始まりの一幕 ~ 対峙する二人 ~
本話は「予告編」、この作品の見せ場部分のダイジェストになります。
この作品がどんな作品なのか、参考にどうぞ。
なお、本編は次話からとなります。
薄暗く、小刻みに揺れる部屋。積み重ねられた貨物コンテナ。小さな窓からのぞく、沈みゆく夕日が影を引く。
「……っ、列車輸送で警報装置たぁ、用心深いこった」
列車の最後尾、厳重に警備された特別貨物車両、そのただ一つの入り口から隠れるように、貨物コンテナに身を潜めながら、アストは一人呟く。
列車の床の下、車両と線路の間に発車前から潜み、列車が疾走する最中に這い上がるという、およそ常人には成しえない方法で特別貨物車両に忍び込んだアスト。一息ついて、あとはお宝を頂いてずらかるだけと、口笛混じりにコンテナに触れた途端、辺りに鳴り響く、耳をつんざくような警報器の音。
慌てて周りを見渡すアスト。唯一の入り口から微かに聞こえる足音。慌ただしく統一感に欠けた靴音、話声。
(やっべぇっ!!)
慌てて隠れる場所を探すアスト。目についた奥の貨物コンテナに身を隠れ、腰の拳銃嚢から小型銃を引き抜き、撃鉄を起こし雷管を装着、貨物コンテナから半身を晒し、――特別貨物車両に入ってきた警備兵に向かい、引き金を引く。
劈く轟音、遅れて届く応戦の音と弾。再び隠れ、銃身を開け装弾、撃鉄を起こし雷管を装着、再度撃ち放つ。この間一秒にも満たない早業。
ウェス・デル第三試製銃シュバルアーム。魔法を必要としない、馬上で扱う事を主眼に置いて開発された銃。火薬という、他に使用用途の無い物質を用いた、魔法銃と比べ複雑な機構を持つ火薬銃。その複雑な構造は大型化の妨げとなり。結果、速射性を生かした銃器として開発された試作兵器。
だが、小型故の射程の短さ、威力の乏しさ、なによりその価格故に正式採用されることなく、量産されなかった、歴史に埋もれた欠陥兵器。
(次! ……くそっ、物陰からちょろちょろと)
だが、今のこの狭い室内に置いては、その性能を遺憾なく発揮し。そしてなにより、アストの持つ技量と特殊能力。それらを駆使して、多数の敵とただ独り、互角に撃ち合う。
(……七つ、八つ、……ちっ、十二って、大げさにも程があるぜ)
貨物コンテナを背に、背後の魔法式反応を「視て」アストは嘯く。この狭い部屋に入りきれないほど集めやがってと。
魔法式を「視る」力。アストが気付いた時には使えるようになっていた、本来戦闘には向かない希少魔法。
だが、魔法銃という武器が一般化した今の世で、唯一拳大の「火薬銃」を愛用するアストにとって。常に周りの状況を把握できるこの力こそが、彼に無類の戦闘力を与えてきた。
(あと少し、あと五分、……)
響く銃声、掠める銃弾、逃げ場の無い走行中の列車の最後尾。アストはただ時を待つ。次のカーブに差し掛かれば全てが変わる。右手の拳銃と等しく頼む、ただ独りの相棒が状況を変えると。
反響する銃声の中、自らも銃声を響かせながら。ただその時を待つ。
◇
「合図で左右から援護射撃、突入組は遮蔽物を利用して橋頭保を構築、……」
警備兵を指揮しながら、ジュディックは思いもよらぬ苦境に臍を噛む。背後には不用意に特別貨物車両に入ろうとして撃たれた二人の兵。身にまとった防弾装備のおかげで命に別状は無いものの、警戒を怠り負傷者を出したという結果が、ジュディックの心に重くのしかかる。
(この警備の中を乗り込んでくるような奴だ、もっと警戒すべ……、いや、今は良い。まずは目の前の状況だ)
鳴り響く警報に警備兵と共に駆け付けたジュディック。特別貨物車両の扉の前、「聖典」護送の任を果たすべく、部下に室内の調査を命じる。扉を開け、静まりかえった室内の様子を確認し、中に入ろうとする部下たち。――その部下たちが、部屋の奥からの銃撃で倒されたのを目の当たりにし、室内に賊が潜んでいる可能性を失念していたことを思い知ったのはつい先刻のこと。
急ぎ倒れた兵を救出し、手当てを命じ、突入の体制を整える。教科書通りの隊列、迷いを見せない指揮は軍人特有のものか。
「三……、二……、一……」
突入の時を合わせるための秒読みを上げるジュディック。一糸乱れずに動く警備兵。手にした一三式魔法銃刀に式を刻む。魔法式の構築が終わり、発砲準備が整った兵が位置に就く。ある者は援護のために。ある者は突入のために。
魔法銃。百五十年前に突如として現れた飛行機械に対する備えとして、魔法王国として名高いパラノーマ王国で急ぎ開発された対空兵器。だが、その有用性は対空兵器の枠に止まらず。当時普及していた戦闘用魔法杖を一掃し、他国にまで広がる。一三式魔法銃刀もその一つ。
一メートルほどの刀身を持つ直刀、やや短い銃身を刀背に備えた、銃としても刀としても使用できるその構造は、各国で採用されたごく一般的なもの。アストの持つ火薬銃と比べ、起爆を爆発魔法で行う魔法銃は、撃鉄も引き金も無い、刀に鉄筒をつけただけと言っても過言ではない単純な構造。――同時にそれは、銃撃の際に魔法行使を要するという欠点でもある。
「……突入!」
ジュディックの掛け声で、兵士が動く。狭い特別貨物車両の入口。その左右を援護射撃の銃弾が飛ぶ。中央からは突入兵。背後からの援護を信じ、入口近くの貨物コンテナ、その影まで駆ける。
銃撃を放ち終えた援護兵は下がり、装弾し、再び式を刻む。別の兵が車両連結部を挟み、扉の向こうに銃弾を放つ。入れ替わり、繰り返し。絶える事なく、賊の隠れ潜む貨物コンテナに向かって銃撃を放ち続ける。
だが、人数を生かした銃撃に、賊からの銃撃も劣ること無く。入口とコンテナの間を銃弾が飛び交う。
魔法銃の欠点、それは魔法行使にかかる時間。発砲した兵士が再度銃撃するまでにかかる時間は約五秒。アストの持つ火薬銃は、本人の技量も重なって、再び引き金を引くまでの時間は一秒にも満たない。その時間の違いが、人数の差を埋める。
無事コンテナの影にたどり着いた突入兵が銃撃を開始する。等しく届く賊の射撃。飛び交う銃弾は終わりを見せず。室内に橋頭保を得てなお、事態は膠着する。
(焦るな、時間は味方だ。最悪逃がさなければ良い)
ジュディックは逸る心を抑え込む。次の駅まで逃がさなければ、そこで捕らえれば良い。今ここで逃がさなければ、何れ相手は行き詰る。――仮に逃がしたとしても、既に手は打ってある。賊は既に詰んでいるのだと。
◇
多勢に無勢、圧倒的に不利な戦況。その中で。アスト・イストレは一人嗤う。それは自分の力量を知る故。あの数なら時間まで十分持つと。
ただ一人を押し切れない、決め手に欠ける戦況の中。ジュディック・ジンライトは逸る心を鎮める。時間は味方、そしてなによりも、逃亡を許さない奥の手を持つが故に。
共に思惑を抱えながら、激突する。共に時が味方だと信じて。――共に抱くその思惑は、列車の行く手に立つ、鋼鉄の機械人形によって打ち砕かれる未来が待っている事など知る由も無く。