戦ね! いいじゃない! 受けて立つわよ!」


 白熱し、どこか我を忘れたような妹の声を通信機越しに聞きながら、ジュディックは思う。……ああ、確かにこれはおとぎ話じゃない。ならいったい、この話はなんなんだと。――どうやら、世の中ってのは意外とファンタジーに出来てるらしい。そんな思いがふと、ジュディックの頭をよぎった。



「ハハハッ、あいつら、あっさり諦めやがった! 根性ねぇなあ! ああ、これだから最近の若いの、ってかぁ!」


 脱線し、甲高い摩擦音を上げながら進む特別貨物列車の中で、アストは(わら)う。脱線し、大きく揺れる列車の中、体勢を崩すことなく。中央の、お宝が積み込まれたコンテナに足を運び、その扉をこじ開ける。

 念のための軽い仕掛けを施したお宝を無造作に持ち、あとは止まるのを待って外に出るだけ、とりあえず外の様子でも見っかなと、開け放たれた扉の方に足を向け、――特別貨物列車全体を襲う、不自然な力に吹き飛ばされる。

 壁に叩きつけられ、その衝撃で肺から空気を吐き出すアスト。なおもかかり続ける力に、壁に押さえつけられたまま、鈍った頭で考えを巡らす。


(急ブレーキ? ……切り離された車両で?)


 切り離され、脱線した車両にはあり得ない現象に疑問を覚えながら、顔を上げるアスト。自身にかかり続ける慣性力を支えるように、壁に手をつきながら、ふと、横にある、特別貨物列車の入り口を見る。――そこで見たのは、今まで見たこともないような、銀色の、重量感(あふ)れる人の形をした何かが、まるで脱線した列車と力比べでもするように、列車を押し止めている姿だった。


――火花を散らし、大地を滑り進む特別貨物車両。その行く手を阻むように、押し戻そうとするかのような機械人形。それはまさに、巨大な質量と強大な力との力比べ。足先を大地に半ば埋めながら、大地を(えぐ)りながらも押し戻されながら。列車を押す機械人形の両の手は、噴出口(スラスター)から吹き出される炎と風は、慣性のままに進む車両の勢いを、確実に減じていった――


 そのあまりの姿に、アストは唖然(あぜん)とする。――やがて勢いを失った列車の中、その「人の形をした何か」が列車の中に入り、床にめり込むような足音を立てながら、アストが取り落とした「お宝」を手にするのを見て、ようやく我に返る。


「……ざっけんな! 人のモンを勝手に盗ってくんじゃねえ!」


 叫び、手にした拳銃(シュバルアーム)で銃撃するアスト。だが、その銃弾は、その「人の形をした何か」に傷一つ付けることは無く、ただ乾いた金属音を立てるのみ。

 振り返り、一瞥(いちべつ)する「人の形をした何か」。恐れ気も無く、ただ発砲し続けるアスト。――やがて、「お宝」を手にしたまま。「人の形をした何か」は、列車の入り口から外へと飛び立つ。

 その様子を、アストは無駄と知りつつもただ、発砲し続けるしか手は無かった。



「……ざけんじゃないよ! 人のモン、勝手に盗ってくんじゃないよ!」


 ジュディックの命令に、一六式(イチロクシキ)強襲偵察機(アサルトリコナー)、通称リコちゃんで発進したプリムは、次々と撃ちぬかれていく特殊貨物車両の車輪に瞠目(どうもく)したのも束の間、突如乱入してきた「人の形をした何か」に取り乱し、わめき散らしたあと、――やがて、「国宝」を手に、この場を飛び去ろうとしているのを見て、思わず叫ぶ。

 そのまま、飛び去ろうとする「人の形をした何か」の後ろにつけ、愛機に搭載された兵器、百二十ミリ旋条砲の照準を定める。――そうやすやすと逃がすだなんてなめた真似、この私の誇りに賭けても許すわけにはいかない、そう思いながら。

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個人HPにサブコンテンツ(設定集、曲遊び)を作成しています。よろしければこちらもどうぞ。

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